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作品 - 20060519_040_1273p

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夏休み

  ユーマ

 塩屋神社の赤い鳥居は、濃紺の闇におぼろげに立ち昇り、明るい期待で人々をみおろしているように思われた。提灯は淡い光を壁面に映し、水木山のふもとに広がる光の群体は、遠く、防波堤におぼろに見える灯台にも光の残像を映した。こぼれる光壁は、うつろに歩く人々の足元に残り、いつまでも蠢く影を広げている。
 出店に目を移すと、金魚の屋台が美しい。透明な裸電球の光が水底に立ち上がり、金魚の影がその動きにあわせて、やわらかについてまわった。赤の残像は、相当数が乱舞をやめない。回転する水の戯れが、時おり差し込まれる白腕をかろやかにすりぬけて、そよぐ水に身体をもたせているようだった。
 私は、いつもこの光景をさわやかな音楽のように感受している。携帯のなる音を無視して、乱舞の水像に目をこめると、そっと清音が耳に流れるのだ。その刹那、手元には新鮮なぬくもりがまみれていた。それは、今しも金魚の彫像を暗やみから引き出して、手にもち、さらには振り回すような妄想が、この手の血流を昂ぶらせたのだろう。
   *
祭りの屋台では、さわがしい交錯があった。人々の黒い影が、流れるように引かれていき、神社の脇で携帯のメールを打ちながら、文字列がさわやかに祭りの影響を受けていることに気付いた。それは、そっと凭れる身体が、神木のぬくもりにまみれて、鬱蒼とした暗がりの跳ねたまろみに、私の手が戸惑ったのだ。

 潮風が神社をかけぬけて、遠くの灯台の光がここまで届いた。回転する光線が皮膚をつらぬき、神社の窓にも光はひろがり、そっと持ちかけた空気がやわらかな崩壊を見せているようなそんな気がしたのだった。
 波は、やわらかな砂浜にいつまでもあたり、筆跡を見つけたように、砂浜の白線をいつまでもなぶった。波が引くと、いつでも新たな筆跡がその姿をあらわしたが、それは次の波にのまれることで、またふり出しに戻る。その筆跡の変化が、祭りの光で余計に露わになったのだった。満潮の水のたわむれは、そっとまろやかな砂地に、浮かんだ月明かりを、祭りの淡い提灯の光壁とまぜて――それはやわらかに流れていき、いずれ消える。


ニュートロンをかきわけてしまえ
消えてしまえば、何でも同じなのだ。
ハマユウは含みすぎた水を滴らせて、北湾に光像を成した。

文学極道

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