その日、だれかに呼ばれたような気がして、家から外にでた。近所の、さくらの並木通り、書店でコミック雑誌を買う。花を見ながら、小学校の前を通りすぎ、病院へと向かう。となりのレストランの、外壁の大きな鏡に、通りすぎるわたしの姿が映った。
二十年前、ここを通ったときは、レストランはなかったが、この小学校も、通りをはさんだ病院もあった。わたしの前を小学生が走り去る。
わたしは少年の視線になる。
待ち合いの長椅子で、わたしはコミック雑誌を読んでいた。赤茶色の紙に、だぶった印刷で、絵が描かれている。父の個室から呼ばれて、雑誌を椅子の上において、部屋に入った。学校を見下ろせる、病室の窓に映る半透明な少年のわたし。休み時間になると、楽しそうな仲間たちの声が聞こえてくる。振り返ると、部屋の中央にベッドの父。明るい日差しの中で、わたしと母は、ずっと鼻ばかりかんでいる。ベッドの上の父を見下ろし、髪をなでつづけた。父はいつもと違い、微笑んではくれなかった。
医師の臨終を告げる声は、聞こえない。ただ空気でそれとわかる。めまいとともに、わたしの体は、宙にひきこまれそうになり、見えない渦にもまれた。
「どうしたの、ボク。さっきまで元気だったのに」
看護婦の声に、わたしの体は沈む。
「お父さんの体をいっしょにきれいにするかい」とだれかに聞かれ、わたしは首をふり、病室の外にでた。待ち合いの長椅子で、親戚たちが集まっている。空いている席に戻ると、読んでいたコミック雑誌はなく、そこで、わたしは大人の肩をかりた。
「お兄ちゃんの泣いているところはじめてみた」。
向かいの長椅子の、従妹の声が聞こえる。
四月十日、さくらの花は満開だった。葬儀を終え、三日して、わたしは登校した。みんなが校庭で遊んでいる。
「ねえ、みんなあ、仲間にいれてよ。ねえ」
微笑みながら、そばで大きな声で、何度も繰り返し、訴えたが、だれもわたしの方を、見ようともしなかった。ひとり、玄関の暗い廊下で、目を見開いて、足元を凝視していた。目に映るものが歪んでいた。
何日かあと、さくらの花が勢いよく散った。
病院の前で窓を見上げる。後ろの学校は静かだった。門のさくらの脇に、そっと、コミック雑誌をおいて、いまきた、さくらの並木通りに戻ろうとすると、後ろから吹く風が、わたしを追い越していった。
少年の声がわたしを追い越していく、あのときの、仲間にいれてくれるよう、訴える声、振り返ると、雑誌のページが風にめくれて、音をたてている。
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作品 - 20070403_395_1971p
- [優] コミック雑誌 - みつとみ (2007-04)
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