僕はそのとき、半島を南に向かう急行列車のデッキにつかまって眺
めていた、養殖場の白い灯りを思い出していた。12両編成の客車は
大きな砂袋を担いだ男たちで混み合っていた。開け放たれた窓、暮
れてゆくモンスーンの稲田が果てるあたりには、送電線が走る低い
山の影が国境へ連なっている。列車が州都の駅の低いプラットホー
ムに着くと、餅米や、葉でくるんだ焼きバナナの入った籠を頭に載
せた女たちが、列車の窓の真下に集まりはじめる。
川向こうの病院から橋をわたると、黒く濁った運河と、白く干上が
った路地が幾本も交わる界隈の奥に、ドーム屋根のターミナルがあ
る。その駅からは、一日5、6本の普通列車が空っぽの客車を何両
も連ね、音もなく発車していった。日なたでは片足を負傷した兵士
が、生々しい傷口を太陽にさらしている。薬はどこの店にも売って
いなかった。テワナ風のブラウスを着た彼女は午前中ずっと、酷暑
の街を歩いていた。無音の路地から路地へ、そして僕を見つけると、
遠くから名を呼んだ。[・・・・・]
スタンドの柱にもたれて女たちが踊る歓楽街で、暗褐色のビール瓶
の内側に炎がゆれ動くのを見た。一本杉の丘から、牛車がぬかるみ
の道を進んでいき、小さな点になり、やがて見えなくなる。政府の
緑化政策は農薬の使用量を増大させ、低い山並みのあいだには真新
しい高速道路の高架が見えるけれど、この村へ通じる出口は無い。
バナナ会社は、栽培地を鉄柵で囲い、立入禁止の白いプレートを等
間隔で貼りつけていった。蒸し暑い雨期の午後、筵を敷いた床で横
になったまま痩せてゆく、都会帰りの娘の顔を、親戚たちは黙って
見おろしていた。
21号運河の駅を出ると、列車はスピードを落とす。線路のまわりに
空き缶を拾いにくる子供たちが、機関車の巨体の隅で背をかがめて
やり過ごしているためだ。線路際の青空市にならぶ鍋や薬缶が、真
昼の日を受けてきらきら輝いている。運河の水の底ではいつも、現
金支払機が札束を数える音や、レストランでフォークやグラスがぶ
つかり合う音が聞こえているのかもしれない。列車は分岐器を渡り
ながら、ターミナルのドームの影に吸い込まれてゆく。林立する信
号機の腕木はすべて、空を指している。
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作品 - 20060311_172_1042p
- [佳] 白い象 - コントラ (2006-03)
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