越境の朝
忘却の旅団が空を渡るために
なんと悲しい
列車は森を走る
突き出した小テーブルに散らばるトランプ
神秘學書の一節を
向かいの座席で眠る彼女のか弱い首筋を
インクで書いている静かな
神はまだ死んでいる
香水を一筆で落書きすると
匂って消える
魔術のような明暗を山稜が縁取ってしまった
おまえたちはもう白昼の星
この命運を守護していればいい
喧噪が
賑やかな恋が
艶やかな欲望の戸口に
携帯用のグラスにウォッカを落とした俺に
嫉妬しろ
辞書をナイフで広げたのは誰か
表面張力が弾けてしまって
インクが滲み
彼女が夢の中で
あ、と声を漏らす
噴水に俺が落ちたからだ
そのままよじ登った円柱に
青空が架かっていた
どうかあの子を救ってあげてください
酔っていた
森を抜けると鉄橋がある
誰も居ない連結車両の
遙か眼下の渓流を見つめたまま
窓に額を押し当てて冷ますように
思い出している
雨という雨が夢のようで
アダージョを出ても傘が無かった
破れたポスターの下に古いポスターがある町で
おまえは陽気な
雨を両手で抱き上げたのだ
感動ばかりしていたんだよいつも
印象画を並べて
指折り数えた幸福がもうわからない
裸足を投げ出し
積まれた本を崩して
愛欲がちぎれ飛んでいった季節に
一輪挿しは枯れ
だから水をくれと云った
詩人さ
テーブルを乗り越えた俺を
学究派らが一斉に壇上で押さえ込んで
こんな雨を待っていた
土砂降りの
叩きつける何度も
激情を奮う両手で抱き上げた
あの日のおまえと重なった俺は
神聖なひとりぼっちになり
これは失恋だと書き殴った
彼女は流れる風光ばかりになり
微笑んでいる
最後まで
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選出作品
作品 - 20060314_212_1046p
- [優] 先鋭 - 橘 鷲聖 (2006-03)
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先鋭
橘 鷲聖