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現行ログ検索結果 (投稿者)

  1. 9238 : 10階  三浦果実 ('16/11/05 09:05:43)  [Mail]

    ジーザス:2008年06月23日03:03
    落ちたら死ぬ。


    マーク:2008年06月23日 03:53
    落ちないように気をつけてください


    カート:2008年06月24日 03:22
    今日1日、人に心配かけて、どうなんだろうか?
    ジーザスさんは、平気なんだろうか。

    ブライアン:2008年06月28日 03:09
    ジーザスさん。 どうして。

    イアン:2008年06月29日 03:29
    ご冥福をお祈りします。

    ジミー:2008年06月30日 03:39
    もう少し何か出来ることがあったと思う。
    力になれなくてごめんなさい。
    ご冥福をお祈りします。

    ジム:2008年07月08日 03:21
    やっと自分の動揺を押さえることが出来たので書き込みます。
    ジーザスさんも悩んで、悩んだ上での「判断」だったのだと思います。
    (私は、もっと力になることが出来たのではないか、悔しく思っています。)
    私も「うつ病からくる希死願念」に悩まされることがあります。よくあります。
    でも、やっぱり、その「希死願念」を乗り越えて、乗り越えて
    「ジーザスさんの分も頑張って生きて」みる。いまはそう考えています。
    改めまして、ご冥福をお祈りします。 「ジム」こと豊

    ジャニス:2008年07月14日 03:42
    ジーザスさんとは電話で会話したことしかなく、最後の電話で言葉の裏に気付くことができたらと、後悔してやみません。
    私も常に死にたいと生きたいを交互に考え、リストカットを繰り返しています。これからは自分の命を大切に生きていきたいと思います。
    ご冥福をお祈りします。ジャニスこと有希子

    カレン:2008年08月14日 03:03
    ジーザスさん、はじめまして。
    そしてすみません。
    貴方のことは耳にしてはいたのですが、
    直接やり取りをする機会を作る前にそれは永遠に失われてしまいました。
    貴方が好きなもの興味のあるものとして書かれていた、
    第二次世界大戦の兵器など、ウチとなら何日でも話が尽きることなく話せたジャンルです。
    あれだけ好きなものを列挙しているのは、それだけ人との接点を求めていた証。
    ウチと話をする機会があったとして、今回の行動を止めれたなどと言うつもりはありません。
    しかし、その境界に立つひとが向こうに倒れるきっかけは、思いのほか小さな事から始まる場合が多いと聞きました。
    この例えは適切ではないかも知れませんが、
    向こうに倒れない理由がゲームで遊びたい。たったそれだけの理由だとしても、こちら側に居続けることが出来るはずです。
    ジーザスさんが大好きなビートルズ。
    こちら側に居続ける理由になったはずです。
    例え小さくとも、明日、来週、来月、来年に残しているものがあれば、向こうに倒れずに済んだのではないのか?と自問自答しております。
    叶わぬ事とはいえ、話す機会がもしあれば、それはどのような会話になっていたのか。そして、その会話が次回に続いていたのではないのか?
    人を向こうに追いやる一言もあれば、こちらに引き留める一言というものも、存在するはずです。
    ウチに何が出来たのかはわかりません、ただ、ジーザスさんと友人には、なれたのではないかと惜しまれてなりません。
    ジーザスさん、すみません。貴方の話を聞けなくて。どれだけ話をする機会を待ち望んでいたのか、ウチには想像すらおよびません。
    慎んでご冥福をお祈りいたします。

    ジョン・レノン:2016年08月31日 03:51
    あのさ、誰も、自分の存在なんて知らないと、そう思ってたんだろう?
    なぜ、40歳を目前に死んだのか、当ててあげるよ。
    今更、なに言ってんだって話なんだけど。

    まあ、いいや。やめとく。

  2. 9238 : [返信]  三浦果実 ('16/11/05 19:31:29)

    こざかなさん ヌンチャクさん 山田さん
    コメント有難う御座います。というべきか、読んでいただけて有難うございます。なんと言いますか、あの、私、根本的に何かを間違ってしまっているというか、本気で決意して書いたんですが、すこし考えます。

  3. 9238 : [返信]  三浦果実 ('16/11/05 20:07:09)

    野良猫ニャンコさん カリフォルニア・ブルーさん ヌンチャクさん
    あの本当にごめんなさい。これ削除したいのですが、それも人間らしくないのでこれを踏み台にもう一回頑張りますので、もう一回リベンジさせてください!
    ヌンチャクさんの『ここがヘンだよ、極楽浄土』のコメントに救われました。有難う御座います。※晒し首みたいにトップにしないでください!(本当です)

  4. 9238 : [返信]  三浦果実 ('16/11/05 20:12:31)

    北さん
    もう、ホントにもう、勘弁してください。もうやめてください。初コメント有難う御座います!

