猫と戯れ
猫と遊び
猫引きちぎり
猫死ぬ。
思えば
元から猫を嬲っていただけで
元から猫は死ぬ未来だったわけで。
猫死んだ。
かわいい猫死んだ。
>> permanent URI: http://bungoku.jp/ebbs/20180303_208_10282p
- 渡辺八畳@祝儀敷 :
最新のものである『詩と思想』2018年3月号の読者投稿作品、そのなかの平居謙氏の選評にて言及されていた詩です(P.184) ('18/03/03 07:55:33 *1)
- 山井治 :
個人的に、この詩の特徴というのは「コンパクトさ」なのかなと思いました。
ネコとの関係性と、残虐性に関しては、テーマとしてはいくらでも長く書き綴れることが出来るとは思うのですが、それをここまで短く表現されたことに関して、個人的には凝縮された伝達力のようなものを感じさせられました。
「コンパクトさ」であって「ミニマル」ではないと思います。その差異は、詩を短くすることそのものに主眼を置かず、一方で短い文章で詩情を伝えるという、正統派の詩からそれていないことだと個人的に考えます。
実に興味深い、面白い作品だと思いました。 ('18/03/03 14:32:38)
- あおい :
私も猫が好きです。
猫から教わることは、人間以上に多いような気がします。 ('18/03/03 21:44:43)
- 渡辺八畳@祝儀敷 :
山井治さん
まず、これを思想に投稿したのは霧古という短詩の投稿者が毎月のよう入選していたからなんですね。
私自身も去年は多く入選をいただきましたが、じつは選者二人のうち中村純さんからしか実はもらっていないんですよ。なんかそれも悔しいもんで。霧古氏は選者どちらも評価していましたが、特に平居さんのほうが強く推していた印象を受けました。
2017年10月号の霧古氏の「亀」という詩、短いので引用しますと
亀
泣かないで
この亀を売って
すぐに帰ってくるから
必ず帰ってくるから
きっと
きっと、
待っていて
これは選者二人共から入選をもらっていましたが、平居さんはそのときの選評で「霧古さんの詩集をプロデュースしてみたいという欲望さえ僕は感じる」とまで書いています。
ならば俺も平居さんに合致するようなもんを送ってみるかと思ったのはその時ですね。プロデュースを受けたいということでなく、そう絶賛する詩と同系統なもんをぶつけてみたらどうなるかと。自分的には「亀」と「猫」は似ていると思うんですね。短さも展開も言葉の感じも、題名が感じ一文字の動物だってところも。
コンパクトさって点の由来はそういったところかなと思います。
「猫」は入選や佳作にはならなかったが言及されるまでには至れたのでまぁまぁ成功ってことでいいかな。選者を見て投稿作を決めるのも技術のうちよ。 ('18/03/04 12:05:18 *1)
- 渡辺八畳@祝儀敷 :
あおいさん
私自身はべつに猫は普通レベルの関心なのですが、ぬこ出しときゃキャッキャいわれるだろって魂胆が見え隠れする今日のサブカルチャーには頭から猫砂ぶっかけたいって実は思っているクチでして。ビレヴァンに売っているような猫写真集もあれネコ科のもつかわいらしさを何の工夫もなくパッケージしただけでしょ。
まぁこの詩には関係無いことですが。私も身近に猫がいたら骨抜きでしょう。 ('18/03/04 12:17:12)
- アラメルモ :
猫への愛着心が逆に読み取れてくる。というのが味噌でしょうね。
でも、かわいいという言葉を持ってきたらその意匠が鼻につきますね。
それならばご自身も死なせてみればよい。
情感は一気に高まります。 ('18/03/04 12:26:45)
- 玄こう :
アラメルモさんからも先にありましたが、
『可愛い憎らし』という、その愛情表現や残虐的心情が表層に現れているように思います、その『幼児性の目線』は、読んで感じられますが、猫には猫の目線があり人間には人間の目線がある、そうした、大人が読むにしては、ショウカ・フリョウ、物足りなさを感じました。
