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∧ ∨ 12184 : かげ / 最終作 ありがとう '20/10/28 21:40:49
どうして、なみだは
きれいなの
それは、かげが
あるからよ
もしも、せかいが
とうめいで
かげの、ひとつも
なかったら
なにを、「きれい」と
いいましょう
あのこが、しくしく
ないてても
だれが、なみだと
わかるでしょう
いつも、かならず
そばにいる
やさしい、かげさん
ありがとう
>> permanent URI: http://bungoku.jp/ebbs/20201028_152_12184p
玄こう :
こんばんは、
コクヒョウで、すみません
着眼点はいいと思いますし、
謡のリズムを外見上なんとか保たせているものの
着眼した発想が、一般的な作文から抜け出していない>どうして、、なの ...(云々)だから
>もしも、、だったら ... どうして(云々と)よべましょう だれが ...
自分の思いや書き手の発想を読者によくわかるように伝えたいという気持ちがあるからか、説明書きがもろに出てしまうのは、、まぁ、わたしもだいぶその点で苦労し、その抑えや押さえの手加減がとても難しいのですが、やはり詩として、詞としても、正直イマイチでした。
フレーズや詩文の量は、この半分でも充分の気がしました。 また、童謡を追求されていると以前おっしゃってましたから、暗誦できる、というのも大事かな、と感じます。
今まで投稿されたものを、実際作者さんが、どこまで暗誦できるのか、、「お寺の子」は、一字一句全てはむりですが、思い出して、そらんじてみたくなります。
半ば強引に、作品介入し、失礼かと存じますが、
論的な流れを抑え、音やリズムの調子を優先させ
内容をできるだけ壊さず、仕立て直してみました。
やさしいかげさん どこいった
どうしてなみだは きれいなの
あのこがしくしく ないている
なぜかいつも そばにいる
やさしいかげさん どこいった
どんなにせかいが とうめいで
どんなかげさへ なにもなかったら
なみだがきれい そうよべるかしら
四行、二連で、内容を凝縮させ、
頭韻、押韻を揃えたり、リフレイン、音数、リズム
という詩の基本的なカタチを与え、
この二連の終わりの二行もかなり下手くそですが、上から下へとありきたりに流れてしまうような
作文の体裁から外して、詩の持ついくつかの要素技術を加味してみました。
詩の文字の並らびを見て、読者が音読したり、そらんじてみたくなる。
詠みやすさ、記憶に残る、といった魅力がいくつも、必要の気がしました。
これで、最後とは思わず、今後も追究され、またご投稿くだされば、と思います。
いろいろ読者から注文をつけられ、好い良い評価がまだ少ないかと思いますが、
詩も、童謡や童話といったものを書くのにも、傑作が書けるようになるには、一生かかるものと思います。
今の時点でめげず、これからも、どうぞ、宜しくお願いします。 以上です。
. ('20/10/30 23:37:16 *12)
∧ ∨ 12171 : harpy 白犬 '20/10/23 06:31:21 *1
風切り羽根を微かに震わす
風を目を細めて視る
内蔵に絡み付く野薔薇の刺が優しい
貴方のimageは風に溶けて
もう貴方の顔も忘れてしまう
届か無いと千切った腕が
いつか貴方に
届か無いと毟った羽根が
いつか地上に
啄み(孕む)のは言葉達です
うんざりと
海に漂流するそれらを
性器を掻き回した指を
口に入れられた時
生臭い潮に似た味がした
私のお腹の中に
まだ海が居るの
求めるものから
引き千切られて
寂しく発光する
醜い寄り合いに
いつか彼らに
柔らかく命の香りがする
春の光が
届くようにと
大きな風切り羽根を1枚引き抜いた
落とす
紛れもなく貴方と
もう名前も呼びたくない
地を駆ける毛むくじゃらの私は
はちきれんばかりに尻尾を振るのです
本当に、楽しかった
内蔵が求める獲物の連鎖を
誰も彼もがその時には泣いて居て
私達と私達は殺し合い
私の嫌いな正義さえ擦り切れて
野と水と記憶が残り
記憶
私は火を飲む
内蔵も脳も
てろてろ融解する朝に
零れるものを掬い溢れるものを掬い
私は人面の鳥
火を飲んだ
私の中にしか無い空へ
羽瞬く
その太陽を突き抜ければ
また会える?
また、会いたい
貴方に
貴方達にも
空も
地も
海も
光が 溢れて
>> permanent URI: http://bungoku.jp/ebbs/20201023_012_12171p
自由美学 :
この作者さんが投稿されるものは、毎回似たり寄ったりのテーマではないかと。そう思えてきた。
それを詩にすることが浄化の儀式のようになっている本人にとっては、ごくごく自然の産物なのかもしれないが。
しかし、これが読み物としてどのような価値を持つのか。読者にとって、それを読むことにどんな意味があるのか。そこんとこを作者自身で考えることはあるのだろうか。
私一読者からすれば、これは、純粋なアートまで高められてもいなく、売り物としての、たんなるポルノにまでも吹っ切れていない非常にぬるい作品である。
どちらにしろ、エンターテイメント性という観点から考えて、鑑賞に耐えうるまでの精度が一連の作品にはない。
作者自身が作品の立ち位置などまったくつかめていない状態なのだと思う。
文章表現上の技術的な評価、それ以前の、書き手としてのスタンス等、その辺りの根っこの問題があるように思えますね私には。 ('20/10/29 21:49:17 *1)白犬 :
自由美学さん
お読みくださりありがとうございます。
自由美学さんが私の詩に対するこめんとで岡崎京子(へるたーすけるたーかな、良い作品です)を思い出すとか褒めてたのを前に見たんですが、次はえんためになって無い・鑑賞に耐えうるまでの精度が無いですか…。私の詩はへっぽこで技術も無く、同じようなてーまの繰り返しではありますが、それでも私の命で以て書いてるつもりで。内容を理解しているとも思えず、そもそも簡単に掌を返すような評を書き込む(しかも消す・その程度の評しか書け無い)評者を私は信頼しません。ごめんなさい。。。
後、そもそも私はえんためとして詩を書く気が無いです。それもごめんなさい。あーとまで高められて無いはその通りですが、えろてぃっくである無しに関わらず、今、ねっと詩であーとと呼べるまでのものがどれだけ投稿されて居るかも、私には疑問です(私が知ら無いだけかもですが)あーとを商業えんためと入れ換えても同じこと。まぁ、だから温いものを出して良いと言う訳でも無いですね。
感想・ご批評くださり、ありがとうございました。 ('20/10/30 17:11:48 *4)自由美学 :
私はここでは読者が絶対だと思ってるんですよ。ほとんどの書き手は、何の権利もないくせ偉そうな主張ばっかしてるけどね。つまらん戯言に付き合ってもらってる身分で、身のほど知らずに読者選んじゃねえよって思うわけなんですよ。読者からのコメント、これを一つでも頂けたらそんで上等だろと。
その人の読み手としての在りかたではなく、書き手としての在りかたを私は見てしまうわけなんですが、そこを測る目安として私なりの基準なんかも色々ありまして、そこもまた人それぞれでいいと思うのですがね。
書き手としての、というかまあ、ここでの基本的なルールの話になりますが。まず、自分が投稿した作品。これに寄せられたコメントにはすべて目を通し、その上で、それらへのレスを行う。そして、次の投稿へは、そこまでを完全に終えてから進むってのが基本的なルールだと思うんですね。
書き手に望まれるこのような姿勢は、数回の投稿を見ている限り、この投稿者には身に付いていない様子でした。そのため、きちんとコメント書いてやる理由も失ったので、私は白犬さんの投稿作品へのコメントは削除しました。読んでいたとはこれはこれは。ほほー
それから、まあ、あれこれ言われるのがイヤなら、自由に好きなこと書いていい世界に行けと。最初っから読者を必要とするな、読者を選ぶなと言いたい。
私は読み手としては傲慢だし、率直な感想を述べます。
あなたはこのテーマ一本で今後も行くのなら、非常にありふれたテーマであることのリスクをきちんと理解した上で、それなりの対処をしっかりしていくべきだと思いますよ。さらなる工夫や、斬新な切り口が必要とされるテーマやと、ちゃんと把握して書いてくださいねってことです ('20/10/30 18:12:09)湯煙 :
>柔らく命の香りがする
ここは、(柔らかく)の誤字になりますかね。
白犬ワールドといえば失礼かもしれませんが、単なる詩作という感じではなく一種の行といった感じはあります。ヘルタースケルターもそうなのかもしれませんが、絵画ですと松井冬子の作品、神話をモチーフにしたような動物の絵本や暴力についての本を出している方など。観想を思わせるものがありますかね。
昔に現フォに出入りし始めた頃、プロフィールに(私、心病んでます)といったことを書かれていた方がいました。癒やしやヒーリングやトラウマなどが巷で語られていた影響もあるのかもしれせんが。アートや詩作にはそうした側面もあるのかと少し驚いたことを思い出したりもします。 ('20/10/30 18:26:08)白犬 :
自由美学さん
なる程。そうした礼儀やまなーについて、ということであるならば、確かに私はきちんと出来て居ません。なるべくやりたい、と思って居るのですが、出来て居ないというのが現状です。。。ご指摘ありがとうございます。注意して行きたい、なるべくこめ返ししてから、次の投稿をするようにします(ただ、私の場合は誰かの作品にこめんとする場合、必ずしもれすを求めて居なく、あれば嬉しい、位の気持ちであるし、書き手はなによりも作品で以て示して行くべき、こめんとはあくまで付属的なものと今の所考えて居るので、たぶん自由美学さんとはだいぶ考え方が違う)(こうして反応をいただけるのがありがたいのは確かなのですが)
