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作品 - 20060928_829_1576p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


荘厳主義II

  橘 鷲聖

物盗りが入ったか
大規模な秘儀が行われたあとのような書斎で
不可能言語が埋め尽くした本を
庇にして眠っていたのだ
しかもテーブルの上の書き物は
詩と、ダキニのデッサン、見当も及ばない計算、航海術のような、または神々の御名、未曾有の書き出し
俺はぼんやりとだが煙草とウォッカの銘柄を云える
ただし型崩れたシャツやコートのブランドは知らない
今日のスケジュールと夕食の約束も
ほぼ忘れている頃合いだろう
暁の居間に着いても勿論
髭を剃る気配も否や
見えない図を天空画に顕わしたまま
かろうじて寝癖を発見したくらいだ
おまえからの事務的な電話が律儀に入らなければ
おそらく煙草の空き箱を覗いた正后まで
手探っていただろう俺が
夕方までにせめて寝癖を直すはずはない
そうしておまえと花束が訪れ
ようやく今日の日付を確かめる様子を
一番期待していたようなおまえは
ちょっとイタズラな笑みを赤らめて
赦したつもりは無いんだが
心尽くしの花束を抱かされて
せめても寝癖を直させたおまえの
真心がそうさせたと云ってしまえばそれまでだし
控えめなおまえが薔薇を選んだ理由を
どんな思慮でも気紛れでも容易にさせてしまったのは
普段のように靴を揃えて見せない顔や
小さな仕草と整った隅々
グラスに注ぐ月の氷解
その叙情さえ気につかないほど
澄んだ暗黙を共有していたせいだろう
程なくして書斎の扉が軋んだ
それはどういった経緯か
料理店で程度の知れない洋酒を一本きり空けても
気が済むはずもなかった以後
それは確かだ
椅子に凭れる新しい一節と暗唱
静物の囁きも影も夜気に冷め
ようやく見開いた予感の一閃が
筆先や星の暦でなくまさかおまえが胸中より洩れる
淑やかな酔いの口寄せ
後戻ることのできない断崖を以て
スピカの譫言なら
ついに俺に掬わせた
生来より遠い静脈を辿り
果てしのない余韻を曳いた虚ろで
おまえは見つめた
降りしきる羽が初雪の月影であることを
俺は伝えない
アルコールより長く続く瞬間
余白は流れた水滴で焦げた
永遠に引き伸ばされてゆく
コロナを掲げた雪上で
悦びを星天ほども縫いつけて
おまえはその嗜虐を知っている
または臨界の向こうにある祈り
積乱する指先とインニヒス
速記される脚本は追いかけるように消え

文学極道

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