また、レスを読ませてもらいました。だいぶ愕然としましたね、正直、あなた(投稿者さん)にとって尊敬できる方であるなら、詩論解説を読み学んでいけばいい、自ら書く詩の本命と対峙しそこから学んで高めていけばいいと思います。
だが、相手の選り好みを見計らいそれに合わせた詩を書き、投稿する。という態度なんでしたら。どうでしょう、ね。 後者なら、愕然としますね。そんな認められかたをされてまで、、書かれ読まれる詩が、ほんとうに作者や読者にとって嬉しいもの(詩)なのかな?、、
それは、個人的な利だけでなく、それは、詩紙集団の保守的な談合と似たカラクリです。日本の詩がどうしてこうも廃れているのか、根っこはそんなところにある気がします、ね。
そこまで視野を広げて欲しい気がします。
なんだかわからない、もしそんなふうに詩を書いて投稿するなら、わからないです。、正直、残念で悲しくもなります、ね。 わたしなんかは‥‥ 御作の過程やとっかかりについてレスで読ませてもらい、そんな思いを持ちました。
/以上です。 ('18/03/04 14:26:27)
- 渡辺八畳@祝儀敷 :
アラメルモさん
かわいいが鼻につきますか。
「かわいい」という形容詞は頭が頭痛かもしれません。猫はすでに「かわいい」を内包している。
自分を死なせる必要がありますかね。そういった詩、影響が詩中主体にも及ぶ詩は既に書いています。(「疲れたときに行くオタクショップ」http://bungoku.jp/ebbs/log.cgi?file=551;uniqid=20171003_404_9934p#20171003_404_9934p 「ありがとう」https://po-m.com/forum/showdoc.php?did=333529&filter=usr&from=listdoc.php%3Fstart%3D0%26hid%3D11577)
この詩に限っては主体など必要なく、ただ猫にもたらされたベクトル・スカラーの様を読み取ってもらえればいいです。詩情はその読み取り過程のなかで出てきます。だから詩文にて明文する必要は無い。猫はオブジェクトです。 ('18/03/04 15:23:57 *1)
- 无 :
真っ先に「山寺の和尚さん」とか連想しちゃったおじさんが通りますよ。猟奇殺人犯は、幼少時にウサギや猫を殺すなど動物虐待の経験がある場合が少なくないそうです。でも、この詩はそういう方向の話ではないでしょう。もちろん倫理観がどーとか批判するのも筋違い。個人的にはマザーグースに通じる寓意性を感じました。
渡辺さんの作品で「非存在少女を虐殺する」というテーマのものがありましたけど、この詩における猫も非存在なんですよね。だから残酷だとか作者の人間性やモラルがどーのとかは本当に無意味でアホらしいのですが、例えばネット上で拡散したらそういうことをドヤ顔で言う人がたくさん出てくるんだろうなーと思います。それはそれで面白いというか、詩の役割の一つとして面白いという気がします。ちなみに私は「夏目友人帳」に出てくるニャンコ先生が、現時点で一番可愛いぬこだと感じています。あいつは正体がアレなので、たぶん殺せないだろうな。
あと「選者の好みに合わせて作風を変化させる」というのも、詩誌の投稿欄やネット詩掲示板など「評価」が付いてまわる場においては普通だと思いますね。私の場合は基本的に浮かんだものをそのまま書いているのでそういう器用な真似はできませんが、それが可能であれば技巧の向上を目指す上でもどんどんやるべきだと思います。渡辺さんは林木林(うにまる)氏のように、「詩人として食べていける」ことを目指している気がします。そういう意味で彼の活動は実に幅広くかつ精力的で、すでにその結果が「詩と思想」などでの評価にも結びついている気がします。今後もこういう方向性で迷わず突っ走ってほしいですね。 ('18/03/04 15:33:36)
- 渡辺八畳@祝儀敷 :
玄こうさん
