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現行ログ検索結果 (投稿者)

  1. 9268 : [返信]  山田太郎 ('16/11/16 04:46:27 *3)

    おおむね音楽を視ているようなうつくしいイメージの現出と崩壊、
    (まるで炭酸ソーダーのような)がみられるのだけど、
    ラスト、

      白い服のうえに
      さらに白い上着をかさねている

    発想はいいのだけど、ここが、すこし重く感じた。
    あとこれだけ繊細な、季節をともなう言葉なのだから、
    「永遠の5月のまま」とはいえども、時節を
    考えて投稿して欲しい。朝の寒くなんったこの頃に
    はどうもねえ。

  2. 9263 : [返信]  山田太郎 ('16/11/13 05:37:38 *4)

    うざい。
    何度もいうが、
    こんなことろの大賞といっても子供におもちゃの勲章もらったような
    ものなのだが。
    なにか舞い上がっているのか、うわのそらなのか、
    思い上がって、わけのわからない腐った雑文を連発しているけど、
    ただのアホとしかいいようがない。

    それから西木修氏、ここにどうしておれの名前出て来るの?笑
    泥棒氏も西木氏も自意識過剰だよ。文学がどうであるかなんて
    どうでもいいものでしょう。文学がどうであるよりも、文学を
    やればいいのじゃないかな。違いますか?

  3. 9263 : [返信]  山田太郎 ('16/11/13 07:02:50 *3)

    青山 :
    詩人=変態

    まあ変態なんだろうな。笑

    なるほど、この掲示板で朝の5時から実証されてるなあ。笑 ('16/11/13 06:58:42)

    青(アホ)山くん、
    早起きの人に対して、そういう侮蔑発言はよくないだろう。
    午前一時ごろまでコメントしている人はじゃあ変態じゃないのか?
    どんな時間にコメントしようと、時間なんか関係ないだろ。
    それに、陰湿なストーカーはやめて、そろそろ投稿してはどうか?

  4. 9263 : [返信]  山田太郎 ('16/11/13 10:29:26 *1)

    この、対外的にはなんの評価もない板でこの程度の詩を書く人たちが、
    どうころんでも変態とかジャンキーであるわけないだろが。
    どこまでじぶんを高く評価しているのだよ。笑
    ふつうのひとにほんの少し毛が生えた程度の詩しか書けないのに、
    変態? ジャンキー? 
    ばかばかしくて屁がでるわい。

  5. 9263 : [返信]  山田太郎 ('16/11/13 14:10:00 *1)

    >5or6
    >山田太郎はジャンキーで変態野郎

    こら、もとパシリのチンピラ。ゴミ野郎。
    こんどこんな誹謗中傷をしたら、お尻、ペンペンだぞ? 

    おまえは詩も下手だし、詩を読めないのだから、
    うろちょろしてるんじゃない。

  6. 9265 : [返信]  山田太郎 ('16/11/15 10:49:26 *1)

    一種の自己弁明だけど、ありきたりなパターン。

  7. 9219 : [返信]  山田太郎 ('16/11/05 09:42:18 *6)

    "知恵遅れ"としての〈貼り絵〉詩。
    田中さんはもちろん、頭、いいのでしょうけど、芸術的感性としては
    "知恵遅れ"じゃないかと、これをみていて、ふとおもった。
    山下清という"知恵遅れ"の天才画家がいたけど、油絵を書かせるとどうもダメだったみたい。
    色彩と形象の細片を、時間をかけて精密に張っていくような画法だと、すばらしい感性がそこに爆発する。
    どうしてそうなるのか? ということですよね。
    たとえば田中宏輔氏のファンである「こひもともひこ」も本格的なのを書かせても下手な詩しか書けないけど、
    言葉の断片を並列的にならべていくような詩をつくらせると、けっこう、面白い。
    もともと半分、知恵遅れのようなところがあるやつだが。笑
    どうしてこうなるのかということ、
    これは一考の価値があるのかもしれない。
    ちなみに、ひとつひとつの引用文を読んで、「面白かった」というのは一種の錯覚、めくらましであって、
    この引用詩はそういうところで評価するものじゃないとおもう。

    そういえば村瀬学が「知恵遅れとしての吉本隆明」という吉本論を書きたいとか
    呟いていたことを思い出した。もちろん吉本は頭良いのだけど、あの論理の
    独特な掘り下げ方は、"知恵遅れ"的だとわたしも思う。

  8. 9219 : [返信]  山田太郎 ('16/11/10 06:24:42 *1)

    >こひもともひこ
    >特に、ゼナ・ヘンダースン『果しなき旅路』「「でも、どうして子供たちが彼女をからかうのをほうっておおきになりますの?」〜」から
    >バロウズの引用群へと続く箇所は秀逸で、このようなつなぎ方をよく思いつくものだと驚かされます。

    うけた!笑
    最高にウケたわ、この感想。
    この言葉に対する田中大先生様のご返事。

    >こひもともひこさんになら、わかっていただけると思っていました。

    この二つ込みで、最高にウケました。笑
    こひもともひこじゃないけど、「このようなことばをよく思いつくものだ」

  9. 9219 : [返信]  山田太郎 ('16/11/10 11:25:01 *3)

    >こひもともひこ :
    >田中宏輔さんのやられている引用詩は『ポケットに名言を』とは全く違うものです。

    いや、主観的にはそうかもしれないが、客観的な形式としては同じものだよ。
    田中宏輔さんの引用詩を詩として読めるなら、『ポケットに名言を』も詩として
    読めなければおかしい。
    『ポケットに名言を』の編者は詩を意識していなくとも、構成編集の段階ですでにして
    選択という詩的要素が介入している。
    だからそれは本人が意識しようとしまいと詩として読めるはず。

    こひもともひこ君は、ほんとうはすこしも田中宏輔さんの引用詩が読めていない!笑
    だから、こんなデタラメをいえるのだとおもう。
    読めているのなら、

      ゼナ・ヘンダースン『果しなき旅路』「「でも、どうして子供たちが彼女をからかうのをほうっておおきになりますの?」〜」から
      バロウズの引用群へと続く箇所は秀逸で、このようなつなぎ方をよく思いつくものだと驚かされます。

    この発言、説明できるものならしてもらいたい。
    1.どこが、2.どうだから、秀逸だと言えるのか? つまり「つなぎ方」ということはフレーズとフレーズの〈関係性〉が生み出すイメージが、
    秀逸だということに他ならない。これらのフレーズが関係し合ってどのような効果を産んでいるのか? それがどうして自伝に繋がるのか、
    出来るものなら説明してもらいたい。

    引用詩は、本人が詩だというから詩として読む姿勢を読者がとるのであって、そうでなければこれは文学フレーズ集とまったく同じです。

    田中宏輔さんがこれは詩集だというのだから主観的なその気持を否定はしないが、これは客観的にはただの「文学フレーズ集」です。
    客観的にはただの妄想です。

  10. 9219 : [返信]  山田太郎 ('16/11/10 11:37:16 *1)

    こひもともひこは、すこしもこの詩が読めていないのに、大口を叩いているだけ
    ということでオーケー?
    そう言われて悔しければ、あるいは真面目に詩と関わっているのなら、再掲するから
    堂々と正面から次の問いに答えてもらいたい。

    1.どこが、2.どうだから、秀逸だと言えるのか? つまり「つなぎ方」ということはフレーズとフレーズの〈関係性〉が生み出すイメージが、
    秀逸だということに他ならない。これらのフレーズが関係し合ってどのような効果を産んでいるのか? それがどうして〈自伝〉に繋がるのか、
    出来るものなら説明してもらいたい。

    ここはきみのようなシロウトが大口を叩けるほど甘くないよ。
    さっさとホームに退散することです。

  11. 9219 : [返信]  山田太郎 ('16/11/10 13:07:05 *2)

    >こひもともひこ
    >興味がないのならコメント書く必要ないじゃん。

    こひもともひこ程度の知性しかこの詩のファンがいないというのは
    この「文学フレーズ集」にとって不幸じゃないだろうか???

  12. 9219 : [返信]  山田太郎 ('16/11/10 14:27:12 *1)

    >祝儀敷
    >田中さんの引用はどれもこれも格式の高いものからなのですよ。別にそれ自体が悪いとは言わないが、
    >私としては歌謡曲歌詞からの引用とかもあれば面白いってだけで。こひともひろさんの言葉は、
    >格式高いものからの引用だから詩自体も素晴らしい出来だ、と読み取れなくもないのですが。
    >それって盲目な権威主義じゃないすか?

    これ、まったく同感! 文学作品から抽出したフレーズばかり延々と読まされるって、うんざりだよね。
    こひもともひこのような詩も読めないし書けないけど、図形の好きな子は、こういう権威にころっといかれてしまうんだろうね。
    自分をしっかりもてよ、こひもともひこ!笑

  13. 9219 : [返信]  山田太郎 ('16/11/10 16:59:46 *2)

    祝儀敷さん、
    こざかなくんが代弁してくれたけど、
    コピペして貼り付け、行数をそろえて(約四十字くらいが適当)
    各行の先頭に「>」(英数文字がいい)を付けるとその行だけ色が変わります。
    お礼の返事はいいです。

  14. 9219 : [返信]  山田太郎 ('16/11/12 11:12:32 *1)

    >ちょび
    >コメントする者が作者の創作、意図を離れ、我が儘な悪意でなぞらえたり、間接的な自己主張するのはまったく良くない。

    ちょび、すごい。じぶんのことを全部、言い当ててる。笑

  15. 9219 : [返信]  山田太郎 ('16/11/13 06:09:08 *1)

    ちょび氏はいったいこの詩のなにが不満なのか?
    それと、
    >山田太郎君、アベアベ・トランプ学習帳あげるから老人ホームに帰れ。
    いつになったらこんな面白そうなものをくれるのか?

  16. 9219 : [返信]  山田太郎 ('16/11/13 09:23:07)

    こひもともひこ氏、回答はまだですか?

    1.どこが、2.どうだから、秀逸だと言えるのか? つまり「つなぎ方」ということはフレーズとフレーズの〈関係性〉が生み出すイメージが、
    秀逸だということに他ならない。これらのフレーズが関係し合ってどのような効果を産んでいるのか? それがどうして自伝に繋がるのか、
    出来るものなら説明してもらいたい。

    おそらく一ミリもわかっていないで賞賛しているのだろうが。笑

  17. 9219 : [返信]  山田太郎 ('16/11/14 04:50:25 *6)

    こひもともひこ、田中宏輔、両君は、わたしが睨んだ通り精神的には
    幼稚なんだね。知能がふつうでも「知恵遅れ的な精神」というのはある。
    こひもともひこの今回の幼稚な投稿作品と、田中氏の本質的にはただのパクリ詩である
    この自称「引用詩」。
    ともに、「知恵遅れ的」作品だとおもう。
    お二人が認め合うのは、精神が共鳴しあったと見ることができますね。
    両者とも、もう少し人間的に成長してはどうでしょう?

  18. 9219 : [返信]  山田太郎 ('16/11/14 18:22:24 *5)

    わたしは田中宏輔さんの努力とか文学的姿勢を否定するつもりもないし、
    そんなことをしてわたしが一文のとくになるわけでもない。
    むしろ、その一心に打ち込む態度には尊敬の念を抱いている。
    なかなかできるものではない。
    だから、田中さんに対する批評もなあなあでやっていればいいのでしょうが、
    わたしはこの投稿板を尊重しているから、なあなあはしたくないのです。

    引用詩には、どうみても落とし穴がある。
    この詩に引用された文豪や俊英のすばらしい文学的フレーズを読んだ人が、
    それが優れた作家たちの文章だということがわかっているのに、
    田中さんが書いたような錯覚を覚えている。これはわかっていても直せない人間の
    不思議な習性なんです。
    どんな文学的大家がこのフレーズ集を読んでも、そういう錯覚のまま読み終える。
    じつは、ここにあるのは、つなぎの「糊」(のり)だけなのに、
    それが理解できない。そういう落とし穴のあるものです。
    だから、これは、ほんとうは詩としては非常に問題のあるものだといいたのです。

    田中宏輔さんが物事をひとつひとつ真剣に考えて出来上がったものじゃない。
    「わたしはこんな本を読んできました」という、よくある有名作家や評論家の
    読書自慢なんです。だからそこには世界に根ざした田中さんの洞察はない。

    それは田中さんの本質がじつは精神的な「知恵遅れ」だからなんです。
    こころの構造は幼児と同じだとみています。
    差別についてあなたと議論してわかりました。
    ちっとも人間についても世界についてもこころについても何もわかってないと
    いうことが。
    そういう人が、引用詩や日記詩しか書けないのはある意味、とうぜんといえば
    とうぜんなのかもしれません。

  19. 9219 : [返信]  山田太郎 ('16/11/14 19:06:04 *1)

    わたしはわたしがこの掲示板上で見聞きした範囲でしか
    考えを述べていないのは事実です。
    でも、それでじゅうぶんだとおもっています。
    あなたの詩は技術や感性はともかく〈幼稚〉です。
    いったいその〈幼稚〉さをなんと言えばいいのか、むつかしい
    ので、これからの課題ではありますが。

    それからあなたは「糊」の部分をみてくれというけど、
    そんなものどうやって見れるのですか?
    引用された全文学をすべて読まないと無理ですよ。
    ほとんど不可能。すべての人はフレーズを作者のものと
    錯覚して読み、かってに満足してわかった気になっているだけだ
    とおもいます。

  20. 9219 : [返信]  山田太郎 ('16/11/14 19:30:06 *3)

    >田中宏輔
    >山田太郎さんへ

    >「じつは、ここにあるのは、つなぎの「糊」(のり)だけなのに」

    >と、あなたは書いたばかりなのに、ご自分の言葉を記憶されていないのですか?



