鯨の背筋に氷が逞しく早贄に馬の響き合い
可愛らしくほほ笑みか(蹴られ)ない
唇が触れる 焔を人質に取られる だっ
たの 激痛すら 言葉の神経節
花々(であるはず
は影に ぎ( 」
彼らのものの )
た僕の右 口から雪解けが崩れ落ちる白昼の中ヒナゲシ
猛禽類の域(息)が、ない 真冬の太陽
黒い子どもの手 黒い子どもの手 それが花々で
は、影に唇が触れる
白蝶/蝶
その縫い目の境界を 二つ
川が 穏やかに君の目元を掘り返している
あなたのもの (は) ない
さんらん が僕にお眠り下さいました
僕と僕を見ることのできない息(閾)に仙人掌
抉れた石を窓越しに見つめながら
蜜蜂に部屋から夕潮に踊り彷徨いだした象牙はアルカロイド
でした ほほ笑みかけ 差し出す手 (そして)盲いた主旋律
を絡みつけられた沈黙に
を絡みつけられた沈黙に 円形状の静脈
黒(く)
湖面に震えている / の。/ ?
蜂の巣に挟まれた鯨の瀬
あれが、子供たちの手をあやして(く)円錐状に君の内部が 閾(域)して、いく
沈黙を、
花が吸い込んで表されている
つかの間に、
花は、時間を離れてゆきます
身体の繋がれたつがいの白蝶 首をしめる
指が しめる
羽蟻のしがみついた音声の巣
深夜に見たあの花の名前を誰も知らないあなた
角の欠けた枝の
たたずむ二頭の牡鹿
であった、時間
夕立
であった、時間
が夜とは営みに外された
コップの水に生まれた睡蓮の首
くくれ、指を湿らせて
腐ってしまえ
私の中に行き届かない黒くの余白 眼差しにまで敷き詰められた北の太陽
喉を裂かれた東京
にまで敷き詰められた北の太陽
ちぎれたアロエの刺に新宿、反転した十字路には
黒(く)
指が しめる
夏至の静寂に君は
暗転する指先を現さなければ
赤くはぜる
牡鹿の角に植えつけられた白蝶の繭
きみの脚から糸までは追ってまで行きたいな
立方体まで崩れた鴎が糸をくわえこんで
花が折れた
瞬間からあな
たが衛星に揺らめきしておられますのは
黒い子供をした顔
黒い子供した顔 の/群れ
僕らの暦から特定の日付を削りとられました君/
時間以上に逃走する人に集まりましたが
は、夕方にピンクの純粋さを 黒斑の重みで
表された川面(角の突き立てられて氾濫する)に流れた
互いの
あなたは無言 でも 君はそこに引かれ
さけたからだ と
たたずむ二頭の牡鹿
蜘蛛の巣の糸に蜜蝋が剥けて閉めだされていきました
ですのに、
花は、時間を離れてゆきます
花が折れた 花の
首が折れた
特定の日付の静寂の空には
君の水が燃やす
あなたの水が燃やす
白蝶に襲われた太陽
天皇よ、
走れ
(初出「反射熱」第7号 2011年)
>> permanent URI: http://bungoku.jp/ebbs/20120918_192_6352p
- み かえる :
語尾の用い方からして年輩者だろうが、偏執的な記号の巧みさが整然と理に叶いすぎている 。つまり、上手く仕様されすぎるのも納得しすぎて困りものだ。これは筆者の性格を意味する。
単純に優しくないですね 。 タイトルに付けると良さが抹殺されてしまうのなら、註釈されて終わりにでも置かれるべきである 。
どなたか外国語に強いひと、タイトルに意味があるのなら訳して教えてほしい 。 ('12/09/18 16:02:27)
- case :
この手の作品をよむのは久しぶりで潜りづらかったが、()の用い方が巧いように思った。特に「可愛らしくほほ笑みか(蹴られ)ない」が好き。
ただ、タイトルがわからない。タイトルは作品の入口のひとつとしてかなり重要なものだとわたしは思うが、それがわからないし、わざわざわかりづらいタイトルを冠した意図もわからない。作品それ自体がどちらかというと理解されることを拒むようなスタイルであるように思ったので、タイトルくらいは入口を整えてもいいのではないかと思った。
よんでいて不快ではなかったが愉快でもなかった。巧く作られているが楽しませようとする配慮が欠けたもののように思った。 ('12/09/19 01:49:18)
- 葉月二兎 :
遅れましてすみません。
お言葉ありがとうございました。
「分からない」というのは馬鹿。「教えてくれ」というのは無能です。
己の無知や不足を恥と知って下さい。
それでは。 ('12/09/24 19:32:09)
- み かえる :
どなたか知らないがおもしろいこと言ってくれるよね 。鳴きウサギじゃあるまいに。だったらなんの為にわざわざ上げたんだろうね 。予感したように多湖作だよまったく 。 ('12/09/24 19:42:40 *1)
- こひもともひこ :
コメント読んで笑ってしまった。
葉月二兎さんへ。
この詩、誰も読まないよ。理解不能だもん。がんばって読んでくれている人がいるだけの作品です。で、がんばって作品を読んでくれた人たちに対して、詩を開いて説明することのできない人が、他人の無知を指摘するのは面白かった。 ('12/09/24 20:12:31)
- レフ :
すごく「かわいらしい」という印象を受けました。
悪い意味での「私秘性」の高い詩だとは思いませんでしたし、
「意味不明」だともわたしは思わなかったです。
かつての現代詩人とくらべると、
表面に見えてくる言語の「意味のあいまいさ」と「内容の抒情性」という点で、
あきらか「可読性」(リーダビリティー)は高い。