猫の目線は必要ありません。またこの詩にあるのは『幼児性の目線』でもありません。あるのはただオブジェクトとしての猫と、その様を映すカメラだけです。カメラには煽り俯瞰や接写だったりなど映し方の違いはありますが、その映し方自体に意味は持ちません。俯瞰の角度は追悼の意、とか決まってないでしょ。私の詩の多くはオブジェクトの状態とそれを映す際のカメラワークを理解できればそれでひとまず終了です。MVです。
「電車かもしれない」(https://www.youtube.com/watch?v=BdVCW40EFfo)このMVは近藤聡乃という方が美大の卒業制作だっけかな、兎角美大時代に作ったものです。この映像は例えば販促CMのよう明確な意図とメッセージをもってはいません。でも素晴らしいものであるのはわかるでしょう。私の詩もそれでいいと思います。画が美しければいいのです。
なので他者の視線があるものが大人向け、ってのは驕りですよ。そういうものもある、でもこれはそうじゃないってだけで。程度としては政治や社会的要素が入っていない詩は入っているものより低いって言うのと同じです。そういった言質を述べる人の趣向がそうであるだけで、そういった要素を持たないことが質の高低には直接は結びつかない。貧乳しか出てこないけど面白い漫画もあれば、巨乳しか出てこないけど面白い漫画もある。
あと投稿に関しては、たぶんそういった反応が来るだろうなと思ってあえて書きました。釣れた釣れた。
詩の世界はどうもワタシの詩って意識が強い。結局金にならないからなんでしょうけど、そういった意識は新たな境地へ進むことを阻害してしまう危険性もあります。なにかを契機としてそれまでやってみなかったものを目指すことで、巡り巡って元のものへ良い影響が訪れることもあるでしょう。
読まれなきゃあ読者に影響を及ぼすことができません。0か0.1なら後者をとります。
それに、私もただただ合致することだけをしているわけじゃあないですよ。『詩と思想』2017年3月号にて私の「漁師たちの村」が読者投稿作品入選しています。お手元にあればご確認ください。三連目の初めが「曙前は実りの時だ/エンヤコラサッサ 筋肉滾らせ/タイやヒラメに イサキも大漁」とあります。ここはね、イサキおじさんというネットで有名なホモコピペを典拠にしています。→http://dic.nicovideo.jp/a/%E3%82%A4%E3%82%B5%E3%82%AD%E3%81%8A%E3%81%98%E3%81%95%E3%82%93
やったぜ。(迫真)文芸誌にホモコピペを紛れ込ませてやったぜ。わかる人は読めば一発でわかる。イサキなんて唐突に出てくりゃあねぇ。
まぁ上のは極端なものだとしても、場に合致するものを探りながら、その裏にちゃんと真意を潜ませておく。こと新人で場に力を持たないならばそれが重要ではないでしょうか。自分を殺すのでなく、誇示するのでなく、いわばスパイです。まずは侵入することが先決です。中に入れたらしめたもん。気づかれぬように工作活動を行いましょう。
安全安心なふりして食べさせて、裏で薬はしっかり盛っておく。また、5が正解な場において5.1を出し合格をもらい、徐々に5.2、5.3、5.4、とずらしていって享受者が気づかぬうちに10を求めるように仕向ける。
「も」という漫画家さんが少し前にこういったツイートをしています。https://twitter.com/kireina_mochi/status/962732282640396288
読者(選者)を気にせず好き勝手やったら難しい。それでも成功する人はいますが、できるのであれば器用にやったほうがいい。私は自分では作風が広いと思っています。できるからやったまでです。それで成功するんだからこちらが正義だ。「できる」っていうことはつまり自分を殺しているわけでもないですし。近代五種の選手が水泳のみの大会に出たとして、近代五種を捨てたことにはならないでしょう。 ('18/03/04 15:56:32 *1)
- 玄こう :
失礼、作者さん、、わたしのレスに刺激されたのか、な。恐らく遠回しに、、反論をくべているコメントとして、読ませてもらいました。无さんへ、
