はしら時計が正午を打つころ
仏壇の扉をあけて
父さんが帰ってくる
それが正しい日課だから
母さんは、大洪水のさなかにも、また
この世の終わったあとも欠かさずに
蕎麦、茹であげ待っている
「消化によいからね」
赤い塗料の、ところどころ剥げおちた
まるいテーブルの上の、醤油瓶のかげから
這い出てくる妹の声
オッカナクテサ、地上の円周をたどれない
針金細工の、出発の塔の上のひとはけの雲
「おにいちゃん、いないよ」
「おにいちゃんはね」
「銀蝿にさらわれたの」
無数の曖昧な供述が淘汰されて
とおい食卓のへりにあらわれる、まだ
誰も知らない絵を、夢みているような
はてしなく何かを、はぐらかしているような
魚を焼くけむり、線香のけむり
大きな穴のなかへ
しんみりと消えていくさざめき
最新情報
2005年03月分
月間優良作品 (投稿日時順)
次点佳作 (投稿日時順)
- 来迎 - 広田修
- ウミツバメが、旋回する - こもん
- MAKING EPIC - Canopus(かの寿星)
- 今日も今日とて高架の下で、3年寝かせた私を殺す。 - 徒川染ノ美
- リフレイン - ワタナベ
- 空き地 - 光冨郁也
- かぐら - 守り手
- 龍との生活 - Canopus(かの寿星)
- 滅び - 広田修
- 垂直 - 丘 光平
* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。
卓上家族
冬の詩人
街はゆうぐれ、息はつめたく
ふれあうものみな悲しいけれど
かなしいけれども
こころ引きよせるほのかな明るみに
女は
黒髪にその若さをしめらせ
いくたばの淡い詩集をたずさえながら
じっと
ありたけの想いはしずかに
病をひめた都会びとへ
おしみなく
生をささげる、真白なおまえの手のひら
その手のひらに
ただ
風はたわむれ、息もつめたく
ふれあうものみな切ないけれど
せつないけれども
なにものか想い高鳴るかすかな願いに
ひとびとは
ちらとむくいる刹那もしのんで
沈黙の背なをわすれがたみに
影、遠く
日々の暮らしへゆきすぎるのみ。
ああ冬の詩人よ
そのこまかにふるえる桃のくちびるは
あまりにたよりなく、そして
はかなげで
なげきの胸にゆらゆらと咲く
うすむらさきの花。
今宵、この街に雪は降るのだろう
あの手のひらに雪は降るのだろう
しんしんと しんしんと
ブルースカイ
冬になり、女の顔をしたバードは飛び去った。わたしは、あの時の車をスクラップにして、海の見渡せる丘に部屋を借りた。情報誌でバイト先を見つけた。倉庫の仕事に就く。朝七時半、精神安定剤を飲んでから、家を出る。伝票に従い、棚にパソコンの部品を入庫する。夜八時半、家に帰り着く。休みの日は浜辺に出て、流木を拾う。
わたしは日曜日、干してある緑の作業着をよけて、ベランダから海を眺めていた。
(今日も流木を拾いに行こう)
わたしは部屋の鍵を閉める。洗いざらしのスニーカーをはいて、外に出る。今日は、空が低い。乾いた舗装道路を渡り、砂地の枯れ草の上を歩く。休みの日は午前十一時から外に出る。西日になる前に、部屋に戻る。それまでに流木を拾って、昼食をとる。
遠く水平線に白い波が光っている。潮の香りがする。吹く風に、紺のダウンジャケット、ジッパーを胸元まで上げる。波打ち際を歩く。白い枯れ木を一つ見つけて、拾う。枝に小さな海草がついている。枯れ木を持って、また歩く。スニーカーの中に砂が入る。丘の上、スクールバスを改造したカフェに向かう。タイヤを車止めで固定した、黄色い車体。銀のプレートの看板。
バス裏手の空き地、枯れ木の枝を置く。空白を埋めるため、わたしが置いた流木がいくつか傾いている。
バスの階段を上がり、中に入る。腕時計を見ると、十二時半。カフェで、サンドイッチとホットコーヒーを注文する。わたしは本棚から、読む雑誌を探す。手に取り読む。活字に疲れると、窓の向こう、バードが飛んでいた空を見る。青い空に、翼が羽ばたく姿を思い出す。集めた枯れ木や流木に、風が砂を吹きつける。
(空の青さを取り戻すために)
砂に生える枯れ木。その上に広がっている、窓越しの遥かな空。風が吹く。わたしが枝に付けた、バードの羽根が揺らめいている。その女の顔を思い出す。
わたしは振り返る。ドアのガラスに、切り取られた冬の、薄い空の形。
出産
妻が出産に備え里帰りした
いつもは少し窮屈な我が家だが
妻の不在が幾分の余裕を与えている
居間に面した小ぶりの庭に咲く、種類のわからない花たちが
花弁を寂しげにぼくに向けている
そんな何気ない場景に心がうごくのは
ここに生まれた新しい空白のせいかもしれない
朝、目覚めるとぼくの妻は隣にない
仕事からの帰途、
同じ外観の家が密集する住宅地に、一軒灯りの点らないぼくの家がある
ぼくの家から灯りが消失することで
ぼくは自身の消失に頓着せずにいられるのかもしれない
(いや、それは正しくない
ぼくは妻の不在に関係なく、いつも消失していたのだ!)
