殴打する中空に指を二本立てたら銀河の果てまですべてはピースだから、水中眼鏡かけて、太陽の目を潰して、苦くて冷めきったブラックコーヒーで夜を水没させる肉体労働をしようよ。喫水線がシンデレラの膝下にとどいてしまったら、かぼちゃの馬車は砂糖で煮詰められ、鍋からロバが逃げ出すとファンファーレが鳴り響く。万馬券を握りしめた僕らのこぶしがささやかに解かれたとき、ガラスの靴を履く夢を見た少女のベッドの下には、口の中のビスケットみたいに、朝が溶けだしている。少女が寝返りをうった寝具は昨夜まで争いなんて知らない地形のように整えられていたはずなのに、いまではすっかり焼け野原で、カーテンの隙間から射しこまれる異国のスラングが、少女のおはよう、になりすまし、こんにちは、で接吻し、おやすみ、で婚約している。そして、くすくす笑いあう六月に招待状がとどいたら、僕らそれを見て争いを猿と蟹だけに任せたことを後悔し、嘆きながら、いちばんの正装に着替えて文鳥のように仄かに赤い唇を尖らせ、おぼえたての祝婚歌を精一杯にさえずるんだ。
ひと粒のこらず古米を啄ばみながら歩いていった公園。町の隅っこに留められたホッチキスみたいな鉄棒。僕はそれを思いきりつかんで日暮れまで逆上がりをした。鳥かごの中で狂った文鳥みたいだ。って笑われても、何度も地面を蹴って何度もひっくり返ってた。お箸もつかめないほど弱ってしまった手の平をゆっくり開くと、そこには世界地図が広がっていて、いくら眺めても歩けない街や、泳げない海の美しい名前が書かれているばかりで、誰ひとり握手を求める人なんていなかった。僕は豆腐の角が崩れるときの音を聞いた。近くのベンチには髪とひげを伸ばした空腹のグルメ家が夜空を見上げながら顎まで伸ばして「夜中に食べる銀河は驚くほどうまい。」そう言って、口の周りを光であふれさせながら笑っていた。僕は、本当はすぐにでも肉刺だらけの手の平は新しい大陸ができたみたいだって誰かに伝えたかったけれど、痛みを見せることはじゃんけんみたいにこぶしを振り上げることと一緒なんだって、まだ少女だった頃の君が教えてくれたから、今夜もありったけのお湯を沸かそうと思うんだ。飼い犬の背中を撫でながら、僕は今夜、濾過されてゆく。カフェインの成分も知らずに。今夜、僕は。
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>もっともっと時間をかけたり
>思いに思いを込めた散文詩を読んでみたいです。
>指を二本立てたら
>銀河の果てまですべてはピース
>カボチャの馬車、こんにちは、で接吻し、おやすみ、で婚約している
諸処の出来ごとからこれはワタシだ
と…文章がカタルのだが。
2002年、2007年
それを再現した脳内の出来うる限りの即時言語を
再現しようとこころみた時分であった。
言語をオートマティズムにしつらえた身体の心電図のような、いたずらに浮かび上がる意識外の言葉を両腕ぐるぐるまきに一網打尽にくりのべていく
(10ページ〜)わたしが詩作に及んだ場合の、あらゆる出来事が自らが判断されえぬ諸処の経過を一瞬にして暴露する文体に書き躍らせ。
これはワタシがわたしでないときのように錯覚し、「文章は腕で筋肉で書き進める(三島由紀夫)」 一種受け身の陶酔である。
こればかりではない。なによりもそれに加えて人間愛のポエム、
言葉にならない何か心のうちの
あー それって! わかるようなという
その以心伝心が足りない。…。
それはワタシだとようやく言えるようになってきた。
※
2007 9月の 朝に 映画館へ行き十七歳の風景を観る。
母親をバッドで殴打し 死なせてしまった少年は自転車で逃亡疾走する。それだけでもなにか壮絶なドラマができそうであるが、その事件の以降は少年の出来事は何も語らず、映画は、執拗にこぎ続ける少年の姿とその場所の風景のみを撮りつづけている。途上に出会う人々、その登場人物たちの自らの生い立ちや政治歴史や現代社会の時勢を人々はぼやき語るばかりで、在りき当の少年はわき見ながらうろ覚えで耳にするだけ黙ったままである。いっぽう彼は自転車疾走する少年とはかけ離れた背後から友川かずきは常軌を逸しながら情の嘆く歌楽曲を映画のシーン折々に入り込ませている。
少年はある処で最後の頼みの自転車を動けなくしてしまう。すぐなり肩に担いで再び歩き出す。自暴自棄になりながらも決してその心情に踏みいれることなく我を忘れて丘を黙々とのぼり
登り詰めたその先はやはり茫茫たる冬の日本海と、またしても立ちはだかる山のうねうね、
そうして最後のたった一言の字幕で
「少年はなにをみたのか?」と問いかけて終る。
この少年についての映画は 字幕はその90分に及ぶスクリーンのなかで何一つ語りえないでいた・・・。
まさにそうだ。この現代社会において恐らく日本のこの少年を一人の人として語りえないまま、われわれは生きてしまっているのだ。
私はなにをこの少年に向けて言葉を投げかけられるだろうか。私が父親であったならどうするだろうか。
例えばこの少年をある種の社会が、精神、教育、法的懲罰、社会復帰、救済、などというたぐいで片付けてしまうのだろう。
しかし少年にとってもうすでにそうしたことは まったくどうでもよいことのなのだ。
絶壁の風景を前に少年は張り裂けんばかりのさけび声をあげ、自転車を谷底に突き落とす。
あの時母をそうしたように。
おれがおまえをみているようにじぶんじしんをみなければならない
そしていつかはじぶんをえらばなければいけない
これは俺だ
これは俺だ!と
自らを選び託していく勇気と力をとげ
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>おれがおまえをみているようにじぶんじしんをみなければならない
>諸処の出来ごとからこれはワタシだ
>と…文章がカタルのだが。
>それだけでもなにか壮絶なドラマができそうであるが
>文章が、私自身を語ることは永遠にないし、
>映画のショットは、「壮絶」ではなく限りなく凡庸だろう。
>それを理解できない限り作者の書く作品は、個人的な独白に、とどまりつづけるぞ!おい?