インモラルな狂気性は現代美術でわたしも小さい頃からショッキングなくらい、悪夢にうなされるくらい、目の当たりにしていましたから、別にそんなことをどうのこうの批判し否定するつもりもありません。渡辺さんにもそうしたことは、初期に投稿されたのを読ませてもらい、初めの時からレスで伝えてもいます。別に倫理と直接結びつけて批判して言及したつもりも、していない、ですね。
わたしのレスは実直に思うことの一部です、誤解なくご理解ください、
では、(あとどうぞ) 。 ('18/03/04 16:15:42 *1)
- 奇偶 :
「猫と戯れ
猫と遊び
猫引きちぎり
猫死ぬ
かわいい猫死んだ」
自分だったらこれくらい圧縮するかもです。 ('18/03/04 16:17:05 *1)
- 田中宏輔 :
ぼくも仔犬をもらって、その日のうちに殺しちゃったんですけれど、まだ小学生だったぼくに仔犬の面倒を見させた親が悪いのだと、いまでも思っています。 ('18/03/04 20:32:33)
- アルフ・O :
構成的には4・3・2で、起承を担う4の中に更に入れ子で1行ずつ起承転結があり、結の2で4のラストを引き継ぐ、みたいな感じかざっくり因数分解すると。とりあえず注目は結で、起承4のラストの引き継ぎ方にしても、
>猫死んだ。
>かわいい猫死んだ。
この書きぶり、いい意味で既視感があるよね。よく知られている、少しネジが外れた様子の描写。起承4で1回オチたのをわざわざ2行使って繰り返してる点も含めて。前にあなたの作品に「積極的にカタログ標本とか商品ぽさを狙ったもの」とコメントしたけどここなんかもその要素のひとつだと思う。
あとは転3の役割。
>思えば
>元から猫を嬲っていただけで
>元から猫は死ぬ未来だったわけで。
いやそりゃ生きとし生けるものは皆未来にゃ死にますけど。作中主体が端から殺すつもりで猫と「戯れ」ていたのか、普通に戯れているつもりなのが世間一般からすると度をはるかに超した「戯れ」で結果死んだのか(「引きちぎり」っつってるけど、結2を踏まえると作中主体は引きちぎったら死ぬことを理解していない可能性もある。起承4は完全第三者のナレーションともとれるが)。他細かな解釈にバリエーションはあるだろうが、とりあえずこの転3で、作中主体の状況を深く解釈しようとする読み手は混乱に陥る。どうとでもとれるから。そんでリョナを欲する読み手(?)であれば、多分だいたいどうとっても勝手知ったる安心できる領域にたどり着く。ヘブン状態(??)。
……こんな感じかなぁ。いや、とても「わかりやすく」てどんな読者でも何らかの答えに辿り着ける作品だから、普通に読む分にはこんな因数分解まずいらんと自分でも思ってるけど。書きたくなったから書いてみた。 ('18/03/04 21:56:05)
- 田中宏輔 :
マザーグースのうたの響きもしますね。 ('18/03/04 23:07:58)
- 渡辺八畳@祝儀敷 :
无さん
「山寺の和尚さん」は私は知りませんでした。无さんはほかの方へのコメントでもよく連想したものの名前を書いていますが、それを自分は知らなかったときにそこはかとなく悔しさをおぼえます(笑) 人が知っているものは自分も知っていたい。
玄こうさんの指摘はモラル面ではなかったようですが、でもネット拡散したら无さんが予想するようなことが起こりそうな気がします。でもネットだとそうだけど、これが例えばコミュニティセンターとかで話題になったら逆の流れになるんだろうなと。場によって倫理観は全然変わりますよね。たとえば『ちびくろサンボ』、たぶんネット上によくいる人ならあれが発禁扱いになったのは愚の骨頂という反応になるんでしょうけど、私があずかり知らない場所ではむしろ発禁になって当然というのが常識なのかもしれません。あの本は私も読んだことありますが、いや〜あれが差別っちゃ私はわからない。私は。
