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  1. 9240 : パウル・ツェラン頌・或は罌粟と無花果  鷹枕可 ('16/11/05 22:49:21)

    ��,右手の為の、


    黄昏を飲む
    ミルクを飲む
    黎明を飲む
    すなわち瞭然の轍が刻む
    ゲットー 傷痍の包帯
    ゲットー 腐敗した彼等
    ゲットー ポーランドの陰鬱と激情と暴風雪に満ちたマズルカを啜り泣く寡婦よ
    生を生とする迄懺悔に暮れる 
    異邦の異人を

    焼夷弾 糜爛たる皮膚と肉の燃焼を
    劈く咽喉 惨死たる子供達の靴を積む
    焼却炉は
    骨を
    肉塊の樹と神経髄の炎に抱く
    聖母は御子とともに
    熔融し
    機銃操縦桿を握れ
    薬莢の鋳物を
    薔薇と兵士より
    轢死の姿勢は機械矯正器に磔けられた
    別の歌を唄う
    鸚哥の去ったケージ 総て且つ唯一を沸騰する心像樹の、ミルクの、

    舗装路の
    隧道の花々は愈々濁りつつ
    人間の尊厳は紙幣印刷場のインクより齎され
    聖霊は世界焼却の荘厳彌撒を執り行う
    囁きを囁きながら
    世界像の晦冥と亙る茫洋を 
    検閲され花束となる
    その
    称讃辞の屍骸

    人類の祝祭を揚げよ
    ゲットー 壊疽は柩に擱く
    ゲットー 根は労働を退化してゆき
    ゲットー 復も採鉱夫は血を嘔吐する

    後悔は二十日鼠 それを引裂く鉤爪は想像力
    ゆえにこそ汝は在り汝の脳髄を
    脳髄を働かせよ汝はゆえに
    ゲットー 恢癒なき今を今瞠る その時



    ��,ひだりてのための、



    きみのやわらかな髪
    血のミルクを飲む
    それらは夕刻に来る
    戸口を叩く朝な夕な
    静かに柩が燃える
    罌粟の日々に

    アメリカ人おまえはユダヤ人のゲットーを築く
    もっと死を汚らしく縁取れ 
    瞋りやまない正義の
    純血の麗しいメルセデスきみのやわらかな髪
    混血の麗しいユディットきみの頑なな瞳
    きみが別たれる時近く遠い時
    そして書く
    死に遭いみまわれる罌粟の日々
    埃及の少年達の

    星々のダイナモを動かす鋼鉄の頽廃を呈した首都
    そしてそう書く
    そこも悪くはないだろう アメリカの窓には
    バビロンおまえは墓を掘る朝な夕な
    アメリカよおまえはユダヤ人のための火薬庫
    アメリカ人よおまえは神経病質なオルガナイザーの
    調律しろもっと煽情にシンセサイザーを
    ユダヤ人の墓を掘れおまえはアメリカから神経病質なオルガナイザーの

    血のミルクを飲む
    朝な夕な青空に墓を掘れそこはきっと佳い所
    もっと汚らしく火薬庫を縁取れ純血の麗しいメルセデス
    アメリカの窓瞋りやまない正義の
    そしてきみは書くアメリカの窓に
    汚らしく神経病シンセサイザーよもっと麗しく墓を掘れ
    朝な夕な血のミルクを飲む
    朝な夕な死に遭いみまわれるメルセデスきみのやわらかな髪
    罌粟の日々に
    血のミルクを視る者を悉くを破壊する
    埃及の少年達の
    混血の麗しいユディットきみの頑なな瞳

    朝な夕な雲に墓を掘れそこはきっと佳い所
    調律しろもっと煽情にシンセサイザーを
    バビロンは時近く遠く時近く書く
    もっと逞しくダイナモを動かせ頽廃をして鋼鉄する首都
    ユダヤ人おまえは
    静かに柩が燃える朝な夕な

    混血の麗しいメルセデスきみのやわらかな瞳
    純血の麗しいユディットきみの頑なな髪
    混血の麗しいメルセデスきみのやわらかな髪
    純血の麗しいユディットきみの頑なな瞳

    静かに柩が燃えるユダヤきみの

  2. 9240 : [返信]  鷹枕可 ('16/11/07 12:17:43)