沈みかけたあたしの真ん中に
乗せてくれと言ったのは
水面から僅かにのぞいた口先だけの君
溺れかけてもかまわないなら、と
手を繋いだのはあたしだけだったはず
顔も名前も知らないで
あたしの真ん中に乗せてあげたのは
君が初めてだった
君がつけた
消してはいけないロウソクの火が
少しずつ
小さくなり始めた頃
口先だけ
口先だけだったんだ
本当に君は
その小さな口だけの君は
ふ、と
ロウソクの火を消した
自分で火をつけておいて
自分で消した
なんて素敵なマッチポンプ
自慰行為を覚えたての子供と変わらない
だからもう
二度と手も繋がない
心も寄せない
同じ道は歩めない
街はずれにサーカスがきているんだって
象やライオンが芸をするのだって
一緒には行けない
さぁさぁ、と雨が降る
その中で静かに泣くよ
サーカスのクラウンが手招きをしているよ
小賢しくてサルよりも劣る君を連れてなんか
サーカスには行けないからね
手を繋ぐ振りをして
生きる火を消した罰が下るんだよ
うるさくて仕方がなかった君にね
>> permanent URI: http://bungoku.jp/ebbs/20120921_259_6359p
>自慰行為を覚えたての子供と変らない
>ひとり遊びを覚えたての子供と変らない
>自慰行為を覚えたての子供と変わらない
>街はずれにサーカスがきているんだって
>象やライオンが芸をするのだって
>一緒には行けない
>さぁさぁ、と雨が降る
>その中で静かに泣くよ
>
>サーカスのクラウンが手招きをしているよ
>その中で静かに泣くよ//サーカスのクラウンが手招きをしているよ
>その中で静かに泣こう
>その中で静かに泣くね
説明されて分かったことはつまり、
つまり、おれはいま生きている
しかし、自分では証明できない、ということだ
男は技師のヤマモトです、と名乗った
いまは視覚だけの入力ですが、
ヤマモトは言った、正確にはおれの再構築された視覚野に書いた、
経過が順調であれば
次は聴覚野の再建にすすみましょう
おれはおれの視覚野に文字を書いた
オト、が聞こえる?
そうですね、オト、として感じられるようになるでしょう
文字が浮いては消える
絵はついてないのか?
おれの質問にヤマモトは言った、いや、書いた
いまのところ、画像情報を入力するには、あなたの脳の残存細胞数が足りません
しばらくすれば培養された細胞が移植されます、すこしずつですが、視れるようになります
おれは白い画面に文字を浮かべる
視野の背景が濃淡のない白一色なのは
眼球も残っていないかららしい
おれの姿を
見たいんだが
上司の許可が必要です、聞いておきましょう
ヤマモトはおれに残された数少ない細胞を温存するために
会話を1日15分に限定していた
それでは
おれはヤマモトと名乗る人物をたぶん男だろう、と思った
しかし、技師などではない、捜査官だ
ヤマモトはおれを幸運な患者だと言っていた
新式の脳-機械接続インターフェイスの被験者に選ばれたのだと言った
おれは信じない、幸運という言葉を使う人間を
表れた画像はモノトーンの粗いものだった
ベッドらしき四角い枠の上にソーセージのような形の、
おれはただの棒だった、
たいへんな事故でした
ヤマモトが言う
奇跡です、
おれは笑った
わ、は、は、
ヤマモトはカメラのレンズをヤマモト自身に向けた
どうしたんですか?
人の顔というのは、人には認識しやすくできている
おれにはヤマモトの顔が分かった
見覚えはない
ヤマモト、嘘がヘタだね
そうですか?
おれの乗ったクルマに爆弾を積んだバイクを突っ込ませたのはこいつらだ
あのね、あなたの組織、壊滅したよ
そんなことより、おれはピザが食いたい
ところが、アレが出てこなくてね
ヤマモトが顔を伏せた、手元の端末を操作しているのだろう
ヤマモトの姿が上からゆっくりと上書きされてあの女の写真に変わる
売春婦だった、それがじつはやんごとなき方面からの家出娘だった、なんてのはよくある話だった
女は金をもって末端のチンピラと逃げようとしたところを捕まって拷問されて死んだ
ふたつの死体の局部は切り取られていた
そのような瑣末なトラブルにおれがいちいち関わっているなどとはあの狂った父親も思っちゃいない
分かっているにも関わらず、おれを爆弾で吹っ飛ばしたのだから、狂人だ
アレは犬にでも喰わせたんだろう、手下が、しかし、娘のアレを取り戻すためなら父親はなんだってする
おれをソーセージにした上で、アレの在り処をソーセージ尋問機を使って聞き出そうとしている
ヤマモト、おれは
ピザを食えるのかな
視ることはできます
ヤマモトはカメラをライブに切り替えた
注文したピザが届いたのだろう、ヤマモトが立ち上がり、病室のドアを開ける
ピザ屋がヤマモトを撃ってヤマモトはよろよろと後退し、カメラの視界から消えた
殺人の宅配だ
おれの組織の中枢は失われたが、末梢の器官はまだ生きている
ただ、末梢に判断能力はない、プログラムを実行するだけだ
ピザ屋はおれに銃口を向ける
えらいぞ、用心深いやつだ、念のためにソーセージも撃っておこうというんだからな
おれの粗い視野の中央でピカリピカリと斑点が浮いた
いまのところ、視覚しか入力が繋がっていなかったので
おれは何も感じなかったが死んだんだろう
>> permanent URI: http://bungoku.jp/ebbs/20120929_570_6377p
>文章が巧みですね。小説とか書かれるのでしょか?
高校の嘱託講師から予備校の非常勤講師になってしばらくすると、下鴨から北山に引っ越した。家賃が五万七千円から二万六千円になった。ユニット・バスの代わりに、トイレと風呂が共同になった。コの字型の二階建ての木造建築で、築二十年のオンボロ・アパートである。北山大橋の袂で、しかも、ぼくの部屋は入り口に一番近い部屋だったので、数十秒で賀茂川の河川敷に行くことができた。だから、北山の河川敷を歩いてそのまま下って、発展場の葵公園まで行くことが多かった。その夜は、しかし、仕事から帰って、ふと居眠りしてしまって、気がつくと、夜中の二時になっていた。そんな時間だったのだが、つぎの日が土曜日で、仕事が休みだったので、タクシーに乗って河原町まで行くことにした。千円をすこし超えるくらいの距離だった。四条通りの一つ手前の大通りの新京極通りでタクシーを降りると、交差点を渡って一筋目を下がって西に向かって歩く。数十メートルほど歩けば、八千代館という、昼の十二時から朝の五時までやっている、オールナイトのポルノ映画館がある。食われノンケと呼ばれる若い子たちが、気持ちのいいことをしてもらいにきている発展場だった。ぼくのように二十代で、そういう食われノンケの子を引っかけにきている者は、ほかにはほとんどいなかった。狩猟にたとえると、いわば狩りをするほうの側の人間は、四十代の後半から六十代くらいまでの年配のゲイが多く、なかには、女装した中年の者もいたが、たいていは、サラリーマン風のゲイが多かった。狩られるほうの側は、学生風や、肉体労働者風など、さまざまな風体の者たちがいた。生真面目そうな学生や、髪の毛を染めて、鉢巻をした作業着姿の若い子もいた。