電話越しの妻の声は
実家で暮らす安堵感に出産間近の興奮が混ざりこみ
いつもとはどこか調子が異なっていた
「ちゃんとごはんは食べているの」
「庭の花に忘れず水をあげてね」
ぼくたちには、いくつか事前の決め事を確認するだけの少ない時間しかなく
出産の日が近くなるにつれて
妻との関係は、ますます希薄になっていくような気がした
妻のない休日、庭先に置いた木製の古い座椅子にぼんやりと腰掛けていると
一匹の猫が迷い込んできた
首輪も見当たらず
どこかで飼われている猫ではないようだが
親しげにぼくになついてきた
あいにく与える餌を持っていなかったので
何度もやさしく撫でてやったのだが
やがて気が付くと
彼女の姿はどこにもなく
どうやらぼくはまたここに
ひとり取り残されてしまったようだ
ある日の深夜、妻が無事出産したとの連絡が妻の母からあった
「みんなで待っているから早く見に来て頂戴ね」
たったひとつの小さな生命の誕生が
これまでの家族のうねりを倍加させ
ぼくを飲み込もうとする
ぼくはたまらず電話を切って
とにかく眠ろうとした
だけども
明日の朝早く(みんなで)
電車に乗って(待っているから)
どこへ行けばいいのだろう(早く見に来て頂戴ね)
頭の中におぼろに浮かぶ二つの地点がどんなに苦心してもつながらない
ぼくは
今、どこにいるのだろう
(その時、猫の鳴き声がひとつ、ニャンと
外から聞こえてきた)
ドアの断崖
たわいもない言葉が
殺意にかわる
ドアのむこうは
いきなり崖で
おちていった悲鳴は
だれのものだったのか
あいかわらず世界は美しく
それに見合うだけ酷薄だと
きみはペーパーナイフで
ひとさし指の皮をリンゴみたいに剥いて
笑っている
血が流れでないのは
時間を所有してないから
痛いのはきみではなく
愛を語るのも へどを吐くのも
詩を 書かざるを得ないのも
事件の核心を
ドアのむこうに
突きおとした
ぼくのほうなんだ
クライシェの星
先刻、起きたら
姿
鏡に映らないし
裸足で降りた
春迫る中庭のグリン、濃い影、落として揺れてる
のに、わたしにだけ、影がない
(わたし)
棘に足、取られて
こんなに血がにじんでるのに
痛くない
(じき、)
明るい日曜の昼日中
鉄塔にも
乗り捨てられたポンティアック6000STEにもあるのに
(死んでしまうのかな)
わたしにだけ、影がない
(一昨日
紙幣五枚、とバミリオンイエロのキャンディ両手いっぱいで、わたし、買われた
あんなふうにしてお金、もらうの初めてでひどくびっくりした
断ったのに、
キャンディ、もほんのちょっとだけで好かったのに、
ど、してもくれたがるからみんなもらった
かわりに
「内股の刺青。
(去年
フランクフルトで友達になった
キーファーに似た面立ちの若い彫り師が入れてくれた
日本では見えない星座の、
形)
美しいから俺に頂戴」
て欲しがるから、たぶん二度と会うこともないけど、やさしく触れる入り方も、
指も、それと、声も、悪くないから、
あげた)
先刻、起きたら
ああ、
違う。
きっと
眠ってるの、起こさないよ、にベッド、滑り出て
靄がかる白い朝を
タクシーが拾える処まで
(ただ、ずっと
キャンディ、かすかに、甘い、くちびる、噛んで
自分のつま先だけ、しか見てなくて)
一人
歩いてた時から
既に
こうだったのに気づいてなかった
だけ、で
(刺青、あげてしまったから、)
理屈、わかンない
けどアタマじゃなくて、ここに、すとん、と落ちるみたく
そう
わかった
クライシェが彫ってくれた、
星
いつの間にかわたしの一部じゃなくて全部になってたンだな、
て今更
右足のつけね、さみしい
わたし、あんまりに、うんとバカで
そんなしても、もう戻ってきやしないのに
