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作品 - 20060119_379_909p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


中田島砂丘

  りす

海鳴りが聞こえると姉さんは踊りだす
白いソックスを脱いで両手にはめて
籠目籠目を調子っ外れに唄いながら
日めくりを無闇に破りはじめる
跳んできた婆さんが首根っこ押えて
騒がしい屋根に雷は落ちるんぞと叱るが
姉さんは体をよじって婆さんをほどき
縁側から跳びおりてサンダルをつっかけ
海に向かって一目散に走り出す

婆さんに急かされてゴム草履をはいて
姉さんの赤いサンダルを追いかけると
南の空にはもう黒い雲が集合している
叫び声のように曲がった松の防風林が
半島にある人柱塚へ向かう参列に見える
山村生まれの婆さんは段々畑がふるさとで
半世紀を海辺で暮らしても未だに海を疑い
防風林の向こう側はあの世だと思っている

道が果てて砂丘に入っても海はまだ遠い
散在する流木が這い出してくる腕のように白く
踏んづけても飛び越えてもぐにゃりと手招きする
日が落ちた何もない砂丘で海を目指すには
流木の間を蛇行しないで手招きに身をまかせ
地形の記憶など捨ててしまったほうがいい

不意に赤いサンダルがふたつ宙に舞って消えた
姉さんの背中が近づくにつれて潮の匂いが濃くなり
姉さんの肩に手をかけたとき波が足元を洗った
うしろの正面 だ、 あ、 れ、と低く呟いて
姉さんは振り向きもしないで海を見ている

海は石炭のように黒く冷たい腹を見せて横たわり
火を点ければぐらぐらと煮えたぎりそうにみえて
だから姉さんは赤いサンダルを海に放ってみたのかと
口に出しても仕方のない問いかけが喉元で燻っている
雷鳴と同時に竜のような稲妻が黒い空に走り
青光りの瞬間姉さんの白いソックスをはめた両手が
灯台のように空高く突き上がっているのが見えた
もうすぐ巨大な二本足が上陸するよ
姉さんは優しい声でささやいてじっと海を見ている
後ろを振り向くと遠くに婆さんの姿が見えた
拾った流木を杖にして砂の斜面を突つきながら
ゆっくりと海のほうへ近づいてくる

文学極道

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