入口から入ってすぐのところにある扉を開いてなかに入った。映画館に入っても、外の暗さと変わらないので、昼に入ったときとは違って、目が慣れるのに時間がかかるということはなかった。一階の座席の後ろに、よく見かけるブルーの大きなポリバケツのゴミ箱と、ガムテープを貼って傷んだ箇所をつくろってある白いビニール張りのソファーが一つ置いてあるのだが、そのソファーの上に、横になって寝ている振りをしている男がいた。もしかすると、ほんとうに眠っていたのかもしれないが。三十代半ばくらいのサラリーマンだろうか、スーツ姿であった。その男のスラックスの股間部分は、まるで陰茎が硬く勃起しているかのように思わせる盛り上がり方をしていた。男の膝から下は、ソファーの端からはみ出していて、脚が膝のところで、くの字型に折れ曲がっていた。顔を覗き込んだが、ぼくのタイプではなかった。カマキリを太らせたような顔だった。緑色の顔をしていた。ぼくは、ポリバケツのゴミ箱とソファーに対して正三角形を形成するような位置に立って、最後部の座席の後ろから一階席すべてを眺め渡した。この空間自体を、「ハコ」と呼び、「ハコ」のなかで、性的な交渉をすることを「ハコ遊び」と称する連中もいる。「発展場」を英語で、hot spot という。hot には、「暑い」という意味と、「熱い」という意味があるが、どちらも、それほど適切ではないように思われる。むしろ、濡れたところ、べちゃべちゃとしたところ、ぬるぬるとしたところということで、wet spot とか、あるいは、ぺちゃぺちゃとか、ちゅぱちゅぱとかいった音を立てるところとして、damp apot とかと呼ぶほうがいいだろう。しかし、damperには、たしかに、「濡らす人」という意味があって、そこのところはぴったりなのだけれど、「元気を落とさせる人」とか、「希望・熱意・興味などを幻滅させる人」とかいった意味もあるので、発展場に食われにきている男の子や男に対して、陰茎を萎えさせるという意味にもなるから、スラングとしては、あまり適していないかもしれない。オーラル・セックス、いわゆるフェラチオ、もしくは、尺八と呼ばれる口と舌を駆使する性技があるが、ときには、喉の奥にまで勃起した陰茎を呑み込んで、意思では自在にならない間歇的な喉の筋肉の麻痺的な締め付けでヴァギナ的な感触を味合わせる「ディープ・スロート」という、有名なポルノ映画のタイトルにもなった性技もあるが、虫歯のために歯の端っこが欠けてとがっていたり、ただ単にへたくそで、勃起した陰茎に、しかも、それが仮性包茎であったりして亀頭が敏感なものなのに、それに歯の先をあてたりする連中がいて、たしかに、勃起した陰茎を萎えさせる者もいるのだが、ぼくは、自分のものが仮性包茎で、勃起してもようやく亀頭の先の三分の一くらいが露出するようなチンポコで、とても敏感に感じるほうなので、相手のチンポコを口にくわえるときには、とても気をつけている。
タイプはいなかった。女装が二人いた。三つのブロックに別れた座席群のうち、スリーンに向かって左側のブロックの最後部の左端の座席に一人と、真ん中のブロックの前のほうに一人。左側の左端にいた、まるでプロレスラーのような巨体の女装は、六十代くらいの小柄な老人と小声で話をしていた。もう性行為は終わったのだろうか。金額はわからないが、その巨体の女装は、お金をもらって、フェラチオをするらしい。直接、本人から聞いた話である。真ん中のブロックの前のほうにいた女装もまた、自分の隣の席に男を坐らせていた。先に坐っていた男の隣の席に、あとから坐りに行ったのか、それとも、後ろに立っていたその男に声をかけて、いっしょに坐ったのだろう。もしかすると、顔なじみの客なのかもしれない。しかし、スクリーンのほうに顔を向けているその客の顔はわからなかった。彼女はとても小柄で、まだ若くて、きれいだった。ノンケの男からすれば、女の子と見まがうくらいであろう。彼女は、わざわざ大阪から、お金を稼ぎにきているという。例の左側のブロックに坐っていたプロレスラーのような巨体の女装から聞いた話である。小柄なほうの女装の彼女は、隣に坐っている若そうな男のその耳元で話をしていたが、やがて、その男の股間に顔を埋めた。ぼくのいた場所からは、彼女が背を丸めて、彼女の座席の背もたれに姿が見えなくなったことから、そう想像しただけなのだが、そうであるに違いなかった。その若そうな男は、後ろから見ただけなので、正面側の顔はわからなかったが、彼がぼく好みの短髪で、若そうで、いかにもがっしりとした体つきをしていたことは、スクリーンの明かりからなぞることができる彼の頭の形や、垣間見える横顔の一部や、首とか肩とか上腕部とかいったものの輪郭や質感などから想像できた。ほかに五人の観客がいたが、どれも中年か老人で、ぼくがいけるような男の子はいなかった。二階にも座席があったので、二階にも行ったが、若い子は一人しかいなかった。ひょろっとした体型の、カマキリのような顔をした男の子だった。顔も緑色だった。ほかにいた五、六人の男たちも、またみんな年老いたカマキリのような顔をしていたので、ぼくは、げんなりとした気分になって、もう一度一階に下りて、真ん中のブロックの真ん中のほうに坐った。そこからだと、かすかだが、先ほどから前でやっていた女装と若そうな男とのやりとりを見ることができたからだ。ときおり、スクリーンが明るくなって、若そうな男が、頭を肯かせているのがわかった。女装の彼女の声は、映画の音に比べるとずいぶんと小さなものなのに、耳を澄ますと、はっきりと聞こえてきた。人間の生の声は、機械から聞こえてくる人間の録音した声と混じっていても、けっして混じることなどないのかもしれない。どんなにかすかな音量の声であっても、ぼくには、それが人間の生の声なのか、録音された声なのか、はっきりと聞き分けることができた。むしろ、かすかであればあるほど、よく聞き分けることができるように思われる。山羊座の耳は地獄耳だと、占星術か何かの本で読んだことがある。「気持ちいい?」と、女装の彼女は尋ねていたのだ。男は訊かれるたびに肯いていた。これ自体、プレイの一部なのだと思う。ぼくもまた、彼女と同じように、くわえたチンポコを口のなかに入れたまま、相手の股間に埋めた自分の顔を上げて、快感に酔いしれたその男の子の恍惚とした表情を見上げながら、おもむろにチンポコから口を放して、「気持ちいい?」と訊くことがあるからだ。ほとんどの男の子は「いい……」と返事をしてくれる。肯くことしかしてくれない者もいるが、たいていの子は返事をしてくれて、それまで声を出さなかった者でも、あえぎ声を出しはじめるのだった。その声は、もちろん、ぼくをもあえがせるものだった。その男の子があえぎ声を出すたびに、ぼくにも、その男の子が亀頭で味わう快感が、その男の子が彼の敏感な亀頭の先で味わう快感の波が打ち寄せるのだった。