  5. 9238 : [返信]  三浦果実 ('16/11/05 22:46:23)

    玄こうさん
    今作のコメント内にて失敗作だと自認してしまう程度の覚悟で投稿しましたことは、
    当サイトの投稿ルールから逸脱しております。申し開きする余地がありません。
    私は、自身が投稿しました作品の説明・解説は一切しないことを信条としております。
    しかし、玄こうさんが御指摘求められる「説明せよ」との叱責は重く受け止めました。
    御察しの通り、文作の力量は低劣を極めるものと認識はありますが、
    玄こうさんへの礼儀として自分の拙き釈ではありますが、詩論を述べさせていただきます。

    今作『10階』は私の体験した事実であります。ジーザスとは私が小学校一年生の時に
    同じクラスメートだった友人です。小学校1年当時、私には友人と呼べるものはジーザスひとりでした。
    ただ、私もジーザスも内向的なもの同士だったので、お互いの親の仲に乗じて
    2・3度プラモデルを一緒に作った、その程度の関係でした。小学校というものに馴染んだ私は、
    仲良しな友達にも恵まれ、日々、野球やゲームなどにも楽しく参加することが「出来る」少年となっていきました。
    ジーザスが私と遊ばなくなったその後、どのように過ごしていたのかはまったく知りません。
    小学校6年生の夏休み明け、事情により私は、他の小学校へ転校することになりました。
    転校先での馴染まない生活。その翌年の正月、一枚だけ私宛ての年賀状がありました。ジーザスでした。
    友達がいない私にとっては、とても嬉しい年賀状でした。しかし、その黒字で乱筆に書かれた文に私は不快になり、返事は出しませんでした。
    その後、ジーザスからは連絡もなく。

    2008年に私は、彼を見つけました。あるSNSで。HNの表記であってもアイコンの顔写真で彼だと気付きました。
    しかし私は、メッセージを送りませんでした。彼が悲惨だったからです。約20年間に及ぶ糖尿病と精神疾患。
    彼が時々発信するページは気にして、いつも閲覧しておりました。自殺した2008年6月23日。それが今作の題材です。
    内容は当然ながら私の創作です。しかし、最後の書き込みは私が今年の8月にした事実です。それまでにも何度も何度も
    現実世界では死んでいる彼のページを私は訪れては自分の愚痴やらを書き込み、彼に話かけておりました。

    このように長々と、何が言いたいのか。それは、私の詩の創作の信条として
    自分が体験していること、特定した個人宛てにしか作品を書かないと決めていることを開示したかったからです。
    今作は亡くなったジーザス宛ての作品であり、前作は村上春樹さん宛ての自分の体験を基にした作品であり、
    前々作もそうです。バカモノ論も愚かな自問自答だと唾棄された作品ですが、私の友人へ宛てた作品です。
    初作も私が恋した相手とその関係者へ宛てたものです。

    では、なぜ、個人宛ての詩作を信条とし、何故、個人宛ての作品を文学極道へ投稿し多数の読者へ読んで欲しいと願うのか。
    私は、「言葉」は他者と自らを接着するツールと捉えております。誤解無きように申し上げますが、「伝える」ツールでもなく、
    コミュニケーションのツールでもなく。折り合いが着かない者同士が、言葉を使い縁を保つ。敢えて言えば、落着するのであれば、
    虚偽の言葉も価値があり、真実やら正義やらであっても着地・成立を為さないのであれば道具としては意味がないことを信条として持っております。
    その道具としての言葉が、詩という藝術に仕立てられ、成れの果て、それが「悪しきネット詩」(判別の定義はともかく)ではないのかと。
    そのアンチテーゼに私は思えたのです。否、思えたどころではありません。鳥肌が立ちました。「人様へ捧げる言葉の花束」というダーザィン氏の箴言に。