声を上げて
泣いてしまった
春彼岸
あたしは幼女になって
あなたに誘拐されたい
ひらひらと
垢ずんでいく赤いスカート
あたしたちは
いつか家のあった
日本海のそばを歩いていく
みなそこにもねやがある
と
あなたが言い
あたしも
そうだみなそこにもねやがあるわ
と思う
あたしは幼女になって
あなたに誘拐されたい
そして水面に
垢にまみれたスカートを
のこしていきたい
風景檸檬
心地よい熱を持った幻に包まれて
穿った世界を鼻で笑った 素晴らしい風向きにラズベリーの匂い
熱病に吹く風 病交じりの歌声
檸檬の冷たさをイメージする昼下がり
三つ数えたら街は崩壊する
グレープフレーツフレーバーの煙草が打ち消したもの
びいどろの甘さが世界を優しくした
偏西風が強すぎて 凧揚げが出来ない子ども達
みんな玩具のピストルを持って走っていった
三十九℃の優しさを感じて
鼻孔の痛みが風を甘くした 跳ねた髪が空を近くした
街路樹が空を持ち上げてる 電線の網が雲を支えてる
額に落ちた葉が優しくて 世界は甘い匂いでほんのり冷たい
プレゼント持って家に帰る気持ちで
風景画に色を乗せる
きっとみんな窓をあけてる
窓枠についたあたたかい曇りくらい愛しい
きっと今日 熊たちは眠りから覚める
柔らかい冷たさ 甘い風の匂い 肺に落ちる優しい水滴
乾いた肺に吸い込む甘い冷たさ
きっと今 世界の家ではみんなシチューを煮てる
エプロンに落ちた水滴くらい世界は優しい
冷えた爪先で触れる頬とよく熟れたオレンジ
子ども達はみんな疲れて帰ってくる
眠りにつきたいほど世界は優しい
電柱の冷たさくらい心地よいものはなくて
このままずっと街に立っていたかった
手は赤く暖かくて 電柱の冷たさはどこかで覚えがある
すりおろした林檎のイメージ ほら世界は優しい
身体の重さが空気を軽くした 解け残った雪が優しく揺らした
三十九℃の優しさに流れて 熱い歌を吐き出した
揺れる意識は世界を着色して
檸檬の冷たさをイメージさせる
口に含むびいどろの空想 甘くて冷たい世界
冷たい指先が頬を撫でる思い出
ニンゲン
団地の昼下がりはいつもと何ら変わりがない。芝生で寝そべる老夫婦が一組、どうやら誰の知り合いでもないらしい。二人の手は握られている。集会は退屈でしたね、あら、そうかしら。駐輪場の自転車にはどれもサドルがない。ぼくは最後の扉を開けた。数々の便器が空に宙に散逸する。同じ穴ぼこを失った男と女。そいつらが老夫婦になるにはいくつものハードルがある。ハードルを越えた先に、穴ぼこがある。だけども実際に突っ込まないとそれが穴ぼこなのかどうかわからないらしい。市バスが急停車した。その音は始まりというよりは終わりに近かった。握る手を探していると、夕が暮れた。
トカゲノシッポギリ、トカゲノシッポギリと娘は唄う。半ば狂っている。新しい圧力鍋がやってきた。ぼくはそれを使いこなす自信がない。警官が発砲した。撃たれたのは老夫婦で、血を流しているのは穴ぼこを見つけたばかりの、ぼくと同世代の男と女のペア。彼らはやがて枯葉となってぼくたちの踝を埋めた。それは意味のない記号で、だからその存在はやがて薄れてゆく。誰も文句など言えないし言うつもりもない。最後の扉を開けたっきり、ぼくはまんじりとも動けずにいた。歩道は乳母車で渋滞している。先頭を行く派手な装飾の乳母車が燃えて立ち往生している。ぼくにはこの歩道がどこに繋がるのかなんてわからない。
眼前の鉄橋。風に煽られ、ゆうらゆうら。上下左右S字型にくねるそれはもはや橋なんかではない。やっとこさ、市バスが急発進した。なぜ急発進してしまったのかはわからない。ゆるやかに発進すべきだったと思った時には乗客はそんなことを忘れていた。運転手は不平を垂れる乗客を急停車によって一掃していたから安心して急発進した。発砲する警官を発砲する警官。老夫婦は走り出す。ぼくは走り出さない。駐輪場でラッパを吹いた。娘は半ば狂っているという。右側のエレベータが故障しているというのは初耳だった。