    だぁからあ、笑
    その「つなぎの糊」を理解するには、引用された
    当該フレーズだけじゃなく、そのフレーズがその小説全体のなかで
    どのような関係性をもっているか理解するために、全部一から
    読まないといけないといってるんです。
    でもそんなこと不可能でしょう? だったら、結局、目の前にある
    フレーズだけを、さも田中氏が書いたように錯覚して読むことしか
    できない。でもそれではほんとうに「糊」を理解したことにならない。
    なぜなら、すべての小説を読んでいるのは田中氏ただひとりだからです。

  21. 9219 : [返信]  山田太郎 ('16/11/14 19:45:26 *1)

    >田中宏輔 :
    >山田太郎さんへ

    >引用元が書いてあるのだから、だれも、ぼくが書いたものと思わないでしょう? タイトルもタイトルだしね。

    それが人間の知覚の不思議なところで、わかっていても読書に没入すればそんなことを忘れてしまうんです。
    わかっているくせに、なぜか田中さんの書いたフレーズの重なりのように読む。そしてトンチンカンな感想を述べている。
    そうおもいますね。

    いっておきますがわたしは「こざかな」くんのような読み方がいけないといってるのじゃないです。
    読者はそれでいいです。でも批評と読書とは違う。

  22. 9219 : [返信]  山田太郎 ('16/11/14 19:50:11)

    >田中宏輔
    >山田太郎さん以外の方から、そんなことを言われたことがありません。

    それは困ったな。

  23. 9219 : [返信]  山田太郎 ('16/11/14 19:56:11)

    >田中宏輔
    >困る必要はないでしょう。感性は、ひとりひとり異なるものですから。

    いやね、「異なる」批評が出来る人が、
    そんなにいないのかと愕然としちゃいましてね。
    困った世の中だと。

  24. 9219 : [返信]  山田太郎 ('16/11/15 04:40:41 *4)

    おれは、こひもともひこがこの引用詩をちゃんと理解しているとは
    思えないのだけどね?
    しょせんブランドに弱いやつだから(権威を盲信するやつだから)
    文学的達成者たちの文学的フレーズが集まっているだけで、
    手放しで礼賛しているにすぎないとみている。

    でないのなら、ちょっと質問しただけで、ここまでギャーギャー、
    わめくはずがないし、そもそも、ちゃんとわしの質問に応えられるはず。

    それから、こひもとが挙げた「数式の庭」、つまらんよ。
    田中宏輔さん自身、満足している詩じゃないでしょ。
    読む方も、妙に気取った体裁のものを読まされた気分。なにひとつ、
    地に根ざしたものがなく、一種の観念の花、造花を鑑賞させられたような
    まずい気分になる。
    田中宏輔の面白いところはこのような詩でもなければパクリ詩でもない。
    日めくりのなかで「うひゃひゃひゃ」と笑う田中宏輔の部分だろ。
    でも本人はそれじゃかっこ悪いと思っている。詩人らしくないと。
    でも、もし将来、ことばとして残る詩を書きたいのなら、
    田中宏輔氏はこんなもの(「数式の庭」)書いていてもだめだ。
    じぶんに合った、もっと生き生きしたものが書けるはずだよ。

  25. 9219 : [返信]  山田太郎 ('16/11/15 05:23:03 *9)

    >こざかな
    >作品として見るなら『創造しなおされた』とさえ分かればそれでいいような。

    >引用元をなんも知らないで読んだ人にとっては
    >それが引用だと書かれていなかったら判別できずどっちでもいいわけで、
    >それを自分の言葉とせずあえて全て元の文のまま紡ぐってことは、

    これがもし引用元を記さないで並べられていたら、効果は半滅するね。
    このパクリ詩の二番目に大事なところは作家名と翻訳者名のところなんだろうね。
    そのあたりの不思議をちゃんと解明しないとね。それが批評だ。

    >自分という人間が"これまでこのようなものたち"によって創り上げられたと曝け出す行為で、
    >作品を読んだ人たちの"黙っていりゃ田中さんに対して向けられる"興味、好奇心、称賛等を、
    >"創造しなおされるその前"に向けさせるだなんて、
    >引用元の作者に対する最大限の敬意じゃん。って僕は思うけど。

    以上、こざかなくんの感想は、要するに「詩歌集」や「フレーズ集」に寄せられる感想や
    意見が内に含んでいるものとまったく同じもので、こざかなくんもやはりこの引用詩を
    「詩歌集」や「フレーズ集」のようにしか読んでいないことを自ら吐露しているにすぎませんね。ψ( ̄▽ ̄)ψ

  26. 9219 : [返信]  山田太郎 ('16/11/15 09:55:01 *2)

    詩や評論や散文に一部を引用するなら引用だが、
    全部引用でしかも著者や出版社の了解も得ていないのだから
    法的なことはともかく、パクリ詩であることは明らかだ。
    なにも必死で反論することもないだろうとおもうが。

  27. 9219 : [返信]  山田太郎 ('16/11/15 20:21:49)

    >毎月、これくらい反響があればいいかな。

    田中宏輔氏の腰巾着、こひもともひこ、君のおかげでしょう。(・o・)
    こひもと、はハンドルを田中氏の腰元(こしもと)もしこ、に
    変えてはどうでしょうか。_(*_ _)ノ彡☆

  28. 9219 : [返信]  山田太郎 ('16/11/16 12:12:18 *1)

    エートォ (・o・) エートォ 非難はしておりません。
    少なくとも非難ではなくて、「引用詩とは何か?」という問いです。

    それと、もし田中さんが「非難」と捉えたのだとすれば
    それは「こひもともひこ」というアホウに対するわたしの批判が
    勘違いされて伝わったのでしょう。

    いずれにせよ、コメがこれだけ伸びたのはわたしのせいではなく
    こひもともひこのせいです。
    これからも、こひもともひこ、あるいは「腰元もひこ」にコメをさせれば
    この掲示板ではいつもトップの好位置をキープできるでしょう。

  29. 9266 : [返信]  山田太郎 ('16/11/15 05:09:25 *1)

    たしかイカイカは還暦だろ。
    いい加減、ふつうの写実的な詩を書いてはどうだ。
    こんなもの、もう、猫も跨いでいくぞ。

  30. 9238 : [返信]  山田太郎 ('16/11/05 19:25:47 *4)

    ツイッターかなにかの交信なんだろうけど、
    よくわからなかった。
    いや、返事や説明はいらないです。
    なんちゅうのか、........やっぱり、さっぱりわからない。

  31. 9238 : [返信]  山田太郎 ('16/11/06 05:50:23 *4)

    いろいろ三浦氏にコメントしたいことがあるのだけど、
    一旦、書いて、やっぱりすべて消しました。

    三浦さんの人間的なやさしさ、明るさ、磊落さはじゅうぶん周知されたと
    ころのもので、
    人間的にはだれもあなたを否定する人はいないだろう。
    でも人間的なやさしさと詩的なやさしさは違う。
    殺人鬼だってやさしい、ひとを感動させる詩が書ける。そこが詩の凄いところ
    であり怖いところだ。

  32. 9264 : [返信]  山田太郎 ('16/11/15 05:32:08 *9)

    これって眼によぐねえただの公害じゃないのかσ(・・?)

    >ただ、批評書いてるあいだも、目が痛い。
    >何かを表現、主張するということは、
    >それなりに痛みを伴うのだろうか。

    こざかな、おまえ頭大丈夫か? ヽ(;´Д`)ノ
    眼が痛ぐなるような文字、わざわざ読まんでもよかっぺ。

  33. 9261 : 秋 2016  山田太郎 ('16/11/12 12:32:40)

    天体の仰角が
    秋のともし灯を乱反射する 朝
    木々は凍え 幾千もの手に火をともす
    道のカーブに人気はなく
    老人たちはフンを拾う

    自動散水機がみどりを洗い
    苔むした太い幹にからむツタが天辺をめざす
    まぶしき照明は森に明るい霧を降らし
    人々は毛虫のように外套を逆立てて
    しずかに歩む

    おはよう ゴッホの黒猫
    おはよう アンデルセンのカラス
    おはよう ひさしの下で果物をならべる人
    おはよう 白いブラウスの女学生

    昨夜 強盗と詐欺師が争い
    強盗が世界最強国の大統領になった
    年が明ければこの国でもマッチポンプのテロが
    頻発するだろう
    陛下の軍隊はアフリカの人たちを撃つだろう
    ぼくたちの崇高な詩のために

    乳母車の乳児が
    ぐーをのばしてあくびをする
    わたしも小さなあくびを返す
    小さなあくびはため息であり
    秋の空をゆく
    風や笛の音もまたため息である

    小さな鳥たち
    缶拾いのおじさん
    学資稼ぎの新聞配達くん
    ゴミ収集車の運転者さん
    飛行機雲 おはよう

    露草はかすかに揺れて
    光の玉を落としている
    困り顔の犬はくうううんと鳴き
    夏を燃えたひまわりは束ねられ
    晩秋は
    いっそうあざやかに
    実っている

  34. 9261 : [返信]  山田太郎 ('16/11/13 05:01:53 *2)

    みなさん、拙作をお読み下さりありがとうございます。
    こざかな氏にはいつも驚かされます。まるでレントゲンみたいに
    見透かされている。いいレッサーになるでしょうね。

  35. 9261 : [返信]  山田太郎 ('16/11/13 06:20:56 *3)

    ちょびさん、投稿への感想をお願いしますよ。
    >お前の詩はどーでも良い
    これではあまりにもカナシイですねえ。

  36. 9240 : [返信]  山田太郎 ('16/11/10 09:37:18 *16)

    パウル・ツェラン。これも、カミュとか、サルトルとかソシュールとか、
    文学青年や文芸ヒョ〜ロン家がアクセサリーのように口にする詩人だけど、
    じつはわたくし、恥ずかしいかな、一度も読んだことがない。

    今回、ネット上に投稿者さんのいう「死のフーガ」が
    あったので、読んでみました。

      死のフーガ


      あけがたの黒いミルク僕らはそれを夕方に飲む
      僕らはそれを昼に朝に飲む僕らはそれを夜中に飲む
      僕らは飲むそしてまた飲む
      僕らは宙に掘るそこなら寝るのに狭くない
      一人の男が家に住むその男は蛇どもをもてあそぶその男は書く
       その男は暗くなるとドイツに書く君の金色の髪のマルガレーテ
      彼はそう書くそして家の前に歩み出るすると星がまた星が輝いている
        彼は口笛を吹いて自分の犬どもを呼び寄せる
      彼は口笛を吹いて自分のユダヤ人どもを呼び出す地面に墓を掘らせる
      彼は僕らに命令する奏でろさあダンスの曲だ

       あけがたの黒いミルク僕らはお前を夜中に飲む
      僕らはお前を朝に昼に飲む僕らはお前を夕方に飲む
      僕らは飲むそしてまた飲む
      一人の男が家に住む蛇どもをもてあそぶその男は書く
       その男は暗くなるとドイツに書く君の金色の髪のマルガレーテ
      君の灰色の髪ズラミート僕らは宙に墓を掘るそこなら寝るのに狭くない

      男はどなるもっと深くシャベルを掘れこっちの奴らそっちの奴ら
        歌え伴奏しろ
      男はベルトの拳銃をつかむそれを振りまわす男の眼は青い
       もっと深くシャベルを入れろこっちの奴らそっちの奴らっもっと奏でろ
       ダンスの曲だ

       あけがたの黒いミルク僕らはお前を夜中に飲む
      僕らはお前を昼に朝に飲む僕らはお前を夕方に飲む
      僕らは飲むそしてまた飲む
      一人の男が家に住む君の金色の髪のマルガレーテ
      君の灰色の髪ズラミート男は蛇どもをもてあそぶ

      彼はどなるもっと甘美に死を奏でろ死はドイツから来た名手
       彼はどなるもっと暗鬱にヴァイオリンを奏でろそうしたらお前らは
        煙となって空に立ち昇る
       そうしたらお前らは雲の中に墓を持てるそこなら寝るのに狭くない

       あけがたの黒いミルク僕らはお前を夜中に飲む
      僕らはお前を昼に飲む死はドイツから来た名手
       僕らはお前を夕方に朝に飲む僕らは飲むそしてまた飲む
      死はドイツから来た名手彼の眼は青い
      彼は鉛の弾丸(たま)を君に命中させる彼は君に狙いたがわず命中させる
      一人の男が家に住む君の金色の髪マルガレーテ
      彼は自分の犬を僕らにけしかける彼は僕らに空中の墓を贈る
      彼は蛇どもをもてあそぶそして夢想にふける死はドイツから来た名手
       君の金色の髪マルガレーテ
      君の灰色の髪ズラミート

           (飯吉光夫編・訳 『パウル・ツェラン詩文集』 より)



    これは一読してすぐにわかるとおもうけど、
    原語で読まないと話にならない、そういう種類の詩だとおもった。
    "声調"がすべて。という詩です。
    "君の金色の髪のマルガレーテ" "君の灰色の髪ズラミート”という
    リフレインに詩情を収斂させている。

    それから"ミルク"というのはたぶん〈夢〉のことです。希望という意味と、夜みる夢
    の、両方を意味し、それが"黒い"。つまり夢があるけど絶望の夢であるという
    ことを意味している。またそれを朝にも昼にも見るのだといっている。
    なぜなら、ミルクについての描写のあとで「寝る」ことについて語られているからだ。

      僕らは宙に掘るそこなら寝るのに狭くない

    ここでいう「宙」というのは、眠れば、一瞬でも収容所から完全に放れたところで
    黒い夢でも、それをみることができるからでしょう。
    で、そのあとに、宙において黒い夢にみる具体的な像や出来事が語られる。

      一人の男が家に住むその男は蛇どもをもてあそぶその男は書く
       その男は暗くなるとドイツに書く君の金色の髪のマルガレーテ
      彼はそう書くそして家の前に歩み出るすると星がまた星が輝いている
        彼は口笛を吹いて自分の犬どもを呼び寄せる
      彼は口笛を吹いて自分のユダヤ人どもを呼び出す地面に墓を掘らせる
      彼は僕らに命令する奏でろさあダンスの曲だ 
     
