わたしは
傘でしたが
あめふり、始まった瞬間に窓から捨てられてしまいました。そこが部屋であ
るから、かれらはかわらない日々を過ごしている。傘がないからえいえんに
迎えはない。
あめはえいえんに止まらず、そうね、火事もだから起きない。かれらはけっ
して外を見ない。暖炉があたたかい。草花をそだてていて、きちんと水をや
っている。わたしの腿がとてもいたいです、骨が折れてしまった。
けっしてなににも不自由がないように
外などでなくてもいいように
あなたたちはひとでなくなる
食料も
文学も
あなたたちは自分でうみおとしていく
用事
などないように、かれらは動物園を創立してわたしのとなりをトラや白鳥が
流れていきました。それから、果樹園がつくられ、いつも果糖のにおいがし
ていました。捨てられる話はいつでも仮定でしたが、わたし聞いていたはず
なのです。でもあめふりのなかだなんて、一度も想像できなかった。
あなたたちはひとでなくなる
わたしはそこまできらわれましたか
あなたたちはひとでなくなる
つねに
まちがいをうたがっています
*
つねに
わたしの目は曇っています
植物だと思っていたそれぞれが、とても羽をむすばれた白鳥の、あのほそい
くびに似ていました。いままで、きちんとみてこなかったわたしは、すべて
の植物たちをまず疑わなければならなくなった。けれどそのぶん、わたしは、
傘を開くことをおそれなくなった。うそを、おそれなくなった。
わたしは傘ですか花ですか白鳥ですか
こどもが
うめますか うめないん、ですか
こどもがうめる、としたら
こどもがうまれるんです
もうすぐ、うまれるんです妊娠したんです
わたし、
妊娠して、
祝ってください
祝ってください窓からでもいいから開けて、こちらを、
みてください、妊娠したんですよ、わたしは妊娠したんですあなたたちの、
あなたたちのかぞくを
う、
うむんですよ。
*
あなたたちはひとでなしだ
と
言って
汗をかいた
涙がでた
ぜんぶ
あめにはまじらなかった
あなたたちはひとでなしだ
言うと、わたしは地球の自転からきりはなされるだろう、きりはなされてわ
たしは部屋の扉がわたしから通り過ぎていく姿、通り過ぎるあのドアを見る
ことになるだろう、そこから、わたしは聞く、あかんぼうの泣き声/、がひ
びいて、それからこもって、わたしはいつのまにかこどもをうんでいたきっ
とおんなのこでかわいい、わたしはいつのまにかうんでいたきっとおんなの
こで/
わたしがいないと死んでしまいます、
(いっ 回転できるまでずっとおびえているでしょう、けれどきっと、ふた
たび会えばその子はそだっていて、わたしのこどもではなかったとわたしは
安堵するのでしょう)
ひろわれて
かのじょにさされたい
赤いかわからないけれどもともとかわいくもない傘です
さされたい
さしてください
さしてあめをよけてください
そしてもしかのじょが傘なら、(知りたいことが、)捨てられていますか、
いませんか、
きっと
捨てられています・・
かぞく ですから
- マリモ :
第一印象、「わたし」がまるで妊娠という観念にとりつかれているようだった。「こどもをうむ」ということに執着している。だからこの詩は「唯物論」(心理や社会に立脚する)あるいは「父系」がその基底になっている。
>あなたたちのかぞくを
>う、
>うむんですよ。
というところで、「想像」妊娠は臨界点に達する。
しかし、「かぞく」という制度の解体の「その後」に出現するこの詩は、「あなたたちはひとでなしだ」という徹底的な自省を元にしてしか成立し得ない。
「わたしがいないと死んでしま」うのだ。この「わたし」には少し問題があるかもしれないが、「かぞく」がなくなった後(「捨てられています・・」)では「わたし」無しには生きられないのだ。
それから、
>わたしはいつのまにかこどもをうんでいた
というように、可愛い女の子を産んだ「わたし」の、要因を欠いた出産・夫の不在が、自分が第一印象で受けたような気持ち悪さに通じているように思う。
だから、
>かぞく ですから
というように、この詩では家族と「わたし」がすれすれで絡み合っている。そしてそれは、「わたし」を含む「かぞく」、「かぞく」を含む「わたし」として「捨てられてい」るのだ、この時間とは別の時間に。
しかし、この詩には「わたし」の「やさしさ」を保障しているものが何なのか描けていない、抜けている。それが無い限りある種の被害妄想で終わってしまうのではないか?
このおかしな自己肯定は何によって成立するのか。いまさら家族道徳なんて現象が現れているんだろうか?