後、私のまなーがなって無いからこめを消した、というのは了解なのですが、>エンターテイメント性という観点から考えて、鑑賞に耐えうるまでの精度が一連の作品にはない
と言う文と岡崎京子なんて強きゃら持ち出して褒めちゃったこととの矛盾は取り消せてねぇよ馬鹿、と突っ込みたいですが、まぁ、考えが変わったのだろう、私が自由美学さんが期待した程の書き手では無かったのだろう、ということで不問にしますね(^ω^)
このてーま1本で行くかどうかまでは判りませんが、私は器用な書き手では無いので、自分がその時感じて居ることを書くので今の所精一杯であり、それが修羅しゅしゅしゅの道であるとしても、逸れる気は今の所ありません。そもそも詩は私にとって苦しみの吐き出しです。まだ。それもとても有り触れたことですが。あどばいすありがとうございます。
再びのこめんと、ありがとうございました。 ('20/10/30 18:40:41 *2)白犬 :
湯煙さん
お読みくださりありがとうございます。
誤字して居ますね。。。直します。ご指摘ありがとうございます。
松井冬子、わりと好きです(夫?の諏訪敦の絵も)盲犬図がとてもつぼです。でも、彼女の作品は圧倒的な画力で以て成り立って居ると思うので、自分のようなへっぽこの描写力ではまだまだまだだと思います。。。>神話をモチーフにしたような動物の絵本や暴力についての本を出している方
気になります。誰だろう?幼い頃から獣人や天使や妖精等、いわゆる人外の存在が好きで、そういう絵ばかり描いてる子供でした。大人になり、一応恋愛や人との関係性もてーまに加わりましたが、きっと私の作品は今も幼児や小学生れべるからあまり進歩して居ないのだと思います。だから自由美学さんに突っ込まれてしまったりするのかもですね。>一種の行といった感じ
私は特定の信仰や宗教を持たないので、詩が生の学びと実積の場なのかもしれないです(敢えて言えば好きなみゅーじしゃんの信者ですが…)心の病、のような話とも関連して来るかもですが、私は若い頃に引きこもりになり、長年引きこもって居たので、多くのものがある意味普通の人よりも絶たれて居るのかも知れず、まともな常識も少ないと思います。その中で、生きる、ということを模索して書いてる面はあるので、それが観想(初めて知った言葉です)に繋がる雰囲気になるのかも。私は私の生の意味を詩を使って引きずり出したいし、自分が感じてる生きにくさのようなものの答えを見つけたい。それを克服する手段になれば良いとも思って居ます。何処かで。ただ、心の病み、闇、のようなものを全面に出すすたいるは、私の好みでは無い気もします。でも、詩や創作の界隈に来て、その中で交流も増え、たくさんの人が心に痛みを抱えて居るのだと知った今、いわゆる一般人(健常者?)と心に病や闇を抱える人の違いとは?と考えて行くと、線引きや違いが判りづらくなっていくところもあるかもと。。。みんなすれすれで頑張ってるよなぁ、と。そういう感覚が最近の自分はでふぉになってしまったので、むしろあーとや創作=病んでる、みたいなのが普通に感じるようになってしまったのですが。昔はもっと陽気な力があったかもですね。。。
例え病んで居ようと闇であろうと、私は光を信じたいですが、そうしたべたな言葉では捉えられないものを捉えていくのが詩の言葉かも知れない。頑張ります。
長くなってしまいましたが。
感想・ご批評くださり、ありがとうございました。 ('20/10/30 18:54:27 *3)自由美学 :
>地を駆ける毛むくじゃらの私は
>はちきれんばかりに尻尾を振るのです
>本当に、楽しかった
ここは良いです。この辺りでいったんは盛り上がるものの、>内蔵に絡み付く野薔薇の刺が優しい
>私は火を飲む
>私は人面の鳥
>また、会いたい
>貴方に
>貴方達にも
ここら辺で冷めちゃうんです。なんか知らんが一人で浸ってんなあと。
上がり、下がりのそんな波を繰り返しながらも、差し引きすると結局入りきれなかった。冷めたというわけです。
私という一読者との駆け引きにこの作品は負けたというわけです。
今んとこ、まだ自分慰めてるだけのナルシストポエムではないかなと思いますが。あと一歩、いや、まだまだじゃないですか。
これは、誰のための表現でもない、自分のためだけのポエム。誰に向けられた言葉もない、何にあてられたメッセージもない、私欲を満たすための「閉じたポエム」なわけですよね。
お気に入りのワタシ世界にどっぷり、ひらがな調で浸るのが好き。それはわかる。すげーわかる。
奇をてらうつもりがさらなる凡庸におとしめがちなこのテーマ。エログロそのものを普通に扱うだけならもう古い。
エログロから逆に生臭さを抜き去ってしまうとか、それこそセックス・アンド・ザ・シティ風のコメディ路線でいくとか、何らかのハッと目を見張る工夫がないと、この手のやつはもう正直読む気がしない。
自己流でも何でも、極めるんなら極めてください。いずれにしても、相当なセンスと技術が求められるでしょうけどね。
あなたの作品の世界が、まるで蜷川実花の映画を思わせたと私は言った。へルタースケルターかさくらんかそんなとこだと。
ここで作品を誉めたり持ち上げたりしてくれている人達はみんな、義理でやってんだよ本心からやってることなんてあって一割ぐらいじゃないか?笑。無理してんですよ皆さん。わかれや
あと、きついことを言われて傷つくぐらいなら、なぜ性描写に走るんだよ。創作と開き直ってむやみやたらに際どい表現振り回してるくせに。こんな意見はつきもんだろ ('20/10/30 20:39:35 *1)白犬 :
自由美学さん
うむー。。。負けましたか。私の性的魅力がまだまだ足りないということですね(完全に違う)そうですね、1人よがりかもです。湯煙さんのれすにも書きましたが、幼児や小学生が自分の好きな絵を描いてるような、まだまだその程度なのだとは思います、私の作品は。だから自閉的と言われてしまうのかも。人との関係を築くのが得意で無いのも出てしまってるのかな。特に耽美的な描写であったり、歌詞のようなすたいるの呼び掛け、のあたりは、もっと表現に工夫を凝らしたり、それこそ技術、と呼ばれるものが無いと、読者を冷めさせるだけなのかもですね。。。私なりの精一杯で、自分の気持ちや見て来たものを表現しよう、他者に呼び掛けようとも一応してるのですが(ただ、他者に呼び掛ける・めっせーじ性のある詩が必ずしも正しいとも限ら無い気はしますが)頑張ります。>ここで作品を誉めたり持ち上げたりしてくれている人達はみんな、義理でやってんだよ本心からやってることなんてあって一割ぐらいじゃないか?笑。
そうなんすか?私はこめする時は大体本心を書くので、受け取り方もそうだし、岡崎京子出して貰った時は素直に嬉しかったです。。。私は魚喃きりこのが好きですが、岡崎京子も凄い漫画家だと思ってるので。性描写が多いのは、単純にえろてぃっくな表現に自分自身惹かれる、好きな表現だから、というのと、もうそれが手癖・自分のすたいるになってしまって居るのがありますね。。。私は腐女子で、詩界隈に来る前はそちらの界隈に居たので(BLは性描写が非常に多い)、そうした表現が自分の中ででふぉな所があり、正直、自分では大して際どいとも思って無いです。。。(奇をてらってるつもりも無い)普通じゃね?位の感覚で居たので。麻痺してますね。ただ、その辺を突き詰めて行くなら確かに、技術とせんすは必要かも。足りないものばかりですが、頑張ってみます。後、そうした内容以外も書けるかも試してみますね。今のままだと、あんまりにも芸が無い犬なので。
ちょっと精神的に落ち込んでる状態で自由美学さんのこめを見たので、思わずやや、がるる…て唸ってる感じのれすになりましたが。そんなに傷ついてる訳では無いです。世間知らずです、みたいにかまととぶってますが、35歳のおばちゃんなんでw多少ぶったりしても簡単にはイかないので、もっと激しいぷれいでおけ、位の感じですw(こういうこと言うから怒られるのか…)
再再のこめんと、ありがとうございました。 ('20/10/30 22:22:07 *1)
∧ ∨ 12172 : 、 耕 '20/10/23 14:27:22 *2
、
>> permanent URI: http://bungoku.jp/ebbs/20201023_014_12172p
菊西夕座 :
江戸川乱歩の『人間椅子』。ここにあり。
ただ、椅子に人が入り込んだというよりは、世界が椅子に入り込んでしまい、人が締め出されたという具合でしょうか。その世界というのも、母親的な存在に単純化・究極化されている気がしますけれど。そうなると、この詩は無いものねだりをした結果、赤子か幼児に返ったということなのでしょう。 ('20/10/24 01:30:20)自由美学 :
白い嘔吐とは、まだ体内にありながら認めたくない(殺したい)自分かな。
椅子という自分に空け渡されたスペース(希望)を見つけると、文章はただの文章でなく、血の通ったものとなり、白い筆が意思を持ち走り出した。
自らの創作活動をスタートさせようと血気盛んに文極にやってきたところ、さっそく人間同士の生々しいいがみあいや陥れあい、そんな殺伐とした空気に触れてしまう。そして、出鼻をくじかれた耕さんのまさに、モヤッとした今の心境を描いたのではないかなと思った。 ('20/10/24 18:25:04)なまえをたべたなまえ :
冒頭から凡庸な描写と視点でつまんない。退屈。
つーか、こんな下手なのに、何が分かるの?何が分かってるの?
