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作品 - 20050412_064_175p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


アイス

  佐藤yuupopic

俺はまだゆく気はないよ
おまえと春午子(はるこ)をおいてゆく気はない
時々島のよに飛び石のよに記憶が途切れる
けど大丈夫
何一つ失くしてはいない

透明な液体が身体を巡り
栄養がしみては漏れ
血を脈打たす
俺は
点滴につながった一本の
生かされた
管だ
でも
まだゆく気はないよ
少なくとも黙ってゆく気は

痛む背骨を裂いて
黒い鳥が躙り出ようとしているのが
わかる
飛び立つ気配
近づく
でも、まだ、
その日ではない
俺はまだ
放つ気はない

器の蓋によそった粥を
一匙一匙忍耐強く口に運んでくれる
(少しも欲しくないからもういいんだよ、と思うけれど
おまえが平気な素振りで、眉をわずかしかめるのが、つらいから、俺は、ゆっくりゆっくり飯粒を噛んで、ゆっくりゆっくり飲み下す)
おまえの指がうんと好きだ
最近淡い色に爪を塗っているね
春午子が生まれてからだったか、それより以前のことなのか
定かではないが、いつしか止めてしまったようだけど、近頃、また
塗り始めたね
(初めて出会った大学の構内が思い出されて、
胸に何かが灯ったみたく、あたたかくなる)
おまえの指が好きだ

窓の外は吹雪いているようだね
風が強いのだろう
引き千切った紙片のよに舞う

いや
雪じゃない
そうだ、四月だもの
ああ
桜か
あれは桜なんだな

(まるであの日みたいだ)

桜吹雪く昼下がり
産院へと続く急な坂道を
俺は上って
おまえ達に会いに往った

何か欲しいものはあるかいと訊ねた時
おまえは
「アイス、アイスがたべたいの」
と、しきりに云ったね
覚えているかい
俺は覚えているよ
今も
先刻観た夢の続きのよに
あの日の続きにいるみたく
思うよ

ミルク色の手足を持って生まれた娘の名前をアイスにしようと云った時
おまえが強固に反対するから
止めたけど
冗談半分のふりで結構本気だったんだ
アイス
「いつか 誰かを 愛す」
なんて
好い名前だと思わないかい

愛す
愛す
おれは
おまえを
春午子を

(酷く

怖い

でも、

おまえには

決して

云わない)

そして

あの
春午子が生まれた
薄桃に降りしきる花びらの午後を
苺のアイスを二人で頬張った午後を
いつまでも
愛す



黒い鳥よ
どうか
まだ、

はばたくな

文学極道

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