お父さん
この街は可笑しいですね
みんな 他人なのに
つとめて他人のふりをしている
ほら 誰かが100円玉を落としても
誰も声をかけない
「落ちましたよ」って拾ってあげても
他人でいられるのにね
お父さん
ぎこちなく話しましたね
あなたの内の僕が僕ではないことを
僕たちは知ってしまいました
それを紛らわすように
あなたはたくさんお金をつかい
僕はお腹が痛くなるほど食べました
お父さん
僕たちは可笑しいですね
他人じゃないのに
つとめて他人じゃないふりをしている
でも あなたが何かを買ってくれても
「ありがとうございます」って
言ってしまいました
お父さん
僕はあなたのことを
想像したことさえなかったのですよ
あなたはそのことを知ってしまいましたね
それをごまかすように
あなたは僕も知らない僕たちの故郷の話をし
僕はくだらない話ばかりをしました
お父さん
あなたが住み慣れていないこの街で
僕は少しづつ僕の生活をしています
食事が終わっても
やっぱり僕たちは他人でした
たぶんこれから先も
僕たちは他人なのでしょうね
お父さん
他人が他人とすれ違うだけのように
僕たちは たぶん
親子になるのには遅すぎるのでしょうね
地下鉄の駅で
あなたはどこかフラフラと歩いていて
お父さん また会うこともあるでしょう
お父さん ぜひまた会いましょう
お父さん また食事でもしましょう
お父さん こんど旅行に行きましょう
お父さん 温泉にでも行きますか?
お父さん 電話しますよ
お父さん 手紙でも下さい
お父さん お元気でいて下さい
だから お父さん
別れ際に背中から
たった一言だけ呼びかけました
「お父さん」
最新情報
選出作品
作品 - 20070310_810_1918p
- [佳] 父親 - シンジロウ (2007-03)
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父親
シンジロウ