    玄こうさんへ、拙作へとレスポンスを賜りましてありがとうございます。

    或る御方の推奨を受け、ツェランの選詩集を購いまして。
    「罌粟と記憶」所収「死のフーガ」に激甚たる影響を受けて認めさせて頂きました。
    然し彼のスタイル、「死のフーガ」に於ける姿勢、
    それに拠り明瞭となるアウシュビッツ以前の詩の功罪等を鑑みる余地を、
    私は不勉強な者で、今迄詮索しなかったものですから。
    幾度目かのダダ、シュルレアリスムと終戦後現代詩のミッシングリンクを繋ぐ重要参考人として
    ツェラン史を喚問させていただきました次第でございます。

    然し彼の詩には、私と云う私に欠落-欠損した純粋数学、
    或は純粋音楽的な不快-愉悦が撞着的に存在している様に見受けられます。
    それに較べまして本拙作は乱数表の様に出鱈目な物なのではないか、とも。

    一度解体をした詩体を再編集し、全き別の詩体として成果とする、
    擬似的なパラグラムを試みさせていただきましたが、
    それも剽窃かオマージュの灰色の岐路に過ぎぬと云う内在の囁きに未だ逡巡をしている所存でございます。

  3. 9240 : [返信]  鷹枕可 ('16/11/10 21:38:12)

    野良猫ニャンコさん、アラメルモさん、山田太郎さん、ご批評を賜り允に嬉しく存じます。


    野良猫ニャンコさんへ
    拙作にご講評を賜りまして允にありがとうございます。

    国家-人種-個人の問題を詩に拠って言及致しますと、
    如何しても自らの基礎を鑑みる必要性、自らの政治的立脚点を鑑みる必要に駆られる訳でございますが、
    思想や主義を本当は詩に語らせたくは勿いのですけれど、語らせざるを得ない局面が如何しても奔出、奔逸を致しますものですから。
    大戦の戦禍より遁れ、アメリカへ亡命をした幾多の知識階級、
    美術家等の中にアシュケナージ系ユダヤ人が随分といらっしゃったのを、御存知であると思われますので、省略致しますが。

    民衆の憎悪が、凋落をして行くかもしれない、アメリカと云う坩堝の中で、
    ドイツが執り行った様な苛烈な復讐の営為を、ユダヤの人々に繰り返す遠い近い日がいつか訪れるのではないか、と杞憂とはいえ憂慮致しております。
    そういった空気、世界情勢への不安、それらが斯様な拙作の想像力の源泉となりました事を、
    否認出来ぬ心像の発露であることと自覚しております。

    因みに昔、或る短歌誌の岡井隆氏へのインタビュー記事に於きまして、
    岡井氏は「アメリカは欧州に拠る社会制度的な実験場」と仰っておられましたことを、ふと思い出しました。



    アラメルモさんへ
    深き洞察を賜りまして允にありがとうございます。

    ユダヤ人、ユダヤ教に附いて思い巡らす時、筆舌に尽し難き抵抗力を自ずから覚えるものですから、支離滅裂の程をご容赦を。

    私は元々、小乗仏教の死生観に基き世界像を眺めていたのですが、
    新約-旧約聖書を紐解くや否や、仏教者が到る寂滅境やその他多神教的世界観に対する冒涜としての「悪魔の典籍」ではないかと愚かしくも断じ、余りの瞋りに手指も震顫する程でございました。
    常、精神に狂気を具有する者ですので、その情動が何所から奔出したのか、未だに理解の範疇へは到達しておりませんけれども。
    支配者としての唯一神、泥濘-壌からなる人物像総てを処罰する権限、云々。屹度余りにも私は罪を犯し、咎を受けることを虞れていたのでしょう。つまり瞋りではなく惧れが触発されたのではないかと。
    然し年齢が、私の抱えた丸時計が死へと近づくにつれ、それら聖書に、夙に旧約-ユダヤ正典に慣れ親しむ様になりまして(新約-基督教には跪くのではなく眺め、微笑んでいる様な姿勢を以て)、
    寧ろ彼等ユダヤ人に拠る常人の理解の及ばぬ怜悧こそを瞠目し、驚異と特有で造られた現実像の創物を、寧ろ偏愛-憎悪するのです。誰かが今、書く様に。

