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作品 - 20060503_569_1228p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


パトリシア先生

  コントラ



パトリシア先生は今日も
ハンドバッグを持って学校にやってきた
Buenos Dias (おはようございます)と
三度復唱させると
生徒たちにノートを開かせて
ひとつひとつ中をのぞいてまわる

石畳とペンキで塗られた家並みのむこうに
なだらかな火山が煙をあげている
金網で仕切られた屋上の教室では
遠くでバスの車掌が連呼するリズムが
風をかすかに震わせている

欧米人が歩く街に散りばめられた
鮮やかなテキスタイルの色が
今日も民芸品屋の店先を飾る
青い空の盆地にすっぽりとはめこまれた
この街に内戦時代の痕跡はない

万国旗がならぶオープンエアのカフェテラスでは
旅人たちが濃厚なコーヒーの匂いに酔いしれる
軽やかなサルサは、それぞれの瞳に映りこむ
ユートピアの表象と溶け合い気化してゆく

デコボコの道の先に見える火山が
今日はすこしゆがんで見える
褐色の農民たちはいつも道の片隅を歩いている
彼らはほとんど足音をたてず、示し合わせたように
一列になって通り過ぎる

2トントラックがヘアピンカーブ
を曲がりきれずにブレーキを踏む
その狭い路肩でじっと身を寄せながら
彼らは街の外のコロニアに帰る
そこではきっと降りやまない雨が今日も
とうもろこしの芯や
ちいさなマリアやイサベルのおもちゃを
グレーの濁流に飲み込んでいる

パトリシア先生は「インディオ」の話になると
いつも困った顔をする
彼らは森の木立の奥深くにいて
教会に行くことを知らない
それだけだ

そしていつものように話を変えると
「安楽死」は正しいと思うか、と
黒板に書いた

昼休みになると
パトリシア先生はバッグから携帯電話を取り出して耳に当てる
相手は年下の恋人で
来年の春には結婚する予定だ

そのあと、このにぎやかだけれど実入りの少ない
外国人にスペイン語を教える仕事を
続けるのかどうかは
まだわからない

文学極道

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