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作品 - 20051101_945_686p

  • [優]  EXILE - 鷲聖  (2005-11)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


EXILE

  鷲聖

 
 
表質の剥がれ落ちた壁の
白いチョークで書かれた途方も無く長い数式を
最後まで追ってゆけば
避暑地だった
木漏れ日に白んだ先は
雨あがりの木立を天蓋にした道で
俺は落ち葉の絨毯を蹴りながら
いっそうに香りを吸った
うねるような道々をどこまでも往けば
獣が何度も横切り
不思議そうに鼻唄の俺を見つめてはまた消えた
幸福とは退屈もするもんさ
靴底の減らない詩人はソンネを作らないという唄を作っては
大欠伸と同時にバタリと女と出くわせて
互いに歩を弛めた
俺は煙草を挟んだほうの手を挙げて
ヤァと声をかけたんだが
それが不味かったらしく
女はキュッと唇を締めて立ち止まる
困った俺は用も無いのに頭を掻いて背後を振り返ったりなんだり仕舞いにはその気も無しに道の先を訊ねた始末
海があるよ、と大人びた美貌とは裏腹に幼い調子で喋った女だ
ハラハラと舞い散りる葉が
あまりにその白い肌に光陰を引くので
俺は素っ気ない礼を述べ
吐いた煙に目を逸らしながらその場を辞したのに
女は付いてきていた
あんた行き先が逆だろうにと振り向きもせず告げれば
俺を追い抜いてみせて
陽だまり浴びる金色の髪を揺らした
甘い香りが微かに届き
胸の奥で
獰猛な沈黙が
落ち葉を蹴りあげては
ふたりが笑いながらそこをくぐり
掌を湿った幹に押しつけ
蜥蜴が肌をゆったり来たり
一滴の星が
首筋から
はるか
草の上に落ち
喘ぐ
獣が瞬きをする
指と指とは糸を引いて
知らない
知らないと
真っ赤な舌が
葉脈を舐め
どこかでパキリと枯れ枝が爆ぜては
汗ばみ
四つん這いに走る
食い込んだ爪に
歯軋った
露が飛散した
慟哭
俺は眉一つ動かさずに女の目を
一度だけ見たなら
心を合わせないよう伏し目にすぐさま通り過ぎた
しかしまた追い抜こうと企てたなら
女の腕を乱暴に掴んだ
驚いて見開かれた
瞳の色が
真っ青な空と雲間を映している
その無垢に哀れみをかけ
前髪を浚って額に気の無い口づけをしたのなら
女はなんという恍惚な顔をしたのだ
俺は掴んだ腕を離さなかった
静かな吐息が
はっきり聞こえたような錯覚
風が吹いた
ざわりと
森が泣いた
どういうわけか
簡単なほど
女はスルリと束縛から逃れていて
次の曲がり角に立っている
追いつけば
女が優しく指さした先には
水平線
ほら
ほら

笑うので
俺はどうしようもなく笑った
それから
手を繋いだ
煙草を持つ手を逆にして
慣れないまま
やがて鬱蒼とした樹海から
ひらけた高原へ
そこから海を見た
無数の光の破片でできている
海を見た
藻掻くように
草原は靡いていて
そこを二人は駆けた
苦しく悲しかったはずなのに
転ぶほどに駆けてゆく
疲れてしまえば
草臥して
鳥がゆくのを見ているばかり
時間を忘れた頃
俺は女に罪を告白した
空は次第に紅くなり
女は肯いた
知らない場所で断崖に波濤がぶつかる
その音を聴いたような気がしたが
さらさらと草が擦れているだけなのだ
秘密を囁くからと云って女が俺に近づいたのを
宵の星が見ていた
胸を裂いて
凡ての生命がじっと夜を祈った
呼吸だけになり
ほどけた
一枚の絵のような綻びのない湖面に
波紋が落ちた
抱き合ったまま
思い耽っている
どこまでも果てのないものについて
すこし眠り
俺たちはまだ長い夢から醒めないまま
波打ち際まで歩き着き
裸足になり
夜の砂の冷たさにありもしない悲しみを描いたりしたが
それはすぐに波に浚われてゆく
疲れたわ
眠たくなったわ
と女が笑うと
俺はフッと
あの途方も無く長い数式を思い出す
顎に当てかけた手を女は取って自分の頬に当てがい
忘れてよ
と告げたその表情は
月明かりを背にしていた
当てがわれた手に熱い雫が当たる
それは
囁きかけた秘密
俺はそっと放すとまた歩きだそうとして
どこ往くの
と悲鳴のように云った女の手を牽いてゆく
薄明へ
 
 

文学極道

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