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作品 - 20070115_511_1766p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


にじゅう年の熱帯の鳥

  流離いジロウ


まえ触れもなく いま
脳幹へとふりつもる花びら
失われたままの
ことばは 誰のものでもなく
檻のうち側でとまって見える とりの
ちっぽけな孤独

とりとは、誰の憧れであるのか。
にじゅう年ぶりにきた上野動物園は、雲が低く、午後からの小雨のためか、以
前と変わらず静まってみえた。私は所在なく、散乱した印象のあるプラスチッ
クのごみ箱をよけ、樹の枝から堕ちてくる雨の余韻を受けながら、閉園ま際の
とりの檻をみて歩いた。

ちかくの影か、敷地の何処かから、力ない風が寄せてくる。私は、きみを連れ、
始終とりについての述懐を止めない、きみのわずか隣にいて、みじかい私のに
じゅう年について考えていた。

声をうしなうこと
いみを欠くこと
おもいおもいの 
姿勢をうばわれること
思い思いのかたちで 意味をついばむこと
決して とびたたないこと
ゆっくり攪拌された時間が めを
覚ますこと

檻の前で、時おり他人に追い越され、別の他人を追い越したりしながら、私は
いく度かきみを確かめ、その後、檻へと視線をかえした。
以前、私は、この動物園にきて、さらに不忍の池をみて回って、無為に、まる
一日を潰したことがある。いま、私は既知の、けれども名前も知らない檻のと
りを前にして、きみの心配事と、とりの心配事について、何かことばを探して
いる。

檻の向こうの熱帯のとりは、気がかりな羽根の色彩で、奇妙に進化した頭部の
佇まいは、むしろ美しくおぞましくさえあり、殆どじっと動かなかった。予測
のつかないこえの震えや、あまりに永すぎる脳幹の沈黙は、檻のこちら側の私
を、不安にも、何故か幸福にもさせた。

とりよ 古代の
明るい あでやかな仮装と 
羽根に刻印された熱の息吹は
嘘なのか とりの記憶は花びらなのか
わたしの憧れは
誰のものだろうか

私は、不忍の池、とおもわれる上空をふり返り、雲ばかり、何の変哲もない上
野のそらをみ上げた。くらく連続する木立の向こうに、以前ながめた、古びた
ビルの看板があるはずだ。

きみは、誰の夢なのか。とりとは、誰の憧れなのか。
ふいに携帯電話を持ちかえ、とりの写真を撮りだしたきみは、その図像を示し
てよこす。暗がりの、檻のなかの息吹と、機械の待ち受けがめんに固定された
沈黙…。そらには、決して、見えない文字で、私のにじゅう年が映し出される
ようだ。

檻のうち側で いま
とりが揺りかえす
にじゅう年のちっぽけな孤独
途方もなく 花びらが堕ちる
いま
途方もなく
花びらが燃え 
みしらぬ
とりの脳幹が揺らされる

とりよ
とりよ

文学極道

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