    本当は、現代詩的詩語を以て、現代を生きる人間の視野より懸る問題を裂開すべきであると思われるのですが、
    本邦の狭窄した情勢におきましては視野は極東に、その国家間に於ける矮小な差別化に捉われてしまいますものですから。
    現代語より旧く異種とされた死語を乱用致しますのは、死者と、全人物的記憶との共同の言葉を共有致したく択んだ、その結果でございましょう。

    刀剣と天秤器のモティーフ、それとミカエルが結合しましたのは、言わずもがな、希臘以後、羅馬時代の事と思われますが、
    象徴たる天使像はその始源を東羅馬を経由し以降、ゴチック時代の黎明期に於いて、旧約の残滓を匂わしめるに留まり、
    以降欧州発の独創的な、
    ムクサレス(無性体)、或はアンドロギュヌス(両性具有)より離れた雌雄単性の図像として当時の美術家達に、逞しく、復、豊穣たる肉体像を呈示していたのでしょう。

    私は、重篤なメンヘラ()であるそうですので、ナチスドイツの時勢に於いては処刑を免れ得なかったでしょう。
    此れからも、如何なるかは知れなき身でございますけれども。



    山田太郎さんへ
    啓蒙を賜りまして允にありがとうございます。

    みずからの至らなき読解力をつくづくと思い知らされております。
    詩を解釈する審美眼を、如何やら私は具有してはいないようで、只管に含羞を飲み込ませていただきます。
    純粋異様というべき詩を追及致しますのも、感受性、インスピレーションのみを頼り縋る吾が脆弱が其処此処に露呈した結果なのでしょう。

    然し誰に取りましても、
    ゲットーは浮薄にも関係なき留置ではないという一言を、置かせていただきましてもよろしいでしょうか。
    ひとつ過てば、精神病院というゲットーが私を呑み、
    ひとつとて過たぬとしても、恢癒無き精神が私というゲットーを築き、
    小已み無く巡邏の眼を瞠らせるのは。狂人の白痴夢が喚きつつ、常軌を著しく逸するのは。
    ひとつ過てば、精神病院や獄舎というゲットーがあなたを呑むのは。

    それと、ひとつ。
    教授をして頂きたいのですが、「ミルク=夢」と云う着眼の根拠は何処にあらせられるのでしょうか。

    それと、ふたつ。
    黄昏を飲むこと、或は黎明を飲むこと、
    それらは赦されざる理路論理よりの飛躍にほかならなく。
    詩言語にのみ移譲された非条理なる検閲-文法からの逸脱-刷新、
    それは死の秩序より混沌より攫み出された、胎児の様に無窮なる天然の人工の建築体なのではないでしょうか。

    それと、みつ。
    異常な、精神的な陰りを一番ダメ、と仰る理由か、その否定精神に基く御作を提示しては下さりませんでしょうか。

    その陰りに於いて隆盛を呈する、係る心像、印象もございましょう。
    まさか愉悦に即せざるがためにダメ、と仰られた訳ではございませんでしょう。
    お気に召されなければ、山田太郎さんの創物に拠り、私を覆し潰して見せてくだされば宜しいのではないでしょうか。
    そこまで拘泥する主題でもないのならば、通り過ぎ去れば宜しいだけのことですから。
    剽窃とか、摸倣とか、貴方が最もお上手なのでしょう?

    ああ、悪態を吐くと反吐が止らぬ。

    それと、「死のフーガ」全文を附記してくださり、允に有難うございました。

  4. 9240 : [返信]  鷹枕可 ('16/11/12 12:17:06)

    アラメルモさん、山田太郎さん
    返礼が遅くなりまして申し訳ございません。レスを賜りまして允にありがとうございます。




    アラメルモさんへ
    斯くも流麗なお言葉が、如何すれば漏れ出づるものでしょうか。心より敬服を致します。
    強制収容所の歴史、或は歴史そのものがひとつの出口なき強制収容所なのでしょうか。
    その惨禍の辺縁を辿る時、常思い起しますのは露西亜を祖国として産まれました、
    彼の偉大な現代音楽作曲家、クシシュトフ・ペンデレツキ氏の「ルカ受難曲」なのですが、
    かれの峻厳であり尚且つ叛-叛音楽的である、叙事詩の如きを、復、静謐な瞋りを、私は感受し、聯想致しました。