短髪の彼が、突然硬直したように背もたれに身体をあずけた。いくところなのだろう。男は、小刻みに身体を震わせた。しばらくすると、女装の彼女が顔を上げた。すると、音を立てて、乱暴に扉を押し開ける音がした。ぼくは振り返った。
沈黙が、いつでも跳びかかる機会を狙って、会話のなかに身を潜めているように、記憶の断片もまた、突然、目のなかに飛び込んでいく機会を待っていたのだ。その記憶の断片とは、ぼくの記憶のなかにあった、京大生のエイジくんのものだった。扉を勢いよく押し開けて入ってきたのは、エイジくんの記憶を想起させるほどにたくましい体格の、髪を金髪に染めた短髪の青年だった。二十歳くらいだろうか。ぼくは立ち上がって、最後部の座席のすぐ後ろに立った。その青年のすぐ前に。その青年の視線は、入ってきたときからまっすぐにただスクリーンにだけ向けられていたのだが、ふと思いついたかのように、くるっと横を振り向いてトイレに行くと、ちょうど小便をしたくらいの時間が経ったころに出てきた。すぐに追いかけなくてよかったと思った。出てきた青年は、最初から坐る場所を決めていたかのように、すっと、真ん中のブロックにある中央の座席に坐った。端から三番目で、それは、食われノンケの子がよく坐る位置にあった。端から一つあけて坐る者は、ほぼ確実に食われノンケであったが、端から二つあけて坐る食われノンケの子も多い。その青年は、紺色のスウェットに身を包んで坐っていた。そういえば、エイジくんも、以前にぼくが住んでいた下鴨の部屋に、スウェット姿でよく訪ねてきてくれた。エイジくんのスウェットはよく目立つ紫色のもので、それがまたとてもよく似合っていたのだけれど。一つあけて、ぼくは、青年の横に坐った。青年は、まっすぐスクリーンに顔を向けて、ぼくがそばに坐ったことに気がつかない振りをしていた。傷ついた自我の一部がひとりでに治ることもあるだろう。傷ついた自分の感情の一部が知らないうちに癒されることもあるだろう。しかし、その青年の横顔を見ていると、傷ついた自我の一部や、傷ついた自分の感情の一部が、すみやかに癒されていくのを感じた。そして、胸のなかで自分の心臓が踊り出したかのように激しく鼓動していくのがわかった。ぼくは、自分が坐っていた座席の座部が音を立てないように手で押さえながら、腰を浮かせて、彼の隣の席にゆっくりと移動していった。彼はそれでもまだスクリーンに見入っている振りをしていた。見ると、彼の股間は、その形がわかるくらいに膨らんでいた。ぼくは、自分の左手を、彼の股間に、とてもゆっくりと、そうっと伸ばしていった。中指と人差し指の先が彼の股間に達した。そこは、すでに完全に勃起していた。やわらかい布地を通して、触れているのか触れていないのかわからない程度に、わざとかすかに触れながら、まるで、ふつうに触れると壊れてしまうのではないかというふうに、やさしくなでていくと、勃起したチンポコはさらに硬く硬くなって、ギンギンに勃起していった。青年の顔を見ると、ちょっと困ったような顔をして、ぼくの目を見つめ返してきた。ぼくは、彼のチンポコをパンツのなかから出して、自分の口に含んだ。硬くて太いチンポコだった。巨根と言ってもいいだろう。ぼくは、その巨大なチンポコの先をくわえながら、舌を動かして、鈴口とその周辺をなめまわした。すると、その青年が、「ホテルに行こう。おれがホテル代を出すから。」と言った。そんなふうに、若い子のほうからホテルに行こうなどと誘われるのは、ぼくにははじめてのことだった。しかも、若い子のほうが、ホテル代を出すというのだ。びっくりした。その子は自分のチンポコをしまうと、ぼくの手を引っ張って、座席をさっと立った。彼は手をすぐに離したけれど、ぼくにも立つように目でうながして、扉のほうに向かった。ぼくは、その後ろに着いて行く格好で、彼の後を追った。
彼は、自分の車を映画館のすぐそばに止めていた。車のことには詳しくないので、ぼくにはその車の名前はわからなかったけれど、それが外車であることくらいはわかった。車は、東山三条を東に進んで左折し、平安神宮のほうに向かってすぐにまた左折した。彼は、「デミアン」という名前のラブホテルの地下の駐車場に車を止めた。車のなかで、彼は自分が中国人であることや、いま二十四才であるとか、中学を出てすぐ水商売の道に入って、いまは風俗店の店長をして、金があるから、ホテル代の心配はしなくていいとか、長いあいだ付き合っている女もいて、その彼女とは同棲もしているのだけれど、その彼女以外にも、女がいるとかといった話をした。月に一度くらい男とやりたくなるらしい。初体験は、十六歳のときだという。白バイにスピード違反で捕まったときに、その白バイに乗っていた警官に、「チンコをいじられた」という。チンポコではなくて、チンコという言い方がかわいいと思った。しかし、顔を見ると、あまりいい思い出ではなさそうだったので、ぼくのほうからは何も訊くようなことはしなかった。初体験については、彼のほうも、それ以上のことは語らなかった。いまにして思えば、彼がしたような体験は、自分がしたことのなかったものなので、もっと具体的に聞いておけばよかったなと思われる。
「このあいだ、大阪の梅田にあるSMクラブに行ったんやけど、おれって、女に対してはSなんやけど、男に対してはMになるんや。そやから、女のときは、おれが責めるほうで、男のときは、おれのほうが責められたいねん。」二人でシャワーを浴びながら、キスをした。キスをしながら、ぼくは、彼の身体を抱きしめて、右手の指先を彼の尻の穴のほうにすべらせた。中指と人差し指の内側の爪のないほうで、穴のまわりを触って、ゆっくりと二本の指を挿入していった。
「おれ、後ろは、半年ぐらいしてへんねん。」すこし顔をしかめて、ぼくの目を見つめる彼。ぼくは、指を抜いて、彼の目を見つめ返した。「痛い?」シャワーの湯しぶきが、風呂場の電灯できらきらと輝いていた。「ちょっと。」と言って、彼は笑った。「痛くないようにするよ。」と言って、彼を安心させるために、ぼくも自分の顔に笑みを浮べた。