まずはまともに読むに耐えうる作品の質を得てから語れよ。
馬鹿なんじゃないの。 ('20/10/24 19:41:54)北 :
巧みだなぁ、と思いました。
お気に入りをいくつか引用しました。その中でも、
椅子、を見つけた〜椅子を見つける。
までの詩文がとくに好きです。熟練パイロットに、痛くないように斬られた感覚です。
>吐くほどに追い求めてもそこにあるのは空虚な穴
>あまりの深淵にその場でほの白い死にかけの嘔吐を繰り返すのみ。
> 椅子、を見つけた。ただ、白い空間に、たったひとつあたたかな椅子を見つける。
> 無機質なそれは、人肌の温かさと、肌の柔らかさを持って感覚を伝える。
('20/10/24 19:57:20)玄こう :
はじめまして、こんばんは。
作品の解説に目が止まりました。>この詩で言いたかったことは、表現は、死んだということです。
というニュアンスは当の投稿文から読んだりもしましたけれども、美術も半世紀以上もの間、それを問題視されて議論されてきたのも、自分読者の関心の的として見聞致しますゆえに、余計に、上記のような発言に違和感を抱いた次第です。 少なくとも上記の発言は矛盾していますよね。この詩で�犖世い燭�ったこと�瓩蓮◆覆海了蹐派集修靴燭�ったことは)、表現は死んだ、ということ、、
そうした、貴方の考え抱くthought を、詩的な言語で書き表したことを、自己申告してしまっては 我々読者もそう理解してしまう、その矛盾した回路から抜け出せてはいないのでは?、どうにも首肯しかねるところが。
それから、文学という名において、果たして、そう、簡単に述べてしまっていいのか。出来るのか。 わたしは疑ってかかります。 少なくともこれは、詩に対する作者さんの持たれる(凭れる・モタレル)、ひとつの詩の志向を物語っているように、当の投稿を含め読ませてもらいました。 、詩は、現代詩においても当然、その用途をみても、安易に一元化できない様々な志向があると、わたしなど思いますですね。
詩の記号性、構造主義、テキスト主義、といった一人歩きしてしまっているような、哲学の原題テーマを、固有の詩にあてがい、レスで振る舞われている様子も、レスのところどころで伺い読ませてもらいました。
フーコーならフーコーで、レヴィ・ストロースなら彼なりの、ラカンならラカンで、フロイトもユングも、またはマルクスでも、彼らは学者です。 言語を介し、哲学的に内包し、専門的学術分野、それぞれの残した仕事が、歴史的言語学、文化人類学、精神医学や臨床学、心理学、経済学、、そこで通用し有効活用されているのだ、と思います。
万人に向けたそうした膨大な著の遺産、それのほんの一握りの知見を通して、我々が詩を読み、解し、詩を書いているわけでは勿論ないですから、少なくともそうしたものなどなにも解せずとも、
詩の純粋な情動、その語りであれ、記録であれ、、臨床学でも、歴史学でも、宗教でも、芸術学や美学や、社会や風俗や民族や、などに還元できない、、勿論我々は自由にそうした知見の色眼鏡を通して、詩を評するのは第三者的に可能ですが、ですが、人は、詩を、そうした学問研究の知見で、読んだり書いているわけではない、
もっとも、その者、ある主の固有の経験、そのthoughtによって、詩が書かれているという気がします。 それが現実であり、事実であるとも呼べる。
「臨床の詩学:ナラティヴ・アート・セラピー 森岡正芳」
最近読んでよかったのですが、そうした分野のpdf レポート、これは詩でも文学でもない、作品でもない
、言語哲学、特にフロイトやラカンなどといった知見が少なからずこうした医療分野で役に立っているでしょう。 言葉の、死を目前にして思う患者の語り、幼児虐待の経験から今思うこと、心の病の語りが、その人の今の生のメタファーとして息づき、現実の今の社会でそうした言葉が生きている。 その医師はそのようにレポートで結んでいましたが、
もしよかったら、耕さんも、読んでも、、別の視野で自分の考えを、別の場所に身を置くことができるかもしれません。
そうした、臨床アートや臨床詩学の知見を読めば、以下のような質問>命が無くなる時までそれを言ってられますか?
紹介したレポートにあるのように、言わなくてはならない方もいらっしゃる、と思います。>私は、それが出来る方が、最大の幸福の自由を掴む方だと思います。
あなたの考えに反するような方、上記のレポートにあるような方が、そうした言語の場において、最大の幸福の自由を掴む者もいると、思います。(この問いも非常に人間的、精神論的なものいいですが )
自らの経験や思いを言葉に表現し、誰かに語る、そうした言語表現、そうした行為を否定してもはじまりませんですね。 その医師がその人の声や語りを聴く、レポートに引用される彼らの自らの語りが、わたしは詩にも聴こえてきますね。 言葉によって語る、そうした表現行為、こうした分野(臨床アート)で繰り広げられる、現代におけるそうした言語活動を、ないがしろにできますかね?、それが時に、詩であっても充分に成立し得るもの、と考えられる。
あなたがおっしゃっる、テキスト主義、構造主義、言語分析といった、学問芸術のそうした言語体系によって、それが詩の領野を広くさせてくれる場合も、あるかもしれません。 でもそれに安易に還元させてしまうことは、違うだろうという気がします。 詩の視野を狭くさせる短所が、あるということも、やはり感じずにはおれません。
だいぶ、長く書いてしまいました。
誤字が多いのであとで五回くらい訂正しますが、
いつも文章が読みにくいと言われていますゆえ
なにかとご苦労をおかけしますが、
それに加え、作品自体にレス批評が出来ず、
たいへん、申し訳なく存じます。
今回は、以上とし、
作品については、また次回の機に送らせてください。
では、これで、失礼します。 ('20/10/24 21:26:11 *6)一輪車です :
この雑文に寄せられたコメントのどれをみても......
また、作者の自分語りをみても、
おそらくまともな人ならみなさん絶句するでしょうね。
いかいかも、北くんもそう。笑
とくに北くん、パイロットがどうして斬るの? ふふふ。
頭大丈夫かいね。
でも詩にはそういう支離滅裂な感性も異化効果があって
世間でそういうブンレツを見せるとだれからも敬遠されるが
詩の世界では新鮮な感性と錯覚される。
あと、いかいかも、わかりきったことをいちいちけなすなよ。笑
この異常者は幼稚園児が歩いていてやらかしたちょっとしたミスを
大声で「バーカ、バーカ」となじっている頭のおかしな大人と変わらん。笑
玄こうくんもなにがいいたいのか。支離滅裂。第一、そんな展開に
するほどのことか。笑
総じて、わたしが感じている「今の文極は知恵遅れ者の駆け込み寺」であるという
感覚はそうまちがってはいないと思うね。笑 ('20/10/25 05:37:24 *4)玄こう :
何のことを、どういった問題系に対し、
'20/10/25 06:19:18 '20/10/25 06:32:07
上記の言説が、どういった部分に宛てられ、書かれたのか。 さっぱり理解できません。 単なる独り言ですか? ('20/10/25 06:35:42 *1)GROWW :
感覚より思考が先行して詩を書くタイプの方かなと思いました。
無菌室の実験用マウスみたいな生暖かさ(生々しさ?)が全体の雰囲気としてある作品ですね。 ('20/10/25 11:53:05)北 :
耕 様> 切っても血も出なければ肉も傷つかない。そんな作品しか作れない。
好いですね。僕は、耕様が、作品に込めた気持ちとか、何が言いたいかとか、そんな、いちいち時に移ろう、伝記を一部切り取り吐露している類の詩には、あまり興味がなく、(時々、酒に酔うと自分もそれをやってしまいますが)
基本、詩の経緯や内情は、作品と作者は隔絶しているのが、意味とか理由とか総じて共感とか、そういう弱々しいものに頼らないで、感動に至りやすいと思うので好みです。
例えば、その詩を読んで、感動に至る経路が、精神(身体?)に生まれ、その経路を詩句が、身体を意味なく嬉々として踊りながら走りぬけていく、読みながら、その時の理由と異なる泪だけボロボロ溢れてしまう、そんな忘れられない希少な経験は、詩読では過去に1回だけありました。
しかし、あの感動は、いったいなんだったのか、その機序さへ、寸分も証明できないので、僕自身、詩を書いていて、いつも矛盾を感じているのですが、稀に、爪先から頭まで、スコーンと詩情が通る為の道のようなものが、身体(精神?)に作られる感覚を、感じることがあります。しかし、その感動の為の通り道は出来ても、次の段階で、詩句を、その道に通さないといけないのかも知れないなぁと想像すると、言葉の機能って不思議だなと思います。>凍りかけた白い嘔吐に染まった街で、立ち尽くすべき
>か、座り込むべきかわからず、ぼんやりと白いそれを
>見つめる。 >椅子、を見つけた。ただ、白い空間に、たったひとつあたたかな椅子を見つける。
ここ(引用)とか、普段に使っている言葉の伝達経路の意味や理由を頼りにしなくても、読んでいる自分に、よくわからん、或いは(形式的な)感動が、僕自身の体を突き抜ける為の道が、開きそうで楽しみです。とりあえず、日常的な会話をしているような言葉の伝達で、この作品を読むと、きっと白けるだけなので、別の伝達方法で、触れることを試みて、それを聴くのですが、すると、ときどき傍受できる時があり、そんなときは、巧みだなぁ、又、巧みなことを感じることができた、やったー!と嬉しくなります。 ('20/10/25 12:40:59 *1)自由美学 :
良いこと言ってたのにあなたは。消すんじゃないよばかやろー ('20/10/29 22:14:48)一輪車です :
>北:作品に込めた気持ちとか、何が言いたいかとか、そんな、いちいち時に移ろう、伝記を一部切り取り吐露している類の詩
それのどこが悪いのか。そもそもあんたの詩もどきが皆そうだろが。笑
日本ではまったく無名だったが世界的に知られていた女性詩人がノーベル賞を
受賞した。彼女の詩は伝記のようなものだ。平明なことばだが、深い。
現フォではお仲間からの祝儀ポイントでトップ10を恥ずかしく思ったのか、
登録を消去しているようだが、何様のつもりなのだ。自意識過剰だ。 ('20/10/30 07:07:43 *1)南 :
ゲンフォの話はもういいよアホ ('20/10/30 13:23:01)
∧ ∨ 12169 : 物置 イロキセイゴ '20/10/21 02:46:24
イチゴが成人して
二十二歳で卒業して行く
広範な自治は母の指に依存して
水が飛んで来るだけでは
潜水は出来なかった
ハタキでハエを追い払って
曲の構造を露わにした
母は退場して
就職する事は旋回する事だと言った
イチゴの発散する生気を
ヒヨドリが食べに来た
単数形のドアと複数形のドアが
太陽の光をコントロールしている
鈍い光が物置だけを照らしていた
>> permanent URI: http://bungoku.jp/ebbs/20201021_957_12169p
滝本政博 :
正直なところよくわからなかった。
何かしら分かりたいと何度か読みましたが無理でした。
<イチゴが成人して
二十二歳で卒業して行く>
何故二十歳で卒業じゃないのか、こんなことでも最初から躓くわけです。
ダダやシュールでもなさそうだし、う〜む。
<ハタキでハエを追い払って
曲の構造を露わにした>
というのは面白いイメージだと感じました。
ユーモラスですし。
具体的な繋がりや何かヒントがあれば教えてほしい ('20/10/21 21:48:20)自由美学 :