あるいは「ポップ」だと思います。
形式面での完成度は高く
内容はやらしくて抒情してるし政治的だし、個人的には好きです。
「アクチュアリティ」とか、
「ムーブメント」とか、
「先行世代に対する批判」などの評価の軸を持ち出さないなら、
とてもよい詩だとわたしは思いました。
あと、ネット詩に特有の「フォントの問題」というものがありますよね。
みずず書房や岩波文庫のフォントで読みたいなと思いました。
その点で損をせざるをえない性質の作品かもしれない、とも思いました。 ('12/09/24 20:39:25)
- 无 :
はい、私は馬鹿なのでタイトルも内容も分かりませんでした。「lorem ipsum」という部分から、グリーキングのように最初から意味が無い、あるいは意味を拒否しているのではないかなという気もします。読まれることを拒否するタイトルと内容の詩。そういう発想で書かれたのなら、面白いなとは思いました。見当はずれなことを書いていたら、ごめんなさい。 ('12/09/24 22:27:05)
- 蛾兆 :
夏を意味する語や太陽を意味する語が織り込まれた、奇妙に長い学名をもつ蝶についての詩だと思いました。
その蝶は、真夏、黒焦げの子供、河、貞子という少女が折り紙で作成した白鳥、彼岸花、などのイメージとともに静かに羽ばたいて、羽の裏と表で、黒蝶/蝶の物言わぬイメージを形成している。
しかも気がつくと、20万羽ほどもいるのでしょうか。それが特定の時間、空間を指差している。
東京大空襲のイメージをも重ね、死者たちは天皇に命令する。走れ、と。
そんなふうに読みましたけど、とにかく、黒蝶/蝶、というフレーズのかっこよさが半端ないです。
黒蝶/白蝶ではだめなのに、不思議ですね。
半分だけ重なっていることの危うさ、かな。 ('12/09/24 23:10:37)
- 蛾兆 :
間違えました。
白蝶/蝶でしたね。
カラスアゲハのイメージに引きずられて、誤記憶しました。すみません。 ('12/09/24 23:29:06)
- み かえろ :
ではわざとらしく遅れながら無能呼ばわりされたタイトルとは、蝶の学名のことなのかね、蛾兆くん 。
それとも、コイツが蝶々発信して鹿の手を患わせたサナギ合わせの造語名だったのかね 。 ('12/09/25 00:41:57 *4)
- 蛾兆 :
>み
さん
あなたもせっかく大天使の名前を潜称しておられるのですから、他人の意見などあてにする前に、もっと幸福な全能感を維持して世界を眺めてはいかがです?
俺に読めない文字はない、と決めてかかれば、あなたにとっての解釈には到達するものですよ。
自分の解釈も示さず、何なのか教えてくれと言ってしまっては、詩を楽しむことを放棄したも同然でしょう。
タイトルについては、別のひと(ゆーさん)が上で述べていることをご参考に。
実在の学名ではありません。
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とのことです。
しかし、そこから入らず、
白蝶/蝶
のイメージから入られてはいかがでしょうか。
蝶が二匹、重なっているのですよ。
下にカラーリングのある蝶、そこから数ミリ浮いて、まったく同型同サイズの、色だけは白い蝶が上にかぶっている。
そして完璧にシンクロしてゆっくり羽ばたいているイメージを私は得ました。
この蝶は、明示されたイメージではありますが(洒落ではありません)、あえて隠喩としては何なのか、と考えてみてはいかがでしょうか。
また、死者の魂とされる蝶のイメージが、言葉の音において白鳥と重なる瞬間に、どんな意味が発生するのか、と。 ('12/09/25 07:26:32)
- み かえる :
確信をつかんだと思いきらずいぶんと遠くを見てきたようにエラそげにものをおっしゃられますね 蛾兆のお方は 。死海でおばちゃんの水着姿でも拝んだのですか? 浮かべようにも浮かばないものは浮かばない、わからないものは聞かなきゃしょうがないっすね。いちいち調べろと?じゃなんで※註釈なんてものが存在するんだろうね。何人かのレス者が指摘するように、そもそもが読めるもんなら勝手に読めよおまえらなのがこの作者の態度よ。イメージだけで批評しようと思えば此ほど容易いことはない 。 あんたこそバイくらいおめでたいわ 。 ('12/09/25 11:42:28 *2)
- ケムリ :
詩の読み方なんて自由なわけで、書き手の意図に従う義理はこれっぽっちもなく、そもそも「書き手」なんて存在しないんですよね。作者なんていない。この作品テクストを、コンスタティブなものだと解釈して、ゴリゴリに意図解釈していくのも面白いとは思いますが。僕はやんないです。この作品は、僕の目にパフォーマティブなものに見えるし、見えた以上それが全てです。異論は受け付けない、というか「異論なんて存在し得ない」。
誤読は存在しえない。(もしくは「あらゆる読みは誤読である」)この文学史的最終回答に、僕は全く異論がないというわけではないですが。この作品に関しては、その前提を敷衍して評します。挑発も、「詩において『わからない』という言葉がそもそもナンセンス」という前提として、まー許容しましょう。不親切ですが、間違ったこと言ってるわけじゃねーからな。「わからない」ではなく、「つまらない」と言ってやればいいんですよ。確かに、「わからない」「おしえてくれ」は切り返せますが、「つまらない」は反論不可能ですから。つまらないわけではなかったなら、しょうがないですが。