    この二つのことが読み解ければ「死のフーガ」はかんたんに感受できる。
    さて、この詩をもとにしてつくられた投稿者の詩は、ツェランのこの詩に
    現れた一番、ダメな部分、精神的な陰り(異常)の部分だけにシンパシーを
    感じて作られているから、あまりにもちぐはぐ。
    ゲットーは、文学青年や文学老人の、精神の観光名所じゃない。

  37. 9240 : [返信]  山田太郎 ('16/11/11 17:10:40 *8)

    >教授をして頂きたいのですが、「ミルク=夢」と云う着眼の根拠は何処にあらせられるのでしょうか。

    ゲットーのようなところで人がどうやって生きていけるかというと、
    それは老いも若きも黒人も白人も善人も悪人も男も女もただひとつのことにすがるしかないような気がします。
    空想。つまり夢。つまり言葉です。すべての孤独、絶望、後悔、怒り、哀しみ。すべては夜、そこから儚く逃れるために夢を見るために
    言葉が紡がれる。
    あるいは祈りのような詩のことばを紡ぐ。
    朝にはその夢は、やがて訪れる陽射しとともに、どろっと流れる。絶望の黒い夢になる。
    かれらはおそらく真昼でも詩の世界に逃げていたのでしょう。
    そうでなければ、とても生きていられないほどに切羽詰まっていたのかもしれません。

    おそらく、この詩はゲットーでの体験というよりは、ゲットーを出てからふつうの生活に戻ってからの日々のなかでの
    思い出を記したものじゃないかとおもう。(ゲットーでは詩を書くどころじゃないから、当然といえば当然ですが
    あるいは書いていたとしても、このような詩だったのだろうか疑問におもう。というのはゲットーではおそらく、
    まず「食うこと」「生き延びる」ことに全神経を使っただろうから、身体的な対応が第一で、
    そこにおける苦悩は、このゲットー体験のあとから反芻されるものだとおもう)

    強烈に過酷なゲットーの体験は、そこから帰還してふつうの生活に戻ったとき、むしろ過酷であればあるほど、
    信じられないほど懐かしい体験としても蘇る。悪夢であった日々なのに、自分の片割れのように切っても切れない
    親しい過去の記録として皮膚に刻印される。おそらくツェランはこのことの矛盾に苦しんだのでしょう。
    君の金色の髪マルガレーテ/君の灰色の髪ズラミートというリフレインには不思議な快楽の匂すらある。
    ミルクというのは=言葉、=夢、=希望、それが絶望に変わり黒いミルクになるのだと考えました。

    わたしはツエランのことは少しもしらないし、この詩の解釈も知らない。
    しかし、ツエランのこの詩は不思議に官能的な声調を秘めている。これはただの、強制労働所糾弾のようなものじゃなく、
    もっと別のなにかだとおもいます。
    この詩を強制労働所を地獄のようなものとして読む文学青年とか学者というのはゲットーなどツユ知らぬ、お気楽な人たちだとおもう。
    ツエランはむしろふつうの生活のほうがむしろ地獄だと言うでしょう。
    一度、ツエランをちゃんと読まないとわかりませんが。

    精神病院に入ったことはないですが、ゲットーと同じじゃないです。多分。
    天と地の開きがあるとおもいます。そういうことはじっさいにゲットーを体験していない人の
    いうことです。あるいは想像力がそこまで及ばないひとのお気楽な発言とおもいます。

    >異常な、精神的な陰りを一番ダメ、と仰る理由か、
    >その否定精神に基く御作を提示しては下さりませんでしょうか。

    あなたの作品をみるに、じぶんの症例に甘えて、寄りかかっている風がある。
    精神病は特別な病気じゃない。精神病だからといって特権的になるものでもない。
    じぶんが精神病であることによりかかり、そういう自分を外部から眺めようとせず、
    症状に甘えきったまま詩を書いているから、一ミリも前進がない。
    そういうことをいったのです。
    強制労働所のようなところはもちろん苦しいでしょうが、ある限界までゆくと、事後的には地獄とかそういうものではなくなる、
    こんなことをいうからわたしはだれにも相手にされないのでしょうが、ツエランならわかってくれるとおもいました。

  38. 9240 : [返信]  山田太郎 ('16/11/12 19:42:33)

    >而して、いかなる強靭な精神像にも臨界が存在し、閾を越える程の残虐が訪れる時、

    ゲットーというのは強制収容所じゃなく、強制労働所ですよ?
    最小限の食事、寝具、医療が与えられる。
    理にかなっているんです。無賃金労働力を必要としていたナチがユダヤ人を利用しないで
    片端から殺すなんてありえないはなしです。
    虐殺なんかしていたらどれほどの経費が嵩み、どれほどの経済損失を招いたか。
    わたしは戦勝国のお伽噺には与しません。

  39. 9240 : [返信]  山田太郎 ('16/11/13 05:08:28)

    結局、みなさんああいう悲劇が好きなんだね。笑
    アウシュビッツとかあの手の極限の映像や話題を好む。

  40. 9240 : [返信]  山田太郎 ('16/11/13 05:52:12 *2)

    玄こう氏よ、あなた好みなんだろが、アウシュビッツ。
    知的観光名所としてヨダレがでるほどおいしいんじゃないの?笑
    ああいう問題は、知的なポーズをとって、
    シンコクそうな顔をして語るようなものじゃないよ。

    生活氏、ご自慢の「強度のある批評」やってくださいよ。
    犬も食わない知性自慢のお仲間との知的漫才、楽しみにしていますよ。

  41. 9240 : [返信]  山田太郎 ('16/11/13 08:22:03 *1)

    おまえも醜い。

  42. 9209 : [返信]  山田太郎 ('16/10/29 19:20:41 *1)

    本田神父というひとの著書に
    『釜ケ崎と福音――神は貧しく小さくされた者と共に』
    てのがあるんですが、イエスは「その者たち(貧しく小さくされた者)への愛は、
    わたしへの愛でもある」といっているから、小さき者とはある意味、イエス自身のことで
    あると、とれる。イエス賛歌のようなものかなと思いました。

  43. 9262 : [返信]  山田太郎 ('16/11/12 20:17:13 *11)

    詩は起承転結じゃない。
    詩は基本、ひとつひとつの連が独立しているのが
    望ましいとわたしはおもう。
    起承転結じゃなく転転転転ですね。
    これが詩の基本であれば「見えないものを」書くことができる。
    たとえば田中宏輔氏の引用詩もよくみればそうなっている。
    (もっと過激なことをいえば、一つ一つの連だけではなく
    連のなかの行もひとつひとつ独立していてもいい)

    これじゃ、体裁は詩の体裁をとっているけど、中味は小説です。
    (あなたのだけじゃなく、投稿の大半が小説です)
    小説じゃ、詩的な世界は広がらない。
    内容も、説明的な哲学で、主知的でつまらない。
    詩の形式にする必要のあるものがそれほどあったのか、
    とおもいましたね。

    ここに時々投稿する「イカイカ」(=ペスト)という投稿者の詩は、そういう
    ことを極端に押し詰めていったものですが、
    イカイカの実験した「絶対言語」の試みは、逆に中味が希薄だった。
    ま、中味なんかゼロでもいいのですが、そうはいかないとおもう。

  44. 9245 : [返信]  山田太郎 ('16/11/07 06:13:26 *15)

    "ジャマ田タロー"を思い切り笑い飛ばしてやろうと思って
    読んだけど、爽快な読後感は得られなかった。

    惜しいんだな。これが三人称でなく、語り手が"ジャマ田タロー"になりきって、
    つまり身銭を切って"ジャマ田タロー"(=作者という設定で)コケにしていれば読む方も、
    素直にその世界に入って、思い切り"ジャマ田タロー"を嘲笑できたのだけど、
    三人称だから、要するに、
    作者がコケにしている想像上の人物を、同じ視点から嘲笑することを強いられる。

    それって要するに、読者にとっては、ひどくみじめなことで、素直にはこの作文の世界に
    入っていけない。入っていけるひとがいたとすれば、そのひとはかなりみじめな人だ。
    ただの罵倒を強要されて、それにのることになるだけだから。
    中学生が教室でやっている幼稚なイジメのお仲間と変わらない。

    作者も、そういう意味でかなり幼稚な人間で、どうしてこの手のギャグを書くについて、
    じぶんも身銭を切ろうとしないのか? 飛沫の浴びないところからだれかを嘲笑するなんて、
    戯作者のすることじゃない。恥ずかしいことだとおもうね。
    いつも思うのだけど、ギャグってのは作者自身が自己を相対化する視点がなければ
    だれも面白く思えないものなんだよ。

    ここの運営の詩選考者のダメなところはそういう読み方が出来ないところだ。だから、この投稿者の
    ような幼稚なギャグ駄文に文学極道エンターテインメント賞を与える。
    もう少し、運営も投稿者も成長してほしいね。恥ずかしいことですよ。

    追記

    >12月投稿作品、
    >『全行引用っぽいけどそうじゃないアンチ藝術ディスコミュニケーションとしての痛ポエム。』
    >でも重要な役割をはたしますので、
    >どうぞお楽しみに。

    なにを書こうと自由だけど、せっかくの月二回の投稿の機会を、こんな内輪にしか
    わからない、狭い掲示板上の、投稿者を揶揄することにつかってしまっては、
    もったいないなあとおもうね。
    それから、こんな御仁に、エンターティメント賞なんか与えた運営は深く反省すべきですよ。
    すべての選考の信頼性にゆるみがきてしまう。

  45. 9245 : [返信]  山田太郎 ('16/11/08 12:49:27 *7)

    まあ、見るところ、おもしろいなんていってるのは、
    すこし頭のとろい、低脳たちばかりなので、安心したよ。笑

    詩の形式を借りて投稿者を誹謗中傷する、こういう陰湿で矮小な
    駄文を書くやつに年間エンターティメン大賞を与える運営というのはもう、
    骨の髄まで腐りきっている。
    詩の投稿サイトとしては終わっている、ゴミサイトだ。

    ゴミサイトのためにすこしは努力しようとおもったが、これだけ
    ゴミにふさわしい、糞ばかりそろうと、天才詩人じゃないけど、
    たしかにうんざりする。

    もう、あれだね、今後はこのサイトには真面目に努力した作品は
    投稿できないな。
    糞がお好みのようだから、糞ばかり今後は投げつけてやろう。

    誰だ? もともとお前は糞作品しか投げてないってのは。
    青(アホ)山か。紫か。笑 人気ものは困る。嫉妬が渦巻いてね。

  46. 9245 : [返信]  山田太郎 ('16/11/08 14:59:35)

    >アラメルモ
    >これを描いた作者本人も、主人公としてパロディに書かれた人物も、結局創作の糧を
    >身の回りに追い求めることでしか眺めることのできない、狭い視野の持ち主だと窺える。
    >そのように考えてみれば表裏一体、両者とも痛いポエマーな書き手だと推察されて読めてくる。

    ヌンチャクは詩が読めないし書けないから、片端から「痛ポエム」としかコメントできない痛いやつだとしても、おれは違うぞ。笑
    こんな糞にたかる蛆虫と同じにしないでくれ。

  47. 9245 : [返信]  山田太郎 ('16/11/08 20:28:18 *5)

    >弾ける曲を繰り返し引くだけの自称ギタリスト。

    ヌヌ対さん
    言い得て妙ですね。ぴったり、このバカにあてはまる。
    ただ、一文字だけ、直すとすれば、
                   ●
    弾ける曲を繰り返し引くだけの自称イタリスト。(爆)

  48. 9245 : [返信]  山田太郎 ('16/11/08 20:57:17 *3)

    >>Mさん
    >マグレでもキマグレンでも何でもいいんですよ、面白ければ。
    >結果がすべてです。

    すこしも面白くないのだがな???
    妄想に幻覚もくわわったのか。
    弾ける曲を繰り返し引くだけの自称イタリスト。
    おまえの糞ギャグ投稿に、常連のみなさん凍りついて、閑散としてるじゃないか。
    他に弾ける陽気な曲はないのか? 
    誹謗中傷する陰険な曲しか能はないか。

  49. 9245 : [返信]  山田太郎 ('16/11/08 21:07:31)

    5or6もヌンチャクも、
    もういい加減、女の生理みたいにだらだらと陰湿に投稿者を目当てに、
    鞘当てするの、やめてはどうだ?


    きみら二人が、ここではダメ投稿者であることははっきりしている。
    詩も読めないし、書けない。
    すこしも独創性なんかない。
    平凡な詩しか書けないさえない存在だ。
    おれなんかに鞘当てしてもしょうがなかろう。笑
    事実はすこしも変わらんよ。

  50. 9245 : [返信]  山田太郎 ('16/11/08 21:24:38 *2)

    自称イタリスト、ヌンチャクは、
    どうしても、内輪の投稿者をからかいネタにして
    ギャグ詩を投稿したいようだな。
    全行引用詩は田中さんか。田中さんは宣伝になるから
    喜ぶかもしれないが、おれはそういうのは反対だよ。
    内輪の投稿者をネタにからかうような詩はよしたほうがいい。

    運営が腐っているから、そういうことに無神経かつ、面白いといって
    賞を与えてきたようだが、間違っている。
    詩の対象になる世界は広い。
    広い世界を書けない、かいてもだれも相手にしてくれないからといって
    身近な人たちをコケにするような目立ちたがりは、詩の場を穢すだけだ。

    この道理が運営にも少しもわかっていなようだが、そんなことだから、
    どんどんここは腐っていくのだ。

  51. 9245 : [返信]  山田太郎 ('16/11/09 05:18:52 *22)

    みつとみさん、あなたはなにもわかっていないようですね。

    何度もいっているようにわたしは、
    コメント欄での酷評や非難はいくらしてもらっても結構なんです。
    それは、それをした人との一対一の対応になるからです。
    もともとここは酷評オーケーの板じゃないですか。

    しかし投稿作品のなかで特定投稿者の誹謗中傷をすると、一対一では
    なくなり、多くの閲覧者がそれと知らずに誹謗中傷の共犯にさせられる。
    途中で気づいても、もう遅いわけです。

    ここ、どれだけ多くの人が閲覧していると思います? みつとみさん。
    多くの人が知らずに誹謗中傷に加担させられ、作者と一緒になって
    面白がって、笑う。
    そして当事者のわたしが不快を覚えても、いっさい斟酌されない。
    作品としてここの投稿者を誹謗するとはそういうことなんですが、わかって
    いらっしゃらないようですね?

