#目次

最新情報


選出作品

作品 - 20070228_533_1874p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


のろみちゃんの戦争

  中村かほり

/18月39日、あたしは南西町で暮らすことになった。2年前から戦争はつづいているけれど、そこは比較的安全と言われていた。
/この町では、生産性のある者は白い服を、そうでない者は黒い服を着なければならなかった。町役場にあたしの生産性が認められたとき、だからあたしはお気に入りのピンクのスカートや鮮やかな虹色をしたマフラー、喪服を捨てなければならなかった。
/あたらしい家の前の通りには、花がたくさん咲いている。赤い花。青い花。黄色い花。紫色の花。あたしの部屋の窓からは、のろみちゃんのうしろすがたが見える。のろみちゃんは南西町で、ゆいいつ黒い服を着た女の子だった。
/のろみちゃんは毎日、毎日このお花畑にある花を摘みつづけている。のろみちゃんの足下には、赤い花、青い花、黄色い花、紫色の花がいつも散乱していた。どうして咲いている花を摘んでしまうの。一度だけ、聞いたことがある。「わたしには生産性がないから。」のろみちゃんはこちらを見ずに答えた。あたしはのろみちゃんと友達になりたかった。だから、のろみちゃんのうしろすがたを見つけるたび、外へ出た。
/21月4日、あたしがこの町に来てから、はじめて空襲警報が鳴った。子どもたちは母親に手をひかれ、家の中へと急ぐ。あたしはその日も、いつものようにのろみちゃんが花を摘む様子を見ていた。簡単な音楽が鳴り終わるころには、あたしたちのまわりには誰もいなくなってしまった。
/のろみちゃん、空襲だよ、はやく帰ろう、誰もいないよ。あたしが叫んでも、のろみちゃんは花を摘みつづけている。赤い花。青い花。黄色い花。紫色の花。人さし指、中指、茎をはさんでひきぬく。場合によっては花びらをちぎる。のろみちゃんの小さい爪。こちらを決して見ない。
/どんなときでものろみちゃんが花を摘みつづけられるのは、ポケットのなかに爆弾をしのばせているからだと、あたしはとっくの昔に知っていた。黒い服を着た者に南西町から爆弾が支給されること、あたしたちには知らされないけれど、路地裏ではあたしの生産性を妬んだ男たちがいつも爆弾をちらつかせていたから、つまりそういうことなのだと思う。
/これからものろみちゃんは毎日、毎日花を摘みつづけるだろう。爆弾の重み冷たさを感じるたび、赤い花、青い花、黄色い花、紫色の花、花を摘みつづけるだろう。それが爆発の可能性を十分にはらんでいても、花を摘みつづけるために、のろみちゃんはからだで爆弾を隠す、守る。
/あしたもあたしは、のろみちゃんの様子を見る。このお花畑の花をすべて摘み終えるときが、のろみちゃんの爆弾を爆発させるときなのだと思う。たとえ誰も爆発に巻き込めなくても、それがのろみちゃんにとっての正しい戦い方だった。
/いつかのろみちゃんが死んだとしても、あたしはお葬式には行けない。生産性のあるあたしは、南西町に住むかぎり、喪服を着てはいけないのだから。

文学極道

Copyright © BUNGAKU GOKUDOU. All rights reserved.