まさか、この作品がコンスタティブなもので、まったくパフォーマティブな要素はなく、「正しい読み」を行うことでたった一つの解釈的地平まで到達する、ないし「到達しなければならない」なんて、主張しないでしょう。どっかにこの作品を解釈するための「読みのルール」がある可能性はゼロではないけれど。そんなん知ったことじゃねえがな。あるなら提示しとけやっつー話ですがな。
よし。ここまで前提。
これ書いとかないとまた足払い喰らうからな。 ('12/09/25 11:43:01 *1)
- み かえる :
そうだよね 。はじめからコミニュケーとを拒否して上げてきたんだから 。わからない者は死海に浮かべるしかないよ 。caseさん風に言えば そこまでして読みとる義理も垢もない 。 ('12/09/25 12:11:41)
- ケムリ :
で。
まず、僕は意味論放棄しました。だって、タイトルからして意味論的解釈するのが明らかめんどくさい。詩は謎解きじゃない。(いや、謎解きであってもいいけど、僕はそうしない)でも、言語から意味をはく奪して、それで何もかも消滅するってわけじゃない。タイトルの意味を読むことを止めても、タイトルは残るでしょう。よーするに、「今からパフォーマンスを始めます」っていう前置きだと思って受け止めりゃいいんですよ。いや、他の受け止め方もあるけど。言語において「意味」ってそんな重要じゃないわけで。
で。
僕、このタイプの作品書いたことないんですよ。僕が書く技法は、基本的にノヴェル(≠ロマン)ですから。いや、この手の技法を体系化することも、きっと可能だと思うんですよ。ナラトロジー的なやり方も適用できないことはないし(特に、この作品の場合イデオロギー・コンテクストを最後に持ってきてるから、そこを逆たどりする形で読みに収斂させることは比較的容易ですよね)やろうかなー、とも思うんだけど。実際、やる気がしないんですよね。だって、僕こういう作品をこの先書くこと多分無いし。批評者として、ヒジョーに情けない限りですが。自分が使わない道具の手入れをするのはダリーんですよ。いや、このツールもあれば便利だなー、とは思うし読んでると楽しいんだけど。自分で使う気が起こらない。
で。
イメージは、楽しいです。さすがだと思う。基本的に、「現代詩クセーもんは嫌いだ」って感じなんですが。「くだらない小細工はいいから黙ってジャック・ロンドンを読め」っていう文学的ゴリラな僕でも、この作品は面白かったです。はい。「イメージの横滑り」を更に断ち切って、カットアップを加えて上でリズムを整えていく。意味に足を取られないようにステップを踏んで総体としてのイメージを作っていく。さらに、せっかく出来たイメージのつながりをスパスパ切っていく。やらんでもいいこと全部やってみたような作品です。一つ一つのイメージが独立して表象化されるのを回避するってのも、なかなかの離れ業です。僕はここまで作品の全体性を意識して書かないし。
で、歴史・イデオロギー性をブチこんで来た点も僕は買います。作品全体が、イデオロギー一色に塗りつぶされるリスクを覚悟しても、そこに踏み込んでいる点。また、成功しているとも思います。ここまでのレスで誰一人「天皇」に着目していない辺りからしてもね。モロに単語突っ込んでこれは、大したもんです。作品自体が批評性を強く纏っているのに、見せてない。
http://forauldlangsyne.blog133.fc2.com/blog-entry-127.html
俺のコレなんか、9・11の件でベッコベコに叩かれたというのに。歴史コンテクストを使うって、難しいんですよね。歴史イデオロギーだけに着目してみると、構造的にはこの作品とほぼ同じですかね。表現の方法論が違うだけで。
角の欠けた枝の
たたずむ二頭の牡鹿
であった、時間
夕立
であった、時間
が夜とは営みに外された
この辺とか上手いですよね。ガジェットの表象化を妨害しながら、作品としては全体性を保つ。リズムがあるからリーダビリティも高い。技法として、非常に参考になる作品でした。「イメージを灯らせろ」と僕は常々言うわけですが、「イメージを敢えて分断化して作品総体を形作る」っていう手法もあるんだなー、と。というか、こういった自分が使わない方法論もちゃんと批評できるようにならんとダメな気がするなぁ…。
技術的には大変勉強になりました。「仙人掌」だけは、ちょっとずっこけたかな。いや、知識の問題も大きいんでしょうが。あれ、浮いちゃったなこれって感じで。 ('12/09/25 12:16:40 *1)
- み かえる :
ケムリ様の言っておられることは非常に理解できるんだよね 。だから だよね 。習練を積んできた人だと思ったわけだからさ、ここに上げる以上作者自らの弁で拒否はしてほしくないよね 。こんなこと言ったらたぶん捻るよこの作者 。 ('12/09/25 12:29:11)
- ケムリ :
様づけはやめて欲しい。ケムリでいいよ。ケムちゃんとかでもいい。
いや、この作者はあれです。俺が出てくるのを前提に、挑発してるんですよ。イジワルな挑発してるけど、間違ったことは言わないっていう厄介な人です。