イロキさんの作品は大人の目では読めないのかな。私も何度か挑んで心折れた。
なんていうか、外国製のオモチャみたいな手触りで。近未来のことば。
これは飛び出す3Dメガネを通して見るのかなとか、解読書がいるのかなとか、いろいろ考えてみたがやっぱり答えは見つからない。
雰囲気は好きなんだけど、ただ、いつもイメージがぼやけてる。
世界が閉じている感じがする。>水が飛んで来るだけでは
>潜水は出来なかった
「潜水」がどこに掛かっている言葉なのか不明(意味より音であるなら、「旋回」か?)>ハタキでハエを追い払って
>曲の構造を露わにした
「曲」はどこから来たのか。そして、曲の必要性はこの作品のどこにあるか。
「詩人は抽象を怖れよ」と詩人エズラ・パウンドが言っていた。イメージを鈍らせるだけの表現は使うなと。
世界観がスピッツの歌詞みたいで。味はあるのだ。しかし、読めないのだ。嫌いではないのだ、 ('20/10/22 04:19:41)自由美学 :
うーん。>広範な自治は母の指に依存して
>水が飛んで来るだけでは
>潜水は出来なかった
>ハタキでハエを追い払って
>曲の構造を露わにした
>母は退場して
ここは、
ハエを追っ払う母のハタキさばきはキレッキレで、母のハタキは、まるで指揮者の指揮棒だったと。母の指には、確かな旋律をなぞる「曲」があったと。こう読むのかな。
そして、ヒヨドリ合唱団によるイチゴの成長を祝福する歌を披露し、やがて退場。(勝手なイロキイメージによるヒヨドリの合唱団化)
これ以上は解読できない。想像力貧困な人間の限界を露わにして、私は退場します。 ('20/10/22 08:51:01)atsuchan69 :
イロキセイゴさん、お久しぶりです。
1091で釣れている太刀魚を和歌山まで釣りに行ってボーズだった情けない男、 atsuchan69 です。
冒頭の苺は、【15】かも‥‥と思うのですが意味なんかどうでもよく、
飛躍と、あらぬ方向への流れと、閉じない物語性ゆえの摩訶不思議さを織り交ぜた独特な詩情ですね。
これをボクがやると、構造的な輪郭がきつくなったり太く書いたりするところをイロキセイゴさんはさらりとやっている。
和歌山ラーメンでいうと、イロキセイゴさんのは車庫前系だろうか。
なんとなく、たもつさんみたいな作風を感じたりもする。
でも、決定的に違うのはイロキセイゴさんの場合、
どの作品もあえてパラドックスを見事に外すというか
「じゃあ、それって何」という戸惑いを読者へ与える特異な手法にある。
思えば、詩人の木立悟さんも「それって、何」をもう、ン千って書いているし、、
逆にボクが書くやつなんか、
底が浅くて誰が読んでも「ああ、言いたいのはそれなんだね」って、
わかるっていうか、どんなに難しく書いてもわかっちゃう。
まあ、これは純粋な踊りというか
ゼンゼン歩かない踊りなので、読者としては【奇妙な踊り】それ自体をを楽しむべきだろう。って、そう思います。 ('20/10/22 13:30:54 *1)なまえをたべたなまえ :
良い。 ('20/10/22 22:15:12)一輪車です :
>読者としては【奇妙な踊り】それ自体をを楽しむべきだろう。
いや、わたしはそうは思わないですね。まったくそうじゃない。
読者はわからないと感じたらその詩は読まないでいい。
専門の批評家でそれでメシを食っているのならともかく、
どれほど難解だろうと難解だから良い詩なんて世の中にないのですよ。
逆に平明だから悪い詩なんてものもない。
てか、平明でいい詩ならそれは最高の詩でしょ。
ま、たいていは平明でダメな詩と難解でももっとひどいシロモノが
ネット上には跋扈していますから、
平明な詩でじゅうぶんいまの世界も人間もすべて把握できると
わたしは思っています。
この投稿者の一見、難解そうな詩はべつに難解?でもなくて
たんに解がないということでいいのじゃないですかね。
わたしは読めないのでスルーしますが。 ('20/10/23 00:14:02)玄こう :
せがれ、娘さんかな、就職、親を離れ一人立ちする様子がなんとなく、文のひとつ、ふたつ、語のいくつかの切れ端から、誤読さながら、個人的に感じ取れたりもしました。それをとっかかりにして、なんとなくそうした�犂恭喚瓩髻�一文一文のカット、シーン、を比喩的に連想させて読ませてもらいました。 あくまで、個人的な誤読です。
ただ少し、作者さんの詩を読んでいて、あくまで、個人的に思うのは、いろいろな�爐△筬瓩如⊂陲箏覆鯲鶺�
し、継ぎ接ぎするカタチで、様々な言葉を面白く動かしても、それは作者の書く詩の文がそうである、というよりも一般に用いる様々な語彙や単語によって、そうみえる。 これは書き手さんだけでなく読者の側も、ですが。 語彙や単語にばかりに頼って、読んでしまう、という感じを受けます。
文の情景や思想(thought)、様々な継ぎ接ぎも、
どうかするとムッツリとした文の表情を眺めながら
�猖斉匹澂瓩靴討靴泙Υ兇犬如◆△奸爾�(-_-)
読んでいて、どうもそんな読感ですね。
モチーフと書き手(語り手)との
対話(接触、コミット)していく様子が、
詩の文面や、詩の地から、
響いて聴こえてこない、その陰影が見えてこない。
感じがあるからでしょうか、
その辺り、どう、、
その辺りが、気にかかります。
ただの詩のテースト、好みの違い、
その程度の問題にすぎないのか、悩むところです。
レス内容が変わりますが、あと個人的になんとなく、
これを読んでいて、とくに最後の四行以降あたりが
お気に入りでしたのですが、なんとなく、
身の回りに目にするもの、家々や街街、
身近な人、家族や友人、そうした身近なものを、
写真に撮りたくなりました。
いろいろ述べてしまい、失礼しました。
以上です。 ('20/10/23 00:27:15 *1)GROWW :
>単数形のドアと複数形のドアが
>太陽の光をコントロールしている
>鈍い光が物置だけを照らしていた
このシーンが印象的です。僕の読みでは大学4年生ごろの青春を後から振り返ったのかな、と ('20/10/24 05:35:48)イロキセイゴ :
滝本政博さんレスを有難う御座います。イチゴは勿論、人の比喩として使いました。直喩ではなくて、自分でも暗喩なのか隠喩なのか、換喩なのか、分類できないのですが、フレッシュと言うニュアンスで、新卒的な、そう言ったニュアンスをイチゴで対置しました。この場合対置した場合のイチゴしか表現しなかったので、分かり辛かったのかもしれません。イチゴと対になる、新卒の人ら、これから就職する人らが隠れていると言うニュアンスでした。ハエはよく見る銀バエとは違うコバエとか、胴体の長いハエが面白いと思い、組み合わせて見ました。 ('20/10/28 15:39:40)東 :
『解剖台の上のミシンと蝙蝠傘の偶然の邂逅のように美しい』
イロキさんの投稿作を読むたびに、このロートレアモン伯爵の一節を思い浮かべます。
遠く離れた言葉と言葉の邂逅。
目論見が外れれば意味不明(それでいい)。
目論見が当たれば衝撃(それもいい)。
そんな感じで読ましていただいています。 ('20/10/30 06:24:40 *1)
∧ ∨ 12182 : 猫のしっぽ 湯煙 '20/10/28 05:54:44
猫の声
猫の顔
猫の爪
猫の眼
鼻から耳へ
舌から喉へ
次から次へ
流れてくる
タイムライン
ねこ
ネコ
猫は
食べ散らし
舐め上げ
どうにか
はりついた
肉球を
ぽちぽち
生きていく
明日もまた
どうしたって
更けていく
夜でしょう
>> permanent URI: http://bungoku.jp/ebbs/20201028_126_12182p
一輪車です :
言いたいことはだれにでもわかるのだが......
明日もまた生きていくどうしたって更けていく
こんなことはあたりまえの嘆息であって
ひとりひとりにとっては深い一瞬の嘆息であるとしても
どうみたって
ちーちーぱっぱ、ちーぱっぱ、雀のがっこのせんせーわ
の世界であって、
文極の掲げるスタンスからすればひどすぎる。
こんな未曾有の変化の時代にただただ嘆息しかないというのも
哀れで、可哀想だとしても
しかし、
これがいまの文極の標準なのだろう。
いかいかのあのいかにもらしい詩などと、
どう変わるわけでもない。
この文極がどこまで堕ちるか興味深いきょうこのごろです。 ('20/10/28 08:43:10 *2)自由美学 :
>どうにか
>はりついた
>肉球を
>ぽちぽち
>生きていく
>明日もまた
>どうしたって
>更けていく
>夜でしょう
この辺りの、うまく「抜いてく」感じは、ちょっとクスッとくるものがある。
猫のつかみどころのなさ、するりと抜けてく感じが、それとなく出てると思う。
ただ、第一連は、個人的にあんまり好きじゃない。
一輪車はとりあえず、その乱れたメンタルどうにかしろや。
『さあ、かかってこいよ!』みたいな、あんな放送事故レベルの汚物見たことないわ。
もう、こいつは本気で詩が書けないと。ここでの書けない奴イメージを確固たるものにしてしまいましたねあれで。
一輪車はもう、ただのウンコ投げるゴリラ。これでほぼ確定 ('20/10/28 10:50:17)一輪車です :
たしかに世間では事実を相手に正直にいうことは
ときに
マナーに反するし、ときには敵対行為となる。
がしかし、
だからといって鑑定家が、
相手に失礼だから、悪感情を与えたくないからといって
偽物の絵画や彫刻を褒め称えたらどうなるのだ。
アホども。
ここは園児の遊園地じゃないのだ、芸術としての詩の
鍛錬の場だ。
そんなところに幼稚な詩を出したとて、
マナーだから、相手に悪いからと言って嘘をついて
どうする?
いかいかのような一言罵倒をおれがしたことがあるだろうか。
いつも丁寧にどこが悪いか指摘したうえで
批判している。
耕も自由美学も、ここをますます幼稚なポエム以下の場に
貶めるだけだ。
きみたちのような人たちにはぴったりのところがある、
ほれ、
ビーレビとか。
背伸びするにははやすぎるんだよ、ふたりとも。 ('20/10/28 11:34:01)一輪車です :
書けない読めないきみたち能無し二人と、
同じく
書けない読めないおれがここで諍いを起こしてもしょうがない。
滑稽なだけだ。
しかし、きみたち能無し二人と違って
おれはその気になって書けばいつでも現代詩フォーラムで思い通りに
トップ10に入って来たし、
あまりおもしろくないのでトップ10に入りたくないと思えば
自在にそのような詩を書いてきたところが違う。
文句があるのなら、きみたち二人のどちらでもいいから
現フォのトップ10の一番上に名前を載せてみろ。
おれはもう、うんざりするほどトップ10に入ってきたぜ。笑
きみたち二人のどちらかでも、現フォでトップ10の一番てっぺんに
名前を載せてみろ。
それなら、とりあえず相手にしてやってもいい。
とりあえずだが。というのも、現フォのトップ10も正直あんまり
あてにならないからだ。
しかし少なくとも、ある程度のちからがないと無理だ。
いまや、どこに書いてもだれにも相手にされないやつらばかりが
ここで威張っている。笑
滑稽とおもうよ。
ましてここの月間優秀はときどきとんでもないチョンボをやらかすことで
もう、しっかりした書き手のだれからも信用されていない。
かつてケムリなんていう、ほんとうに一ミリも書けない読めないやつを
運営代表にした時点でアウトだった。
そしていまやこれだ。
なさけないよ。 ('20/10/28 12:42:07 *5)自由美学 :
現フォとかビーレビが何ですかっ?いろいろやってる時間がない!いろいろ目指してる時間がない!