テニスコートの白線を不意になぞる指の先っぽ。最後の扉は開けっ放しだ。娘はトカゲになった。駐輪場でシッポを切った。ぼくは半ば狂っている。起源なんてものは宇宙の果てにある極微小の宇宙塵に過ぎない。ニンゲンの犯したささやかな失策は運悪く初期値鋭敏性に囚われた。アダ無とイ無は偽物だったのだ。さあ、定刻だ。君が誰かは知らないが、シッポばかりを死ぬほどあげるから、ぼくたちに相応しい食用ニンジンを気の済むまでご馳走してくれないか。
来迎
水平線から屹立する歪んだ石棺の中で、僕は世界を描いている。つねに覚醒する神々の息吹に合わせて、僕は一日を造形する。鳥たちは朝と昨日とを見つけ、太陽は残酷に衣装を剥ぎ取る。選ばれているのだ。だが、奪われてもいる。暗い内水の高まりゆく刹那、「彼方」は諧調の狭間へと四気を滑り込ませる。校庭の音楽、沈黙の味わい、闇の手触り、海の匂いを。僕には「描く」ことしか許されていないのだ。
光を失った珠璧から雫が落ちる。幸福でさえ僕を正しくは満たさない。
かつて世界は繊細だった。運命の質量に星々は静かに耐えていた。かつて僕は「彼方」に在ったのだ。小さな家や大気や蝶番を奇蹟とも思わずに。森の中で意志なく木肌に触れるとき、今でも呼び声が聞こえる。僅かな冷気とざわめきとが手のひらに集まると、「彼方」は僕をとらえ、その磁力で僕の内皮に烙印を押す。郷愁の調べがさざ波のように揮発する。そして僕は反転する風景の中で、やさしさの意味と出自を思う。
描くことは無に開かれた義務であり、僕を熱する。そうやって、薄片の地球を保つ。
事務員の子宮に胎児を描いていると、光が潜行した。僕は、精神病棟へと向かう僕を、描く。流動する建材は冷え冷えと影を射止め、階梯はおもむろに高度を呑み込む。かたくなな距離を得て、遠近のない闇へと浮かぶ。浮かばせる。顔のない精神科医は幻覚を見る少女を招いた。少女は闇を背負い、奇異な仕草のしるしを残像に刻んだ。だが僕は描かなかった!精神科医を活け花に転生させる。彼女の描く情感のうねりにより、彼女が「彼方」からの来迎者であることを知った。僕は植物のように、大地から温かいものを吸い上げ、四方に放射した。
雪の蔵する光たち。「彼方」は薄光に照らされて。そして、光は血となり滾りゆく。
喜びが溢出し、浮力が僕を支える。衣服から転がり落ちる幻滅を丹念に拾い集める。けれど少女は泣いていた。安息の地は奪われて。流れる風は棘を持ち、みなぎる水鏡を傷つける。少女を冷徹に見やると、僕は唐突に、夜の王冠を失ったことに気づいた。
* 末尾コメント省略
ウミツバメが、旋回する
ウミツバメが旋回
する
潮のさしてくる時刻、その時刻が
きみに
言葉をかける。
記憶するように、数えるよう
に、
数え入れるように、多くのもの─(そこには
数え得ないものも
含まれるだろう、たぶん)─を。
それらは教える
数えるように、
追想する、
わたしのものでない
還ってくるものがある、わたしに
戻りながら
わたしのものにならないもの、
戻ってこない
もの。
今日(この時は
わたしのものになる
だろうか)─、
記念する、そして
記念される
もの
が、
訪れつづける
それらは数える
教えるように、
数えるものについて、ウミツバメが
旋回する、その時刻。
旋回する
ウミツバメの
数は、
数々。
MAKING EPIC
●はじめに●
はじめに
大きなぬいぐるみを抱いた
可愛いコアセルベートに人生の苦味を少々
タブラ・ラサ