これ、カセさんの言葉がシンプルに「つまらない」とか「面白いと感じられなかった」みたいな主観性に留まったものだったら、挑発してなかったと思いますよ。ただ「理解」とか「教える」みたいな、共有すべき知識・文脈の問題に持ってったので、これ幸いと挑発にかかった。
「拒否している」わけじゃないんですよ、この人。
少なくとも、「そうではない」って抗弁する用意はしてある。「わからない」という言葉がナンセンスだ、という発言を悪い意味でオブラートに包んでるだけ。
これが「つまらない」みたいな主観性を否定する反論だったら、読み手の主観性への拒否だったら「だったらブンゴクにいる必要はねーよ」といつもの通りやるんですが。それ喰らわないようにしてるんだものこの人…。
ギリッギリだけど。こーいうことやる人があんまりたくさん出てきたら困るけど。
カセさんもみかえるさんも、「意味」「意図」「理解」をロジックの中心に据えて批評にかかったので、結果的にあの反撃を許してしまった感はある。
もちろん、お二方ともその言葉が謙虚さ、真摯さから出てきたもの、「理解しよう」という真摯な読みの結果であることも、僕は承知しているけれど。
というわけで、僕が出て解説することを前提にした「イジワル」は…いや、盛り上がるけどさぁ。その辺にしませんか。僕がどっと疲れるので…。
もうちょっと、優しさと親切さを出した方がモテますよ。 ('12/09/25 12:40:29 *2)
- み かえる :
下のレスじゃかなり熱くなってるけど(笑)
じゃあさ、普通に評してるエクステリアなきみとかやっぱり博学のあった蛾兆氏へのレスに対しては出てきて抗弁されるべきだよね 。是非伺いたいよ 。 ('12/09/25 12:51:00 *1)
- ほかけ :
こんにちは、葉月二兎さん
こんな作品を批評することは、わたしには無理だと思うのですが、作品は訳がわからないのにとても面白く感じられたので、感想を置かせてください。
ある場所で花咲いてはふっと消える世界は日本画を書いていく躍動を思わせるので、何故そう感じるのだろうと考えてみた時に、短歌的味わいが詩の中に多く含まれているのではないだろうかと感じました。のっけから、
> 鯨の背筋に氷が逞しく早贄に馬の響き合い や
> 蜜蜂に部屋から夕潮に踊り彷徨いだした象牙はアルカロイド
この辺もなんですけど短歌的だと思うのです。行間に独特の静寂が残るのも、体言止めを多く使われていること等もあり、うまいイメージ表出のされ方だなあと言う印象でした。
題については本文と照らし合わせて読んだ結果、新種の放射能の名前のように自分には思われました。
拙文失礼致しました。 ('12/09/25 14:31:41 *3)
- 寒月 :
乳頭・リビア・ベース・太陽。いまここまで。 ('12/09/25 15:37:00)
- 寒月 :
伝承・イプサム・仕様・記念日・あらゆる。mが余るんだよな。 ('12/09/25 16:41:38)
- み かえる :
山の実り、風をたたみ、虫音床に寒月様は折り紙をちぎっておられます 。
放射線だろ?反射熱だろコイツ。黒い太陽に白い蝶が予言してるんだろうよ 。拝啓天皇陛下様。東京は福島は広島を。ああ文極よ我らの未来が 。 ('12/09/25 17:00:32 *2)
- 寒月 :
それ放射線、でmが消えるか。題をいじってみていました。浮かぶ思いを不足なく書き表そうとするとこんな風になってゆくのだろうかと思う。吉増が何であんなひちめんどくさい書き方をしたのか、と繋がった。壮大なイロニーですね。だがあなたが神になっても仕方がない。そんな印象でした。 ('12/09/26 05:02:33)
- 中田満帆 :
全体的に装飾過剰。内容よりも形が先行しているが、その形もあやしい。意味から逃れようとして意味に喰われている印象。 ('12/09/26 13:10:03)
- 葉月二兎 :
皆様ありがとうございます。
読 ん で 頂いた方々の様々な「読み」面白かったです。
心より感謝致します。
あと、无さんはご自身を「馬鹿」とおっしゃてますが、
私は无さんのように 読 ん で 頂いた方を「馬鹿」とは思いません。
もちろん「無能」だとも思いません。
ただただ感謝申し上げるだけです。
読 ん で 頂いた方々には作者として感謝を述べる以外になく、
それ以外の方については話す価値もないので、この辺で。
ありがとうございました。 ('12/09/26 22:04:22 *1)
- グリフィス :
葉月二兎さんは文学極道そのものを何かよりも低くみているのでしょうか?
コメント欄の貴方の発言は普通の感覚ではとても許せるものでは無い気がします
わざとならその意図を測りかねます
それとケムリさんがまあまあみたいな感じなのも普通にびっくりです
なにか記念日みたいなものでドッキリを仕掛けられている気分です
葉月さんの作品はここ以外でも色々と解説みたいなものがあって
それらが結構面白くなんというか難解な映画などの解説
(メメントやインセプションなど)みたいな感じで、それもあって
正直俺も貴方の口から作品について語って欲しいみたいな思いがあります
今回の詩はそもそもそのような念が起るような詩であると思うのです
例えば他の媒体で貴方の作品が掲載され、読者などから同様のコメントを頂いたとしても貴方は今回の様な返事をされるのでしょうか?