    ツールとしての言葉の復興、その復興の願いを込めて私は投稿して参りました。
    長々となりましたが、一生懸命書きました。玄こうさんに納得いただければ幸いです。

  6. 9238 : [返信]  三浦果実 ('16/11/05 22:50:32)

    皆さん、
    すみません、今、玄こうさんへの返信を書いておりました。それで、書き込み終わりましたところ、何か違う話が展開しており。その件については、そうですね、ヌンチャクさんの上げておられるtwitterの件は事実です。これは酔った勢いで書いており、正気ではなく。大変失礼しました。こちらは削除し御詫び申し上げます。

  7. 9238 : [返信]  三浦果実 ('16/11/05 23:01:38)

    皆さん
    あと一言付記します。私は、出資を約束しておるだけの発起人でして。皆さんが懸念されるようなことは考えておらず。更に言えば、文学極道サイトとは対立はしていないと思っているのですが。(すみません、先のtwitterの件はなんとも御詫びしようがないのですが)

  8. 9238 : [返信]  三浦果実 ('16/11/10 15:06:34 *3)

    皆さん

    多数のコメント有難う御座いました。玄こうさん、朝方まで、有難う御座いました。
    この8月31日の書き込みをした翌日に、彼の自宅を40年ぶりに訪れました。
    葬儀は近親者だけで、友人・知人の参列は無かったようです。
    計らずも、この板が賑わったことは、彼は喜んでいると思います。
    彼は現実世界での最後の言葉を残す場所として、ネットを選んだ。

    寒月さんの「田中さんのことについて」一言だけ触れさせてください。
    私の今作にも関することですので。

    過去から未来への時間軸は現実世界にはある。
    しかし、このワイヤードと我々が呼ぶ
    このネットの世界には実は存在しないのだ。
    存在するのはレイヤーである。階層。
    情報の時間軸はパラレルであるという認識を、
    我々は持たなければならないのだ。
    それは、私が、ジーザスが存在するワイヤードの世界へ
    書き込みを続けた理由である。
    少し頭がおかしいと、思われることでしょう。
    しかし、少しだけ視点をワイドにして電子画面を視ればわかることです。
    電子画面の向こうに存在する世界の軸はレイヤーです。
    我々はそろそろ、この錯覚に気付かなければならない。
    田中さんの『全行引用による自伝詩』
    この作品は時間軸をレイヤーへ落とし込む作業であり、その労作業に詩の価値がある。
    落とし込まれた言葉の引用は、情報として永遠に存在するのである。
    紙媒体でも有り得ることかもしれない。しかし、時間軸がルールとなる現実世界では
    「過去のもの」というバイアスが大きく存在する。
    ワイヤードは、死んだ人間でさえも、情報のレイヤーのなかで存在し続けるのだ。

    私は、言葉は道具であり、芸術の価値はないという立場をとることにした。
    「詩は暴力にもなる」この言葉は実は、言葉・詩に価値を決める依拠が無きことを言っていることに等しい。
    なぜならば、言葉は道具であるのだから、そこに善悪は無く、善悪は使う「人間」にあるということ。

    もう一度言いたい。詩の価値は言葉が決定するのではない。
    言葉を使う人間が問われるのではないでしょうか。

  9. 9221 : [返信]  三浦果実 ('16/11/05 09:02:27)

    山田さん、
    これ、読みにくかったですよ。解釈から逃げる芸術作品の唯一の方法は『形式』で防御することなんですが、山田さんらしい防御だ。これから、山田さんへのリベンジ作を出しますけど、僕はノーガードで行きますから。

  10. 9236 : [返信]  三浦果実 ('16/11/05 08:56:43)

    作品の出来、不出来はあるのでしょうが、丁寧に、読むものが心地よくなることを、いつも心掛けて作品を作られている。身近な日常を大切にされる作品テーマ。
    第三次世界大戦が起きて、戦時中に、この作品が発表されたら、衝撃的な作品になるのではないでしょうか。
    『ろうそくの火みたいに、ふっと消える』この言葉のイメージが変わる。
    世界と日常は、当たり前ですが、地続きであり、ファンタジーではない。
    ファンタジーではない日常を物語として表現することの難しさを考えさせられた作品『メリークリスマス』。

  11. 9223 : [返信]  三浦果実 ('16/11/05 08:27:13)

    解釈へのシールド。拒否。青年は共感するだろう。
    でも、少年が少女が少ないお小遣いを出して、おもわず買ってしまうような作品を田中さんは将来書くと思いますよ。


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