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作品 - 20051220_930_848p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


コロニア・ペニンスラル

  コントラ


コロニアの低い屋根、一直線にのびる道は暑さで少し歪んでいて、クロームメッキのように日差しをはじく。はるか向こうに、赤いボンネットバスが停まっているのが見える。粉塵を巻きあげながら、バスはほぼ5分おきにこの道をとおって、中心街の映画館の前までコロニアの住民をはこんでゆく。家々のドアは開いていて、タイル張りの廊下の奥にはハンモックが揺れている。コンクリートの裏庭、洗濯ロープごしの空。角の小さな雑貨屋にはいると、店番をしている少女が涼しげな笑顔で僕に話しかける。カウンターにならぶ曇ったガラス瓶のなかには飴玉や袋菓子が入っていて、蓋はかすかに古い油の匂いがする。

日曜日の朝、カンティーナがならぶセントロの南、サンフアン公園のまえでカルラと僕は待ち合わせる。大きな籠を持った女や、パナマ帽の男たちのかたまりが市場の方角へ動いている。生身の空気をつたって流れる、きざんだ野菜や吊るされた生肉の匂い。

休日なのに遺跡公園には誰もいない。入場券を買わずに鉄線をまたいで登る7世紀のピラミッド。石段に腰かけると濃い緑の森がどこまでも広がっていて、街は見えない。遠い土地に移り住む記憶が手を重ねる、湿気をふくんだ曇り空の下、地平線を背にして笑うカルラ、そして僕もやがて静かに背を向けてこの半島を離れてゆく。底の広いズボンを履いて鏡をのぞいていた聖人祭の朝。植民地時代の教会が立つ広場で、6月の日差しにゆらめく花柄の白い衣装。アイスクリーム売りの鐘の音。

乾期の陽は早くも傾いている。荒れ野のなかの一本道を、近くの村にむかって歩く。空は冷たく澄んでいて、鳥の鳴き声が聞こえる。空も空気もエナメルのように艶やかで、手を触れることはできない。公園の傍の壊れそうな椅子のうえで、僕らはなかなか来ないバスを待つ。ネクタイをしめたモルモン教の青年たちが村の人と握手しながら別れを告げている。日が暮れかけている、汚れたシャツの子供たちが鬼ごっこをして走りまわり、僕に気がつくとはにかんだ表情で笑う。

何年か後にこの土地で、天井の高い家に住むことを考えていた。海を渡ってきた荷物をほどきながら、たくさんの学術書を本棚に整理してゆく。空は晴れていて、どこかで聖人祭の行列がねり歩く音がする。街の通りは青い水で満たされてゆく。その青い水のなかで手を振る父や母、そして僕。団地の下の傾いた時計塔、砂場にささったままの積み木。

コロニア・ぺニンスラルの午後は洗濯物がゆれていて、太陽は街をアルミのように白く光らせる。



1.コロニア(西語)=街区
2.セントロ(西語)=街の中心部、ダウンタウン。中南米の都市は碁盤の目のところが多く、たいていその真ん中にカテドラル、市庁舎、広場などがあつまっていて、その一帯をセントロと呼ぶ。
3.カンティーナ(西語)=酒場。労働者が集う場所という含みがある。

文学極道

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