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作品 - 20051109_119_716p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


1979年 武蔵野

  コントラ


踏切には食パンの屑が散らばっていて
ストライキの西武線は
西日を受けた会社員たちが
田無の方角から歩いていた

自転車の後ろで揺られ
世界はぼんやりとしたピンク色で
みたされていた
雑木林のまえのアパートで
母は買い物袋を降ろすと
豆球のあかりをつけた
天井には対角線に
張りめぐらした万国旗
サッシからこぼれる夕日が
静かに畳の上をあたためていた

坂道を降りた丁字路のむこうは
黒い木立が続いていた
そこにはこれから生まれてくる
子供たちが住んでいて
僕の妹もまだ
木々の間を走り回ってる
神話のなかの精霊のように
1979年
眠れぬ夜に母はよくそう言った

その夜母はいなかった
仏壇のむこうで台所に立つ祖母が
ほんとうは耳のそばで
静かに正座しているのを
知っていた
夢のなかで僕は
淡い午前の光の奥で黄色の
信号機が点滅している道を
母に手を引かれてあるいていた
その場面をビデオテープのように
何度もくり返し再生した
手をはなすと
ダンプカーがたてる黄色い砂埃
にはばまれて母の姿は
もうみえなかった

それから生垣に囲まれた
埃っぽい道を
ずいぶん歩いていた
木造の家々は黒くしずみ
まるで廃屋のように
どこも戸を閉ざしていた
西武線の踏切の
矢印が夕もやのなかで赤く
光っていた
僕はまだひとりで
踏切をわたることができない

全速力で走った
いくつもの郊外の食卓を通り
いくつもの日照りの路地を過ぎて
郵便ポストの角を曲がれば
1979年
畳に落ちた新聞の切抜き
6畳間を照らす暗い豆球の下で
座っていたことを
憶えている

文学極道

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