    闇の光を抉る様な彼の手捌きは昏く、陰惨な兆しを、つまり万有の帰趨たる、死の様に叩き已まず。
    弦楽は鈍重な甲虫の屍骸の様に、小已み無く聴衆を呵責し。云々。

    話が逸れました。
    私などは所詮、素人文芸の底面に糊塗された瀝青のごとき存在でしかございません。
    若し、アラメルモさんの心像が斯くも麗しく発露なされた因子とは何かと問われましたならば、
    偏にパウル・ツェラン史の偉業からの賜物に外なりません。
    私は、オリジナリティを欠損した人間であると自覚しております。

    拠って他者の夢を棲息寄生する、蚤の如き矮小な存在、
    小賢しく五月蠅なす、死を食べる凡庸な時代錯誤者であると、甚だしく恥を晒して、此処におります。
    私の拙作より某かの触発をなされたのでしたなら、
    それは触発をなされた方々の精神的美質に拠って立つ、ひとつの貴く逞しき葦の茎なのでしょう。




    山田太郎さんへ
    先ず、真摯に返信して下さりましたことを心より感謝致します。
    成程々々、相応に精神的条理に則った解釈をなされていらっしゃることが分りました。

    然し、強制収容所に於ける経験が甘美な記憶であった、が為に苦悩した成果がツェランの詩である
    という主張には聊か納得を致しかねます。身勝手ではございますけれども。
    以下、それの理由を。

    確かに人間の記憶というものは不思議にも、苦悩や苦闘を甘やかに追想する傾向がある、
    と仰られるのは屹度皆様の腑にも落ちる処が在り、瞭然たるご慧眼ではございましょう。
    而して、いかなる強靭な精神像にも臨界が存在し、閾を越える程の残虐が訪れる時、
    易々と彼や私をそれ、つまり人間足らしめる前程的な尊厳等は残骸か、狂気か、幼時への退行を余儀勿くされるものであるとも知り得て頂きたいのです。
    外でもない私自身と云う存在者の、
    言葉の残骸(あなたが斯様に評をして下さった筈です)の行列、死の行進、或は幾多の陰湿な人格破壊行動と疎外、
    それらを壊れた侭反復するほか術勿き、
    私という生き損なった屍が存続している、それがその証左であると、抵抗を以て結ばせていただきます。

    到らぬ脳髄を以て思いますが。
    私はユダヤ人をあくがれ已まない、
    敬意と憎悪に衝かれて已まない、一つの到達、人物的な理想像として見てしまうのでしょう。
    彼等ユダヤ人は動揺も、狼狽も、悲歎も、感歎も、退屈も、愉悦も、不愉快も、善も、悪も、嫉妬すらも、
    具有しない、純粋な観察者であると偶像視しているのです。
    つまり、「そこにいるのに、いない。ひと。その」とでも申せば宜しいでしょうか。

    私への
    病に甘んじている、というお言葉ですが、鵜呑みにする訳には行きません。
    誰しも数寄好んで罹患する訳ではございません。好んで年齢を重ねる訳では勿く、老人となる訳ではない様に。
    外範疇より自己を俯瞰し得る程に確たる精神像の在る御方は、凡そ斯様な疾病には罹患致しませんでしょう。
    才気溢るる例外の御方もあらせられることでしょうが。
    そのことをわかれ、とは申しません。此処は酷評の飛び交う場所でございますから。
    しかし人格の姿勢態度云々を糺さんとする営為は、少々お門違いなのではないでしょうか。

    復、奇しくもアラメルモさんが仰られた様ですので、重複致しますが。
    例えば、PTSD罹患者や戦争後遺症患者にも、
    あなたの残虐なる経験は甘美を附随する記憶であるから、と対峙して仰ることができましょうか。

  5. 9240 : [返信]  鷹枕可 ('16/11/13 20:50:05)