    それからわたし個人のことは二番目の問題で、ほんとうはどうでもいいのです。
    この愚劣な作品を評価して面白がったのはたかだか数名です。
    じつのところヌンチャクとか5or6とかいった御仁に最初は腹が立ったが、
    昨夜寝る前に反省しました。
    どうして腹が立つことがあろうかと。
    こんな陰湿な誹謗中傷のゴミ駄文を面白がっているのは閲覧者のほんの数名じゃないか。
    もっと一般投稿者を信頼し、信用してはどうかと。
    わたしが腹を立てたのはいわゆる「投稿者の原像」を信頼していなかったからだ。

    ああ、ダメだなあと思いました。
    頭がすこしおかしくなっていると。おかしなのを相手にするとこちらも同じくおかしくなってしまうのだなとおもいました。
    顔の見えない「投稿者」の原像を信頼してさえいれば、なにひとつ動じることはなかったのにとね。「くるくる」さんに
    八つ当たりなんかして、恥ずかしいことをしてしまった。

    ところが朝起きて見るとこれだ。
    わたしが良識ある投稿者を信頼して気分一新出直そうとしても、一番大事な運営さんが、
    問題の根本を掴めないまましゃしゃり出てきて、
    このゴミ投稿を一蹴している顔の見えない多くの良識ある投稿者の努力に水をかけている。

    わたしたちが大事にすべき詩の場を、このような一部投稿者への下卑たギャグで
    穢している詩をみたら、みつとみさん、哀しくないですか?
    詩ってのはいくらもで書くことがあるのに、わざわざ、わたしたちが知っている人物
    をあげて揶揄することで注目を引く。あまりに下劣じゃないですか。

    みつとみさんは、わたしがコメントで厳しい批判をすることと、この作品を同等に考えているようですが、
    それはとんでもない次元の違う話ですよ。
    これでは逆効果です。ヌンチャク氏との馴れ合いにしかみえません。
    問題の本質に触れようとせず、わたしの酷評と同じレベルで話題にしようとしている。
    ぜんぜん違う問題なんです。

    みつとみさんは善意でなさったのでしょうが、あきらかに、ヌンチャクの行為を
    側面からまるで詩的行為として認めているに等しい。
    なにが「風刺の詩」だ。ふざけるな。
    これはたいへんなことをしてくれたとわたしはがっかりしましたよ。
    これじゃわたしを、ヌンチャクと一緒になって、なぶり殺しているのと同じです。

    みつとみさん、返事はいりません。
    運営のほう大変でしょうから、運営に専念してください。
    投稿者がこれごときことを自浄できない板なら、そんな腐った投稿者が集まる板は滅びればいいのです。
    わたしは昨夜、寝る前に、顔の見えない投稿者の原像を信頼していなかったことを恥じました。
    その不信がわたしの不満や怒りを招いたのだと。ヌンチャクや元キャッチマンや「こざかな」のような投稿者もいますが、
    ほんのひとかけらの存在にすぎない。視野が狭くなっていたと反省しきりです。
    しかしわたしがいくら努力しても、このようなゴミ投稿を運営が「風刺の詩」などと認定すれば、すべては水泡に帰してしまう。
    顔の見えない閲覧者、投稿者の「原像」にツバを吐きかけられたような気がします。
    みつとみさん、あなたもう詩に関わるのやめてはどうですか?
    向いてないですよ。


    *なを、ヌヌ対さん〈投稿者の原像〉として発言してくださりありがとう。

  52. 9245 : [返信]  山田太郎 ('16/11/09 09:01:39 *5)

    >アラメルモ
    >もっともここでパロディにされている山田太郎氏本人も、
    >今まで直接実名を載せては作品として揶揄化された詩を投稿されている。
    >それを妥当な権利だとも解釈されている。
    >本人にとっても痛し痒しだろうが、

    相変わらず頭の悪い、トンチンカンなことをいってるな。
    おれがパロディにしたのは、詩壇の大物たちだろうが。
    原発問題と関連させて、大物詩人の対応ぶりを非難したのじゃないのか!
    この小さな掲示板の特定の人物じゃないだろ。しかも堂々と実名で批評している。
    これこそが「風刺」であって、
    ヌンチャクのように、たかだか内輪の人間を実名と創作名のぎりぎりのところで
    もやをかぶせてからかうような陰湿な復讐はしていない。
    いい加減なことをいうな、この馬鹿たれが。

  53. 9245 : [返信]  山田太郎 ('16/11/09 14:23:40 *2)

    アラメルモ、
    投稿者のひとりをなぶってそれが風刺になる道理を聞かせてもらいたい。
    風刺というのは力のない庶民が権力を嘲笑って溜飲を下げることをいう。
    わたしが原発問題にからめて詩壇や和合亮一を批判したああいう詩が風刺だ。
    一投稿者を「詩作品」という仮装をもって、閲覧者とともに嘲笑することが風刺詩なのか。

    おまえ頭がすこし弱いんだから、しゃしゃり出てくるまえに、
    じぶんが何をいってるのか、よく考えて、だれかまともな人に相談してから
    書き込めよ。

  54. 9245 : [返信]  山田太郎 ('16/11/09 14:31:11 *8)

    >泥棒
    >小馬鹿にしたギャグではなく
    >裏返しとしてのユーモアと冴えわたるキレさえあれば
    >(こりゃあ、一本取られたな笑
    >と、
    >笑って楽しめたのかもしれない。

    おっしゃるとおり、ユーモアがあれば、わたしも一本取られたと
    頭をかくしかなかったかもしれない。
    内輪の投稿者を内輪だけでからかうことには反対だけど。

    だからこそ、このバカの投稿を今回だけは全部読んでみたんです。
    ひょっとしてユーモアでも、あるのかもと。
    ユーモアとは、全人格をかけて書くもので、対象への愛情も必要ですからね。
    ところが、
    前からそうだとはいえ、
    下卑たギャグはあっても、ユーモアは片鱗もなかった。
    最低の人格が作り出した、他者を貶める、小馬鹿にするだけの蛆のようなギャグを
    バカ同士がわけもなく笑いあっている。
    これは作品とかいうものではなく、ただの汚物だ。
    いつまでもここに飾って、文極エンターティメント大賞でも与えて
    多くの人に見せるべきだとおもう。
    運営のお粗末な選考能力も文極の腐った程度も、閲覧者から大いに賞賛されるだろう。

    たしか澤あずささんやコントラは、この蛆虫のギャグのファンだったな。
    できればこの蛆虫を新投稿サイトでひきとってもらいたい。
    そこで思い切り、文極投稿者を誹謗中傷させればいい。自称、誹謗中傷マシンだそうだから、
    コントラがあちこちのサイトで演説しなくともこのバカがやってくれるだろう。

  55. 9245 : [返信]  山田太郎 ('16/11/09 18:45:34 *5)

    みつとみさん、すると詩という形式を使って投稿者や閲覧者を
    揶揄する詩(あなたのいう「風刺詩」)は投稿してもかまわないということでしょうか?
    揶揄された本人が身体の調子を崩すほど不快に思っていても、しょうがないということ
    でしょうかね。
    回答をお待ちします。

  56. 9245 : [返信]  山田太郎 ('16/11/09 19:36:17)


    >happy :
    >皆さん、もっと元気な詩を書いてください!

    陰湿な、コメンター誹謗中傷詩が花ざかり。陰気な掲示板だよね。
    たしかに。
    しかし運営が認めているんだから、これからも続くだろう。
    陰湿で陰険な誹謗中傷詩が。笑

  57. 9245 : [返信]  山田太郎 ('16/11/09 19:38:22 *2)

    北氏よ、あんたの粘着さもヤバイぞ。
    わしのコメント、まだ陰湿に収集してるのか?
    人のことなんかいってられないてこと、わかってる?笑
    だれだっけ、ちょっとしたことで大騒ぎしたのは。はは。

  58. 9245 : [返信]  山田太郎 ('16/11/09 19:43:15 *1)

    だれだっけ、涙目で「アラメルモ、おまえ、訴えるぞおお」とかいってコメント欄で
    大騒ぎしたのは。そういうやつが、他人事みたいに泣き止んで
    笑ってるってのも滑稽だよねえ。北くん。そう思わないか。ははは。

  59. 9245 : [返信]  山田太郎 ('16/11/09 19:50:08)

    き、北くん。どうした? 急に黙っちゃって。

    過去の恥多き出来事を思い出したか?
    きみのあまりもの粘着コメントぶりを思い出したか?
    それをきみの「重文クラスの表装の修繕してる連れ」? なんでそこまで
    説明しなければならんのか、さっぱりわからないが、
    にみせたら、どういう反応しただろうかね、北くん。

  60. 9245 : [返信]  山田太郎 ('16/11/09 19:54:49)

    >僕のことを他人がどう見ようが思おうが、やりたいこと、言いたいことは必ずしなくちゃ気がすまないんだ。

    そりゃあ、病気だわ。意識したものに強く囚われるというのは、おそらく精神的な病態の一種だよ。
    もともと詩を書く人には多い、「言葉の牢獄」に呪縛されたタイプだね。
    わたしなんかもそういうケがある。でも、わたしの場合は自覚的だから、いつでもコントロールできる。

    意志の力でいつでも執着を断てる。だから、北くんをみていると、ときには怖ろしく、ときには可哀想になるんだよ。

  61. 9245 : [返信]  山田太郎 ('16/11/09 20:06:08 *1)

    >北
    >この件に関しては、山田君を擁護してしてしまってるんだ。

    いや、その必要はないし、まったく問題を誤解していると思うよ?
    ほんとうのところ、わたしが胃が痛くなるほど不快だったのは、この掲示板が穢された
    という思いからであって、
    じぶんのことは、ほんとうはそれほどでもなかったから。

    だけどこの板の代表のみつとみさんが、このような投稿を認めたので、すっと気が楽になったわけだ。
    返事はないけど、このような投稿を認め、掲示板が穢されることを、運営者が認めたのだから、
    もうこちらにはなにもいうことはないよ。
    気軽になったし、気分もよくなったんだがね。今後は北くんも、このような投稿を認めてやってはどうだろ。
    どんどん、じぶんたちで貶めていることは残念だが、心配することはもうなにもなくなったのだからね。
    これからはどんどんやってくれるだろう。みなさん。

  62. 9245 : [返信]  山田太郎 ('16/11/09 20:16:49 *2)

    精神を正常にコントロールするには、どこかでアウフヘーベン、切断できる
    意識の技術が必要だよ。
    でないと、こんなところで真面目にやっていては狂うよ? ほんとに。

    北くんはそういう小細工が出来ないから、しょっちゅう悩んでいるんだよ。
    株でいうところの「損切り」ができるか、出来ないかが、分かれ道だ。

    わしはそういうの、即座にできるわけだよ。意識の切断をする瞬間までは
    全力でそのことに向かうけど、あ、これはダメだと思ったら、
    なんの躊躇もなくそこで切断する。

  63. 9245 : [返信]  山田太郎 ('16/11/09 20:36:21 *1)

    でも北くんの励ましは素直にうれしいよ。ありがとう。
    でも、あれだね、
    こうなったら、この誹謗中傷詩、ぜひとも月間優良とって、
    世界に、目にものをみせてほしいね。
    文学極道でしかみれない詩だものね。これは貴重ですよ。

  64. 9245 : [返信]  山田太郎 ('16/11/09 20:45:26)

    北くん、でもあれだよ。
    わしは運営の判断を個人としては全面的に認めてるわけじゃないよ。
    ええ? ここまで運営ってバカだったか、というびっくり感はある。

    でも、運営が自傷行為を認めているのに、はたの人間がどうのこうのいっても
    しょうがない。
    ガンバッテくださいというしかない。わしはいくら腹が立っても、こんな
    内輪の誹謗中傷詩は書けない。
    だって手が動かないし、恥ずかしいし、頭が回らないよ。よほど陰湿じゃないと。

    コメントでならいくらでも罵倒できるけど、詩では、同じ板の人を揶揄できない。
    書けない。だからヌンチャクには感心しているんだよ。
    たいしたものだ。

    北くん、それではおやすみ。

  65. 9245 : [返信]  山田太郎 ('16/11/09 20:56:09)

    寒月、おれは女に貢いだ覚えないんだけどね。
    その他、読者にデマや錯覚を与える話がさもおれがやったように書かれている。

    ネタにされたことは有名税だと思いって、おまえ、他人事みたいにいうなよ。
    批判の部分は読み取り、ってどこに「批判」があるんだよ。なにの批判なんだよ。

    そもそも批判なら、堂々とコメント欄やフォーラムでやればいいのだよ。

  66. 9245 : [返信]  山田太郎 ('16/11/09 20:58:13 *1)

    >北 :
    >そうしてヌンチャク氏をお認めになる。

    おいおい、あんなバカ、だれが認めたっていったんだよ。笑
    おれにはできないことをやっているのを感心しているだけで、
    認めたことになるのかよ。運営じゃあるまいし、もうすこし頭働くだろ?
    勘弁してくれよ。

    さて、もうおねんねするぞ。おやすみ。

  67. 9245 : [返信]  山田太郎 ('16/11/10 05:13:28 *12)

    >アラメルモ
    >運営にその責任をすり替えたいが為に自分から進んで削除を要求しようなどはしない

    アラメルモ、おれは長いことここに投稿しているけど、どれほど、だれかと揉めても、
    削除を要求したことはかつて一度もないのだがね。
    揉め事に介入を要請したことも一度としてない。
    だれかと揉めたときはその人間とだけ話している。蛾兆のように運営に解決を求めたことは一度もない。※
    これは、おれがひそかに自負しているポリシーだからね。
    現代詩フォーラムでだろうとメビウスリンクでだろうと、管理人に助けを求めたことは一度としてない。
    どんな酷い罵倒や誹謗中傷があっても、管理に介入を要請しなかった。


    >誰かをやり玉に挙げないと気も済まなくなる。なので誰も該当者が居なくなれば自らが進んで口火をきってしまう。

    おいおい、笑 ここはリンチ公認なのかよ。口火をきったのは蛆虫野郎のほうだろうが。
    おれはいつでも静かな投稿の場を望んでるんだ。






    ※一度だけ「死ね」という言葉について管理人に問い合わせたが、これは
    その言葉でアク禁になった人がいたからだ。
    きみも知っている女性だよ。規約上、「死ね」はアク禁になるということで
    とつぜん、そのひとはアク禁になった。その規約がほんとうかどうかを確かめたくて
    運営に訴えたが、削除しろなんていってないのに削除したもののアク禁にはしなかった。

  68. 9245 : [返信]  山田太郎 ('16/11/10 16:49:01)

    >アラメルモ :
    >↑だったら後になって運営の意見など要請しなければいい。

    バカなこといってるんじゃないよ。運営さんが姿を表して意見を述べた以上、
    対応せざるをえないだろうが。この薄らバカが。笑
    おまえ、ほんと大丈夫か?