何名かの方が発言されているように作品中に社会的に禁忌とされる事柄が
含まれており、詩の解説そのものが作品の意図を壊してしまうのなら
貴方に非は無く此方の無知や不足を考えなければいけませんが。
できれば直接でもお会いして詩のお話を聞かせていただきたいと感じました
詩の中にイデアのようなものが本当にあればですが ('12/09/26 23:50:09)
- み かえる :
結└はー「ま
、どーでもいいけどさ」
局┐屁理屈で向き合おうとしない 。こういう諸輩がさ、現代詩を人々から遠ざけていく傲然さのいい見本のようなお方で、壁の落書きなんてものには色眼鏡も止まらないのよ 。彼にしてみればこれがユーモアのつもりなのよ 。ーほ!どーも 。 ('12/09/27 01:37:11 *2)
- 葉月二兎 :
>グリフィス様
はじめまして、、なのか存じませんが、
少しお答え致します。
>例えば他の媒体で貴方の作品が掲載され、読者などから同様のコメントを頂いたとしても貴方は今回の様な返事をされるのでしょうか?
もちろんです。
例えばもし何かに掲載されたとして、読者から「分かりません。」と言われれば、「そうですか。」とだけ言いますし(あるいは流しますし)、読者が「こういう様に読んだ。」と言われれば、その「読み」にただただ感謝するのみです。
ただし“芸術家たらんとする者の修錬の場”であるこの文学極道の読者に関して言えば、「読者」とは同時に「芸術家」ないし「創作者」でもある、という認識でコメントをしております。
グリフィス様のご質問にある“作品について”――「作者」として言えば、タイトルや言葉やその連関、技法、下地等々・・・また、多くの人々が「作者の意図」と呼んでいるものについて、作者が(作者として)説明できないことは何もありません。
と同時に、作者が説明することも何もありません。何故ならば「作者の意図」というものは す べ て 作品に(作品で)表しているからです。
ですので、「作者」である私(そして私自身のスタンスとして)は、作品に表している「作者の意図」というものを公に語ることなどしません(それは「作者」の言い訳でしかないと思っています)。出した作品が す べ て です。
そういう思いもあり、ここでの私のコメントは端的に短いものとなってしまっています。私のコメントで不快にさせてしまったことは偏に私の責任です。申し訳ありません。
(しかしながら、このコメントも含め、「行間を読む」こともできない者が、はたして「行間を読ませる」作品を創れるかどうか、私は疑念をいだいております)。
>今回の詩はそもそもそのような念が起るような詩であると思うのです
そのように思っていただけたのであれば、私としてはグリフィス様に感謝するだけです。
その上で僭越ながら一言言わせて頂ければ、グリフィス様が感じられた“起り(occasion)”が、単なるハプニングではなく出来事として成ることができるのであれば、「作者」としてこの上なく嬉しく存じます。
それでは。ありがとうございました。 ('12/09/27 02:31:52 *2)
- グリフィス :
>葉月二兎様
お答え頂きありがとうございました
今回の詩が気になっていたので
仕事を調整して本当に会いに行く事を考えていました
(勿論正規の方法を使ってです。ご本人の意思を確認してからなど
無理なら普通にあきらめるみたいな感じです)
四日間の休みは映画を見て過ごします。 ('12/09/27 03:23:21)
- み かえる :
…酔いつぶれたら読めるかもしれない…
【泪】様 ああ あなたのおっしゃった一言は、猪鹿蝶と座する下半身の痺れに一撃を食らわせます。正にそのとおりかもしれない 。
覚めた眼で行間を眺めてはいけない 。
めんへら美酒を片手間に、ぐるぐるぐるとまわる青天井、読めない雲をすり抜けて、入浴剤は下呂湯と浸かり、外様諸藩にはバレぬ様、身を反らしてはわからない、石鹸の炭がひとつ欠け、(あ)ほら、、隅から隅までー、べん、べん、垢をすりずり気のみ気のまま、、光國は湯気を味わえばいいのですね 。
シバ氏、間戸を譲受いたしました 。 ('12/09/27 05:26:10)
- こひもともひこ :
なんだかね・・・ずいぶんと視野狭窄なのね。
私は、いわゆるアカデミックな知識は持っていません。しかし、よくある「アカデミックな頭でっかち」を馬鹿にするようなこともしません。実際にミクシーで知り合った詩人さんにも多彩な知識を持つ人がいて、その人の知識を吸収してやろうと貪欲に接しています(←ミクシーってwww、なんていう人もいるようですが)。
おそらく、そういうアカデミックな下地がないがゆえに発想できるのかもしれない、ひとつのアイデアを。
>「作者の意図」というものは す べ て 作品に(作品で)表しているからです。
ですので、「作者」である私(そして私自身のスタンスとして)は、作品に表している「作者の意図」というものを公に語ることなどしません(それは「作者」の言い訳でしかないと思っています)。出した作品が す べ て です。