趣味は詩、っては言いにくいんですよ私は。それはずばり「詩人として食べていける」ことが目標ですから。食い扶持は詩、となりたいです。 ('18/03/05 16:23:41)
- lalita :
昔、猫好きの女の子に、サーカスで真っ二つになって猫の画像送ったことがある。 ('18/03/05 16:29:53)
- 渡辺八畳@祝儀敷 :
ふたたび玄こうさん
私のあのコメントは半分用意していたものです。たぁぶん来るだろうなと思っていたので。玄こうさんがそれになるとは予想外でしたが。
奇偶さん
そこの判断は難しいですね。上のアルフ・Oさんの論でいけばそこまで圧縮してしまうのはむしろマイナスですが、短詩としてさらに磨くとなれば圧縮するべきでしょうし。
ただ自分としては中三行があることによって詩にフックが生まれているのではと思っています。短詩の難しい所はその文字数の少なさから状況説明のみになってしまいがちで、その状況への装飾にあたる表現まで至れないというのがあると思うんですね。
あと、「奇遇」ではないのには何か意図があるのでしょうか。
田中宏輔さん
なんとなく、田中さんのあっけらかんとした書きぶりが中世ヨーロッパにおける人命の感覚と被りますね。ちょうど最近「西洋中世の農奴アンの一生を考えてみた」というまとめが流行ったのが関係しているかも。→https://togetter.com/li/1204744 ('18/03/05 16:46:52 *1)
- 渡辺八畳@祝儀敷 :
アルフ・Oさん
詩書いててハッとなることのひとつに、無意識に起承転結の単純な流れに詩がなってしまっていることがあるってことです。作品としての旨みが後半に寄ってしまうので、そうなると導入の前半で読むのを止められてしまう危険性がある。気づいた時には結を頭に持って来たりとか、独立した連を挟むとかして変化をつけています。詩は物語ではないしまして4コマ漫画でもないのでそこは崩していかないとね。
短詩なので最後まで読まれないという懸念は無かったですが、それでも単純な流れにはなっていなかったのは幸いなことです。
カタログ標本、は「脳の中で」(http://bungoku.jp/ebbs/log.cgi?file=528;uniqid=20170503_417_9587p#20170503_417_9587p)ですね。
実は最近は「エモさ」をキーとした詩作を試しているのですが、そうなるとカタログぽさは対極なものになります。でもそれが私にとっていいバランスになっている気がします。「振幅上達理論」です。(http://bungoku.jp/ebbs/bbs.cgi?pick=10208 に理論の詳細があるので読んでいない人は是非。すべての創作に適用できる理論だと思います)
まぁでもあれっすね、いろんな理論置いてけぼりにして純粋に性欲のための詩ってのも書いてみたい。私はリョナラーではないはずですが。漫画雑誌に詩を載せるっては最果タヒに先を越されてしまったので、私はエロ漫画雑誌に初めて詩を載せた詩人を目指したい。快楽天は弊誌です、って(笑)
でもそうなったほうが手帖に詩が載るよりもはるかに多くの人に読んでもらえそう。
lalitaさん
韓国では以前、いわゆる蓮コラ画像をメールで送りつけた人が逮捕されました。日本でもそうならないという確証はないので、お気をつけを。
今時グロ画像を扱っていたところで異端でもなんでもないので、厨二病でそれやったのならもうやらないほういいですよ。 ('18/03/05 17:06:16 *4)
- 野良猫ガイキチ :
猫ふんじゃったって既に出てるだろ。
既出乙。 ('18/03/05 20:51:39)
- 渡辺八畳@祝儀敷 :
野良猫ガイキチさん
そこで猫はふまれているだけで引きちぎられちゃいないだろ。
行為が違えば事の程度も変わってきてそれはもはや別物だ。
未出甲。 ('18/03/05 21:07:51 *1)
- 野良猫ガイキチ :
ニュアンスは同じだと思う。
つまり両作品から抽出できるエッセンスの根底は同じか、あるいよく似ているのでは? ('18/03/05 21:11:35)