もちろんそれは「死なない」という場所、「地球の自転からきりはなされ」た別種の時間(そこもまた時間だ)、人間にとって普遍的な瞬間、と回答できるかもしれないが、そんなものあるわけがない。観念的「唯物論」への逃げである、ように思う、などっと思いましたです。 ('06/06/11 10:42:08 *4)
- 最果タヒ :
ありがとうございます。この詩にでてくる「わたし」は根本的に家族にも妊娠にも実質的な関係性がない存在(傘)でして、孤独感からそこに憧れをもち思い込む姿を書いています。ですから「とりつかれている」というマリモさんの印象はとても読んでうれしかったです。この作品の「わたし」はただ「さみしい」わけで、そこで逃げにする場所が家族や妊娠であり、だからこそその思い込みの姿はマリモさんのおっしゃるように「気持ちわるい」のだと思います。そうなるように書いていました。元来「さみしい」という感情、それを解決しようとする姿は一種の混乱であり暴走であると私は勝手に思っています。気持ち悪い思いをさせたのはちょっと申し訳ないですが。でもだからこそ「やさしさ」を保障するものを書く必要性は感じませんでしたし、足りないと思われたのはちょっと残念ですがそのへんはこれから精進します。読み込んでくださって興味深かったです、ありがとうございます。 ('06/06/11 15:02:15 *2)
- まーろっく :
一読して感じるのは疎外感。家族というより家族に象徴される社会からの疎外感だろうか。とにかく自分に注意をひきつけたい、子を産むという行為さえその手段にしてしまうような激しい孤独感があります。
喩的な表象としての傘に語り手の精神が憑依しているような表現もおもしろいと思います。傘を客観的な物象として扱うのではなく、傘になりきって、傘を通して世界が作られていくさまを見ている。読み手を傘の世界に引き込んでしまう冒頭の1,2連目が不思議な感じがします。
ただ読んでいて「わたしは傘ですか花ですか白鳥ですか」というところはちょっとイメージを広げ過ぎているようでもあり、傘の象徴性がぼやけてしまっているように思います。 ('06/06/11 19:59:34)
- 最果タヒ :
傘・花・白鳥のところはナルホドと思いました。私自身飛躍しすぎかなとおもったのですが過剰もいいかとおもってそっちを選んでしまいました。参考になります。孤独感のこと、傘のこともありがとうございます。 ('06/06/11 22:14:15)
- ダーザイン :
最果タヒさん凱旋オメヽ(´ー`)ノ。作者名も作品名も覚えていないが、10年とか前かなあ、とある男の作家が、SM緊縛の世界にのめり込んで荒縄できつく結ぶ付けることによって世界と自己との接続感、世界内存在であることを実感するような話しで芥川賞を取ったことがありました。
強迫神経症的な切迫感と女性ならではの空洞を生めて世界と接合したいという妄念、そこに、しのしの雨が降り続けているわけですが、この雨も、なにもかをも混融させて存在の全体性の中に帰ろうという存在論的欲求のメタファーでしょう。これは、心理学的なえげつない言葉を使うと後退欲求とかいうことになるが、今日は気分が悪くないのでルサンチマン分析をする気にはなりません。もっと過激なことを言おうと思います。エトナ火山の火口に飛び込んだエンペドクレスは、現代人であったならば、原水爆を炸裂させてなにもかもをひとつに融け合わせようとしたのではないかと思います。
>赤いかわからないけれどもともとかわいくもない傘
がきっとこの作品の語り手の自我で、冒頭から
>窓から捨てられて
>傘がないからえいえんに迎えはない。
と、のっけから閉じた系で始まり、
>そしてもしかのじょが傘なら、(知りたいことが、)捨てられていますか、
>いませんか、
>きっと
>捨てられています・・
>かぞく ですから
打ち捨てるように終える。
最果タヒさん、もしかして綾波レイとか好きじゃないですか?