ベッドに仰向けに横たわった彼の両足首を持ち上げて、脚を開かせ、尻の穴がはっきりと見えるように、尻の下に枕を入れて、ぼくは彼の尻の穴をなめまわした。穴を刺激するために、舌の先を穴のなかに入れたり、穴の周辺のあたりを、その粘膜と皮膚の合いの子のようなやわらかい部分を、唇にはさんだり吸ったりして、彼がアナルセックスをしたくなるように、そういう気分になるように刺激しようとして、わざと、ぺちゃぺちゃとか、ちゅっちゅっとか、派手に音を立てながら愛撫した。そうして、じゅうぶんにやわらかくなった尻の穴にクリームを塗ると、勃起したぼくのチンポコをあてがった。痛くないように、かなりゆっくりと入れていった。彼は最初に大きく息を吸って、ぼくのチンポコが彼の尻の穴のなかに入っていくあいだ、その息をじっととめていたようだった。ぼくが彼の足首から手を離して、彼の脇に手をやって腰を動かしはじめると、彼は溜めていた息を一気に吐き出した。それが彼の最初のあえぎ声を導き出した。途中で、バックからもやりたくなった。いったん、チンポコを抜いて、彼を犬のように四つんばいの姿勢にさせて、もう一度入れ直した。チンポコは、つるっとすべるようにして、スムーズに入った。彼は、ぼくの腰の動きに合わせて、頭を振りながら大きな声であえいだ。がっしりとした体格で、盛り上がった尻たぶに、ぼくの腰があたって、濡れた肌と肌がぶつかる、ぴたぴたという音が淫らに聞こえた。「なかに出してもいい?」と、ぼくが訊くと、彼はうんうんと肯いた。ぼくは、彼の引き締まった尻の穴のなかに射精した。
彼は、北山にあるぼくのアパートの前まで車で送ってくれた。オンボロ・アパートに住んでいることが知られて恥ずかしいという思いが、彼に、また会ってくれるか、と言うことをためらわせた。本来は女が好きで、月に一度くらい男とやりたくなるという彼の言葉もまた、ぼくの気持ちをためらわせた。なにしろ、月に一度だけなのだ。
人間は自分のことを知ってもらいたい生き物なのだと思った。初対面の相手に、自分が中国人で、自分が小学生のときに家族といっしょに日本に来て、兄弟姉妹が六人もいて、自分は長男で、中学校を出たら働かなくてはいけなくて、それで、学歴がなくても働ける水商売の道に入って、いまは風俗店の店長をしているということや、自分は女が好きで、いっしょに暮している女がいても、ほかにも女をつくって浮気をしているということや、それでも、月に一度くらいは男と寝たくなって、ああいったポルノ映画館に行って、男にやられるなんてことを、はじめて出会った人間に話したりなどするのだから。自分がいったいどういった人間で、自分がほかの人間とどう違っているのかを、はじめて出会ったぼくに話したりなどするのだから。
車から降りて、別れのあいさつをした。アパートの前で、道路を振り返った。彼はすぐには車を出さずに、ぼくが自分の部屋に戻るまで車をとめていた。できた相手に、車で送ってもらうことは何度もあったけれど、彼のように、ぼくが部屋に入るまで見送ってくれるような子は一人もいなかった。また会えるかなと、口にすればよかったなと思った。
一ヵ月後に、千本中立売にあるポルノ映画館の千本日活に行った。昼間だったので、入ってすぐにはわからなかったけれど、しばらく後ろに立って目が慣れていくのを待っていると、体格のいい、ぼくのタイプっぽい青年が一人いた。知っているゲイのおじさんが、ぼくの横に来て、「あの子、チンポ、くわえてくれるわよ。ホモよ。」と言った。チンポコとは違って、また、チンコとも違って、チンポという言い方は、なんだかすこし、下品な感じがすると思った。彼の体格は、おじさんの好みではなかったので、彼がぼくの好みであることを知っていて、その彼のことを教えてくれたつもりだったのだ。おじさんは、ジャニーズ系のちゃらちゃらとした、顔のきれいな、すっとした体型の男の子がタイプだった。ぼくとは、好みのタイプがまったく違っていた。だから、ごく気軽に、ぼくのほうに話しかけてきたのだろうけれど。ぼくは、彼が二つあけて坐っている座席のほうに近づいた。彼は紺色のニットの帽子をかぶっていた。横から顔をのぞくと、このあいだ八千代館で出会った髪を金髪に染めた短髪の青年だった。「また会ったね。」と、ぼくが話しかけると、彼はにっこりと笑って肯いた。ぼくは彼の股間をまさぐった。その大きさと硬さを、ぼくの手が覚えていた。ぼくは腰をかがめて彼のチンポコをしゃぶった。彼はなかなかいかなかった。いくら時間をかけてもいきそうになかった。「いかへんかもしれへん。ごめんな。おれ、いまストレスで、頭にハゲができてんねん。」そう言って、ニットの帽子を脱いだ。髪は、相変わらずきれいに刈りそろえられた金髪だったけれど、そこには、たしかに、十円硬貨よりすこし大きめの大きさの円形のハゲができていた。「おれが勤めてた風俗店がつぶれてしもうてん。それでいま仕事してなくて、ストレスになってんねん。」彼が着ている服は、別に安物ではなさそうだったけれど、言葉というものは不思議なもので、そんな言葉を聞くと、彼が着ていた服が、急に安物に見えはじめたのだ。坐っているのが彼だとわかったときには、ぼくは腰を落ち着けて、彼といろいろしゃべろうかなと思ったのだけれど、彼の話を聞いて、仕事をしていないという状況にある彼に、万一、たかられでもしたら嫌だなと思って、彼の太ももの上に置いていた手で、彼の膝頭を、二度ほど軽くたたくと、立ち上がって、彼のそばから離れたのだった。彼は不思議そうな顔をして、ぼくの顔を見ていたが、ぼくの表情のなかにある、そういったぼくの気持ちを知ったのだろう。一瞬困惑したような表情になっていたけれど、すぐに残念そうな顔になり、その顔はまたすぐに険しい目つきのものに変化した。一瞬のことだった。その一瞬に、すべてが変わってしまった。ぼくは、その変化した彼の顔を見て、しまったなと思った。彼は、ぼくにたかるつもりなんて、ぜんぜんなかったのだ。その一瞬の表情の変化が真実を物語っていた。彼がそんな男ではなかったことに気がついて、ぼくは後悔した。でも、もう遅かった。彼はすっくと立ち上がると、ぼくが座席から離れた方向とは逆の方向から座席を離れて、映画館のなかからさっさと出て行った。ぼくは彼の後を追うこともできなくて、入り口と反対側の、廊下の奥にあるトイレに小便をしに向かった。
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生まれたての八月を片手でスクラッチしながら、蝉に能う限りのディストーションをかけていたら、いつのまにかの夏が終わった。
空がぶち折れる音がしてとても長い雨が降る、あまりにも長いものだからそれは引き伸ばされた飴細工なのではないかという疑念が中華街のゴミ箱の隣で浮かび上がった。
彼はその飴を掴み、自らの推測が的中したことに幾許かの歓喜をおぼえ、その勢いのまま飴をするするとよじ登っていった。
雨雲の真ん中にマンホールの蓋があり、開けようとしたが徒労に終わったので諦めてこのまま雨になってしまおうかと思ったが、自棄になり思い切り蓋を反対に押してみると、マンホールはずいぶんと呆気なくその中身を披瀝した。
その中身というのは小さな部屋で、絵の具がそこかしこに散乱し産卵し燦爛している。彼は20代前半の美大生を想定して、部屋の片隅に置かれたソファー兼ベッドと思しき場所に悠々と背骨を伸ばした。
美大生はバスタオルを体に巻きつけてシャワーからあがった。寝台に居座る彼を見ても何も動じなかった。
