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作品 - 20070102_129_1733p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


日曜日の午後

  コントラ


「日曜日の午後」

終わらない日曜日の午後。夢のなかで僕は、草の生えたサイクリング
ロードを母に手をひかれて歩いている。用水路のかわいた側壁には、
雨水の流れた跡がいくつも残っていて、ときどきそれは、人のかたち
をしているようにも見える。午後2時。市役所のまえの広場では、人
類の平和を願うメモリアルが冬の太陽を浴びている。全国の子供たち
から贈られた、色とりどりの折り紙と、寄せ書きで埋まる色紙。子供
たちは歩いてゆく。チューリップの花壇のある道を、手をつないで。
真っ青な空を飛行船が横切る。ドーム屋根の下には涼しい風が吹いて
いて、日が差す天井には赤や黄色の紙風船がゆれている。

メモリアルには、次のような言葉が刻まれている。

『かつてこの土地では/足の長い男たちが投下した/爆弾によって/
多くの命が奪われた/森林や田園は消失し/風景はまっさらな空白に
還元された/それでも/わたしたちは/この空白を愛している/わた
したちは/自由であり/平和な未来を/願うのである』

「空白」

最近の新聞によれば、この街で命を絶とうとする子供たちは、冷えた
冬の夕暮れに造成地の段丘を歩き、葉を落とした木立が空にとどかず
に終わる空白の意味を、どこまでも追いかけようとした。死ぬことは、
本当に空白なのだろうか。たとえば、熱帯雨林の奥に埋もれたた仏教
寺院の、石柱や回廊のレリーフにきざまれた人や樹木の模様の密度が、
人々の生のありかたに端正な形式を与えてきたということ。それはあ
まりにもあいまいな昔のことで、彼らの想像力の一部は、閲覧が制限
されているために、いくつもの数列のむこうに徐々に姿をあらわして
くるクリアな対称を、見出すことができない。言いかえれば、小さな
紙片に「憎む」と書かれたことの意味は、その紙片が朽ちてゆくテー
ブルの上で存在しつづける時間よりもむしろ、投げかけられた一瞬の
微かなインパルスによって、彼らの歩く道の上に、どこまでも影を落
としつづける。

「施設」

いまでも意識のなかに残る、焦点が合うことのない、いくつかの地形
図。たとえば、僕は、子供のころから、クリーム色の建物がこわかっ
た。その建物はサイクリングロードから見える丘に建っていて、そば
を通るとき、僕はいつも母親のスカートの陰に隠れていた。それらは
「施設」であり、等高線のそばにバツ印で記入されている、枯れた
木立に囲まれた場所。建物のなかでは、矯正器具をあてがわれた身体
が真新しいシーツのうえに並べられている。こうして日曜日の午後が
何年もつづいたあと、これらの身体は紙粘土のように水分を失い、や
がて用水路のコンクリートにわずかな痕跡をのこしながら、息たえて
ゆくのだろうか。僕は、廊下のつきあたりの、淡いひかりがこぼれて
いるガラス戸をあけて、建物の裏の、草が生えた空き地に出た。赤や
黄色の花が咲く、チューリップの花壇には、今日も新しい盛土がつく
られていて、そこには子供たちの名前が書きこまれている。

「集合的記憶」

たとえば、瓦屋根の家々に囲まれた田園で人々が、1932年に植えたア
カシヤの木の、根もとに飾られたいくつもの短冊や遺影が象徴するも
の。この土地に初めてやってきた僕らの祖父母は、地平線から吹く風
が運んでくる柑橘類の匂いを、いくつもの樹木を植えて土壌に含ませ
ようとした。ある日、背の高い男たちがたくさんやってきて、この土
地に家を建て始めた。何年かすると、彼らはオレンジの樹木に囲まれ
た中庭で、椅子に座り、評議会を始めた。僕らの祖父母が、侵略者な
のか、英雄なのか。それは足の長い男たちによって、木の板に貼られ
た白黒写真とカラー写真の対比のもとに人々に告知され、説明はなさ
れなかった。日が昇ると、僕らの祖父母はリヤカーに荷物を積んでこ
の土地をあとにした。地平線に続く人々の列が、砂を這う蟻のように
小さくなり、見えなくなっても、あたりに吹く風には、まだ柑橘類の
匂いが残っていた。

「日曜日の午後」

日曜日の午後。洗濯ロープに白いシャツがゆれる路地を、走ってとお
りぬけた。風景が、ガラス瓶の底のように青みがかっているのは、僕
の身体が施設化される以前の記憶だからなのかもしれない。サ
イクリングロードは静まりかえっている。かつて施設をつくりあげた
何百という労働者たちと、足場の悪い土地に仮設された、アリの巣の
ような作業所の群は、それが完成すると同時にすがたを消し、いまは
コンクリートの遺構が、街のあちこちでかわいた日差しを浴びている。
乾いた広場に立つメモリアルはどんな意味においても、中心(Symbolic
Center) を表現しない。かわりにそれは、この街の地勢図を、自らの
内部にとりこんでいる。それは、偏在する施設の中央に建ち、放射状
に延びる通りのすべての方面に、絶えまない監視を行き渡らせている。

文学極道

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