    おでんさん、山田太郎さん、玄こうさん、生活さんへ。
    レスを賜りまして允に嬉しく存じ上げます。



    おでんさんへ
    「柩」とは、「契約の箱」の心像より聯想しました結果、泛んだ一語でございます。
    昔、よく魘されたものでございました。
    魘夢のただなかに柩を抱えた巨躯の「百頭女」ならず無頭女が禍々しく焼きついておりまして、
    かの者の刎頚が前述の柩、或は箱に納まっており、それが「契約の箱」の秘密なのではないか、
    などと、莫迦莫迦しきことではございますが、独断を致しました過去がございまして。その印象が背景に存在しているのかも知れません。



    山田太郎さんへ
    強制収容所が、強制労働所として機能しておりましたのはごく初期の事であったと記憶しております。
    犯罪者達の更生の為に構想-建築されましたのが強制労働所、多分wikipedia等にも明記されているかと。
    勿論、「強制収容所」にも労働力の確保という口実、実際の労働も行われていた様ではございますが。

    虐殺行為が罷り通っておりましたのは数多あるゲットーの内でも一部であったと記述されていた様な記憶がございます。
    然し物資不測の為に飢餓、伝染病が蔓延していたとも。
    アウシュビッツ収容所所長ルドルフ・ヘスの手記が典拠でございます。



    玄こうさんへ
    私は元々はアドルフ・ヒトラーの狂信的信奉者であったものですから。
    彼の容易い、発条巻仕掛の自動車玩具の様なカリスマに、復、旧大日本帝国軍の、それも愚かしき「敗れた」正義、正統性に、縋り付いていたのでしょう。
    その頃には既に精神に正常ならざる病巣を抱えていたのであろう、と、聊か言い訳がましく、蛇足ではございますが。

    旧約、創世記を始めて読みました折には余りの怒りに震顫し(別の処で書いたような気も致しますが)、
    それはまるで当時傾倒しておりました小乗仏教に於ける「悪魔の言葉」、
    寂滅思想と相反する、生きへと向う肉体精神に翻弄される現実の残虐を並々と湛えた濫觴である、
    と受け取ったのでしょう。

    スワスティカ、卍と所謂鉤十字はデカルコマニーの様に鏡像関係に有り、
    内向に拠り生を超越する卍と、外向に拠り生を刷新する鉤十字、
    この両者は互みの影像なのではないかと、然様な妄想を抱いておりました。
    闇が光を撞着として、
    光が闇へ癒着を呈するが如く。

    多分、旧約に於ける神を虞れた結実として、ユダヤ人虐殺運動を余りにも愚かにも称讃していたのでしょう、
    此れも復今になり解ることではございますが。

    振子の往還が如く、ユダヤ教(僅かな知識をしか持たなき事、允、恥知らずでございますけれど)
    に傾倒して今がございます。
    それは愛憎の如く私を責め咎め已まぬものではございますが。



    「アウシュビッツ以降、詩を書くことは野蛮である」という言説に附きまして。

    先ず、「詩」は物語-叙事抒情詩の起源であり、物語に対置さるべきものとして概念が有る、と仮定を致します。

    伸びやかな人間的抒情は翳を潜め、
    代理人としての概念(アウシュビッツ以前にその萌芽はございましたが)に基く藝術が隆盛を極めております。

    何故、物語が遺棄喪失され、概念があらゆる藝術の基礎に於いて脚光を受ける、
    斯様な時代に遷移を果したかと鑑みまするに、
    概念には明瞭な最終目的が在り、目的を帰納することが鑑賞者達の愉悦であると言いえましょう、独断ではございますが。
    逸脱は誤謬であり、解釈は侭分かれることでしょうが、「正解」が存在し、
    それが先立って呈示されるのが概念藝術の顕著な独自性である、と思われます。

    一方、創物起源たる「詩」、そしてその大衆的膾炙物である物語-叙事詩には屡々危険な目的、或は無目的が隠匿-韜晦されていることが侭在る、と私は感受致します。

    つまり、自然なる人間精神に拠る「詩」とは屡々危険なる目的を具有し、それよりの避難、防衛対策として「概念」が働くのではないか、ということでございます。

    物語-叙事抒情詩には戦争翼賛的気分や、
    驚く程に稚拙な差別的優越感などが眼に余る程に氾濫しておりますのは周知の事とおもわれます。
    其処を指して「野蛮である」と言わざるを得ない訳でございますが、
    畢竟、人間的抒情とは「そのようなもの」であり、彼の自然的精神への憂愁の発露、「叛抒情詩」や「概念詩」を以てしか抗い得なきものなのではないでしょうか。