と書かれた葉月二兎さんのコメントは、いろんなところで目にする意見です。これについては、たしかに反論できるようなことはないようにも思います。でもこれ、ステージが変わったら、いちいち書かなくても自動的になることなんですよ。
たとえば、詩集を出すなり、詩誌に掲載されるなりして、私の作品が出版されるとします。で、その作品についての批評でさんざんけなされ、とんでもないような読み方をされたとする。そういった批判に対して、私がどうにかして反論・解説(言い訳)をしようとしたところで、物理的に不可能なんですよ。私の作品を詩誌で読んだ人全員に、私の反論を読ませることはできない。インターネットを駆使し、いろんな場所に解説文を書き込もうが、詩誌の次の号に私の反論が載ろうが、先に出版された私の作品を目にした人全員に読ませることは物理的に不可能です。
逆に、文学極道のようなインターネットのサイトというのは、詩誌(出版物)とは違う使い方ができることが最大の特徴でしょう。作品に対するコメントに即返事ができる。自作の解説を含め、さまざまな意見をネット上にさらして作品をよりよくしようとする。その旨みを使うことが上達への最短距離じゃないのかしら。
特に、葉月二兎さんやNEW ORDERさんのような作品は、どうやって読み解くのかのヒントさえもらえれば、それを読もうとする人が何人かは必ず現れるはずです。実際に、ある方のブログで、この作品や、NEW ORDERさんの作品の詳細な分析を読みましたが、歯に衣着せぬ物言いをすると、提出作品より、その方の解釈文のほうが面白かった(本当はURLを載せたいのですが、私の知ってる人じゃないのでね・・・詩人ってなにかと繊細なのでやりづらいなあ)。
誤解されないように書いておきますが、私は別に、何でもかんでも詩を開いて説明しろ!だとか、できるだけ詩の作り方を解説するべきだ!とか考えるわけでも、主張するわけでもありません。私の知ってる詩人さんにも、自作の説明は絶対にしない人がいます(難解な作品や、不思議な作品を書く人ほど、解説を嫌がる傾向があるのかな)。それはそれでしょうがない。
以上、インターネットの特徴を最大限に利用したほうが得とちゃうのかなあ?というひとつのアイデアを提示してみました。 ('12/09/29 08:36:18 *1)
- ケムリ :
うーん、そのアイディアを採用することは僕が代表の限りは無いかな。
僕、元来が意図主義・作者主義バリバリの国語教育学からキャリアを始めた人で、大学辞めちゃうくらい大嫌いなんですよ。そういう批評のやり方。というか、現状のアカデミックな読みはこひもとさんの仰る読みに対して「それではダメだ!」という形で提示されたものなわけでして。
「意図主義・作者主義」は現在は国語教育の分野だけに残るガラパゴスな読みですが、かつての日本では「主流」だったんですよ。現在でも義務教育〜高校レベルの国語教育では「作者は何をいいたいのでしょうか?」ってやるでしょ。これは国語における、「論理教育」の部分と「道徳・情操教育」の部分が切り離されなかった日本特有の現象で、現在でも多くの人たちは「作者は何を主張したかったのか」を考えることが「読み」だと思い込んでいます。
僕はそういう貧しい読みが大嫌いです。また、作者にある種の特権性「解説」の権利を与えることも、絶対にしたくありません。「読者がどう読んだ」かこそが重要であり、作者なんて存在する必要がありませんし、事実存在しないんです。作品を一度投稿したら、書き手も一人の読者です。他人の「読み」に対して介入する権利は一切持ちません。
作者が一つの読みの提示として自作に注釈をつけることは、別にかまいません。しかし、それもまた作品の一部ないし、単なる一つの解釈です。「正しい解釈」は存在しません。「作者」には一切の特権性はありません、そもそも作者なんて存在しません。読者がいかに読んだか、だけが全てです。「ヒントを与える」なんて行為は、原理的に作者にはできません。また、それをやろうとするのは、「読者の主観こそを最重視する」というこの場の趣旨にもそぐいません。故に、認めない。
これは、作者が「おまえはこの作品を読めていない、理解できていない」と読者に責任を転嫁することを防ぐための理論づけでもあります。「わからない」なんてありえない。作者がヒントを出すなんてこともありえない。「読めない」なんてあり得ない。
それは、視野狭窄ではなく批評に於けるスタンスであり、運営におけるスタンスです。だから、僕困ってんですよ。葉月さんにイラっと来る皆様の気持ちもよくわかる。でも、基本スタンスは僕も葉月さんと一緒なんですよ。書き手に「読み方のヒントを貰って読む」こと自体が、文学極道のポリシーに合わないんです。そういう読み方をすることが完全にダメとは言いませんが、ここでは推奨できないんですよ。
「読み手こそが正しい」がモットーですから。作者に「ヒントを出す」ような行為をさせたくないんですよ。「作者の意図」を大事にする創作の場っていうのもあっていいと思うんですが、ここはそうではないんです。 ('12/09/29 13:30:26 *2)
- ppha反現代死�=蟷シ螂縺ゅ≠縺茎ex縺」縺檎クウ縺後ヶ繝ォ.rb :
ケムリ、私に「説明しろ」と言ったよな?私は「説明する気ない」と言ったよな?
で、私は投稿禁止になったよな?