どこから来たの?と聞かれたので、そこのマンホールから、と答えた。
マンホール?そこの?二人は当然アパートの一室と思しきスペースに設置されるはずの無いものに目をやった。
これは確かにマンホールだけど、この間わたしが書いた落書きなんだけどなあ、というのが彼女の答えだった。けれども結果としてこういうことになったわけだからお互い了解してしまうほかに事態を収束させる術はなかったので、マンホールって本当にman holeなんだね、という冗談がどちらからというわけでもなく発せられ、次第にそんなことはどうでもよくなってしまった。
3本脚に支えられたキャンバスには現在進行形の絵画が描かれていた。もっともそれが現在進行形であるということは彼女の指摘を受けるまでは分からなかったのだが。
キャンバスにはピーナツバターの下塗りに正確な円が描かれ、そこかしこにエリック・サティを彷彿させる貝殻と思しき具象が散りばめられていた。
これは抽象画?と彼は聞いたが、彼女はその質問をまるで「般若心経はプログレ?」と聞かれたかのように、イエスともノーともつかない返事をした。
彼は詩人だったので、問題を言語芸術に置き換えて理解しようと努めた。言語は後天的に獲得されるものであるという基盤に立ってこの考察を推し進めると、事態はこのようになる、つまりはじめに獲得される言葉は(この際唯名論やアダムの言語などの議論は忘れて)写実絵画のようなもので言葉と物は素朴に一致する。しかし指し示されるものが「物」ではなくなった時に、人間の言語活動は極めて複雑になる。たとえば「愛」がその対象となるとき、人間は愛の本質をダイレクトに名指しすることはできない。たとえば、「愛とは略奪である」とか「愛とはオレンジジュースの中の氷である」とか、そのようなメタファーによって示されることに留まる、換言すれば、「愛」という抽象は言葉との素朴な照応関係を持ち得ないので、前者の場合「愛とは行為である」といったメタファーが先立っており、その性質に応じて「略奪」のようなメタファーが「愛」という観念を照らすことになる。この系譜には「愛とは贈与である」というような言明も存在し、「愛」という観念の別の側面を照らし出している。一方で「愛とはオレンジジュースの中の氷である」といった言明には、「愛とは物である」というメタファーが先立っており、事態を分かりやすくするためには「愛とは南極大陸である」といった言明を対置することによって、存在する「物」としての「愛」というメタファーをそれぞれ、まったく違った側面から照らし出していることが出来る。抽象絵画とは、結局そのようなメタファーを含有しており、先ほどの自分の質問も、この素朴的命名と、メタファーを介した命名とを分かつという点において必ずしもナンセンスだとは言い切れないのではないか。と彼女に問おうとしたとき、自らがここに辿り着いた経緯を思い出し、もしこの指摘をしたならば、この物語はたちどころに消えてしまうことに気付き、彼は口を閉ざした。
彼女はやおら口を開いた、この絵のタイトルは『怪物』というの、あなたの先の質問は、結局のところ、怪物というものが抽象であるか具象であるかということに尽きると思うのだけれども、もし「怪物」それ自身が具象であるならば、この絵画は抽象画になるわね、というのもわたしは具象を具象で描くということにどうしてもナンセンスだという感情を抱いてしまうの、というか不可能よね。例えば「交差点」という具体的な風景を写実で描くとするでしょ?あなたならどうする?右折待ちの車を描くかしら?だけどそれの「車」という個別的な事象って結局のところ抽象よね。というのも「交差点」という具象を表現するために描かれたその「車」は車自体では有り得ないのよ。だって車っていつも右折待ちをしているわけではないじゃない?具象に合目的に奉仕させられた「物」はその奉仕する対象の具象にそぐわない事象を捨象するという意味において抽象なのよ。だからもし「怪物」という具象を描くならば、抽象を描かなければならないの。今度は仮に「怪物」それ自体が抽象であるとしましょうか、するとこれは写実絵画になるわけね。例えば「スピード」という抽象的概念を抽象的に描こうとしたってやっぱりナンセンスよ。風を描くとするじゃない?今度は風に靡く何かを描かなければならなくなるわよね?さっきとは違って、この「風に靡く何か」というのは具象なのよ。というのもさっきは個別的な対象に奉仕するように具象を描くことが、結局は抽象だと言ったけれども、抽象的な対象を表現するにあたって捨象は起きないの、ここがポイントなんだけど、仮に「風に靡く何か」を「走っている車の窓から出した頭髪」だとして、さっきの論点に戻れば、この「頭髪」もまた合目的に奉仕された物だといえるかしら?言えないわ「交差点」の場合、それは「わたしたち」の経験の中に「了解的」に存在するものだから「合目的」という考えが存在したけれども「スピード」はそうではないわ、「スピード」という抽象的概念は確かに「わたし」の経験の中に存在するけど、それは「了解的」ではないの、つまり「スピード」は「目的」足り得ないということよ。いい?抽象絵画の場合、それを表現しようとする個物は奉仕すべき「目的」を未だ持っていないの、つまり純粋な個物、捨象は起きない。だからもし怪物という抽象を描くならば、具象を描かなければならないのよ。
彼女はそう言って『怪物』を撫でた、
あなたは怪物をどのように理解するかしら?
彼は『怪物』をもう一度見た。
怪物とはつまりそれを「怪物」と了解「した」瞬間に怪物ではなくなり、逆に「怪物」と了解「させられた」瞬間に怪物足りうるものなのか?
と彼は自信なく答えた。
彼女は60点かしらね、といった表情をしながら、歯ブラシで奥歯を磨いていた、いつまにかにパステルオレンジのワンピースに着替えていたのに彼は少し驚いた。
あなたはきっと詩人ね、そういう風にメタファーの方に重きを置きたがるところがなんとなくそういう風に思わせるわ。
彼女はオレンジ色のワンピースのジッパーを探した。
いい?フランスサンボリズムの議論だけれども、その議論において「メタファー」と「アレゴリー」の区別をあなたは今しようとしている、
もちろんワンピースの下には何も着ていなかった。
いい?あなたは感覚器官を持っているわね、あなたが感覚した世界が世界なのよ。あなたはひょっとしたら愛を感覚することは出来ないと思っているかもしれない。
乳首はピンク色で彼が指で触れる前からピンピンに立っていた。
いい?感性と理性だなんて話はやめにして、構造主義者じゃあるまいし、わたしたちが感覚する世界が、わたしたちの世界なの。
言うまでもなく、彼女の割れ目はもうびしょびしょに濡れていた。
いい?これはメタファーでもアレゴリーでもないわ、同時にメタファーでもありアレゴリーでもあるけど。
わーい!パイパン!いただきます!