    私達は彼の様にして愛し憎むべき人間性を喪失し、
    あなたがあなたでありわたしでもある時を永続に亙り追放してしまったのでしょう。

    見当違いのことを語っている、とお受け取りになられましたならば、允に申し訳も立ちませんけれども。



    生活さんへ
    自らの、そして創物の問題意識への浮薄を、深く陳謝致します。

  6. 9240 : [返信]  鷹枕可 ('16/11/15 19:47:23)

    玄こうさんへ
    重ね重ね、時には苛烈に、復示唆に富んだ提起を齎していただき、まことにありがとうございます。
    幾度と無く、懊悩を結実へと転じる一助を賜り、忌憚無きご指摘を賜りましたこと、感謝、允幸甚と云う外に術もございません。

    感謝を、
    有り触れた感謝より素晴らしく的確に表現し得る二輪馬車、その馭者は何処かにいないものでしょうか。
    そして如何なる報恩を以て還すことができますでしょうか。
    玄こうさんがいらっしゃりませんでしたならば、
    私の如き痴者が此処まで詩を立止まり、推敲し、連綿と表現活動を成し続けることは叶わなかったことでございましょう。

    直観主義者たる私に、推論、結論、概念化、等々、過程を踏まえる必要性を知らしめて下さりましたこと、
    未だ身にも附かぬなかにて格闘、鬩ぎを余儀無くされる馬鹿者ではございますが、
    箍の外れ、誤謬の折節に的確に条理を諭して下さりましたこと、
    允、報おうとも報い切れぬ程の、転換点の枢軸を賜りました、その様に、感受をいたしております。

    私が、此処に於いて表現、主張、読解するべき幾許の時間が赦されておりますかはわかりませんけれども、
    微塵と成り果てる迄、散々の記述的放恣の代償を、還す機会、契機がよもや残されておりますならば。
    その様に行わせていただきたく存じ上げます。

    允に、ありがとうございました。
    これからも、どうか宜しくお願いいたします。

    それでは。

  7. 9223 : [返信]  鷹枕可 ('16/11/02 23:45:04)

    まさか。
    居なくなって終われたりはしないでください。愉しみが、あなたの苦役が、
    どれだけ此の死に掛けのわたしたちに喜望峰を垣間見せて下さったことか。
    あなたは――充分にお若い。
    称讃の価値を、更なる高みを飛翔してみせては下さらないのですか?
    皮肉な事です、
    あなたは上達すればするほど自らの詩を見下げ果てた物だと感受してしまうのでしょうから。
    どうか。これからも。



    虚実のさよなら、
    百万遍の嘘を吐きながら、おまえ程に真摯で放埓な輩を見たことがある/ない。
    ほんとはじぶんだけの言葉なんかだれも持っちゃいないのさ。
    今日私は盗みました。
    新聞紙の活字を、
    詩集の一片を、
    エセーと広告で出来た草とつれづれを。

    小説家になろうは盛況で溝水のような愛を贖っていました。
    百科辞典の愛の一行詩は一行何グラムなのでしょうか。
    wikipediaで賢くなるならそれはわたしをあなたをばかにしているのではないですか。
    電気と液晶のゴシック体よごきげんよう!
    窓の外では林檎売り。
    twitterはじめてみました。
    世界がひろがってひろがって――まるでわたしがひとつ世界のように。
    残念なアタマやなそうなんやで今日はハロウィーンするやで。マジで草生える死ねゆとり≒老害。
    言葉は伝え合うためのものではない。拒絶のそれはそうだったのだろう。

    実際だれもだれの顔なんか知らない、単純に興味がないからだ。
    止めないでくださいなんて私じゃなくても君でもいえるさ。
    貧困と労働と過労死の――親父の一生は最後は100万円で手打ちになったよ。生きるって愉しいよな。

    それでも足掻くなら生きてみろってよ。事実のさよならにならないように。
    またかえっておいで。


    それでは。新作も復、愉しみにしております。


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