タブラの遠雷のリズム
クレシェンド クレシェンド
地平線を つっと引いて
近づいてくる拍動の朝に
視界には うす汚れた茶色い階段が
ぎいぎいと暗く鳴いてるのしか見えないけど
湿った三畳間の下宿で
布団にもぐりこんだ君しか見えないけど
●しあわせについて●
むかしむかし
ぬいぐるみをいとおしく抱いたよろこび
ぬいぐるみに布団をかけてあげたしあわせ
記憶する手のぬくもり 君は寝ぼけまなこで
洗面器に水を汲んできて
櫛に水をひたして
長い髪を梳いている
窓の隙間から湿った冷気が忍び込んでまぶしい
同じ水で顔を洗う
軽く体も拭く
タブラのリズムは目と鼻の先で
早くもシタールとギターが空から降りてくる
引き出しから古い手鏡を取り出して
にい と笑顔の練習をする
少し濁った洗面器の水を
ひとさし指でかき回して
歯は
歯を磨きに
君は洗面所へ降りていく
●あこがれについて●
(ロマンスに憧れることはあるけど
ヒロインも経験してみたいとは思うけど
ミニスカではしゃぐ高校生は少し羨ましいけど
いつも同じジーンズを履いて
悠久のリズムに身を浸しているうちに
なんだか気持ちよくなってしまった
友達とよく屋根には登った
膝を抱えて生きていられるほど
人に囲まれてはいないから)
パンの耳に砂糖をまぶして
それでもコーヒーはきちんといれた
朝ごはん
●不安について●
先だって汚してしまったジーンズが
まだ乾かない 二本しかないのに
空は今日も曇っていて君は短いため息をつく
ため息はスタッカートで
小気味よいギターに変わる
大きな不格好な黒い傘 くすんだトートバッグ
やさしいシタールのピチカート
自転車の鍵を持って
●子守唄●
シャッターの降りた早朝のアーケイドで君は自転車を停めた
どこか遠くで三線(さんしん)が聴こえて
君はそっと涙した
●MAKING EPIC●
ぎいぎいと鳴く茶色い階段を昇ると
湿った三畳間の下宿のドアには
「外出しています」の札
カーテンが降りて
部屋はいっそう暗く
誰もいない
人々の優しいことばは君のもの
絡んでくる酔っぱらいは君のもの
うねるタブラのリズムは君のもの
輝くシタールも君のもの
ひさしぶりに見た夕焼けは君のもの
カップに残ったコーヒーの苦み
河原でホタルを見た
頬をたたく風
あるいは強い雨
ちょっとお腹がすいて
友達の笑顔
青い空
虹
みんな君のもの
今日も今日とて高架の下で、3年寝かせた私を殺す。
もう疲れたの、と言えば、それなら終わりにすれば良いのに、と、膿んで生まれた声がする。
私は、終わり?、と尋ねると、何のてらいもなく頭から、手近な石に、跳ねて飛び込む。
撲死かな?、撲死だよ。
小石が、囁く。
死体は、置き去りにされ、狂う狂う。
そしていつの日にか、美味しそうに発酵する。
有機化合物分解後、の、それは、多分愉し気に、町を駆け抜けていくのだろう。
るんたった。るんたった。
明日も、同じ時間、列車がここを走り去る頃。
待っているよ。
待っているよ。
リフレイン
リアシートの女が
もたれかかる窓には
人々の行き交う街の喧騒がうつり
それが音もなく流れてゆく
目を閉じても
ネオンの原色が
まぶたの裏に繰り返し焼きつく
鼓膜を揺らすウッドベースの心地よい重みが
全身にかかって
リアシートに埋もれる女
立ちこぎで坂道を登ってゆく
その頂上からはこぼれるほど青いそらが広がり
冬の余韻を残した風が全身をなで一息にとおりすぎる
最後に
ちからをこめてペダルを踏みつけると
そらよりも青いいちめんのいちめんの海
呼吸に合わせて
イヤホンから流れ込むウッドベースは心地よくはずむ
かすかな潮の香りが
深呼吸するたびに
大気に混じって入りこみ
指先からつま先まで満たされてゆく