?ケムリ、矛盾してるのでは? ('12/09/29 14:44:59)
- み かえる :
そう 。代表でもあるケムリくん。はじめから彼は矛盾を認めているんだよ 。彼は、つまりここ文極に於いては帝王だ 。あまりに無能であると判断される投稿。特に自分に対して逆らう奴は徹底的に排除されるんだよ、現代詩さん 。※ありゃ あ 現代 死 さんでしたね 。どーも 。 ('12/09/29 14:58:43 *1)
- GENKOU :
(文)字や語の連関、多群れの字面をおもしろく見たり読んだりしたものの、言一言から真新しく育んでいかれるべき文の詩の言葉が形骸の死語(辞書)
音色響きなども読んで見て聞いて感じるのはやはり私にはBGMだった。
なんとなく、終戦記念日の祝詞。まぁ読む側のそれは自由な想像でいろいろあろうが
こういう現代詩も、クラシカルな文学詩をかなり踏んでいきながら、やらないと、所詮生半可だよ。と、言われるのはご存知のはずだろう。
また、機会あれば、投稿してみてください。
一読所感してから二三度目とおしたにすぎない、コメントだが、そんなことを思った。
※
あと、反現代詩さん、そういう内容は、お二人のメールやりとりで事足りる話し。そんな事をここに持ち込むな。文学サイト、誰しもその分野に感心を抱く人たちが、編集していくためのコメント欄だ。
直接そちらで決着つけたらよいだけの話しだ。
以上 ('12/09/29 15:53:01)
- ケムリ :
えーと、反現さん。
そりゃ矛盾してますよ。批評ポリシーとサイト管理が完全一致するわきゃない。
「運営管理上、反現さんみたいなのが複数出たら困る。というか、一人でも相当めんどくさい。荒らしだろこれ⇒管理者強権発動」というだけです。そこは、単なる僕のサジ加減です。それ以上でも以下でもなく。
逆らう奴は徹底的に排除、とは言いますが。名前変えて入り込んでる連中も見逃してる俺は、大分排除力が低いと思いますがね。排除とかした方がいいですかね?しちゃう?僕に三下り半叩きつけて何気なく参加してる奴とかいますが。「見ないふり」解除した方がいい?(個人的に、どんだけ恥知らずだよコイツとは思ってる)ぼくは、サイトポリシーを理解して「建前」をつけられる人間は排除する気はないですよ。「ブンゴクではブンゴクの流儀で遊ぶ」っていうね。
そんで。反現さんに関しても100%の説明を求めちゃいないですよ。ポリシーがあってやってること、そのポリシーの多少なりとも説明。そんな難しいこたー求めてないですよ。というか、必要なのは「建前」ってやつでね。特殊な創作、特に反現さんは「荒らし」と紙一重というか、僕個人としては荒らしなんですよ。そこに建前つけるくらいのことやれと。きわどい創作やるなら、それくらいやれよってだけのこと。いや、ここでやらないんならやらなくていいですけど。
そーいうわけで。反現代詩さんを僕が排除した理由は「場の運営管理上、この手の創作には一定のハードルを設けないとならない」と判断したからです。現場運営上の判断です。それ以上でも以下でもない。反現代詩さんがここで創作をやりたいなら、ハードル越えてください。建前くらいつけてください。越える気がないなら、別のとこに行けばいい。それだけです。 ('12/09/29 16:18:17 *4)
- こひもともひこ :
ケムリさんへ:
ケムリ私書箱に書いたほうがよかったかな。
内容については了解しました。
二点だけ。
ひとつは、「作者の解説・説明」という言葉を私は使っていますが、作品を書いた時点での作者と、書いた作品を提出してそれを解説しようとする時の作者とは別の人間だという捉え方をしています。言葉で書くとヘンテコになるのですが、自作の解釈をしている今の私、という考え方。で、なぜそんなことをするのかというと、沢山の人に向けた詩を書きたいと考えているからです。これが二点目につながります。
二点目は、この作品のようなタイプの現代詩は、まずもって普通の人に読まれることはありません。なので、読まれるように導く行動をすることが、多くの人に読まれる可能性を生むことにつながる。ただでさえ間口の狭い現代詩の中の、さらに間口の狭い作品なのに、「読めるやつだけ読め」ってやられると読む人は絶対に増えないよ、というわけです。
以上、これは私の個人的な考え方で、文学極道のポリシーにまで踏み込むつもりはありません。 ('12/09/29 17:40:46)
- み かえる :
そう きみ(もひこさん)が言うように、僕もcaseさんも開いて手の内を見せろ、 なんて言ってないでしょ 。書かれた動機はあるわけだから、何か一言感想であればいいわけでね。無ければ無いでいいのよ。それがいきなり 馬鹿、無知に無能、マヌケ、とんまだよ?評するされる意味がないよね 。わからない、教えて? がダメな世界なら学校はいらないよ 。ここは一応(修練を積む場)でもあるのにね って 話だよ 。 ※もうどうでもいいけどね 作者不在なんだから。 ('12/09/29 18:06:17)
- ppha反現代死�=蟷シ螂縺ゅ≠縺茎ex縺」縺檎クウ縺後ヶ繝ォ.rb :
作者は存在するよ。僕は感想書こうと思てここに来たから今から感想書くと思うけど、その前にケムリ返事ありがと僕は荒らしじゃないのにと僕は言うけど、もう感想ゆくね。
葉月二兎さんのpapilibiotempusolare-loremipsumanniversarium読んだ感想がこれだよ。