エヴァンゲリオンのマニアは最果タヒのファン予備軍だと思うので、大事にした方が良いと思う。いやこれ、ネタとかじゃなくてマジで。
読み込みが足りないのだろうけれども、
>(いっ 回転できるまでずっとおびえているでしょう、けれどきっと、ふた
>たび会えばその子はそだっていて、わたしのこどもではなかったとわたしは
>安堵するのでしょう)
ここで引っ掛かりました。
何故
>わたしのこどもではなかったとわたしは
>安堵する
のかなと。
多分、接続されていくことへの欲求と、接続されることへの怯えと、アンビバレントな心情の中にあるのでしょうね。
この作品自体が、答えを出せない問いそのものであろうとしているような気がします。
「えいえん」このところ様々な人によく使われますが、発明したのはジャンキーの作家かな。で、爆発的に広めたのは20世紀大世紀末に発売された「one」とかいうエロゲです。僕はやったことないけれども、「えいえんはあるよ」若しくは「えいえんなんてなかった」という言葉はそこから派生したようです。僕もハンドル入れたり入れなかったり膨大な書き込みをした、とある地下掲示板のログの一部が残っています。膨大なログがあったのに、残っているのは僕の書き込みを中心にほんの一部。言葉とそれをめぐる文化史の資料として重要なものであったのに残念です。
http://2.csx.jp/~stwalker/forever.htm
読み応えがありました。まだまだいろんなことが言えそうです。また来てね。 ('06/06/11 22:32:36)
- 最果タヒ :
エヴァはわたし放送されていたころ小学生でして、他のチャンネルがニュースばっかりだったので見てたんですけどあまりに難しくてよくわかんなかったです。見るとなんでもたいていハマるのであまり見ないようにしているんですが、ともかくもわかりました、大切にします。ダーザインさんがひっかかるといったところは実はもっと前に書いている原文には理由があって、地球の一回転をおえたあと、その子が立派に成長して、女子高生として目の前に現れるんです。それでその顔が自分だった、っていうところまでかいてるのが原文だったんですけれど、そことは違ってあまり理由だとか現実味だとかつじつまだとかこの傘は必要としているのかなと思ってカットしてしました。
えいえんってそうだったんですか。もっと古いものかと思ってました。言葉は奥深いです。
ありがとうございました。 ('06/06/12 00:36:08)
- コントラ :
はじめまして、こんばんは。
レスを読んでいてふと「憑依」という語が目にとまり、謎が解けた気がします。
この詩は、作品の外皮が周到にならされているというのか、完結した世界をつくっていて、そのこと自体をどう評価するべきなのかは、よくわかりませんでした。
これは趣味の問題ですが、ここで出てくる「家族」や語り手、そして「傘」「雨が降る街」などが作品のなかで閉じていて、リアルなものとして読み手に伝わらないので、どうも深く読み込む覇気がぼくのなかで起きませんでした。たとえばメタファーとしての「妊娠」する「傘」の位置など、ものすごく豊かなものを感じはするのですが。
いや、これはおそらく趣味の違いというか、需要、供給のずれのような気がします。つたない印象批評ですみませんが。 ('06/06/12 22:56:53)
- 最果タヒ :
コントラさんありがとうございます。リアルさはあまりわたしにとって必要なものじゃないのでそこが需要供給のずれってやつなんだと思います。ありがとうございました。 ('06/06/13 00:51:07)
- 椎葉一晃 :
最果タヒさん、こんばんは。
コントラさんと似た感想を持ちました。読者である私の目前を何事かが通過した。
私と何事かは互いに係わりを持たないが、それはとにかく通過した。
その通過の印象だけが読者の印象に残る。
私とコントラさんの違いはその印象に価値を認めるか否かという所にあるのでしょう。
描写としては舌足らずな言表、仮定を事実に摩り替えての展開、恣意的な自己同一化、
これらがこの作品を伝達手段ではなく自己目的化させている要因だと思います。
初読時には注意が行かなかった内容(形式─内容と分けるとして)に気をつけて読んでみると、
孤独感というテーマを安易な形でしか引き出せず、これは困ったと思ったんですが、
最果さんのコメントを読んで謎が解けました。やはり孤独感がテーマなのですね。
同時に、この作品はそれだけでいいのだと思いました。
>孤独感からそこに憧れをもち思い込む姿
を無表情に傍観する読者(椎葉)という構図に納得したからです。
まとめると、言語として現象した孤独な魂が、しかしその孤独感の日常性ゆえに埋もれていくというドラマが、
私とこの作品の間で演じられた、ということになるでしょうか。 ('06/06/13 18:14:41 *6)
- 最果タヒ :
作品のなかで演じるということはまったくしないので、そのときのわたしのなかに孤独ってのがあっただけなんじゃないかと思います。わたしは直情型みたいで、テーマというより、感情があるから書いたってのがいつものことで、表現したいことはテーマでもドラマでもなく自分の存在です。ですから孤独感をかきましたっていうわけにもいかず、とりあえずそのときのわたしをかいています。作品の始まりから終わりまですべてがわたしの中でおこっておわったことであって、決して読者の干渉を求めているわけでもなく、ただ通過できたら、できれば振り向いてもらえれば、と思っています。それだけです。ありがとうございました。 ('06/06/13 23:13:54)