「愛とは50kgのベンチプレスである」
「50kgのベンチプレスとは愛である」
もちろん後者のセンテンスは文脈が無ければ意味を成さない。即ちこれはわたしたちが「愛」を知らないことの証左なのだ。
(怪物とは怪物である)
生まれたての幼児を片手でスクラッチしていると、あなたの右手はまるでディストーションね、
という聞きようによればとてもえっちな言葉を彼は投げかけられた。
彼女は歪んだ幼児をマリアの笑顔であやしている。
空がぶち折れた音がしたので彼は窓から空を見上げた。
さわやかな風が吹いて絵の具で散々汚れたカーテンが翻り、
光が彼の額に戯れていた。
彼女が彼の隣に席を求めると、彼は快く承諾した。
赤ちゃんを二人で抱いている夫婦に青い空は微笑み、
惜しみなく目映い陽光を差し出した。
『怪物』はまだ文字通り目下進行中だ。
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>自己言及的な作品
>マンホールの導入をここで通底させているのは面白いと思う。
>4聯以降から怪物の絵を介した「彼女」との芸術論の場面になって、どちらかといえばそっちがメインのような作品に見えたからだ。わたしだったら、
>1〜3聯までを挿話として4聯以降の聯と聯の間に挟みこむ形をとって、その際、形式で差別化をはかったり、時間軸をわざとバックさせたり描写の濃度をかえたりして、「同じ力の入れ具合の文章」を避けるようにするかな。
>メタファとアレゴリで思い出したけど千野帽子の俳句の本が楽しかったよ。
>まだあとなんか足りない、って感想がほとんどだし
>「スクラッチ」でもうダメ。
>マレービッチもカンディンスキーもパールクレーもポロックも彼らの実作品を目の当たりにしてない幼稚な二人。
>エスキモーの見るホワイトは、我々一桁分の色の差異を確かめる。
>しかし読みにくいですね 。怖いのでしょうか推敲し確かめるのは 。俯瞰と無意識に流される文章を自意識されることによって壊したくはない 。
>経験から現実の愛を認識させられるアプリオリに置き換えられて、話者と彼女によって混沌と語られる 。
>「理論のことば」と「詩のことば」の共存させる、という点については、
>強引というか、粗っぽさというか、勉強不足を感じました。
>それそれが優れた文章家でもある思想家や研究者や批評家が、
>10行で美しく語る理論を、
>たった一語に封印するような詩の技術が見てみたい、と思いました。
市営団地
5棟402号室
テーブルの真ん中の野菜炒めを盛った皿をかこむように、弟は茶碗と箸を並べた 、青い箸は父さん、黄色い箸は弟ので、赤い箸はわたしの箸、茶碗も箸も全部プラスチックでできてるから、どれもこれも簡単にぶっ壊せそう。はめごろし窓のすき間から、大きな目玉が覗きこんでいて、すぐにダイダラボッチだとわかった。晩ごはんをたべながら「最近あれをよく見かけるよ」と言うと「この辺りは昔大きな沼地だったからね」と父さん。それっきり会話は途切れてしまった。ねぇ父さん、隣の家から漏れてくる野球中継のほうが賑やかだね。
湯船の中でわたしの体が揺れている、白く、ふやけてゆく、輪郭を失ってゆく、柔らかく張りの無くなった皮膚に、ドジョウが穴を開け入り込んでゆく、17才少女、浴槽で謎の死、体には無数の穴、ふやけた妄想が頭から離れない、とくに、夜は
3棟204号室
もうすぐゆう太が、黒いランドセルを背負って、階段を一段一段登って帰ってくる。ねえ、ゆう太はどうして、ランドセルに石ころを詰めこんでいるの?教科書はどうしたの?筆箱は?ゆう太はうつ向いたまま、体をふらつかせている、窓の外をダイダラボッチが通りすぎた、湿った空気が髪に絡みついて鬱陶しい、きっと今夜は雨だ。
おかあさん、おかあさんがぼくを寝かしつけて、部屋をでていったあと、部屋は、まっ暗で音もなんにもない宇宙になるんだよ、ランドセルの中の石ころは、星くず、部屋の中をとびまわる星くずに、頭をぶつけてしまわないか、ぼくがこわがっているのを、窓から大きな目ん玉が見てるんだ、あれはきっとダイダラボッチだよ、むかし、この辺りは大きな沼地だったんでしょう?
私は黙ってゆう太を抱きしめた、難しい年頃なのだ、ゆう太の黒いランドセル、いじめで自殺をした子どものニュースが胸をよぎった。
おかあさん、おかあさんがぼくを生んでから、ぼくはずっと宇宙でひとりぼっちだよ
6棟103号室
観葉植物にベランダを占領されてしまってからは、洗濯物は部屋で干すようになりました。観葉植物の手入れをしているときには、よくだいだらさんに会いました。
私は3日前に死んでしまいましたが、今日もカルチャー教室へ行って、木炭でリンゴを描いてきたんですよ。カルチャー教室の帰りにはいつもこうやって町を見渡せる丘に登って、わたしが住んでいた団地や、誰かさんたちが住んでいる家の屋根を、眺めてから帰るんです。屋根が、ずらりと並んでいる様子は、見ていて、とっても愉快な気持ちになります。だいだらさん、あなたの姿もここから見えますよ、あなたはどうしていつまでもそこに留まっているんです?そこにあなたの沼は、もう無いんですよ。
だいだらさん、だいだらさん、あなたもこっちへいらっしゃいな
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>言葉のセレクトに「これしかない」という確信のようなものが感じられませんでした。
月のてる庭
日本の庭である為に
目の青さ拒む
まるでディランの舌
荒れ切ったきみの
黒くなるまで鍬を入れた
秋の空気ささやく
悲しむなら今の内に
しずくが雨に濡れる
日本
まだはいはいもできない
でもキスも見た新宿
きみが欲しかった
季語も知っているし
夕立の中でもきみとわかる
傘
あじさい これは夏の季語
ほろほろとよつちまちった
聖書をめくる
わたしに関係ないことばかり
ときどきイエスが死ぬ
尻から血がでてくる
台風を報せる
尻のことじゃなく 水が貯まっている
銃声を一生
わたしはきくことなく
ブローティガンと里芋くらい離れている
古池や
おしなべてひかりのさす
入水しているもの 塵
こおろぎや 小さないのち
血という字の皿の上にのっている点くらい
西行
さくらさくらさくら
若者はしろい兎を買う
ネルシャツ
竹の春 はためくもの
民意
風呂
もう大分時間が経つ
シャワーの音まであたたかい
カメラが瞬く
わたしがもっと小さくしても
きみが大きくしてしまう
プール
プールの銀河
プールの銀河 わたしの顔
合格した
免許証は使えない
秘密は紫のケースで冬を待つ
マイクになって
夏と秋がこんがらがるまで(季語が)
声の音をきく
痔や
秋が色づくとか
きみが話すけど
終わりかな
最初に書いたことを忘れたし
紙にもこう書いてある 朝寒
>> permanent URI: http://bungoku.jp/ebbs/20120925_408_6367p
>全体的な雰囲気としてなにかが伝わってきますね。
白い砂漠に
矢のような日光が降り注ぐとき
摂氏50度の風に
駱駝が弱音を吐く。
そのころ
私たちの小さな家の二階では
左腕がV字に固まった女が
ツバ広の白い帽子を右手で押さえ
吹き荒れる海を見つめながら
あの頃を想っている。
気の遠くなるほどの痛みを重ね
気の遠くなるほどの想いを重ねても
レオタードのあの頃は二度と戻らないと知らされた夏
女は、話すことも食べることも立つことも笑うことさえ捨て
海の中へと溶けていったけれど
私は、どうしても女が溶けてしまったことが信じられずに
毎日 女のオムツを捨て
あの熱い風をさかのぼるのだ。
