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作品 - 20051121_437_761p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


旧植民地にて

  コントラ


日本製の中古バスは
扉を開けっぱなしで疾走して
サロンを巻いた男が
イギリス煙草をすすめてくる
曇り空の日本を上空から
眺めた映像はだんだん小さくなって
いまはもう見えない

その村には1週間滞在した
ニャン・ウーの市場へ
砂埃の一本道を3人で歩く
乾期の太陽は日陰の余白を残さない
くたびれた僕らは
食堂でタイガービールを飲んで
安宿にかえると
スプリングの抜けたベッドに倒れこんだ

天井の羽根扇風機が音もなく
風を送りつづけていた
夢で見るのはなぜか
日本のことばかりだった
大学のクラスメートたち
せまい下宿でジンを飲んで
とめどなく語り
昼すぎに目をさます日々
ヤダポンが大きな目を
見開いて今日も
百合子ちゃんのことを
話そうとしている

軍政が布かれて長いこの国で
バスを乗り継ぎ
ドーム屋根の市場をぬけて
日なたの道を汗だくになって歩いた
インド人の商人や
白粉を塗った少女たち
靴工場ではたらく青年
夜行バスで首都に着いた朝
街角の屋台でコーヒーを飲んで
どうしても代金を受け取ろうとしなかった
「生きることではなく
生かされているということ
宇宙の調和のなかで」
汚れたノートに
ガイドブックの言葉を走り書きしている
僕はまだ二十歳になっていなかった

3日過ぎた午後
僕は首都に戻っていて
ガラスばりのエアラインオフィスで
バンコクまでのチケットを予約した
ガラスの向こうでは相変わらず
三輪タクシーが行きかい
闇両替の男たちが観光客の姿を
注意深く探していた

目抜き通りのインド料理屋に
行くと店員が僕を覚えていた
「旅行はどうだった」
「この国が好きか」
「もう明日帰るんだ」
「いつかまた来たい」
僕は答える
僕らはならんで店の前にしゃがみ
彼はイギリス煙草の包みを
僕のまえに差し出した
「日本に持って帰れ」
にぎやかな通りの先では
パゴダの尖塔が容赦ない
真昼の日差しをはじいている


注:パゴダ=東南アジアなど上座部仏教の国に多い円錐形の仏塔のこと

文学極道

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