古びたウッドベースの弦は無く
くりぬかれた黒いすきまを覗けば
かすれたアルファベットの文字と
たまった埃
ただ、そのままじっと目をこらしてご覧
暗い空洞に
節くれだった太い親指が見える
次にしわだらけの黒い手の甲
腕の筋肉が繊細に
そして大胆に動く
くたびれた椅子に座った大きな影が
上体を前後に揺らす度に
ウッドベースは心地よくはずみ
心臓をふるわせる低音が聴こえてくる
窓を流れる街の喧騒を忘れ
リアシートの女は眠りに落ち
うち寄せる潮騒の波間をただよう
弦の無い
古びたウッドベースの音
空き地
わたしには女の声が聞こえる。誰にも似ていない声。でもひとには話さない。話す相手もいない。流木の散らばる砂浜。わたしはひとりで波間を眺める。ジーパンの後ろポケットに突っ込んだ神話の文庫本。もう何度も読んだ。あの日、海で溺れかけてから何年も経った。わたしはバイト先を転々としながら、生活を続けている。流木は裂けて白くなっている。砂浜にはひとはいない。あっただろうだれかの足跡は波で消えている。みんなどこかへ行ってしまった。わたしだけがここにいる。
風が強い。波が荒れている。今日も流木が一本流れ着いた。砂浜に打ちよせられる。ひとの腕くらいの大きさ。わたしは近より、手をつかむように引き上げる。女の腕くらいの重さだ。シューズの中に海水が流れ込む。乾いた砂浜まで持っていく。気に入ったので空き地までその流木を運ぶ。抱えて坂道を上る。ときどき思うことがある。バイトの倉庫の作業中、頬杖をつく送迎バスの中、文庫本を開いて電車待ちをしているホーム、眠れないアパートの部屋の中。思うことがある。思ってみても仕方ない。
そして空き地。丘の上、海を見下ろせる場所。少し離れたところに森があり、その入り口近くの崖に、昔の防空壕がある。この空き地にはひとがいた形跡がある。中身の入ったコンビニの袋が捨てられている。わたしは新しい流木を置いた。まだ黒く濡れている。以前あったスクールバスのカフェはなくなった。失われた黄色い車体。すみに別の白の乗用車が乗り捨てられている。タイヤが外されている。前より空き地のスペースが広くなり、その分、わたしの流木が増えた。空白を埋める腕に囲まれる。いくら集めても何にもならない。そんなことはわかっている。でもわたしは集める。流木の林。
天気雨。風が強い。わたしは空き地の中心にタイヤを置いて座る。チューニングをするように、指で宙を探る。しばらくすると、女の声が聞こえてくる。女は意味のとれないことをしゃべりつづける。わたしは黙って聴いている。わたしが話しかけても、木霊のように同じ言葉しか返さないから。女は笑う。雨が降り注ぐ。シャツが濡れる。ポケットの文庫本は大丈夫だろうか。空は青い。わたしも笑う。女の声を聴きながらもひとりでいるのが、楽しいから。
かぐら
凛、と鳴って しゃんと立つ 炎にまみれた夏神楽
舞っている、村娘 星雲 渦状 静寂も破轟もすべて突き放して
折り重なった夜の彩度をひとつにつらぬく彼女の咆哮、流星群
線で揺らして 地で壊す 影絵 反響 炎上炎舞
村祭
朝をうばって
乱雑に破滅する
彼女、輪郭 薄紅 体躯 中空に触れる 手でえがく
燐光 線描 夜に裂く花 呼んでいるのか殺しているのか
ただ待っている だれもが 彼女、ただ舞っている
彼女、幻想の幼生 妖精 光源がつよく明滅している それから
億千の願いのなかでかすりついた傷痕 彼女、痛苦 花束 それから
彼女、それから 花束 反響 光、はじけて、強くつぶって
古ぼけた冬
古ぼけた教室 なめらかな肌
あの子、云って かみさま
薄いまなざし
それ、誰に言って そこには誰もいないよ 誰もいないよそこには
窓枠、すすけた空 古ぼけた校庭
そこにはだれもいない
