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作品 - 20060417_158_1178p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


夜の転移

  りす

送電線を渡っていく黒い片肺
夜を濾過するために眠りを捨て
置いてきた片肺を遠い声で呼ぶ
のっそりと玄関から出てくる私
たわんだ電線の間に身動く文字が
震えて声になる唸りを呼吸する
思い出した腰の下が夜を歩きはじめる


バス停 電話ボックス 私
似たような三体の空洞は
似たような三つの夜を迎える
時刻表 電話帳 新鮮な後悔
その近似値に光がさせば
正しく平等な朝がやってくる
それまでは夜の偏った濃度を舐めて
喉を湿らすしかないのだ


鼓動にあわせて手折る鉄塔
硬い先端はすみやかに嗅覚の蕾となり
香ばしい心室を串刺す針となる
シャーレに落ちる予め赤ではない血
私の標本が街に散らばる展覧される
電線をだらり垂らした押し花
枯れないための枯れたふり
仮死
私は理科室を内包して貧しい


欄干に頬を寄せて聴診する
岸と岸が交わす伝心の波
佇む影が残した熱のありか
河を抱いて私を抱かず
水をいつくしむ橋を蹴る蹴り
蹴らなければ
金属は私のように眠らない
金属は私のように甘受しない
軋みながら馴れて離れて
しばらくは人肌になる金属と私


遠く河口をふちどる光の粒
清潔な夢が海に落ちる港
幾千の眠りがのぼりつめて裂け
胸骨の裏側へ出航していく
汽笛が鳴ったか 鳴らなかったか
誰が乗ったか 乗らなかったか
振ったり 振らなかったりする手が
指紋を飼育する手であったと
忘れずに
冷たい欄干に言い含めておけ


輝く痛点を繋ぐ架空線を走り
船は波を潰しながら沖に出る
凪いだ水面に垂らした糸は
深海魚が不意に接吻してくる
懐かしい触りに震えている
深海でひいたルージュは光を借りず
つまり過去を返さない者の唇の強さで
声の門番として発光している
回遊している

  今こそ
  水揚げ 

唇を割って 
何が、
何を、
震わせるのか
私の閉じて尖った唇は
知りたがっている


港の灯が消えれば闇の遊びもない
視線が滲む温度の蓄えも尽きる
河は送電線から溢れた唸りを喰らい
向き合う岸を裂いてたしなめる
背骨に残る肉片のように橋にはりつき
私はあした聞きたい声を橋に刻む
赤く錆びて隆起する声を

文学極道

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