  69. 9245 : [返信]  山田太郎 ('16/11/12 06:08:46 *6)

    シロ! デマを流すな!
    ヌンチャク氏は追放どころか運営によって大事に守られている。
    北、おまえも黙ってろ。ったくジジイどもが。

    退屈なジジイどもは、ちょっとゴタゴタがあれば、
    ヒマつぶしにとデマを流して荒らしたがる。
    悪いクセだ。

    それにしてもこんな作品がいつまでも文極のトップを
    飾るということが、いまの文極を象徴している。
    あとにつづく作品がこれまたlalitaとか「こひもともひこ」。
    どれも詩でもなんでもない。
    良い作品は水洗便所のように過去ログに流される。

    しかしこういう作品を持ち上げるシロとか北とか5or6とか、この手の
    常連メンバーが、ここを知らないで荒らし、荒廃させているのだろうね。
    なんとかしなくちゃいけないが、処置なしだな、いまのところ。

  70. 9245 : [返信]  山田太郎 ('16/11/12 12:46:03)

    まいったな、北くんにはかなわない。笑
    ようするに、これはシロの嫌がらせのデマなんだよね。
    わたしが過剰反応したのが悪かった。
    北くん、もうしわけない。

    しかし、シロ! こら、なにが「追放」だ。
    北くんのいうように、そんなことになればオレ一人が悪者に
    なってしまうじゃないかっ!
    ヌンチャクだけでなくアラメルモ、5or6、lalitaまとめて追放なら、
    悪くはないけどね。(ニヤニヤ)

  71. 9256 : [返信]  山田太郎 ('16/11/10 05:55:27 *12)

    話し言葉で詩を書くということは、もうその時点で詩というものが本来もっている
    、本来湛えている、うつくしい、深い、みえないものを見るという在り方を自ら
    半分以上放棄することを意味しているのだが、そのことを知らない。
    と、いう人が、とくに若い投稿者に増えている。ユーカリ氏とかきみとか、atsuchan69とか
    枚挙にいとまない。ただ、なにか
    感じたものにすがり、それを独白することで、精神的な癒やしを感じて書いている。
    この手の詩を読む人たちは、ヌンチャクのあの狭い内輪世界の特定個人を中傷する詩と
    同じく、詩本来のうつくしい、深い、みえないものを見せる世界から遠ざけられ、
    どんどん井戸のような壁に阻まれた窮屈なところへと追い込まれていくしかない。
    しかしきみにとってはこれがクスリのようなものなだから、とうぜん、だれがなにをいっても
    批評としては機能しない。きみが求めているのは共感だけだろうから。
    いや、しかしきみはたぶん即座に反応して否定するだろう。結局、きみはだれからも
    批評はほしくない。ただ、道路脇で小便したいだけだし、できればそれに共感してもらいたいだけだ
    ろうことはわかっている。
    これからは、ここはどんどん、詩本来のうつくしい、深い、みえないものを見ようとする、
    見せようとする、そういうものから離れたものが幅を聞かせる場になるだろう。
    井戸のような狭いところで身を寄せ合っている密度のある感覚だけが、親しいという人たちが集まって、
    互いのぬくもりを感じ合う(それも悪くないかもしれない)場になるだろう。「みんなで立ち小便しよう」という板にね。
    「立ち小便、気持ちいいよ、さ、きみもどう?」
    そんな板になることは、こちらはちっとも構わないが、井戸から顔を出せば、どれほど清々しい広い大きな世界が
    広がっているか知らずにいるということはもったいないことだとおもうね。

  72. 9256 : [返信]  山田太郎 ('16/11/11 04:48:54 *1)

    >こざかな
    >作中話し言葉なのは、
    >自分から出たものというよりは、この主人公の口から出たものって感覚です。

    だれから出ていようと、関係ないんですがねえ???
    主人公にそういう形式で語らせているのは作者だが???

    >美しいものを美しいと素直に捉える感性は、確かに僕は少し欠けていると思います。

    そんなこと、一言もいってないのだが??
    基本的に、きみらには詩の批評ってものがわからない。言葉とか美学とか
    理解の外なんだね。

  73. 9256 : [返信]  山田太郎 ('16/11/11 18:08:40 *2)

    詩の批評って、要するに経験や体験の差が出るから、世代や経験が
    違えば通交不可能なことが起こりうるとおもいます。

    とうぜんのことですが批評は無前提に万能じゃない。
    それをなにか、まるで普遍的な批評の方法や態度があるように
    学生に錯覚させるのは大学教授がそうでないとその席を追われるからですよ。
    あるいは批評家や出版社がもうからないからですよ。

    たとえば、今回、投稿作品の縁ではじめてパウル・ツエランというひとの
    『死のフーガ』という詩を読んだのですが、
    わたしの経験や知識からすると、どうみてもこれはナチス強制労働所のひどさを
    書いたものじゃない。しかし、
    文学青年や文藝ひょ〜ろん家たちはこれをツエランのゲットー体験、それも
    地獄のような辛く厳しいナチスへの悪夢として読む。
    こういうワンパタなとらえ方は、戦後の飽食平和社会で、他者への想像力を
    なくした日本人に共通の単純な発想だとおもった。

    わたしの経験や知識からすると、これはむしろナチス強制労働所、ゲットーへの
    甘美な、と、同時に,にがい思い出話です。
    馬鹿言うなと叱られるかもしれないが、人間の記憶、とくに苦しい体験の記憶が
    事後には甘みな記憶になって刻印されていることを知らない人がいうことで、
    人間の精神や感情がつねに両義性の上に築かれていることを知らない。

    おそらく世界広しと言えど、ツエランはゲットーよりむしろそこから離脱して
    以後の現実世界のふつうの生活をこそ地獄と感じ、その相克に悩んでいたのだ
    と、批評する人間はわたしくらいのものでしょう。

    このように、批評というのはそれをする人間の世界観と、その世界観を成り立たせるに
    必須である経験と想像力によって、いかようにも変わるものです。
    学校で習うような詩の理論とか批評手法なんて、まったく無意味だとおもいます。

  74. 9221 : 十センチの空、オモチャの川  山田太郎 ('16/11/01 05:01:57 *24)

             

                

         路 オ み
         上 レ ろ
         の ン  
         陽 ジ
         だ 色
         ま の 
         り 銀 
         に の
         落 束 
         ち が 
         て 
         い 
         る
      

    calamus (葦)を鳴らせ /
         ィ
       シ ラ         ソ
     ラ♪  ♪ソ       ラ  ラ  
    ソ♪        ラ  シ ♪   ア♪
    ♪       ソ ♪  ♪         
    わが歩行は\    凱旋であり\    チャルメラである
          背景への      我が足は

    ぼくは行こう 秋の朝のような眼で
    光のとどくかぎり
    無遠のパースペェクティブを
    どこまでいっても縮まらない道を
             
    足より先に 肩を押し出して
    なにもかも溢れるように 空っぽになるように

    皇帝のように
    盗賊のように
    ならず者のように  

    すべてを愉悦にすり換えるコツさえつかめれば
    贋金作りの、抜け穴さえ見つかれば

    石碑が聳えるオフイスに 
    わが馬が疾駆するスペースはない 
    マントは 窓ガラスを砕き 
    交差の群衆を石にして 草原を翔ぶ

    逆立ちしてみろ
    足下の空の広さに驚くぞ
    クトウテンとしての、、鳩が、五線譜を横断させている逆さまの空
    わ、水を 濾す臓器だ
    なんて きれいなんだ
             アタ            
    すべてに かたちを中へ、
    消しゴムのように、消していく 風。

      まもなく嵐がやってくる

    ボウコウ
    暴荒の海よ 十センチの空よ
    ここまでくれば もう 人間がいちばん醜い(ワタシガイチバンミニクイ

    斎場の煙突より
          直
          角
          に
          折
          れ
          て白煙は真横になびき
                  足
                 は
                y
               軸
              の
             ソ
            ラ
           へ
          と
         向
        か
       う

    海 ◯ はあったか?
    陽___は陰ったか?

    緑青の屍体を横たえて 眠る
    人形であった 過去
    の魚よ
    ああ、こんなにも色彩が豊かであることが
    果たして シアワセといえようか


    仇   一 根   と ん   女 は 浜
    名 死 生 足 一 り に 場 に や 松
    を ん 女 を 編 い 肘 末 モ く 町  
      だ と 求 の た 鉄 の テ 消 の  
    ひ 廃 口 め 詩   を   な 耗 外  
    き 人 が て よ   食 下 い し れ  
    蛙 が き い り   ら 町   て に
    の い け た も   っ の 貧 し あ
    ラ た な 詩     た   乏 ま る
    ン   い 人 品     大 な い 廃
    ボ   で が の   さ 衆   た 港
    ウ     ひ な   え 食 ブ い の
    と   焼 と い   な 堂 男 と 都
    い   酎 り 田   い の が 願 営
    っ   に い 舎   流 お い っ ア
    た   お た 女   れ ね た て パ
        ぼ   の   者 え   い |
        れ       が ち   た ト
        て   大   ひ ゃ     に


     ______ふり返ってごらん
    3°の方角に まったく違った風景がみえるだろう
    ひと跨ぎできるオモチャの川にそって 

  75. 9221 : [返信]  山田太郎 ('16/11/02 04:28:56 *4)

    ヌンチャクさん、野良猫ニヤンコさん、こざかなさん
    拙作に目をとめて、お読みくださったようでありがとうございます。

    別に工夫なんかひとつもこらしてないのに、工夫をこらしたといって
    褒めてくれた素っ頓狂な御仁もいらっしゃるようですが。笑
    ああ、縦書きのことかな? この程度の自由度すら「工夫」というほど
    何も考えずに、がんじがらめになっている感性の硬直ぶりが情けない
    お方のようですが、それならここに書かれていることなど一ミリも理解
    できないでしょう。
    そういう御仁のために一箇所だけ自解しておきましょう。

      空わ、水を 濾す臓器だ

      なんて きれいなんだ

    わたしたちは日々、下水や上水に汚水を垂れ流していますよね。
    それらどろどろに汚れた水がすべて海に流れる。
    人口70億の生活排水が毎日、海を穢している。でも、それらを
    蒸発させて、浄水として空に雲として貯え、また、美しい水として
    地上に落とす。それが空です。
    つまりここでは地球をひとつの臓器としてみているわけです。
    だから海は「ボウコウ」の海なんです。

    ひとつひとつのフレーズ、もう少し、丁寧に読み込んでほしいねヌンチャクさん。
    少しも読まないで、片端から投稿作を「痛ポエム」と論断しているようだけど、
    見ていて痛いのはあんたのほうだがね。
    .....と、あまり乗り気のない、どうでもいい返信をしてみる。笑

    野良猫にゃんこさん、厳しい批評、お願いしますよ。

    こざかなさん、あなたのハンドルネームはなかなかのものだとおもいます。

  76. 9221 : [返信]  山田太郎 ('16/11/03 05:47:41 *5)

    東山さん 野良猫ニャンコさん Mさん 玄こうさん
    拙作にコメントいただきありがとうございます。

    総じて、詩作なるものわぁ〜、まず、書く快楽で
    なければならない。じゃないすかね?
    読者のご機嫌なんかどうでもよろし。読者のために
    詩かいているのじゃないんだから。
    そりゃ、カネ払ってくれるんなら別ですよ。
    それでも、詩作なるものは、他人の目線など伺って
    書く必要など、どこにもないでしょうねえ。

    幸い、わたしの専属ストーカー「青山」(あほやま)と
    糞以下の駄文をいまだに書いている「ヌンチャク」氏が
    意外なことに、この詩の良い部分をわかっていた。

    「青山」(あほやま)が言うように1.この詩は子どものような
    心で、2.ヌンチャク氏がいうように「自分が愉しんで」、
    頭ではなく。足で集めてかいたものです。

    とうぜん、このような詩は、頭でっかちな、他人の目ばかり気にして
    批評ばかり気にして詩を書いている御仁には論外と映るでしょう。
    コメントすらしない。コメントした方々は、まだマシだ。笑 先がある。
    この詩にコメントしなようなやつらはみなダメだとおもう。
    そんなやつらの詩は読まなくてよろし。
    詩人なんかいまどき履いて捨てるほどいる。どれもこれも青い顔して、
    なんとか褒めてもらおうと必死だ。