接木バラさないと、元の状態を知らないと、天皇(走ってないだろう、天皇=loremipsumダミーテキスト、なぜ走らないかというと簡単に言えば義足の性能が悪いから走れないと考えればよい、義「本来のものではないが、社会的約束によりそのようになったもの、本来のものではないが、仮にそのようになったもの」義=ダミー、走れないからこそ蝶を見る)は象徴であるから何かを象徴しているはずだが作者が使用した天皇はwikiの天皇と一致しているのかどうか、一致していないと思う、イメージしにくい存在、この天皇はイメージからの逃走を命令されたような、なにかイメージしにくい、いや見方を変えればなんかイメージしやすい情報を背負わされたような、そう接木か、なんだこの生命体集合体、いや単純なことだきっと、本当に単純なことだ、天皇は天皇なのでwikiの天皇と一致する場合もあるのだ、エクリチュールは二重所属に優しい。うーん離脱、脱却。難解ではない。詩作。あ揺れ、僕や私や君やきみやあなたや彼らや僕らの揺れ。多重でもよい。思い出す、過去の出来事を思い出す、記憶と歴史、天皇陛下御即位10周年でのX JAPANリーダーYOSHIKIの曲はAnniversaryだった→anniversarium、20周年ではEXILEが太陽の国という曲を→solar、国とは日本だ、日本の象徴が天皇だ、太陽のような国、定義された形、その形を信じるのなら天皇は太陽のような存在だ。でも、天皇はダミーだ、走れない、太陽じゃない、そう接木、”白蝶に襲われた太陽”、走れない天皇は蝶を見る、蝶になりたいのかもしれないという考えはロマン、背負わされた太陽をふりはらう、不可能なのだが。命令が届かない、残響。しばらくして音を捨て、絵を捨て、絵などあったのか。形骸、鯨の背骨、化鯨、言葉の神経節、お化けに激痛とかはない、お化けを触ることはできない、文字を触る。こないだ皇居いったけど天皇に会えなかったし、やっぱ見えなきゃ触れない気がしちゃうもんな、意識。
雑談だけどまあ全部雑談だけどキキダダマママキキとか浮かんだ、た僕の右のたとか( 」とか。
花が折れた 花の
首が折れた
こうゆうの整理整頓感覚なのかなあ、。
タイトル過剰てゆうのかな、これがなければ読まなかったと思うのでとてもよいタイトルだなと思いました、。
感想おわりだよ、l。 ('12/09/29 23:02:21)
- 葉月二兎 :
>グリフィス様
グリフィス様とは映画などのお話もできそうです。お暇な時がございましたら、何時でもお声掛け下さい。(ツイッターしか現状連絡手段がありませんが)。
>GENKOU様
はじめまして。感想ありがとうございました。
>こひもともひこ様
コメント欄に書く内容でもないので短いですが。
>文学極道のようなインターネットのサイトというのは、詩誌(出版物)とは違う使い方ができることが最大の特徴でしょう。作品に対するコメントに即返事ができる。
おっしゃていることは重々承知しております。もちろん、ともひこ様の言に一理あることも。
ですが、「作者の意図」というものを公に語らない、というのも含めて「作者」の判断です。ご容赦下さい。
おそらく、こひもともひこ様とのスタンスの違いが主であると感じます。こひもともひこ様のスタンスも「あり」と思いますが、私は「けれども」と言う違いです。
「知識を吸収してやろうと貪欲に接しています。」この点につきましては、私も大いにスタンスを同じくするところです。
(しかしながら、学校というのは「教えられる場」ではなく「学ぶ場」であると存じます。)
ありがとうございました。
>反現代詩様
感想ありがとうございます。とても面白く読めました。
>ケムリ様
最後になってしまいましたが、いろいろとお手を煩わせてしまい申し訳ありません。 ('12/09/29 23:46:39 *1)
- み かえる :
笑っちゃったな 。もういいよ 。阿呆が見抜けたから 。 人間、軽く騙されてはいけないなとまたまた學ばせて頂きました 。 ('12/09/30 00:11:13)
- 澤あづさ :
先日この詩の題名に関する記事を、自分のブログに公開したところ、自分としては信じがたいような多数のアクセスを頂戴しました。おそらくこの詩の読者様が、この詩に関する情報収集のために、ご来訪くださったのだと思います。
わたしのような者がそのような報告のために、このような場所にしゃしゃり出るのは憚られたのですが、少々思うところがあり、思い切って遅ればせながらご挨拶申し上げます。
当該記事の公開を歓迎してくださった作者様、
当該記事を論評においてご紹介くださったcase様、
把握できていませんが、当該記事のURLをどこかでご紹介くださった方、
そして当該記事をご覧くださったすべての方に、心より感謝申し上げます。
この僥倖はなにもかも、この作品の魅力と、作者様のお人柄の賜物です。この作品がなければそれへの感想もなかったのは当然ですが、仮に作品があったとしても、作者が葉月さんでなかったら、わたしはあの記事を決して公開できなかったでしょう。
自作解説などで読者の解釈を否定するようなことや、その鑑賞の質がどうこうなど言って読者の名誉を損ねるようなことを、葉月さんは決してなさらないと、わたしは以前から存じていました。
でなければあのような愉快な妄想劇場を、悠長に公開しておれたわけがありません。
自分なりに丹念に考証したつもりの情報を、無駄な努力だ低劣な遊びだと指摘されたら、恥ずかしいじゃありませんか。
心ある人に届けたくて発信した情報を、心も根拠もない人の偏見で一方的に侮辱されたら、悲しいじゃありませんか。
そのような事情から、このコメント欄にレスすることもできずにいたけれど、わたしがこの詩に感銘を受け、この詩から得た新たな見識をもって自己を啓発し、その情報の発信にまで成功を収めて、とても幸せであること、外部でこの詩がそのように読まれたことを、いまどうしても作者様に報告したく、書き込ませていただきました。 ('12/10/06 05:45:33)
- 二階堂本館 :
マラルメみたいな詩だなwwww
技巧と難解かつ壮麗な暗喩を入り混ぜた表現方法は
彼の骰子一擲から影響を受けているなと感じました。 ('12/10/06 16:12:32)