- ケムリ :
初めまして。
一言で率直に言うならば、完成度が低い気がします。モチーフは十分なのに、世界が構築されきっていない。ボーカルの声がうるさ過ぎて流れが見えてこない。畸形化したモチーフだけが世界観の中心にどっかり座り込んで叫び続けている、そんな感じに見えました。孤独感、書き手の感情、担い手としてのモチーフの叫び、それは十分聞こえるのに、そのボーカルを支えるだけのバックミュージックが構成されていない気がします。イメージが散り散りで、読み終わったときにひとつの作品を最初から最後まで味わったという感じがしないんです。もちろん伝わるものはあるんですが、メタファの姿を借りただけのナイーブな自己吐露に見えてしまう。何だか、惜しい気がします。一つ一つのイメージも、モチーフもとても秀逸なんですけれど。 ('06/06/14 01:20:04)
- 椎葉一晃 :
>最果タヒさん
少し誤解があるようですね。「演じる」というのは「解釈する」という意味です。つまり作品が芝居掛かっていたのではなく、解釈という行為を舞台に見立てたのです。そして私の言うテーマ、というのはまさに最果さんの仰る感情、感情を持った存在自体のことです。「言語として現象した孤独な精神(テーマ)を読者/椎葉が傍観した」というドラマが演じられた(解釈が産まれた)。
そういうことです。舌足らずな点もあったと思いますが、「傍観」という点を除けば最果さんの言っていることと私の言っていることは同じだと思いますよ。 ('06/06/14 09:46:22 *6)
- まなみ :
最果さんがエンピツで書いてた頃、よく読んでました。
私は批評は出来ないけど、やっぱりすごいなって思います。 ('06/06/14 12:59:03)
- りす :
たいへん興味深く読ませて頂きました。言葉を紡ぐ者の、宿命的な孤独さが伝わってくる作品だと思いました。こどもをうむことも詩をうむことも、ありふれたことでありながら、実際には極めて個人的な作業であり、また、産み落とした瞬間に「わたし」のものではなくなってしまう存在でもあります。
>わたしがいないと死んでしまいます、
という「うんだもの」は、逆に「わたし」が「死なない」理由にもなる。書くことと生きることが一体となって循環する姿が伝わってきます。
「傘」のモチーフについては、稲川方人さんの、
オマエハ「あかいかさ」ヲサガスタメニ
父ト母デナイ / 愛ヲ、 / 文字ノ上二ツクル
という印象的な詩行を思い出しました。最果さんもこのような気持ちなのかな、とふと考えたりしました。 ('06/06/14 15:02:46 *2)
- 平川綾真智 :
初めまして。
拝読させていただきました。
この作品、トランスしてしまいました。
これまでいくつも最果さんの作品読んできましたが、最果さんの世界に入ったのは初めてだったのでそんな自分に驚きました。
薬の量が増えそうです。
本題。
最果さんは横書きの方が言葉の世界観を強めるのかな、という印象を抱きました。
漢字と平仮名のバランスが丁度良い位に悪くて揺らぎました。
(縦書きの作品は、少し酔いそうになって
距離をもってしか読めなかった。)
他の方々が書かれている孤独感は全く感じなかったのですが、
否定の中を肯定しているように描いているからでしょうか。
最後の一文はいただけませんでした。
「鼻兎」最終話みたい。
揺らぎの連打に言葉が浮かんだら、
もっとトランスできたかもしれません。
以上です。
ありがとうございました。
失礼します。 ('06/06/14 16:01:42)
- 最果タヒ :
ケムリさんへ 完成度は本人にはやはりなかなかどうしてわからないことなのですが、現在のところ実はわたし、まったく本調子じゃないのでたぶんそれがあるんだと思います。ちゃんと恥じない作品であることは確かなんですが。でもそれって言うの卑怯かなとおもって内緒にしてたんですけれども。バレたのが久しぶりで驚きました。ありがとうございました。
椎葉さんへ そうだったんですか。どうもドラマとかテーマ性とかいう言葉が苦手で、そういう反応をしてしまったんだと思います。
まなみさんへ エンピツですか、すごい懐かしいです。っていうかあのころのわたしと評価が変わらないなんて意外でした。自分は悪い意味で変わってしまったと思っていました。批評じゃなくて声が一番ききたいものなのでうれしいです。ありがとうございました。
りすさんへ 稲川さんですか、またすごい方のお名前が出てきて驚いています。傘っていうのはどうもそのころずっと頭に取り付いていたので…。文化の歴史が長いとこういう考え方ができて、読むっていう行為がさらに楽しくなりますね。
平川さんへ わたしは横書きが嫌いで、たぶん平川さんがわたしの作品に求めているものとわたしが求めているものとの差がその原因だと思うんですが、どうもそのせいでここへの投稿もしぶっていて、一番横書きが栄えるだろう作品を選んできたのです。それがもしかしたらよかったのかもしれませんね。最後の一文はじつはなんども書き換えていていまだに未定といったところです。あの部分だけ文字がぶるぶる震えて確定していません。たぶんあれは終わらないんだろうと思っています。そしてそれが結論なんだとも。 ('06/06/14 19:04:37)