- 渡辺八畳@祝儀敷 :
童謡の「猫ふんじゃった」は
踏んだ猫が「ひっかいた」りして抵抗を示す。また踏んだ詩中主体は「猫ごめんなさい」と謝罪の意を示す。
猫が能動的に動くという点でも、詩中主体が猫への加害に罪の意識を持つという点でも童謡とこの詩は違うし、そこから抽出できるエッセンスも全く変わってくるんじゃないか。 ('18/03/05 21:15:51 *1)
- 野良猫ガイキチ :
それでは作中の「かわいい」は不要な言葉。
「猫ごめんなさい」は「かわいい猫」で代用できるし、「猫と戯れ、遊び」というのは「猫が能動的に死を選んだ」ともとれる。
死ぬほどの遊びをされたなら、普通は抵抗するものだけどね。 ('18/03/05 21:20:59)
- 野良猫ガイキチ :
文字色変わっちまった。
やっぱりこのサイト使いづらいな。 ('18/03/05 21:25:34)
- 渡辺八畳@祝儀敷 :
>「猫と戯れ、遊び」というのは「猫が能動的に死を選んだ」ともとれる。
まずここが誤っている。「猫」の猫は詩中において能動的な行動をしていない。つまり能動的な行動が可能であるという証拠が提示されていない。提示されていないものは無いと判断するのが自然だろう。詩中に現れていない情報をあるだろうと推測し、その解釈が適応されてしまったら何でもアリの無法地帯になってしまう。
「猫」の猫が現実の猫さながらに書かれているならばまだ一般論として能動的云々を言うのも許されるだろう。しかしこの猫は「引きちぎられ」てしまうような猫だ。リアルの猫の存在をそのままここに当てはめるのは無理がある。なので
>死ぬほどの遊びをされたなら、普通は抵抗するものだけどね。
という指摘も、「"普通"ならそうですね」という感想にしか至らない。
>それでは作中の「かわいい」は不要な言葉。
>「猫ごめんなさい」は「かわいい猫」で代用できるし、
という発言も、童謡の猫=現実の猫=「猫」の猫であってはじめて成立するものだ。猫はかわいいから謝るに値する存在なのである。
しかし先述のことをふまえ正しく読解するならば構図は童謡の猫=現実の猫≠「猫」の猫になる。まず==な場合でも代用可能かってところに疑問があるが、=≠ならばさらに不可能性が高まるだろう。
その状態において「猫」の猫に「かわいい」という、童謡の猫=現実の猫が既に持っている性質をあえて明示したことによってなにか特別な意味がここでは発生している、そしてそれをする理由があった。そういう考えにも到れるのではなかろうか。
http://bungoku.jp/ebbs/pastlog/528.html#20170506_503_9587r
http://bungoku.jp/ebbs/pastlog/528.html#20170507_577_9587r
上から順に、拙作「脳の中で」での芦野夕狩氏のコメントと、それへの私の返信。
今回の議論に関係してくると思うから是非目を通してください。 ('18/03/05 23:56:22 *3)
- 渡辺八畳@祝儀敷 :
そうそう、なんで私がコメントする際にURLをいちいち記載するかって、未来の文極ユーザーがログから私の詩ないしコメントを読んだときに提示したものをすぐ参照できるようにするためなんですよ。
長い蓄積があるこのサイトですから、自分がいつ振り返られる対象となるかわからない。その日に備えて、みなさんも是非ねほかの人の詩なりネットの記事なんかを提示する際にはURLつけましょうや。記事の場合時間たつと消されることもありますから、魚拓とってそれも併記するといいかも。
ウェブ魚拓
↓
https://megalodon.jp/
なぜ魚拓をとるべきかは詳しくはwikipedia読むと分かります
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%83%96%E9%AD%9A%E6%8B%93
(魚拓とっとけば、誹謗中傷書かれて後で消されたとしても証拠にできるよ!)