燈炎、吹きあがって 膨張する影
獣の息吹に溶けた天幕 焦熱でふれる鼓膜 崩落、
彼女 同化している そのすべてを 統べて たとえば右手は大地を切る風
活きている いきている 吐音 強打、連続 咆哮再度 呼んではいない 殺すばかりで
形骸だけの音楽に、息をあわせて旋回点 塔炎、吹きあげて ひかりが囁く脈動しろと
なまえをなくして怒声になれと 彼女、融解、こころの氾濫 築かれた夢が破鏡していく
あらゆる星が彼らの限りに呼応をはじめる きづかれた夢を消すそのために
振動 邂逅 神楽の強打は音圧を、途方もないほど上げていくだけ 閃熱、包囲 夜にとどめて
朝をころせと吐く、声、とぎれて 流海にただよう季節のなかで 夏だけゆるして あとはつぶして
彼女、いつか死ぬよ
あの子
目を伏せて
白い呼吸が 幼い
うたごえ
あの子
薄紅なんかつけたこともないのに
似合いすぎて 夏神楽 彼女、凛と鳴って
音声 破裂 かえろう 還ろう きみはそこにいないよ それは終わらないよ
疲れたね すこし暑くて なくしていいから 壊してかまわないよ
茫洋 段階が散った海は遠く ざわめいているのは生物だけではなかった
剥奪された、朝 その夢 あの子が軋む海岸線は 残り香たちの暮れる場所
あの子
いつか死ぬよ たとえば右手
なめらかな肌 やさしい呼吸 ひかり
ゆるされた瞳、まなざしを
ふりほどいて
しゃんと立つ あの子 深い呼吸 白く ひびきつづけた熱源は
浅く、 りんとなって冷たい
龍との生活
ぼくは龍と二週間ほど同居したことがある
猫のフクちゃんが何かひらひらした
長さ30cmくらいの紐とじゃれて遊んでいた
それが龍だった
あまりに哀れに干からびてたんで
風呂場で水をかけたら ジュッという凄い音がして
あたりが湯気でみえなくなった
風呂場の入り口で首だけ出して覗いてたフクちゃんは
バクチクが破裂したかのようにすっ飛んでった
視界がようやく開けたそこに
龍が浮かんでいた
以前 飛行機に乗って
上空から関東平野を眺めたことがある
平野のいちめんにうっすらと灰色の空気の膜がかかって
それはいちめんのスモッグで
こんなところにぼくは帰るのかと
暗澹たる思いをした
龍も同じ風景を視たのだろうか
こんなとこには霞はかかりはしないのに
はたして龍はタバコの煙には徹底的に弱かった
昼飯のお粥は箸を使ってペロリと食べた
フクちゃんはテレビ台の下から出てこなかったけど
二昼夜ほどして ようやくお気に入りのクッションで丸くなった
でも耳はピクピク動いていた
部屋の真ん中に龍 行儀よくとぐろを巻いて浮かんでて
チロチロと小さな炎を吐いて あ 鼻ちょうちん
新たに購入した空気清浄器の甲斐もなく
龍は日に日に弱ってちゃぶ台の上でぐったりとしていた
しかもフクちゃんまで思わぬ同居人に不貞腐れて
プチ家出をしちゃったんで
ぼくは龍を山に連れていく決心をした
上高地や安達太良山がいいか と訊ねると
龍はゆっくりとかぶりを振った
仲間はどこにいるのか との質問にも首を横に振った
ぼくは知った
人が龍を想わなくなって龍の個体数は減少の一途を辿ったのだと
そして彼こそが
日本最後の龍なのだと
ぼくは龍を信じよう
龍と暮らした二週間を胸に抱いて生きよう
ぼくは龍と卓を囲んで最後のお粥を食べて
お気に入りの この街でいちばん見晴しのよい丘で
龍とさよならをした
昼の白い月は思ってたより大きかった
龍は人間式のさよならをぼくに返して よたよたと
灰色がかった青空の彼方に消えていった
龍の通り過ぎた後には虹が架かるのだと
この時 初めて知った
滅び
細かにえぐられた容積を抱え込む椎の木立が潜熱としての意味を失う地点であてど