    詩は「遊び半分」(玄こう)どころか遊ぶ全部で書けばいいのです。
    それすらできないで、詩も文学もあったものじゃない。
    まして、会員制の高級詩投稿掲示板? を作ろうという高級詩人が
    「文極レビュー」とかかってに名前を使って作っている。
    高級詩人!? 吹き出してケツからうんこ出そう。

  77. 9221 : [返信]  山田太郎 ('16/11/05 13:54:19 *3)

    >これ、読みにくかったですよ。

    内容や形式だけでなく、
    おそらくパソコンの画面の大きさとか解像度にも問題があるのじゃないかな。
    わたしのパソコンのディスプレィは27インチ・ワイドで解像度は"フルHD"です。

    海外のドラマ配信を大画面で鮮明にみられるようになっており、その領域で、
    詩作もしています。
    そうすると、作品の全体を一望できる。つまり、作詩のときにもこれは有利で、
    ディコラティブな創作が可能になる。

    この詩をスマホで読むような人には読みにくいかもしれませんね。
    というか、スマホなんかで読んでほしくない。そういう質のものではないです、
    今回のは。

  78. 9221 : [返信]  山田太郎 ('16/11/06 04:19:50 *4)

    他人のパクリなんかした覚えは一ミリもないのだが???
    どこが「パクリ」なのか、ちゃんと指摘してもらいたいものだ。

    すべての行、文章は、最近の、朝の散歩のさいに浮かんだフレーズ。
    それを手帳に書き留めておき、今回は貯まったものをまとめて書いている。
    詩の奥にある感覚は「歩行」。

      ゴミゴミした路地裏スナップ写真を少しづつ解体したかような印象。
      一つ一つのしょうもなさも、その人その人の本気の一言みたいな、(こざかな)

    "路地裏のスナップ写真"。
    そのことをズバリ見抜いていた「こざかな」さんの批評眼にびっくり
    して、恐れおののいたのだけど、
    おまえのような作品を貶めるだけのわけのわからない言い掛かりコメントは
    ただの荒らしだとおもうね。

    おれはこれまで百以上の凡作を投稿しているが同じ形式のものはひとつとしてない。
    意識的にそれをやっているがだれかの作品の形式を真似た覚えもない。
    (ただ、有名詩人のものはネット上でも紹介されており、目にパッと映るからね。
    読まなくとも、その形式の記憶が意識に残ることはありうる。)
    もともと詩誌や他の詩人の詩をほとんど読んでないからフレーズや構成まで
    真似られない。

    寝小便をこんなところに垂らすな。

  79. 9221 : [返信]  山田太郎 ('16/11/06 13:39:42 *3)

    Kolyaさん、お読み下さりありがとうございます。

    >イメージが流れていく川をなんと感じよう。
    >川面に浮かび上がる文字はほとんど筋を通していないように思える。

    そうですね。わたしの住むなんの取り柄もないごちゃごちゃしただけの埃っぽい
    街には川は流れていないので、
    路地や裏道の家や工場の脇につくられた幅、数センチのU字型側溝を川とみなして、
    それにそって散歩します。汚物も、牛乳の紙パックも、ときには浮かび、
    ときには乾いて、U字溝にひそんだ野良猫が警戒するように目だけだしてこちらを伺っている。
    そういう"川"をして「オモチャの川」と名付けました。

    >5or6

    コメントが気に召さなかったようで返品か。笑

    寝ぼけ眼をふいて、そこらじゅうに脱糞した汚物をきれいに拭いてから
    自称、「もとキャッチマン」くんの必死の抗弁をまた書いてみたまい。

  80. 9221 : [返信]  山田太郎 ('16/11/06 15:10:26 *4)

    黒髪さん、お読み下さりありがとうございます。

    >マントは 窓ガラスを砕き 
    >交差の群衆を石にして 草原を翔ぶ

    ここのところは、既成詩誌の詩=スペース上にある、理論や思想で培われた詩、
    それにたいして、ネット投稿詩=フィールド上にある自由自在、奔放無辺な詩と
    いうイメージから、わたしはオフィスのような四角四面のスペースで詩は書かない、
    広大無辺な原野のようなネット上の詩へと飛躍する、という気持ちをこめてかきました。
    この詩の形式が縦書きにしたり斜めに跳んでいるのはそのためです。

    5or6氏のいうような、思いつき半分、小手先で縦書きにしたり、ルビを降ったり、
    ♪を付けたのではなく、フィールド上ではその気さえあれば縦書きもできるし
    ルビも振れる、やる気さえあれば、なんでもできるということを示したかった。
    与えられたところでニワトリのように黙って与えられただけのことをしているのでは
    なく、
    なにを書こうと、どう書こうと、自由自在、縱?毀喫佞世茲箸いΔ海箸鮗┐靴燭?った、
    そういうことが元に出来た詩です。
    つまり文字通りの"自由"の謳歌がこの詩のテーマです。
    ただし、スマホで読んではこの詩のデコラティヴな部分はまったく感受できない。
    大画面のパソコンでないと。そこがプラス面であると同時にマイナスになっている
    かもしれません。

  81. 9221 : [返信]  山田太郎 ('16/11/07 05:20:20 *4)

    すずらんさん、拙作をお読み下さりありがとうございます。
    街カメ(ラ)ですね。
    わたしは座っていてもいいアイデアがなにも浮かんでこない。
    散歩していると、あ!と頭に電球が灯ることが多いんです。

    それと、散歩といってもわたしの歩き方は爺のようによろよろと
    歩くのではなく、この詩のように
    肩をゆすりながら肘を張り、それこそ盗賊団のように、
    勢いをつけて早く歩きます。
    ドイツ製の、特殊な、速歩向きの運動靴を履いてます。

    野原や公園では停まったようにのんびり散策ですが、街を歩くときは
    そんなふうな歩き方で通行人をびゅんびゅん追い抜いていく。
    尾形亀之助は、おそらく、わたしと一緒には歩けないとおもいます。笑

    そういう歩行の速度で思いついたことを、二三日ノートに書き留めて
    詩にしてみました。
    詩のフィールドに歩行を移し替えたらどうなるかということを
    試してみたかったのですが、おっしゃるとおり、
    じぶんで考えていたほど、勢いというものはありませんでしたね。

    成功したとは言い切れませんが、こんな試みも詩を書く愉しみのひとつです。

  82. 9221 : [返信]  山田太郎 ('16/11/08 05:21:30 *3)

    >グラフィックな部分では入沢康夫の影響も受けてはいるのだろう。

    ぜんぜん受けてないよ。
    おれがこの詩を書く最初の動機はこの横書きしかできない掲示板システムでも
    縦書きやルビができるだろうということ、それが最初の動機。

    それについていろいろやっているうちに、このような書き方になった。
    そのあとで、ふと、そういえば最近の吉増剛造の詩がこんな風だなと思い出して、
    この詩を書いたあとで吉増剛造の最近の詩集をさっとページを開いてみた。

    形式には似たようなものがあるが、中味はおれのほうが遥かに先をいってると
    安心した。吉増剛造の詩の中味は中途半端な政治性と、薄っぺらい美意識しかなく
    一ページだけ味読して、図書館に返した。

    アラメルモ翁のいう入澤康夫だが、
    入澤康夫のあの形式はおれとは別の意図でやっているとおもう。
    それより、遥かに吉増剛造に近い。吉増剛造とわたしは同じ感性をしているなとびっくりしたね。
    これからは吉増剛造だよ。もう、吉増のようにどんどん詩と造形の境界を越えていくしか無いでしょ、現代詩は。

    だから、次回の投稿は写真も加えるし、ひょっとすると動画や音楽も付けるかもしれない。これはまだ序の口。
    もっともっとデコラティブにするよ。
    この掲示板がまるでパーティ会場になるように。

  83. 9221 : [返信]  山田太郎 ('16/11/08 06:47:28 *4)

    生活(イカイカ)さん、せっかくのコメントですが、
    努力が無駄であるかどうかを判断するのはわたしです。
    「ゴミ」という感想はご自由ですが、わたしの努力は無駄でもなんでもなく、
    書いていて愉しかったわけですから、あなたの発言は自他の意識の
    境界が判別できない人の発言のようにみえます。

    人より上手い詩を書いて鼻を明かしたいと必死で脇目をふり返って
    書くより、
    まずは書くことの快楽を、じぶんが愉しむことを覚えてはどうですか。

  84. 9221 : [返信]  山田太郎 ('16/11/08 09:05:01)

    >生活
    >書いて愉しい事と努力することは別

    だから詩のなかでちゃんと書いているだろう?

      すべてを愉悦にすり換えるコツさえつかめれば
      贋金作りの、抜け穴さえ見つかれば

    努力することが同時に愉悦である方法さえみつかればと念じている。
    おまにとっては別かもしれないが、おれにとってはそれが同じことに
    なるべく詩を書いているのだ。
    おまえとは住む世界もレベルも違うのだよ。

    >作者の快不快で作品の優劣が決まるなら投稿する必要はないのでは?

    作者の快不快で作品の優劣が決まるなんてだれもいってない。
    そもそも作品の優劣なんてだれが決めるのだ。
    おまえ、詩を書くとき優劣しか頭に無いのか? 詩ってのはそんな狭い観念のなかで
    育てるようなものじゃないだろ。どこまで狭い世界で詩をみてるんだよ。

  85. 9221 : [返信]  山田太郎 ('16/11/08 09:44:17)

    >生活
    >かってな前提を相手に与えて狭い視野で決めつけて語る態度が
    >お前の作品の着想の浅さや比喩のつまらなささらにくだらなさに現れているよ

    そっくりそのままお前にお返しするよ。

  86. 9221 : [返信]  山田太郎 ('16/11/10 12:50:56 *2)

    >5or6

    また、元キャッチマンがウリの自称、「むかしとった杵づかでね」が
    登場か。笑
    この板のことを本当に心配しているのなら、苦情をつける相手も作品も
    山ほどあるだろうが。
    どこまで鞘当てをする気だ。ヌンチャクと一緒になって下らねえ内輪の
    中傷詩を持ち上げているおまえが、なにが文極終わりだぞだ。
    おまえが率先してダメにしているのじゃなのか。バカタレが。

    おまえ、こんなシロウトさんばかりのところで、むかしのチンピラぶりを
    みずから暴露して、どうするというのか?
    おとなしい文学青年、文学老人たちがビビるといいなあとでも思ってるのか?
    アホが。

  87. 9224 : [返信]  山田太郎 ('16/11/04 05:32:11 *18)

    冒頭、カミュ『異邦人』のムルソーを気取った"僕"が出てくる。

      なじぇ、殺ちたのダァ〜?
      太陽がまぶちかったからだぁ〜

    という、あの噴飯物のセリフね。
    まぶしいから人を殺したって、世の中には迷惑なやつがいる
    ものですが、
    この語り手は、人を殺さずにタバコを一本くわえる。
    これまた噴飯モノの文学青年のご登場ですが、
    ならば、この"僕"に動きを与えてしかるべきだが、
    ムルソー気取りのこの"僕"は、なんと、さらに輪をかけて
    ムルソー気取りの独白を始める。
    ( )の中の修辞が、あまりにありきたりな連想なのでずっこけ
    そうになる。(もう少し、考えろよ! しっかり空を
    みろよ! あったりまえな連想で場をつくろうな!)
    ラストも、サリンジャーの小説の冒頭から借用して
    連想したみたいで、
    いかにもいかにもで、正直、煮ても焼いても
    食えない、詩人気取りが鼻についた。

    *辛辣な酷評を腹立たしく思う人がいるかもしれない。
    だけど、賞賛の言葉ほど、投稿者を貶めるものはないとわたしはおもう。
    酷評とは炭酸ソーダの泡立ちである。スプラッシュ!である。
    一生懸命書いて、これは!と思うものが出来上がる。快い返事が
    頂けるものだと、だれしもおもう。
    可愛い息子や娘みたいなものだから。
    しかし、この小さな自己満足と願望は掲示板上で粉々に粉砕される。
    跡形もなく、小さな自己は解体される。 これがいいのです。

    これを、小気味良いものとして受け取って欲しい。
    どこやらの会員制、高級詩人専用投稿板と違って、ここには粉砕機があり、
    現実と自己を照らし合わせることができる場がある。
    それを否定的にとらえないで、みずから、爽快に笑い飛ばそうじゃないか。
    「ああ、これが現実か」と。
    「おれの作品、ちっともわかってねえ奴らが、好きなこといってやがら。
    だけどこれが世間てものだな、甘くねえな」って。

  88. 9224 : [返信]  山田太郎 ('16/11/09 09:50:47 *1)

    >ほんとに「異邦人」をお読みになってるかは甚だ疑問ですね。
    >あれ読んでみると、実際太陽が眩しかったから、
    >殺したという文脈では受け取れないと思いますけれど。

    カミュのファンだったから「異邦人」は何十回も読んだ。
    少年期、青年期、大人になってからも、折に触れて。
    それにつられてカミュの哲学書も読みふけった。
    この詩をみるかぎり、
    おそらくあなたは、すこしもカミュを理解していないだろうとおもう。
    あれはきみのようなというか、飽食平和の箱庭育ちの日本人には
    そんな、あんた、なかなか、かんたんに理解できるものじゃないよ。

    絶望の書だからね。そんなもの、へらへらとした擬詩人がかんたんに
    振り回してほしくないし、日本のゴミ学者にかんたんに振り回して
    もらいたくもないよ。なにか知性のシンボルみたいに、振り回すような
    そんなシロモノじゃないよ。

    「太陽が眩しかったからだ」。この理由のどこがおかしいのか?
    わたしはわざとオチャラケたけど、それは日本の文学者たちの馬鹿さ加減を
    揶揄しただけで、この理由は立派な理由だとおもう。
    なんならきみの解釈をみせてくれまいか。

