あなたの名前をつぶやいていた。私は錆びた車椅子から立ち上がって、一人で歩き出せる。/ようになっていた?愛だとかは、どうでもいい。「愛って隣人愛?」東北地方の小さな街で生れた。真冬の、窓の外の、ように白い肌の赤ん坊の私。抱き上げる腕にいつも噛み付いていた。/その時は、世界は平和だったのですネ。雪解け水で錆びたんですよ、この車椅子。酷いでしょう。ええ、酷い。車輪は踏み潰している。毛布(あなたの名前が刺繍してあるやつ)を。
クラスのみんなに嘘をついている。「どうして?」って、私のために。真実は名前と身長だけ。(友達が欲しかったんだ。)うそつき。教室の隅っこで、独りぼっちで本を読んでいる。読書は独りぼっちでするものだから、それで、問題はないでしょう。時間が過ぎるのは、案外、早かったし。本当は、車椅子なんかなくたって、歩けるのだ。弱気でつぶやく相手は教室の隅の壁。誰も私を認めてはくれない。/うそつき は なかよし。友達なんていらないよ。なかよし は うそつき。埋まらない空白には辛めのガムを押し込んでおく。たまに、車輪は踏み潰してしまうガム(味がまだ残っているやつ)を。
ゆーうつ。気に入らないものは、すべて轢き殺す(習性)。ばれてしまった嘘と、崩れた人間関係は修正が効かないなんて、もっと早く教えてくれたらよかったのに。いじわる。いじわるは嫌いだ。私は寂しくてしょうがないだけだったのに。あなたの名前なんてどうでもよかった。愛は隣人愛。私はみんな家族だと思っていたのに。ネ。世界は真冬には戻れない(毛布はもう必要ないのですね。)。それが摂理というものだ。教わらなくたって、そのくらいは分かる。私は今日も、錆びた車椅子の車輪の音で、何度も目覚めているのです。
最新情報
選出作品
コンプレックス
葛西佑也