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作品 - 20060417_141_1172p

  • [佳]  地の船 - 樫やすお  (2006-04)

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地の船

  樫やすお

地底はあつく盛りあがり覗きこむようにしていた
船室のカーテンがどのようなリズムで揺れるのかそれだけが心配だった
うずしおを手の中でまるめ
私は更地にこぼされた砂粒をふみつけた

まあたらしいジャブローの水を
爪の先にあてがっておくと
ひとりのゆるがしたまなざしが
遠くもってゆく
もちこたえて
泥から与えられた尖った指先が
水上に描かれた文字がこぼれるとき映しとるほどに
精密な「水浴」について
囁きかけていた

私は線上に転覆してゆく船腹の横に隠れて息を継いだ
そのときは見つめ返すだけだったから
色の抜けた水面がうち混じれて
重なり合ってくる
空と空
に耳を傾けて落ちていた

額に息を吹きかけるように
めくれあがる葉のうらの一枚一枚が
流れにひたされて
魚類の粘液がその気孔から洩れている
私の虹彩にすりこまれてくるこれらの残像が後からするすると抜け出して
波の上を濁らせた

複眼レンズで捉えられた穴のない裸体のようなものが浮かびあがり
喫水線を呑みあげて
粗い光がその隙間を埋めている


(わるい思い出でなければいいのだが)


もう動けないくらい私は足を地面に差し入れて
たなびいている桃色の花弁を
鼻先に吸いつけた
新聞紙が燃えつきてゆく速度で滝を啜る遺伝が私に与えられ
ほんとうにそういうものがあればいいのだが
いまはそれも洩れてしまうから仕方ない
いつかの浜辺に打ち上げられていたまだ腐肉のついている鯨骨がそのときに現れて
その眼の在った部分が赤くひん曲がり
私をよこめで睨みつけて
風の中に消え去った

こうしてテレパシーというものがレールの軋む音の後に感じられ
私のような受体に垂れ流されてくる
これらの喚声が
次々に波の上を濁らせた
それらは黒い浮腫のように水面で詰まり
時折森の鳥たちが啄ばみにやってきた


(めずらしい歌声を持っているな)


鳥たちの囀りに気づくまで
私は立ちつくしていたのだが
いつしかこのうすい胸の動物を強く握り締めたいと思いだし
一足毎に重心を移動させていた
そのたびに土塊が植物を纏いつけてえぐりだされ
私の叫び声の代わりに喉の奥から多くの原油が溢れ出した


 *


鳥たちの眼は黒い沼のように吸い込まれている
憔悴した後の足がさらさらと水をたどり
樹木のようになった私は
鳥たちの屍を上空に繁らせた

文学極道

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