白い砂漠に夕暮れが訪れるころ
私たちは最果ての食事をする
食事中に突然
フェネックキツネが現れ
「砂漠主義」を主張して
私たちのこれからを語ってみせる。
夕暮れが笑う空では
女がいつも被っていた白い帽子が
虹色の潮を吹きながら
雲と遊んでいる。
屋根のないテントで
星空を仰ぎながら眠る砂漠には
人を幸せにする魔法がある
、のかもしれない。
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伽藍堂々として
華奢な果敢ない空
我慢ならない悩み
顔を月まで届くように投げ出して
今度は太陽とにらめっこ
外が暗くなると
怪しい面前で物売りが通り過ぎる
蛙の油は売りになる
つまり形容は感触
意気揚々な少年のたこ
窓を閉じて真っ暗な猫
狼は丘の上から下界の獣を威嚇する
気狂いピエロのランボー
母音をいくら並べても
子音はすぐに裏切る
言葉の洪水
噴水から湧き出る会話
さびしそうな大人になれない一人の人
しかしそれだけが美ではないかもしれない
何気ない意地悪は性的
終わりのないメリーゴーランド
消え去りたい秋の小風
息もついえた風変わりな鳥
なにを食べようなにを着よう
だって小鳥の目は冴えてるから
だから私はセンチメンタル
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渦の中うまれてきたの(かたつむり)シとドの間の宇宙をみてた
世界地図の片隅でそっと競い合うかたつむり(鍵は海に落とした)
両耳に飼っていたかたつむりたちを探しています連らくください
かたつむり色のクリームパイを焼く 横たわるようなかたつむり詰めて
はらからのかたつむりから託されたたまご(海にはもう帰らない)
むり、むりと かぶりをかぶるかたつむり あめかんむりの薬売りたち
カタコトの言葉はつねに破られてかたつむり語の本が燃えてる
彫刻の森で呼吸をするように堆積しているかたつむりの群れ
先端で風にふかれるかたつむり 塩焼きになる日を夢にみて
さみしくてTLに流れてるかたつむりばかりRTする
かたわらで煙草くわえている人はかたつむり語をしゃべっているの
カタカナで発声したらどこかもう知らない異国に住むカタツムリ
記憶からひろいあつめてきたものを発声していくかたつむりから
新品のかたつむり入荷されていて消耗品とよりそっている
たまごからときほぐしても流れ出るかたつむりからかたつむりから
骨ぬきのかたつむりから抜きさったかたつむりかたつむりふれてみる
やわらかな歯形をのこしたかたつむり 桜のようにきえるだけだね
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>かたつむりの「渦巻き」という特徴に安易に頼った句が多く、
運動筋の条件反射
言語への自動変換
アレルギー起こさないように拡散
回帰 回帰 発熱 解放
繰り返してる
「俺達は奴らを笑ってる
奴らも俺達を笑うだろうな
取っ組みあっていられるうちはまだ平和だと思うぜ
何レコーダー回してんだよ」
それは原因不明のまま消えたくはないから
でもエピゴーネンであることは 言われずともすでに自覚済みだ
「エピゴーネン?上等だ
惹かれるだけまだ価値があるってことじゃねぇか
そういうあいつだって
積み上げた書物の裏で 窒息しかかってるんだから
それを引きずり出すに足ると 俺は思うぜ」
そんな大した話じゃない
僕が特別なわけじゃない
でもずっと頭のどこかに引っかかっていたんだ
「居心地が良くないと思うなら
さっさと生きてさっさと忘れろよ
世があんたを握り潰す前にな」
……うん、わかった
“いい加減出てこい このいじけ虫”
貴方の第一声はこんな感じだったね
針に怯えることに疲れた今
どれほどその声がありがたいか
「勘違いしてもらっちゃ困る
奴らの切っ先は 最初からあんたじゃなく
俺に向けられているんだ
考えてみれば当たり前のことだろ
さぁあんたの柔いところ 見せてもらおうか」
>> permanent URI: http://bungoku.jp/ebbs/20121001_651_6389p
鯨の背筋に氷が逞しく早贄に馬の響き合い
可愛らしくほほ笑みか(蹴られ)ない
唇が触れる 焔を人質に取られる だっ
たの 激痛すら 言葉の神経節
花々(であるはず
は影に ぎ( 」
彼らのものの )
た僕の右 口から雪解けが崩れ落ちる白昼の中ヒナゲシ
猛禽類の域(息)が、ない 真冬の太陽
黒い子どもの手 黒い子どもの手 それが花々で
は、影に唇が触れる
白蝶/蝶
その縫い目の境界を 二つ
川が 穏やかに君の目元を掘り返している
あなたのもの (は) ない
さんらん が僕にお眠り下さいました
僕と僕を見ることのできない息(閾)に仙人掌
抉れた石を窓越しに見つめながら
蜜蜂に部屋から夕潮に踊り彷徨いだした象牙はアルカロイド
でした ほほ笑みかけ 差し出す手 (そして)盲いた主旋律
を絡みつけられた沈黙に
を絡みつけられた沈黙に 円形状の静脈
黒(く)
湖面に震えている / の。/ ?
蜂の巣に挟まれた鯨の瀬
あれが、子供たちの手をあやして(く)円錐状に君の内部が 閾(域)して、いく
沈黙を、
花が吸い込んで表されている
つかの間に、
花は、時間を離れてゆきます
身体の繋がれたつがいの白蝶 首をしめる
指が しめる
羽蟻のしがみついた音声の巣
深夜に見たあの花の名前を誰も知らないあなた
角の欠けた枝の
たたずむ二頭の牡鹿
であった、時間
夕立
であった、時間
が夜とは営みに外された
コップの水に生まれた睡蓮の首
くくれ、指を湿らせて
腐ってしまえ
私の中に行き届かない黒くの余白 眼差しにまで敷き詰められた北の太陽
喉を裂かれた東京
にまで敷き詰められた北の太陽
ちぎれたアロエの刺に新宿、反転した十字路には
黒(く)
指が しめる
夏至の静寂に君は
暗転する指先を現さなければ
赤くはぜる
牡鹿の角に植えつけられた白蝶の繭
きみの脚から糸までは追ってまで行きたいな
立方体まで崩れた鴎が糸をくわえこんで
花が折れた
瞬間からあな
たが衛星に揺らめきしておられますのは
黒い子供をした顔
黒い子供した顔 の/群れ
僕らの暦から特定の日付を削りとられました君/
時間以上に逃走する人に集まりましたが
は、夕方にピンクの純粋さを 黒斑の重みで
表された川面(角の突き立てられて氾濫する)に流れた
互いの
あなたは無言 でも 君はそこに引かれ
さけたからだ と
たたずむ二頭の牡鹿
蜘蛛の巣の糸に蜜蝋が剥けて閉めだされていきました
ですのに、
花は、時間を離れてゆきます
花が折れた 花の
首が折れた
特定の日付の静寂の空には
君の水が燃やす
あなたの水が燃やす
白蝶に襲われた太陽
天皇よ、
走れ
(初出「反射熱」第7号 2011年)
>> permanent URI: http://bungoku.jp/ebbs/20120918_192_6352p
>み
> 鯨の背筋に氷が逞しく早贄に馬の響き合い や
> 蜜蜂に部屋から夕潮に踊り彷徨いだした象牙はアルカロイド
>グリフィス様
>例えば他の媒体で貴方の作品が掲載され、読者などから同様のコメントを頂いたとしても貴方は今回の様な返事をされるのでしょうか?
>今回の詩はそもそもそのような念が起るような詩であると思うのです
>葉月二兎様
>グリフィス様
>GENKOU様
>こひもともひこ様
>文学極道のようなインターネットのサイトというのは、詩誌(出版物)とは違う使い方ができることが最大の特徴でしょう。作品に対するコメントに即返事ができる。
>反現代詩様
>ケムリ様