文極史上ぶっちぎりでヘタクソな私ですが詩書きます!批評します!何か文句ありますか!
つまらん事にこだわるなや!一輪車のおっさんは言ってることが派手なわりに、超つまらん次元で発酵してる。
そもそも、運動不足やから情緒不安定なんねん!ネットばっかしてんとたまには筋トレせえよ!せやからネット詩人は脳までたるんたるんやねん! ('20/10/28 13:03:24)湯煙 :
一輪車ですさん
削除しようとしましたがレスを頂いていましたから削除できませんでした。申し訳ありません。
御指摘の通りですね。日常にある溜息みたいなものになりますね。
夜が更けていく、このメタファーを使ってみたい。そして始まりと終わりを際限なくつなぐループにする必要がある、構造に工夫を凝らす必要がありました。
猫ではなくしっぽは詩である、まるごと詩っぽにすることで読み手の脳内で猫の眼や爪が再生されるのかもまた知りたかったというところでしょうか。
当初は(猫のにゅーす)でしたが、ボルカさんが(犬のしっぽ)をだされていたのでしっぽに変更しました^^;
ありがとうございました。 ('20/10/28 13:24:19)一輪車です :
おれに難癖つけるのなら、どこでもいいから、公的な場所で
多くの人たちから認められた実践をもってこいよ。
おれはあの現フォでもめちゃくちゃ嫌われている。その嫌われている
現フォで、おれはいつでも自在に好きなときに精魂込めた詩を書いたときには
必ずトップ10に入ってきた。
これがどれほど難しことであるかわかってるのか?
ほかのやつらみたいに、
仲間内のお祝儀でポイントをもらったわけじゃないのだ。
自由美学も、おれが無能だというのなら、ちゃんと実践をつくってから
おれの感想に文句をいえ。
どこへいっても相手にされないから、
書き込み自由なここに来るしかないのだろうが。それならそれでよし、
ただし、無能の極みのおまえが
いちいちおれに文句を垂れるのは十年はやい。 ('20/10/28 13:29:53 *1)湯煙 :
耕さん
面白い素材となりえているならとりあえずは良かったです。
罵倒についてはこちらのサイトでは現在もポリシーとして掲げているのか許容範囲なのかどうかわかりませんが。
遊びとしてアレンジを提示することは全然OKかと思います。
ありがとうございました。 ('20/10/28 16:28:07)湯煙 :
自由美学さん
初連と二連目とのつながり、バランスが良くないということになりますか。あるいは表現がつまらないものになっている、説明的かあるいは不足気味、そんな感じでしょうか。二連だけでも良かったのかもしれませんが。
わかりました。ありがとうございました。
ウンコを投げるゴリラですか、それはそれで刺激的な絵面ではありますね^^; ('20/10/28 16:44:06)自由美学 :
一輪車の人間関係はネットにしかないのか。
みんなあんたみたく、そこまでネットの人間観察に力入れてないやろ。朝から晩まで一人一人を観察してネット中を回ってるわけじゃないし、ネットで詩と関わってるだけが人生じゃないから当たり前のようにビーレビとか言われても困る。
私はここで過去に年間各賞などもらっているけど、一輪車にはどんな実績あるんだかな。書くもので大体の想像はつくけど。
一輪車が一体いつ頃から文極に居座り、こうやって毒を撒き散らし続けてるのか知らないけど、今んとこ、どこでと言わずこいつがまともに相手されてるようには見えないなあ^^ ('20/10/28 18:47:47)玄こう :
こんばんは、なんだかなあ、つまんないなあ、、やっぱりどーも湯煙さんの散文は評価したいが、どうも詩となると評価し難い、これもそんな感じで読みましたが、他の読者さんがこれを読み、
『あたりまえの“溜息”、、深い一瞬の溜息がある、としてもだ・・・(以下批判的ですが)、一輪者ですさんの、なんの気なしの、コメントレスを読み、この詩の読観がちょっと一変しましたですね。
『ほう、そんなふうに読めるのか、溜息かあ、わたしには思いも尽きませんでした。作者さんは猫をこの詩で書いて、溜息という余情など、この詩にあったか?、毛頭なかったか?、湯煙さんのレス応対を読み、それについてなにも触れていませんでしたので、いやごめんなさい、それについて筆者さんは、一言、言及されていました、ごめんなさい
ただ、他の読者が見出だしたような、溜息、直接言葉にでてこない余情、そうしたポエジーを、筆者さんが実際、この詩に何を込めたかったのか、猫のこの詩に何を求めて、書き残したかったのか、よく読めず、その良さがわかりません、でした。 筆者さんの抱くポエジーがこの詩で表せたのか、、、誰のレスもなければ消すつもり?
他の詩書きさんの詩をアレンジした?、云々、など読むとなんだかな、
詩文の遊びが、とっかかりなのかな、という感じで読みました
人間目線の表象の書き、手抜きの詩だな、...と改めて感じました。>タイムライン
(詩の流れの転位を目論んでいるのが見え透いていて、ネットメディア詩ならでは?、という.感じ.. )>ねこ
>ネコ
(一匹の猫を詩にしてほしかった )>生きていく
(人間目線が見え透いているセンテンス)
といったワーズやセンテンスが個人的に凄くつまらく感じてしまいました。
すみません、だいぶ辛辣なレスになってしまい、、、
わたしは、湯煙さんの散文はもっと評価されてもいい書き手さんに思い、面白く読ませてもらいますが、詩となると、、さらっと書くんですけど、なぜだろう、詩が面白くない。 その理由をいろいろ考えますに、文で書かれる念や情が、ポエジーとしてしっかり集中出来ていないのでは? 、んー、わかりません。 こればっかりは書き手さんご自身で自己分析しないと正解など出てこないと思いますが。
散文は、あまり名前を出してはいけないのですが、李さんと同じくらい、良い好いと個人的には感じます。
以上です。 ('20/10/28 20:23:19 *21)湯煙 :
一輪車ですさん
現フォでは私も過去に何度かトップ10に上がったことはありました。
なかなかカオスな磁場です。 ('20/10/30 00:30:16)湯煙 :
玄こうさん
ダメでしたか? 予想はしていましたが……わかりました。
"生きていく" ですが。強すぎたかなとはレスを読みながら思いました。
"歩いていく" が自然な感じはしますね。食べ散らし、舐め上げ、と前にありますから。最後にあります、"夜が更ける" を使ってみたいと考えてはいました。他の箇所についての指摘もまた参考になりました。
散文についてはまだなんとも言えないですが。なにかできればとは思います。たとえばニトリについてなど(笑。
ありがとうございました。 ('20/10/30 00:54:19)湯煙 :
自由美学さん
一輪車ですさんはおそらく私の記憶では10年近くはこちらにいはる方かと思います。当時のお名前は山田太郎でしたかね。 ('20/10/30 01:00:31)
∧ ∨ 12181 : いんぼう論 JPEG SQUAD '20/10/27 23:09:40
風俗街のコインパーキングに寝転んで
俺は国家になってる
首都はポリエステル製のビザンティウムで
イルミナティは一兵卒
空の傷跡 ケムトレイル
そこでは陰謀論が通貨がわり
バーが上がり 水溜まりに戦車が突っ込む
バグラチオン作戦のはじまりだ
アミメアリを食い くねくね這い 花を手折る
雲と太陽のまねごとばっかしてる男女男男女男女
三輪車に踏まれて俺の膝ンティウムが陥落
全部醒めた
こんなことならば
ジェット機から投げ飛ばされたリュックの中で腐る弁当でも見ときゃよかった
あそこのお店は薄汚いTシャツでいいらしいよ
薄汚ければ薄汚いほどに
>> permanent URI: http://bungoku.jp/ebbs/20201027_123_12181p
イロキセイゴ :
ビザンティウム陥落のビザを膝と置き換えたり、歴史的な有名なバグラチオン作戦を出してくるなど、随所にユーモアが感じられると思いました。イルミナティは秘密結社の類で、フリーメイソンみたいな、それを一兵卒とは大胆な断定、大胆な擬人化だろうかと思いました。 ('20/10/28 14:17:29)JPEG SQUAD :
イロキセイゴさん、ありがとう。詩にユーモアは必要不可欠のものだ。このの詩のテイストはイロキさんにも通ずるところがあると私は思っている ('20/10/29 23:36:44)
∧ ∨ 12183 : 石畳の道 st '20/10/28 11:05:12
秋色に染まった街の
坂の上の教会へと
つづく道は
きみが教えてくれた
思い出の道
枯葉が舞い落ちて
石畳の道を飾り
きみは枯葉をひろって
とってもきれいね
でもすぐに色あせるのよ
といっていた
色あせる
という言葉が
気になって
きみの横顔を
じっとみていた
あのとき
きみはもう
変わっていたのだろうか
いま枯葉を手にしても
吹き抜ける風のなかに
きみの香りはしない
いつもきみが開けてくれた
教会の扉を開き
ステンドグラスから差し込む
やさしい光のなか
ひとりで手を合わせ
きみの幸せを願いながら
秋の日は暮れてゆく
>> permanent URI: http://bungoku.jp/ebbs/20201028_131_12183p
よんじゅう :
いま詩を書こうとしている。ぼくが書けるのかはだれにもわからないけど、なんでもいいからなにかを書きたいとは考えています。でもこういういのりではけしてないんだろうなっとは思っています。こういうのはもう詩ではないような気がしましたつー感想です。 ('20/10/28 19:26:36)湯煙 :
不規則に配置された詩文と行間が内容と相まって視覚的にも季節の変化を思わせる、雰囲気が伝わってくるようです。色あせるの一語がどういった意味合いのものだったのか。きみの香りという語り手にしか知りようのない性質のものについてなどに言及されていたり。詠ませる工夫がなされている作品と思います。石畳や教会という人工の物と枯葉という自然の物との対比のなかでうまく説明できない感情、状況、人との関係を築くことの不確かさなど。恋から愛への変化、飛躍でしょうか、そうしたことを作品から受けました。 ('20/10/28 20:29:25 *1)ありがとう :
拙評を失礼いたします。湯煙様も仰っていますが、行間の効果が表れていると思います。詩の緩急、タイミングがよく計算されています。また、ドラマのワンシーンのような情景がありありと浮かんでくるのは、秋に由る言葉が特に厳選されているからだと思いました。 ('20/10/28 21:28:59)玄こう :
ストーリー・テールを短い詩にしていく場合、いかなる読者にも決して予想だにできない、人並みはずれた流れがいるのかなという気がします。 細部を描き書こうとすればそうしたことは案外簡単なのですが、もっとそうではなく、そういう小手先ではなく、詩全体をも、部分のワンセンテンスで別次元にメタファーしていく。なしか予想できるような結末をも裏切るように。 そうした書きがその詩にしかない独特の味わいや、新たな価値が詩によって生まれてくる、と感じています。 ('20/10/28 23:08:53 *6)一輪車です :