なくさざ波は広がる。枝間からこぼれ落ちる木の葉ははじまりを告げる単音を虚空
に受精させ大気がむららと熟するのを苔のように待つ。
日暮れに飛び立つ堕天使がしぐさの内側にやさしさを隠しているように、まばたき
をするたび密度を増す画された光風はあさっての電線に暗闇を隠している。ただ縞
蛇だけがそれを紐状に抜き盗り腹の底にはわせる。
秩序は始まった。真珠のまとう光彩のように。
チェルノーゼムに穿たれた井戸を音楽家がのぞき込むとき雑音は掃き出される。原
石が夕日を越えてすべり落ちるので夕涼みの宝珠を磨き出す。だがなめらかな接触
は意図せずして絶たれてその間だけ彼は滅びの歌を聞く。
朝のゆたかさが霧をのこす頃合に大気は熟して木の葉は土をまねる。こころよい波
をかえす活字たちに囲まれて啓蒙家はゆるやかな盆地にひそむ。だが時おり章句は
雨のように壁立するので彼女は滅びの剣のつかを握る。
栄光や功名は秩序への反逆。切り込んでくるやいばを防ぎきれずに。
あかるい熱量のつまった半球形をかすみゆく風景に開いてきた音楽家はつめたい昼
にうなだれる。質量を充填していた真っ赤な泉は夜月のように源へと回帰して色を
うしなった彼のもとには線的な外郭しか残らない。
ボーガンのように固形化した革命家の理念はあたりにむれる白色の嬰児たちによっ
て引き絞られて一斉に矢をはなつ。なみいる衛獣たちの命脈が音なく瓦解してゆく
中、彼女は支配者の脳髄に黒剣を突き立てて狂い笑う。
木の葉は土に還った。秩序はとまどう粒子たちに受肉し、首をもたげる。
幼子の、顔だった。
* 原註「チェルノーゼム:ロシア平原からウクライナに分布する肥沃な黒色土」
垂直
行って来ます
新たな
一日分の死を計りにかけると
私の朝は昇る
午前
世界の路上で
小猫は息を絶える
そのために
車は道路を走るのだ
私はおまえたちの文明を知っている
その文明の血は私にさえ流れている
見よ
われわれには
まだ 歩むべき足がない
われわれの足には摩擦がない
ただ
無実の死が
地球を赤く湿らせるとき
世界の中心は
おまえたちの文明を恥とはしない
私の無抵抗こそ恥とするのだ
そのとき
私は垂直する
恥もなく
死に触れたものとして
さあ
おまえたちが気に入らないのなら
ベルトコンベアーで運ぶといい
私の遺体を
このやっかいな不燃物を
垂直のまま
路上に突き刺しておけ
午後
世界の病室で
被害者は息を絶える
そのために
監獄のベッドは増えるのだ
私はおまえたちの法律を知っている
その法律の血は私にさえ流れている
見よ
われわれには
まだ 学ぶべき心がない
われわれの心には角度がない
ただ
無情の死が
地球を赤く湿らせるとき
世界の中心は
おまえたちの法律を責めはしない
私の無秩序こそ責めているのだ
そのとき
私は垂直する
責めもなく
死を汚すものとして
さあ
おまえたちの邪魔になるのなら
法廷から叩き出すといい
私の遺体を
このやっかいな不信物を
垂直のまま
病室に
突き刺しておけ
夕刻
世界の戦場で
民間人は息を絶える
そのために
兵士は靴を磨くのだ
私はおまえたちの平和を知っている
その平和の血は私にさえ流れている
見よ
われわれには
まだ 立つべき大地がない
われわれの大地には重心がない
ただ
無数の死が
地球を赤く湿らせるとき
世界の中心は
おまえたちの平和を咎めはしない
私の無邪気こそ咎めているのだ
そのとき
私は垂直する
咎めもなく
死を語るものとして
さあ
おまえたちの足手まといなら
手足を縛りつけるといい
私の遺体を
このやっかいな不純物を
垂直のまま
戦場に
突き刺しておけ
零時
低温な
一日分の死を計りからおろすと
私の夜は沈む
お帰りなさい
その
赤い瞳へ
世界の暗殺者は帰ってくる