  89. 9224 : [返信]  山田太郎 ('16/11/11 10:01:43 *5)

    西木氏へ
    >ほんとに「異邦人」をお読みになってるかは甚だ疑問ですね。
    といわれたから、
    いや、あなたこそといい返した。ただそれだけのことなんですがね。
    文学青年が、
    詩的ポーズをとるためのアクセサリーにしか感じられなかった。

    >それとも、山田さんは揶揄ができるほどカミュの思想を脱却できた、ということなんでしょうか。

    たぶん。

  90. 9232 : [返信]  山田太郎 ('16/11/04 12:33:35 *4)

    ひとつひとつの語彙をちゃんと目と、手で捉えて、ちゃんと賞味できていないのに、
    おのれにストレートに甘えて、〈感〉だけで、語彙を乱射していくのはいいが、
    結局そんなことだから、ひとつの言葉が次の言葉への階梯にならないで、最後は
    尻すぼみし、シュンと消えていく。とうぜんの結末。
    線香花火よりもチンケな"モノマネ"詩。
    「電子化された虚無僧」とか「光子化された素凡夫」というマンガ的な発想は
    それなりにおもしろいが、頭だけでやってるので、「バーチャルなネット空間」
    という隠喩をこれ以上、展開のしようがない。

  91. 9232 : [返信]  山田太郎 ('16/11/09 19:22:10)

    窮地の少年氏は漫画の読みすぎなんだろうけど、すずらんさんのいうように、
    これをもっと長く続けられたら、わたしは評価したけどね。
    尻切れトンボが、痛い。

  92. 9232 : [返信]  山田太郎 ('16/11/10 12:57:19)

    >窮地の少年 :
    >山田さん。

    >自分は漫画をかれこれ数年間手に取った事がありません。

    それは失礼。う〜ん、そうすると、どういうことだろ。
    そうとうに考え抜いたものかも知れないですね。
    読み返してみます。

  93. 9254 : [返信]  山田太郎 ('16/11/09 19:29:14)

    「カルフォルニア・ブルー」氏の一言コメントによほど腹立ったのかな?
    しかし、まあ、晴れてこの投稿板では閲覧者やコメンターを誹謗中傷する詩を、
    どうやら投稿してもいいらしいのだから、おめでとう、というしかないね。

    >文学極道?とっとと文学雑談に看板掛け替えろ。

    これ、以前なら、詩になってないと罵倒するところだけど、どうやら、
    内輪のことを詩の題材にしてもいいらしいから、雑談に終始しております、はい。スミマセンというしかないな。

  94. 9254 : [返信]  山田太郎 ('16/11/09 20:00:47)

    >こざかな
    >ここは、「互いの傷を舐め、愛し合う」とも読めるね。

    読めないだろ、いくらなんでも。笑

    >ただ、やはりこれを作品としては見ることはできない。

    どうしてだよ? ヌンチャク氏のあれが作品だったら、これがどうして作品でないのだ。いい加減なこというなよ。

    >およそほとんどの人からはただの石ころにしか見えない

    きみの駄文だって、だれからみても「石ころ」だろが。
    何様のつもりだ。
    すくなくともこの投稿者の前作にはすずらんさんらが最大級の賛辞をしている。
    そうかんたんなものじゃないとおもうよ。

  95. 9254 : [返信]  山田太郎 ('16/11/09 20:24:42 *2)

    >ちなみに石ころは比喩じゃないです。現実世界でどこにでも落ちている石ころです。

    「石ころ」はその言葉自体が比喩なんだよ。常識だろが。笑
    おまえ、どこにでも落ちている小石はすべてなんらかの学術名があるし、
    それぞれ成分が違う。
    「石ころ」という言葉はそれらの個性を無化して、ひっくるめて比喩として
    表現しているんだよ。
    おまえ、言葉ってものを一から勉強しなおせよ。
    「石ころ」なんていう実在物は現実世界だろうがなんだろうが落ちてないんだよ。


    >「現代詩作品としての感想とは関係なく。」
    >と僕は書いてます。

    どこにもそんなフレーズはなかったぞ。笑
    それに、もし現代詩作品としての感想ではないのなら、そもそも
    詩として差し出された作品の感想を詩の感想欄で語るなよ。
    それは規約違反だろ。ここは詩にコメントするところだ。

  96. 9237 : [返信]  山田太郎 ('16/11/05 08:52:42 *2)

    本人は着想を愉しんで書いているのでしょうが、
    場面を"説明"しすぎるんですよ。
    最近の投稿はこういうのがほとんどだけど(→場面の"説明"書き)
    そういうのは詩というよりマンガの原作、原案。
    マンガとしては面白いのでしょうけど
    とても「詩」としては読めたシロモノじゃない。
    おどらく町田康とかの影響があるのかもしれないけど、
    ああいうのは文学でもなんでもないとわたしはおもっているので、
    ただの文学観の違いからくる感想でしかないのだけど。

  97. 9230 : [返信]  山田太郎 ('16/11/03 06:15:01 *8)

    どこが文達者なんだよ。笑
    ちょび、おまえそもそも頭のほうが支離滅裂なんだから、
    おまえの文章が「達者」になれるはずがないだろ。最初から
    ずっこけるぞ。ひとつひとつ、先生が添削してやるからな。
    よそ見してないで、ちゃんと聞けよ。

    1×......雲間を下りつつ私たちのジープは下山していた。

    おまえ、「下りつつ」って書いて、また「下山」って、アホじゃあるまい。
    山を下りながら下山しました、なんていうアホおらんだろ。正解は。

    ◯.....雲間を私たちのジープは下山していた。

    2.×この先は中国国境があるらしく、車内は道の凹凸もあってあわただしい。

    おまえ、ジープの車内に「道の凸凹」があるわけねえだろ。笑
    道の凸凹のせいで座席が揺れるという表現であるのなら「もあって」はいかにも
    素人くさい、田舎者の表現。「この先は中国国境があるらしく」も原因の前提と
    しては意味不明。
    つまり「中国国境」があり、検閲があるから「あわただしい」のか「道の凸凹」で
    座席が揺れるから「あわただしい」のか、
    そのあたりが錯綜している。つまりちょび、おまえの外界認識意識が滅裂しているんだよ。
    正解は。

    ◯この先は中国国境だ。道の凹凸のせいでジープの座席は大きく左右に揺れ乗客たちから悲鳴があがる。
    検閲があるので車内はあわただしくなった。

    3.×パスポートやら現金、トラベラーズチェックを懐に叩いてチェックする。

    これも日本語としては支離滅裂。正解は、

    ◯懐を叩いてパスポートやら現金、トラベラーズチェックをチェックする。

    ......最初の三行ですら、これだ。あとは推して知るべし。可哀想だから、
    全部は添削しないが、つまり、ちょび、
    おまえ、頭が支離滅裂だから、文章も必死こいて、まともなものを書こうとしても
    やっぱり支離滅裂なんだおー。笑

    *空転に代わって、おれがちょびの支離滅裂な「分裂文」を正調の美文に書き換えて
    「ぬるくない節を書いて」もいいが、
    それじゃ、ちょび、おまえがあまりにも恥ずかしいだろ。

  98. 9230 : [返信]  山田太郎 ('16/11/05 05:44:38)

    >ちょび
    >詩は文であるという基本を問いてみたかった。

    だから、ちょび、おまえが示した「基本」の文章は、基本でも
    なんでもないんだよ。
    支離滅裂な駄文だ。詩として提示したのならあれはあれでいいが、
    詩じゃないと抗弁するのなら、滑稽だろ。

  99. 9230 : [返信]  山田太郎 ('16/11/07 17:42:22)

    "ちょび”も"こざかな”も、もういいよ。
    もう、だれかさあ、こういうおかなしな連中、勘弁してくれないかな。
    おもわず、泣きが入る。笑 この方々、あまりにも頭の具合が飛びすぎてるだろ。
    勘弁してほしいよ。

  100. 9228 : [返信]  山田太郎 ('16/11/06 19:57:25 *3)

    はじめはどうなるかと、おもったけど、だんだん調子が良くなっていくから、
    いったいこの書き手は、なんだろうと不思議な気がした。
    個人的には冒頭の二行を削れば感じが一変するのになと思った。
    ラストから順に数えて、三つの連はそれぞれ、光るものがあった。
    しかし、まだまだわたしと同じく初心の良さというもので、
    さて、これで、どうなんだろうなという気持ちもあります。
    とくに上手い!と大向うを唸らせるものではないけど、しみてくる
    ものはありますね。年の功かもしれません。

  101. 9228 : [返信]  山田太郎 ('16/11/07 06:31:42 *1)

      ポツリ ポツリと 降りだすのだ

      己の人生とはなんだったのか
      振り返れば
      掠れた墨汁で描かれた足跡

    ここはいいですよ。"ポツリ ポツリと 降りだすのだ"というフレーズが
    "己の人生とはなんだったのか"という「振り返り」の様を修飾している、一種の暗喩に
    なっている。その小雨にさらに霧がかかっているのも、思い出に霧がかかって
    いることを暗喩しており、秀逸です。
    金曜日さんはもうすこし詩のお勉強をなさったほうがいい。

  102. 9228 : [返信]  山田太郎 ('16/11/07 12:58:42 *1)

    「内は煤ぽたりぽたりや夜の雪」 七番町日記(寛政一年)

    有名な一茶の俳句です。
    雪がぽたりぽたりとは降らないけど、俳句では、(雪が)ぽたりぽたりと
    表現している。こういうことは文学表現ではありがちなことです。

    「風の度 大海原の 葉音して ぽたりぽたりの イチョウ掃ききれぬ」ネット短歌

    これは短歌です。三十一文字ですね。これもイチョウの様子を表現している。
    同じように、
    霧雨がぽたりぽたりというのは、大いにあることです。霧雨というのは、
    軒やトユから、いつのまにかぽたりぽたりと雫が垂れる。木樹からも。
    傘からも、ビルの庇からも。
    いつのまにか雨だれがしている。しずかな霧雨に特有の感覚です。

    べつに野良猫さんを援護したいからいってるのじゃなく、詩ってものを
    もっと自由にとらえてはどうでしょうかね。
    詩ってのは起承転結じゃないし、文法もときには無視できる。
    そうでなければ"ちょび"のブンレツした駄文など、まったく無意味なゴミですが、
    詩だと抗弁するからなんとか受容できている。

    しかし金曜日さんが「おかしい」というのなら、それはそれで金曜日さんに
    とっては正しい。鑑賞の結論なのでしょうから、べつにそれに異議は唱えません。
    わたしが言いたかったことは、道端の石ころのように無意味にみえる言葉でも
    勉強を積めば、べつの角度から面白く眺められる、そんなおもしろいことに
    出会いたくないか、ということです。
    失礼しました。

    追記
    いま、確認のために読み返してみると「ポツリ ポツリと 降りだすのだ」ですね。
    「ぽたりぽたり」じゃない。
    だったら、まあ、許容範囲じゃないかな。霧雨の程度にもよるわけだから、おかしくは
    ないですよ。

  103. 9228 : [返信]  山田太郎 ('16/11/07 14:42:54)

    こざかな、だんだん鬱陶しいことやりだしたな。笑

  104. 9228 : [返信]  山田太郎 ('16/11/07 15:17:33 *2)

    こざかな、くん。きみが作品批評をするのは自由だし、その眼力は尊重している。
    だけど、だれかが、だれかと議論することに横から口を出して、
    どちらが正しいだの、議論の仕方だどうだのってのは傲慢な横槍だ。
    最初は慇懃だったが、そろそろ、正体が出てきたのかい?
    クジラや鮫じゃあるまいし、こざかなは何にでも食らいつかないよ?

      金曜日さんの話って土台や脈絡の前提ありきの指摘なのに、
      にゃんこさんは前提全無視で指摘部分だけを、

    こんな一方的な言い分、あるかよ。笑
    ちゃんと、論理的に、金曜日氏のどこがどうだから土台があって前提があり、
    にやんこさんにはないのか、説明してみろ!

  105. 9228 : [返信]  山田太郎 ('16/11/07 15:28:05)

    こざかなくん、きみのそのうざさ、ひょっとして百均の別ハンドル?
    例の、会員制高級詩人クラブからきてここを荒らさないでくれよな。
    うざいだけだから。

  106. 9228 : [返信]  山田太郎 ('16/11/07 15:39:10)

    退散するのはいいけど「こざかな」というハンドルがほんとうなら、
    もっと謙虚で居ろよな。なんにでも食いついて、派手に立ち回るのは
    鮫か鯨かシャチだ。

  107. 9228 : [返信]  山田太郎 ('16/11/09 19:14:57 *2)

    野良猫さん、"こざかな"は猫さんの好物でしたね。笑
    わたしがかってに戴いて、もうしわけありませんでした。ニヤニヤ

  108. 9251 : [返信]  山田太郎 ('16/11/08 13:07:30 *10)

    どうせよというのか、こんな駄文。詩でもなんでもない。
    まだ小学生の作文読むほうが愉しい。
    本を読みたきゃかってに読めよ。いちいちそんなこと
    ここで報告するな。ったく。

    どんどん劣化していくね、この掲示板。笑
    いずれこの手のどうしょうもない詩?があふれる板になるだろう。
    老人差別しかいえない"ちょび"とか、詩が書けない読めないヌンチャクとか。

    運営の文学指南力のどうしょうもない低劣さが、月間選考や
    年間選考にあらわれている。

    狭い内輪の投稿者を揶揄するような、ちんけなゴミ詩の書き手である
    ヌンチャクを
    年間エンターティメント大賞にするような、あたまのゆるんだ運営だ。
    この板がどんどん落ちぶれ、荒廃するのは自然の理。劣化するのは、
    だれのせいでもない。運営の自業自得だ。

  109. 9251 : [返信]  山田太郎 ('16/11/08 14:55:46 *3)

    おまえがあまりにもひどい駄文を投稿するからそうなるんだよ。
    迷惑なのはこちらだ。まともなものを書いて出直せ。
    というか、おまえ、投稿するところを間違っているよ。

      本を読む時間が毎日のようにやってくる
      それはどうしてなのか私にもわからない

    って。おまえ、ほんとに「くるくる」ぱーとしか
    いいようがないよ。勘弁してくれよ、こんなもの
    ここに落とすのは。真面目に読んでるんだぜ、
    こちらは。

  110. 9251 : [返信]  山田太郎 ('16/11/08 17:57:22 *1)

    互いに詩を投稿する仲間としてなごやかに関わりたいものです。
    しかし、あなたは、ヌンチャクがわたしを誹謗中傷しているギャグ詩を賞賛した。
    そういう人間と、どうして穏やかに詩を語れるのか?