観光記念はがき
ですね。
絵葉書というのは、たとえば
雲仙国立公園でも金閣寺でもいいのですけど
ピーカンに晴れた空の下、
正面からくっきり写っている。
影は写さない。
たとえば京都祇園の絵葉書なら
暴風の下の京都祇園なんて絵葉書はない。笑
あるいは
カップルが境内でヤッてる最中の平安神宮
なんて絵葉書もない。笑
万人から文句のでない平均的な美意識を
集合させると絵葉書の写真になる。
いわゆる"ポエム"とはそういう
美意識のことばの総称です。
金子みすゞを真似た「ありがとう」くんの
ポエムも同じです。
そこで
問題はこういう美意識はどこから生まれて
くるのかということです。
藤原新也という写真家でありライターである人が
金属バット殺人事件が起きた家を
正面から写真に撮って雑誌に載せたのですが、
その出版社の重役から苦情が出た。
「なんだ、このシャシンは。まるで絵葉書じゃないか」
そこで藤原新也はこたえた。
そういう風に撮ったのです、と。
わたしが考えるに、たぶん藤原新也は、
金属バット殺人事件の家というより
そういう事件の起こる家庭というのはたいていが
新興住宅地の平均的中流家庭で起きている
そのことに目を付けたのではないか。
そこには文化も伝統も地に根付いてないで
なにかすべてが作り物っぽい、
そういう土地に建つ、
いかにも作り物っぽい家、そういう"ポエム"のような
家、
そういう家で子どもたちが金属バットを
振り回すことの底のほうにある美意識を
引きずり出したかったのではないかとおもう。
この詩はだから、
最後の行で"金属バット"を出すべきだった、
とわたしはおもっている。
そうでないと、詩にならない。
わたしなら"金属バット"(バットそのものじゃないですよ。笑)
を出すのだけど、
まあ、
現フォでわたしの詩を理解してくれている
ほんの少数の
ほんものの詩人以外はわたしのそういう詩を
読むこともできないから
まして他の人にそれをのぞむのは
無理というものだけど。
こういう"絵葉書"の裏には、なにかぞっとする
ものが隠れている場合があるから、
そういうものを引きずり出すことも大事じゃ
ないかと思う次第。 ('20/10/29 00:41:29 *12)湯煙 :
『東京漂流』ですね。『乳の海』など。血飛沫をあつめて早し最上川、そんなキャプションもありました。 ('20/10/29 00:57:46 *1)北 :
あっさりした詩だと感じました。
もしも葉の形態が、例えばこのように変化していたら、
時の流れを、感じられたかもしれないと思いました。
木の葉が舞い落ちて
↓
君は落ち葉をひろって
↓
いま枯葉を手にしても ('20/10/29 03:32:02 *1)st :
皆さま
コメントありがとうございます。
難解な詩が多くなっているようなので、やさしい詩を投稿
してみました。
よんじゅう様
コメント有難うございます。>こういうのはもう詩ではないような
残念です。
湯煙様
コメント有難うございます。
丁寧に読んでいただき、有難うございます。>詠ませる工夫がなされている作品と思います
評価していただき、うれしいです。
ありがとう様
コメント有難うございます。
丁寧に読んでいただき、有難うございます。>詩の緩急、タイミングがよく計算されています
>ドラマのワンシーンのような情景がありありと浮かんでくる
評価していただき、うれしいです。
玄こう様
コメント有難うございます。>人並みはずれた流れがいるのかな
ストーリー・テールを短い詩にするのはむずかしいですが、
挑戦してみました。お気に召さないようで、残念です。
一輪車です様
コメント有難うございます。
さすがに鋭い指摘で、驚いています。絵葉書とは、ピッタリ
かも知れません。"金属バット"は出したつもりでしたが、ち
よっと弱かったかも知れません。恋人に捨てられても、なお
あきらめきれずに、思い出の道をたどる主人公に対して、心
変わりを隠し続け、挙句の果てに捨てた女性の残酷さを出し
たと思っています。
北様
コメント有難うございます。
葉の形態とは、面白いですね。
木の葉-->落ち葉-->枯葉
修正が必要となる部分があり、検討してみます。 ('20/10/29 09:14:06)
∧ ∨ 12175 : 還る光 月屋 '20/10/26 00:39:37 *2
幻だった、青い傘。君が北の方へ旅立って行く朝に、天使が踊る夢をみた。靄が、白い靄が、私の視界を染めて、聴力を奪っていく。君を忘れさせてくれ、なんて天使に頼んだりしないけれど、足元に落ちていた美しい羽を一つ握りしめた。
君が私を忘れるのは何年後だろう。桜が散る春には、君が美しい恋をしていることを祈っています。君の歌声が聴こえる、眩しい朝は、ただ君の目を思い出している。充電器のコードが跳ねて、勢いよく壁をならした。
君の目はきっと今頃、この美しい朝日を見ているのでしょう。花が咲いていることに気づかないままで。今、去っていった一つの雲について、私はそれが月になると信じていた。雀が囀るね。朝日を含んだ鮮やかな風が君の頬をなぞる。
肌に弾かれた水滴が流れ落ちていく。鏡の中で揺らめいたように見えた、私から抜けていった二酸化炭素。花の脈をなぞると体温が下がる気がした。雨粒が空にのぼって蒸発していくような感覚に、青が褪せる。上手に出来なかった蝶々結び。
いつか君が泣きじゃくった記憶を、忘れることができない。あれほど酷いことが君にずっとおきないでほしい。君を守っていたかったから、ここからいなくなるのを知った日に星に祈りをこめた。私を忘れた君に会えるのなら、ただの知り合いでいたい。傘が燃えていくとしても。
>> permanent URI: http://bungoku.jp/ebbs/20201026_073_12175p
自由美学 :
>充電器のコードが跳ねて、勢いよく壁をならした。
ここの書き方など面白いです。勢いよく跳ねたコードの先が壁に当たる、まさにその絵が浮かびますね。>天使が踊る夢をみた。
>幻のような朝は
ここはちょっと雑かなと思います。まず、「天使が踊る」という現象が私達の日常にないため、どうにも遠い。イメージがつかめない。
これは、例えばリアルであるところのどういった現象に当たるのか、日常にあるもののどれに近い現象であるのかを付け加えて立ち上げないと、絵が非常に弱いです。
「幻のような」も同様に、どのような現象に近いものであるかを付け加えて「幻」のイメージを強化しないと、それ自体はただただぼんやりした、あってもなくても大して変わらない言葉で終わる。たんなる飾り。>足元に落ちていた美しい羽を一つ握りしめた。
飛び去った鳥の羽か、それが天使を思わせたのか。描写が曖昧でいまいちつかめない。>花が咲いていることに気づかないままで。
季節が変わったことをほのめかしているのならば、何の花かをしっかり書いたほうが説得力がある。>鮮やかな風が君の頬をなぞる。
ここもそう。「鮮やかな風」と聞いて、「うん、うん。あれね」と読者はそれをパッと思い浮かべることができるのだろうか。
一言で言ってしまいたくなるところだけど、これ自体が存在しないため、「鮮やかな風」が日常における例えば何に近いものであるのかを、まずは、どのように鮮やかなのかをきちんと書かないと伝わらない。
一つ一つのイメージに具体性を持たせないと全体として弱いです。 ('20/10/27 18:49:20)玄こう :
>去っていった一つの雲、私はそれが月になると信じていた。
というフレーズが印象的でした。
最初と終わりの、「青い傘」、、「傘が燃えていくとしても」、この詩に書かれる「傘」という語がもう少し、印象強く詩の全体の背景にシンボリックに、書かれても、よかったか。 という気がしました。 ('20/10/27 19:21:28)月屋 :
自由美学さん>読んでくださりありがとうございます。意見をくださり嬉しいです。
コード毎朝跳ねるんです。引っ張るからですね。描写が浮かぶようで良かったです。
天使についてはなんか美しいやつがぼんやりと揺れているなーという感じのふわっとしたイメージでいいです。夢なので。
幻のような朝、はかなり悩みました。もっと適切な言葉が見つかったら書き直したいと思います。
羽は天使の羽です。握りしめたのはただ私の中だけの祈りです。
花は朝日が蕾を照らせば開くということを君は知らないんだろう。そんなふうに私の本当の気持ちにも気づいてくれない。という皮肉をこめたくどい言い回しです。
鮮やかな風、は確かに分かりづらいですね。朝日がきらきらとカラフルに光って鮮やかなのでそれが混じった風という意味です。
ちょっと書き直してみます。ありがとうございます。 ('20/10/28 23:48:23 *3)月屋 :
耕さん>初めまして。読んでくださりありがとうございます。意見をくださり嬉しいです。
タイトルに光とあるのように優しいものを積み重ねて書いてみようと思った詩です。確かに軽やかな美しさというか、掴めない空気や空の美しさが好きなのでそれが詩に出たのかもしれません。
最近語りかける感じで書いていたので自分中心に書くのもいいかもしれませんね。書き方を少し変えてみようと思いました。1つのことに突っ走る癖があるので気をつけます。 ('20/10/28 23:56:39)月屋 :
玄こうさん>読んでくださりありがとうございます。意見をくださり嬉しいです。
そのフレーズは私のお気に入りのひとつでもあります。雲って直ぐに形が変わったりするのでそれが月に似てるなと思って浮かんだ言葉です。
傘については確かに雑に扱いすぎたかなと思います。急に出てきましたからね。ちょこちょこ傘っぽいなという描写を入れても良かったかもしれません。 ('20/10/29 00:02:15)
∧ ∨ 12174 : 答えのない数式 ローゼ・ノイマン '20/10/26 00:01:00 *2
原初に還る感覚 人や生物、原子から抜け出す瞬間
やがては枯れて消えてしまう花の様に夢を観る
フリージャズの9th不協和音 歪んだ心に共振する
私はきっと暗闇の内(なか)から生まれたと思う
紫色の空を観る 廻る空に思いをはせて
僕は宇宙(せかい)に溶けていく 雲の様に 雨の様に
自戒の様に自分のなかの自分が重荷になる
答えの数式は出ているのに運命はそれを許しはしない
原初に戻るように 自分という概念という枠を抜ける
そこにある感情は愛、それとも産みの苦しみ
Starless Dark まるで胎児の様に空回る
歴史を観て来た 古い書物を紐解いた
星々が隠れみれない街の空 私は相変わらずだけど
誰かが言ったように残った自分が愛しい
運命の数式を解こうと科学者と革命家が動いている
常に神は我々を試そうとするのか、レールをしくのか?