    きみはわたしをヌンチャクと一緒になってコケにしたんだよ?
    コメント欄で正面から罵倒するならわかる。それなら承認しよう。
    しかし、詩という大事なものを使って人を間接的にコケにした相手に
    「よろしく」もないだろ。
    顔洗って出直せ。詩って、もっといいものだろうに、おまえが
    ヌンチャクと一緒になってそれを貶めている。
    そんな低脳の相手なんかできるか! ばかもの。

  111. 9251 : [返信]  山田太郎 ('16/11/08 21:16:10)

    くるくるさん、わかっていただければそれでいいのです。
    詩と、この場を大事にしているからこそ、ヌンチャク氏のあのような
    内輪を中傷する詩は許容できないのですよ。

    ああいう詩を支持するようなことでは、互いににこやかな対話は不可能です。
    また、わたしを罵倒したものとして、徹底的に対応します。
    運営にも責任がある。コメントでどれほど罵倒しようといいのです。
    しかし運営が詩を大事にするのなら、詩を使った陰険な中傷は注意すべきなのに
    エンタメ大賞まで与えている。

    あなたが詩の投稿を控えることはないのですが、これだけ腐敗していれば
    うんざりするのもいたしかたないですね。
    原因はあのような詩を書いたバカとそれを認めている運営のバカさ加減にあると
    わたしは思っています。

  112. 9251 : [返信]  山田太郎 ('16/11/08 21:18:09 *2)

    >5or6 :
    >くるくるさん。

    >ビビるな、かましていけ。

    他人を煽ってどうする。おまえ、女か? 笑
    おまえがやれよ。
    元、キャッチマンが自慢の、チンピラからすら落ちこぼれたゴミが。
    卑劣なやり口だけは覚えてるようだな。
    きょうび、元チンピラだぞうとこんな文藝サイトで凄む低脳は
    おまえくらいなものだよ。

  113. 9251 : [返信]  山田太郎 ('16/11/09 18:18:08)

    こざかな氏よ。
    目の前の相手を無視して、どうして見えない相手に貢献できるのか?
    目の前の相手と真剣に関わることでしか、見えない他者と関われないだろ。
    もし、見えない相手が大事で、目の前のおまえの発言なんかどうでもいいと
    いうのなら、目の前の他者はいったいあんたにとって何なのか?
    ただの道具か? ふざけるなよ。

  114. 9251 : [返信]  山田太郎 ('16/11/09 19:09:03)

    だったら目の前の相手にちゃんと真剣になれよ。
    ばかか、おまえは。

  115. 9248 : [返信]  山田太郎 ('16/11/07 20:57:31 *2)

    おそらくこの詩のベースになっているのは
    投稿者が注で示している谷川俊太郎の「生きる」でしょう。
    「生きる」を読んで、なにかハッと胸を打たれる瞬間があったのかもしれない。
    あの独特のリフレインが、作者のなかで作者なりのリズムに転調している。
    ぎこちないけど、生きていこう、生きようという「息」使いが、でこぼこの
    脱臼したような語りのなかから聞こえる。ような気がします。
    詩の巧拙とか才能なんか関係ない。わたしには、これはかなり感動的な詩です。
    たぶん、谷川への作者なりのオマージュなんでしょう。

  116. 9241 : [返信]  山田太郎 ('16/11/07 15:20:53 *3)

    こざかなは、鮫や鯨じゃあるまいし、
    何にでも食いつくんだなあ。笑 こんな荒らし詩は文極には要らない。
    コメントすることでおまえも荒らしに加わったに等しい。
    いい加減、おまえ、うざいよ。

  117. 9241 : [返信]  山田太郎 ('16/11/07 16:00:04 *4)

    >僕は僕の偏った目線が役に立つ『可能性』のために、
    >見ている全員に対してレスを付けています。

    何様かしらないが余計なお世話だ。
    教師か教授にでもなったつもりか?
    それともなにかの治療薬せいで気が大きくなったか。

  118. 9241 : [返信]  山田太郎 ('16/11/07 16:38:27 *7)

    仮にこの掲示板のことだとすれば、
    この掲示板のことを詩にするのも本人の勝手だからいいけど、
    あまりにも陰湿で矮小じゃないかな。
    ヌンチャクの投稿者を誹謗中傷するギャグ詩もそうだが、
    こんなことやってるの日本人か、漢民族系(朝鮮、中国系)だけじゃないの?
    米国の詩投稿掲示板やロシアの詩投稿掲示板をときどきみてるけど、
    ありえない狭い話で、ほとんど彼らから見れば投稿掲示板を揶揄したり
    投稿者を揶揄する詩を投稿するなんてキチガイ沙汰としか
    映らないでしょうね。

    外部や内部世界には山ほど書くことがあるというのに。
    たかだか投稿板の投稿者にいちいち拘るって心の病気でしょ。
    世界の人たちから、キチガイとしかおもわれないように、もっと心を解放されて、
    広い世界をみてはどうだろうか。

    それにここの運営はもう腐っているよ。自分で自分を貶めている。
    ヌンチャクのような投稿者誹謗中傷詩にエンタメ大賞って、
    アホ丸出しだろ。最低の運営だぞ、それじゃ。

  119. 9244 : [返信]  山田太郎 ('16/11/07 05:34:12 *8)

    他の人はどうか知らないけど、わたしはこの詩はおもしろく読んだ。
    作者が意識しているかどうか知らないけど、冒頭からいっきに
    江戸時代のひとの、少し未開な意識に入りこんだような錯覚を覚え、
    すこぶる面白かった。

    文明というものが現代のようにここまで実用性、効率、効果を求めていない
    のんびりした江戸あたりの時代のひとの意識というものは、こんな風に、舟の上で
    揺られながら、思惑がいきつもどりつ、だらだらと想念がつづいたのだろうな、
    と想像をかきたてられた。

    江戸で悪ければ明治初期か。樋口一葉の世界ですね、これは。
    いっそ設定を江戸時代にしてもよかった。
    ひとつ残念だったのは、

      ビットからホーサーを外さなきゃ、、

    これね。
    ホーサーというのは径6インチ以上の太い係留綱だから、タンカーとか
    大型客船に用いられる太さのものじゃないかな。
    もっとも、このカタカナ語の突然の出現はそれはそれでおもしろいのかも。
    江戸時代の意識が突然、現代に押し返されている。そういう感覚もおもしろい。

    正直、投稿の多くが現代社会の桎梏を表現するものが多い。
    リストカットだの薬物だの、いじめだのDVだの。それぞれ深刻なのはわかる。
    だけど、詩の世界がそのような自分語りだけに終始するのはつらい。
    横の世界(地理)、縦の世界(歴史)、斜めの世界(心的現象)にと、もっと
    縱?圓帽?げていくようなものがあってもいいとおもう。

  120. 9239 : [返信]  山田太郎 ('16/11/06 05:37:21 *1)

    この詩と、こざかな氏、黒髪氏、両者の対話。
    朝から、にこやかに笑わせてもらった。ありがとう。

    黒髪氏ってのはいつまでたっても一ミリも詩らしいものが
    書けない、上達しない御仁だけど、この詩は微笑みをもたらした。

     小鳥が梢の上にちょんと乗ってる

    そういう詩ですね、これは。
    もっと自信をもって好きなように書けるようになれば
    いかにも詩らしい詩が量産されるのだろうけど。
    それにはあと何十年もかかりそう。(技量や才能の問題じゃなく)
    たまに、なにかの間違いで、このような、そよ風のような
    小さな作品が生まれる。

  121. 9231 : [返信]  山田太郎 ('16/11/05 05:05:22 *5)

      部屋の中でぶんぶんと
      回るインフィニティ

    どうしてこんなつまらない表現を違和感もなく
    平気でできるのか?
    この一、二行だけでも、投稿者の鈍い、平板な感性、
    もっといえば、言葉に対してすこしも丁寧でも真面目でもない態度が
    滲み出ている。
    大事なところを「インフィニティ」なんていう横文字で誤魔化して
    すませて恥ずかしくないのか。
    そりゃあ、なんとなくそれらしい雰囲気はでるだろうなあ。
    日本人は横文字に弱いから。
    でもこんなものは詩でもなんでもない。ただの、詩の雰囲気を偽装したものだ。
    こんな中学生の作文のような詩は文極では求めていない。
    すくなくともわたしは、もっとちゃんと詩を書く態度を要求する。

  122. 9225 : [返信]  山田太郎 ('16/11/05 05:48:46 *2)

    花緒。自分でかってに「演説」して、ひとりでかってに作品をトップに上げているlalitaを
    評価するのなら、おまえがこの掲示板のコメンターを他サイトで誹謗中傷する資格なんか
    ないだろ。
    おまえが一番、荒らしているじゃないか。笑
    出直してこい!

  123. 9236 : [返信]  山田太郎 ('16/11/05 05:32:55 *6)

    支離滅裂。世界と「わたし」の"関係性"の自覚が分裂している。

      この世の中に分母がどんどん広がっていく限り、
      わたしも君も、完全に消えるわけじゃないのに、
      どんどん見えなくなって、ろうそくの火みたいに、
      ふっと消える。

    「群衆の中の孤独」というフレーズもあるように、分母が無限大になればなるほど個の
    存在(分子)は小さくなる。ということを、
    語っている。
    そういう意識の語り手なら、

      分母はいつもひとりだった、たったひとりのわたしが、
      この狭い津田沼の六畳間に、世界とは、世界とはと問い続けて、..

    分母がひとつ、ということは或る人の、世界との関係性が無限大に緊密であることを
    意味する。例えれば"王"や"皇帝"のような存在。
    もちろんこれも孤独ではあるが、先に語ったものとは正反対の孤独であることは
    自明のことだ。
    だから、本来なら「狭い津田沼の六畳間に(ひとり)」という孤独は、この構図では、
    あくまでも分母が無限に大きくなっていることを意味しないとおかしい。
    ところがそれがいつのまにか等価なものとして転倒している。

    小手先(つまり頭だけで)で書いているから、このような支離滅裂な文章になる。
    というかほんとうに孤独なるものをじっと視ていない。
    だから、だらだらとやたらに長い、すこしも味のない饒舌な文章を書けるのだろうが。

    基本的な世界認識が出来ていない(ちっともクリスマスを四畳半のアパートで
    過ごす一人のひとの気持ちなどわかっていないのに)小手先で誤魔化すような
    作文を書いているようでは、
    人をゆさぶるような言葉は生まれない。

  124. 9223 : [返信]  山田太郎 ('16/11/05 05:55:47 *2)

    熊谷氏とかユーカリ氏とか、この田中氏もそうだけど、
    散文投稿者に多い傾向として、散文という形式に甘えかかって
    やたらダラダラと無用に長い駄文を書きすぎる。
    書いている投稿者の、そのような「オナニー的姿勢」が先に出すぎて、
    作品全体がなにやら臭う。笑

    散文というのは、そのようになりがちな危険性がある。
    ほんとうは散文であればあるほど、きりつめた緊張感がほしいのに、
    形式にもたれかかって、甘えて、もう、どなたもこなたもほとんど
    「せんずり」の実演みたいで、読んでられないのがほとんど。

    熊谷氏とかユーカリ氏とかその他、散文詩を投稿する人たちみなにいえることだが、
    どうしてそこまで平気で自分を甘やかせることができるのか。
    わたしには、詩よりそっちのほうが信じられない芸当だ。
    「りす」さんの「中田島砂丘」でも読んでみろ。一行、一句の無駄もなく、
    そのうえ、全体に音楽が流れている。あれが散文詩というものだ。

  125. 9212 : [返信]  山田太郎 ('16/10/30 12:26:40 *4)

    日本語の綴方が基本的に下手。
    つややかでやわらかいほんとうの日本語に接したことが
    あまりないのだろうね。
    似たような翻訳文ばかり読んできた口なのかもしれない。

    あと文章がウソ臭くて、とてもついていけない。
    これはケムリ氏の文章にもいつも感じていたウソ臭さと似ている。

    >それは、いつか見たクリムトの黄金色に似ていた。

    眼をつむったら、いつもクリムトみるわけないでしょう?笑
    わざとらしすぎる。
    このときだけ瞑目の眼像にクリムトがみえたら、それにはそれなりの
    理由がある。それが書かれていない。

    じぶんの物語に都合よくあてはめて、どんどん手の馴染んでない言葉を
    あてはめていく。
    こういう作りは、一条氏なんかもそうだけど、この文極の
    年間賞受賞者に共通しているウソ臭さ。これじゃ詩誌あたりでは
    まったく受け付けてくれない。
    詩誌を否定することが文極の初代の目論見だったのに、
    詩誌を否定して超えていくことなどとても無理。

  126. 9194 : [返信]  山田太郎 ('16/10/20 05:42:15 *5)

    解釈など必要もない詩なんですけど、あえてするなら。
    かってな解釈ですが、もはや"生活"の場である「家・家族・日常」なんてものは
    立ち行かなくなって
    ぼくたちはただこのあやふやな日々一回きりの社会という"ホテル"に"宿っているだけだ
    てことでしょうか。
    ラストの締めがややありきたりとしても軽やかに、秀逸な表現で重苦しい
    "時代"の一面を表出しているなとおもいました。


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