運命論者になる度 私はハデにころんだ
父の記憶、その記憶は曖昧で その血が流れている事を知る
>> permanent URI: http://bungoku.jp/ebbs/20201026_072_12174p
田中宏輔 :
2回読みましたが、わかりませんでした。
いま、ジョディス・メリルの編んだSFアンソロジー『年間SF傑作選2』を読んでいるのですが、
1回読んだだけではわからない作品が入っています。というか、冒頭の1作目から難解なのですが
この作品ももう一度、読んでみますね。 ('20/10/26 00:43:30)田中宏輔 :
3回読んでもわかりませんでした。 ('20/10/26 00:45:52)ローゼ・ノイマン :
田中宏輔さんへ
返信が遅くなり、すいませんでした。
わざわざ、何回もお読みくださり有難うごさいました。
確かに無意識を駄々流しにした私の作品はわからないですよね。
うーむ…。
個人的な見解ですが
(SFはウィリアム・ギブスンのニュー・ロマンサーや
ジョージ・オーウェルの作品や古典作品を映画化したものをみた程度で
全くの無知ですが…)
無意識の超現実主義から何か接続するものがありSFに至るのでしょうか
青空文庫で読んだラブクラフトの"怪奇小説の執筆についての覚書"が
私の中では、引っかかりました。
ジョディス・メリルの編んだSFアンソロジー、とても引っかかりました。
参考にさせていただきます。 ('20/10/26 06:22:44 *1)コテ :
人のしつけって人の肌から学ぶもので、
人の肌って常に感情的な事(大きなこと)だと思います。 ('20/10/26 11:05:44)コテ :
そしたら、原初でさえ人の肌から始まってるように思え、よのなかに科学者や革命家がいるなら、こう自分が良いことばかり言うていれない。そういう感覚がありました。
しかし、先が明るいと知っている外部の人は良いこと、大きな事を言って人を育てて行きます。対して「知らない私」は人に待ってもらって少しずつ心(よななか)を明るくするのではなく明るく認めて行く。には、
世知を養っていく、のかなぁ。
いらんこと整理するなっ!と怒られるんです。 ('20/10/26 11:26:12 *2)田中宏輔 :
ローゼ・ノイマンさんへ
Amazon で、200円で売っています。
https://www.amazon.co.jp/%E5%B9%B4%E5%88%8ASF%E5%82%91%E4%BD%9C%E9%81%B8%E3%80%88%E7%AC%AC2%E3%80%89-1967%E5%B9%B4-%E5%89%B5%E5%85%83%E6%8E%A8%E7%90%86%E6%96%87%E5%BA%AB-%E3%82%B8%E3%83%A5%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%83%AB/dp/B000JA9SHW/ref=pd_lpo_14_t_0/358-0323326-8321622?_encoding=UTF8&pd_rd_i=B000JA9SHW&pd_rd_r=ddeee2b4-b7e1-41b6-95be-91b4ad994f2d&pd_rd_w=jVVGm&pd_rd_wg=GjNtD&pf_rd_p=4b55d259-ebf0-4306-905a-7762d1b93740&pf_rd_r=9CVXS6PST0C1GJJ8MYNK&psc=1&refRID=9CVXS6PST0C1GJJ8MYNK ('20/10/26 12:07:55)ローゼ・ノイマン :
コテさんへ
私の詩を読んで、
体系的に整理されて読んで下さり有難うございます
肌から感じる事については確か大事ですね。
ユングの集合的無意識ばかりに眼が行って
大事な事を忘れていました。 ('20/10/26 19:07:58)ローゼ・ノイマン :
田中宏輔さんへ
良い本を勧めていただき有難うございます。
ジョデス・メリルについては
年間傑作選2と、Best of the Bestを
まず読んでみたいと思っています。 ('20/10/26 19:11:09 *1)なまえをたべたなまえ :
独りよがりの私のくそ退屈な思想を書き連ねられてもそれは本当にくだらない ('20/10/26 19:46:22)鴉 :
きっと若いのだろな。恐らく10代。もしくは20代前半か。10代じゃなかったらちょっと不味いかも、スターレスナイトとか…宇宙をせかいと読むとか、僕が10代の時こんなんだったような気がする。スターレスナイト…あぁ今読み返したらダークだった。言葉の力に寄りかかっていると思うんです。作者の力が見てみたいな。強い言葉じゃなくて、ありきたりな言葉で、それこそ小学生レベルの語彙で、文章力を鍛えるべき。原初だの、原子だの、全然扱えてない。まだ扱っていいレベルに達していないと思う。自分が扱えると思える言葉だけで書いてほしい。原初は無理やろ。俺も扱えないし。宇宙も無理やな。 ('20/10/26 20:57:13)鴉 :
いや、宇宙は扱いやすい方か。その辺、個人的な感覚によるけども。 ('20/10/26 21:00:34)ローゼ・ノイマン :
なまえをたべたなまえさんへ
コメント有難うございます。
思想面での指摘、その通りでございます。
かなり偏っている。偏愛していると思います。 ('20/10/26 21:41:13)ローゼ・ノイマン :
鴉さんへ
コメント有難うございます。
確かに強い言葉、高尚な(そうな)言葉にかなり偏っています。
正直、身悶えながらコメントを読みました。
普通の言葉で書く事を意識して見ます。 ('20/10/26 21:46:17)湯煙 :
プログレぽい、または平沢進Human-reといいますか。自己の存在を俯瞰する感じでしょうか。自問自答するや花の様に夢を見る、9thコードやハデに転んだといったあたりに惹き付けられました。全体は歌詞に近い感触でした。
感覚や共振や概念や感情といった硬い言葉が生のままありますが、そのままでは伝わらないのだと思います。おそらく言葉で詩で表現することの難しさがこうしたところにあるのかなと。だからなのか全体が説明的といいますか、様に、ようにと直喩が繰り返されるところからもやや冗長さを感じました。音楽や宇宙、科学や宗教…興味や知識があるようですが。 ('20/10/27 02:15:09 *1)ローゼ・ノイマン :
湯煙さんへ
返信が遅くなってしまい、すいません。
色々と細部にまで読んで頂き有難うございます。
構成としてAメロ、Bメロ、サビに至るという
歌詞のような構成を取って書いています。
感覚の表現については
噛み砕くというのか、消化に良いというのか
そのへんを意識したいと思っています。 ('20/10/27 18:47:26)玄こう :
タイトル、答えのない数式、
これを各連の冒頭に置いて読ませてもらいました。
答えのない数式(とは)原初に帰る感覚 … …
答えのない数式(とは)フリージャズの9th不協和音 … …
答えのない数式(で)紫色の空を観る … …
答えのない数式(が)自戒の様に自分のなかの自分が重荷になる … …
答えのない数式(が)原初に戻るように 自分という概念という枠を抜ける
答えのない数式(の)Starless Dark まるで胎児の様に …
答えのない数式(の)星々が隠れみれない街の空 …
答えのない数式(で)運命の数式を解こうと科学者と革命家が動いている …
答えのない数式(?)運命論者になる度 私はハデにころんだ
最後の連は上手く統語出来なかったので、この頭語は無くていいのだろう、かな
とにかく、述語に偏った書きで、その述語を支える主体となる言葉がないので、そのように読ませてもらいました。
そうやって読んで、なかなか、詩の内容にも各々意味深に読めて、入り込んでいけなくもありませんでした。
でも、そうやって読んでしまうと、タイトルを類型化した散文にすぎないので、あまり面白い読みとはおもえません。
各連のセンテンスに、× − + ÷ = を入れても、面白い詩になったかもしれないですね。 小説「博士の愛した数式」をちょっと思い出したりも。 その小説で人生を数式に喩えたようなシーンがあったろうか、ちょっと探してみたくもなりました。
. ('20/10/27 20:08:16 *2)ローゼ・ノイマン :
玄こうさんへ
私の詩を、「答えのない数式」x「〜〜…」という視点で
分かりやすく解釈、講釈して下さり有難うございました。
個人的に最後の2連は
傲慢になるのかと思いますが…
自分が、カインとアダムの末裔だとして
その血が流れている
運命。ある種の否定を否定する意図があります。 ('20/10/27 21:07:03)白紙 :
私には正直、このサイトに投稿されている詩の大半が意味不明なのですが、この作品は解りやすかったです。結局のところ、それぞれの思考によって見出された運命論による足の引っぱり合いの、多数決、或いは力の均衡でしかない世界。言葉に縋りつき、自分と他人を比べ、日々価値に価値を、嘘に嘘を重ね、互いに欺き合い、裁き合いながら暮らしている。我々は、この期に及んでなお馬鹿の一つ覚えのように、互いに互いを否定することしか知らない野蛮人のままであり、実際には、文明人や文明社会は未だ誕生していないと言えるのかもしれません。閻魔帳の上で繰り広げられる、狐と狸の化かし合い。全ての物語はいのちの書の上にあり、そこに何かが書き込まれるとき、私たちは即座にその報酬を得、或いは即座にその内容に対する裁きを受けているのでしょうが、しかしながら、そこに何が書かれていようとも、紙は相変わらず紙のままです。 ('20/10/28 01:12:41)ローゼ・ノイマン :
白紙さんへ
返信が遅くなりすいません。
わかりやすいとフォローアップして頂き有難うございます。
コメントについては色々と考えさせられました。 ('20/10/28 18:33:10)
∧ ∨ 12178 : ヤモリ ウトイ '20/10/26 12:16:26
物置部屋にヤモリが出た
逃そうとして捕まえると
手の皮を噛んできた
だれのでもない部屋から
ヤモリを出した
>> permanent URI: http://bungoku.jp/ebbs/20201026_086_12178p
玄こう :
はじめまして、ウトイ さんは、いとう さんですかね。 むかし、元発起人バトルで、いとうさんの、「あばら家」という詩がむかし好きだったのをこの詩でふと、思い出しましたが、
この詩を読んではじめて、ヤモリは家守か屋守か、この生き物の名の語源を調べてしまいました、すみません 、
たいして詩自体の感想評が、あまり出てきませんで、すみません 。 ('20/10/27 20:44:29 *2)ウトイ :
耕さん コメントありがとうございます。五行という制限を設けて一月程色々書いており、その中から投稿してみました。なるべく何も言わずにそれでいて何か思わせるものに、なっていれば良いのですが...。自分もこの方向性はまだまだ勉強中です。ヤモリってのが古くからある題材なので、もっと現代的でアクチュアルなテーマでこの手の詩がうまく書ければ、面白くなるような気はしてます。 ('20/10/27 21:12:33)ウトイ :
玄こうさん コメントありがとうございます。何かしら想起してもらえたらのならありがたいです。 ('20/10/27 21:14:33)JPEG SQUAD :
だれのでもない部屋というのがキーポイントかなと。そこにストーリーが凝縮されていますね。それにしてもヤモリって噛むんでしょうか。本当に噛んだら面白い。 ('20/10/27 23:05:14)ウトイ :
JPEG SQUADさん コメントありがとうございます。そうですね、そこがひとつのポイントとは思います。ヤモリは本当に噛みますよ。痛くないです。かわいいです。 ('20/10/28 10:24:02)
∧ ∨ 12176 : エンプティチェア 滝本政博 '20/10/26 02:03:28
テーブルには二脚の椅子があり
その一つに座っている
対面する椅子には誰もいない
何処にいるのだろう
椅子に座る人は
誰かのベッドに入り込んでいたり
ひとりで町を歩いていたりしているのか
椅子に座ってわたしは待つ
何処にいるのだろう
わたしの周りから消えていった人たち
みんな最後には何処かに行ってしまう
あの人 と よべる人が一人いて
今でもわたしを悩ませる
はるか遠い昔に
別れた人だ
何処にいるのだろう
あの人を椅子に座らせて 対面する
言わなければいけない言葉があった
はずだ 遠い昔 あの時
いまでもなかなか言葉になってくれないが
どうか幸せであるようにと願うばかりだ
眠りから覚めても自分が自分であることの不思議
何処にいるのだろう
わたしはずっと愚かなままだ
いつのまにか時は過ぎ
またこの椅子に座っている
>> permanent URI: http://bungoku.jp/ebbs/20201026_076_12176p
なまえをたべたなまえ :
退屈な情景描写だなぁ。自分でも退屈だと思わない?
冒頭で読む気が失せる。 ('20/10/26 19:44:48)GROWW :
前作同様、語り口の平明さ、人柄がでているようなやさしさが作者の美点だと思います。
個人的にはもっと具体性のある描写があったほうが好みかなと思いました ('20/10/26 20:15:45)玄こう :
なんとなく語りの雰囲気が、落ちもなにもないひとり芝居、もの憂げなコント、という感じでした。 すらすら棒読みしてしまうキライがありました。 繊細な心情の変化が感じとれなくもなかったのですが、、テーブルや椅子といったモチーフを機転に、語りの心情や情景の変化、躓きや高揚など、といった抑揚が、もう少しあってもよかったかな、と感じました。 ('20/10/27 20:23:25 *3)滝本政博 :
なまえをたべたなまえさん
コメントをいただき、ありがとうございます。 ('20/10/27 22:41:08)滝本政博 :
GROWWさん
なるべく平明な言葉で表現したいと思っています。難しい語彙など使いこなせないともいえますが、身の丈に合い嘘のないところで書いてゆきたいです。 ('20/10/27 22:43:12)滝本政博 :
耕さん
はじめまして、読んでいただきコメントを感謝いたします。
「あの人」とは別れて随分と年月がたつのですが、まだ諦念とまではゆかず、気持ちは悲しみや後悔に揺れるのです。紐の堅結び、抜けない棘、鈍い痛みのようなものです。若く不器用だった自己への恥ずかしさもありますね。 ('20/10/27 23:08:59)滝本政博 :
玄こうさん
「エンプティチェア(空の椅子)」というカウンセリング・セッションがあります。椅子に座った自分の向かいに、一脚の空の椅子を置き、そこに、自分が話したい相手がいる、と想定して、対話するというものです。自分が話した後、相手が話す番になると、自分が向かいの椅子に移って座り直し、その相手の気持ちになって、話をする。それを繰り返すというものです。 そんなことを頭の片隅に置いてこの詩を書きました。
「なんとなく語りの雰囲気が、落ちもなにもないひとり芝居、もの憂げなコント、という感じでした。」と関係があるのかも知れません。いずれにせよ、玄こうさんにとっては、もう一つのれない作品だったようですね。精進いたします。 ('20/10/27 23:11:11 *1)玄こう :
滝本政博さん、エンプティチェア そんな精神的ケアの方法があるのですね。 レスレスくださりたいへん興味深かったです。 雑談になりますので下でご返信しますが、なるぅぅ、個人的レスですので返信は結構です。
グリーフケア ─── ともに悲嘆を生きる 島薗進/著 、 (レスいただきつい 昨日図書館でそんな一冊を借りて読みだしたところです)
人を愛し失くした悲しみをケアする方法の数々、無意識をバックにどんなふうにして、そうした心が潜んでいるのか、ユングやフロイトの言説を例にとり、
あるいは宗教を起点にしてそうした問題と繋げて非常に明瞭に書かれていたりもして、いやはや人間精神の知恵といいますか、
詩や文学でのそうした作品、エッセンス、主題などほとんど解らないまま、わたしは来ていましたので、
この詩でそんな新たなきっかけを与えてくださいましたですね。 すごく興味深く感じて、いろいろ考えさせられました。
私が過去に愛した者がテーブルを介し話しかけ、相手の気持ちになりその椅子に座り直す、自分が相手に成り代わっていような?
それは私と相手の自他の喪失ではないもっとポジティブな橋渡しができるんだな。 という、、(レスでいったいなに書いているんだろ? )
あぁなんだかよくわからなくなっていますが、でも素敵な解説をいただきました。 とても良いきっかけをありがとうございました。
以上、個人的余談になってしまい m(_ _)m しました。
. ('20/10/29 03:12:54 *6)
∧ ∨ 12177 : 死んでからにしてくれ yasu.na '20/10/26 07:25:05
今や僕は誰かが描いてくれた肖像画のよう
恩師や恋人を裏切ったことの思い出に苦しみ
身代も潰れて身動きできない
トラックが通ると
道路に面した家が揺れて
図々しい肖像画も微かに揺れるが
それは心の揺れではない
若さゆえの不養生が懐かしい
心の底から揺れることができたのは昔のこと
今では後ろへ遠く離れてゆくばかりの暦を瞥見しては
億劫そうに小さな溜め息を吐く
過ぎたことはどうしても静止している
肖像画は臭くて
小さい蝶か羽虫か分からないが
よく飛んでくる
それらは僕の身体の中の
心当たりがある赤い部品のように
確かに脈動している
>> permanent URI: http://bungoku.jp/ebbs/20201026_081_12177p
自由美学 :
第二連、ユニークな描写だと思います。>トラックが通ると
>道路に面した家が揺れて
>図々しい肖像画も微かに揺れるが
>それは心の揺れではない
ただ、ワンセンテンス内に同じ言葉が続くのは、個人的には雑っぽく感じて読みにくいです。
「揺れ」の一ヶ所はメタファーを代用するなど、そんな工夫があると、もっとバランスの整った自然な文章になるかと思いました。
この作者の地に足のついた表現というか、等身大の切り込み方は好きです。
前作での、作者さんのあの宣言は印象的でした。地上を歩く正気の肉体!(←ちょっと違う。。) ('20/10/26 20:55:50)yasu.na :
自由美学様、コメントありがとうございます。
詩に「狂気」ではなく「正気」を! 「精神」ではなく「肉体」を! 「天上」ではなく「地上」を!
とは言え、書かれてしまったものは、なぜかどうしても狂気的で精神的で天上的になるのは不思議で、表現の性なのでしょう。
「揺れ」の連続は確かに耳に障りますね。ものは書きたいように書けばいいわけではなく、何らかの「避難」とでも言うべき工夫が必要なのでしょう。身をもって知らされました。 ('20/10/27 03:32:31)自由美学 :
なるほど。たとえハナクソを描いたとしてドラマになってしまう、この表現の性。
「避難」、うむ。面白い表現です。作品の持つ、この抜け道のような可能性を開いていきたいですね。
トラックを持ってきたのはナイスですね。トラックが走ると揺れる、もうそこで背景が見える。大きな道路に面した古いアパートの一室が、ふと浮かぶ。>トラックが通ると
>道路に面した家が揺れて
>図々しい肖像画も微かに揺れるが
>それは心の揺れではない
第二連の>図々しい肖像画も微かに揺れるが
このフレーズを、例えば「写実画が一瞬印象派にブレるが」等、ベースに近い「揺れ関連」の表現に置き換える。こんなの何の参考にもならない個人的な意見かもしれないけど、「肖像画」をより生かす方向で迫ると、ぐっと詩的になると思う。
さらに、第四連の>肖像画は臭くて
>小さい蝶か羽虫か分からないが
>よく飛んでくる
その肖像画は油臭いか、鉄サビ臭いか、ワニス臭いか。虫はどんな虫か、死臭を嗅ぎ付けて飛んできたのか。もう少しだけ細部の、一歩踏み込んだ描写がほしい。
題材に味があり、センスも良いので、ディテールにこだわってもっと完成度を上げていくと、独自の世界観が生きてくると思います。化ける書き手さんだと思います。
エラそうに上から物言ってすみません。。(´o`; ('20/10/27 10:03:14 *2)玄こう :
タイトルの言葉がちょっと強すぎて、感じてしまいました。 ('20/10/27 18:58:00)
- ealis 3.0.10 + BUNGAKU GOKUDOU -