ザナドゥ計画は結局うまくいってないからWorld Wide Webで人力でやるしかないんだよなぁ。ザナドゥが普及していたらどうなっていたかっては気になる。2014年にやっとリリースされたけど、流石に遅すぎた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
折角だからこっちも書くかな。
今回「猫」を諸ネット詩サイトにアップしたのは、紙媒体で言及されながらもそれを読めるのはネットだけって状況を作りたかったからってのがあるんですね。
私が言うまでもなく詩壇は未だアナログ然としているじゃないですか。詩誌の投稿も紙でだし。んなんメールで募集すればいいじゃんって。編集部で紙に印刷する費用の節約かもしれないけど。あと、詩人住所録にメアドも記載されるべきだと思うんですね。あれって献本用のだっていうけどさ、でも別途なんかやり取りすることもあるだろうしそん時に今時いきなり電話したり手紙出したりするー?
詩誌の情報欄にも住所が記載されているけど、ああこの詩誌買いたいなーってなって、んじゃあ発行者に手紙書こう! って今の時代それはハードル高いって。そこらへん、ちょっと色々着手したいなとは思っている。そんために早く身辺の諸々終われ!
ってかそもそもネットに疎い詩人が多すぎっ! 平均年齢が高いってのはあるんだろうけど、でもおじいさんでもパソコン使いこなせている人はいるじゃん。結局機会があるかとやる気があるかなんだよ。パソコンやんないと渡辺八畳やらの詩が読めない、って状況にでもなんないと腰重い人はやらないよ。いや自分にその行動を促す訴求力があるなんて思っちゃいないよ。でも意識してそういうのを今からやってかないと変わらないよ。
ここだけの話ね。今月の『詩と思想』の次回予告見れば私が現代詩の新鋭に選ばれているのがわかります。なので来月号に私の詩とエッセイ、あと私を紹介するエッセイが載ります。んでその原稿は1月〆切だったんだけど、書いたデータを印刷して投函ってはせずメールでデータ自体を送ったのね。そしてその時にこれから自分は原稿はメールで送るって宣言した。メールなら編集部に届く日を逆算する必要も無いし。
他の人が既にメールでやってるかどうかはわからないよ。知りようがない。でもまぁ少ないだろうね。誌面に載せる写真も送ってってあったんだけど、拡張子は.pngで〜とかそういうことは一切書かれていなかったし、メールで送るって発想がもしかするとそもそも無かったかもしれない。
でも私がそれをやったからか、校正が来た時には「訂正はメールまたはFAXでも構いません」って一文が付されていた。いいねぇ〜。
それに加え、まぁねまだまだ紙媒体とネット詩ってのは垣根がある。昔よりはだいぶマシになったんだろうけどね。私はその歴史を直接には知らないからちょっと感覚的にはわからないけど、でもネット詩は紙媒体詩より低いっていう物言いは今でもある。だけどそうかなぁって思うよね。それが私自身がネット詩どっぷり、それ以前にデジタルネイティブだっていうのはあるけどさ。だから紙媒体の人がネットだけでなくネット詩の場にまで繰り出さざるを得なくなる状況を作りたい。それが理由でもある。
ネット詩でのこの批評ってリアルの場では到底成し得ないものじゃん。私も地元の詩人会の批評会に参加したことはあるけど、やっぱ気を遣って鋭いことは言えない、どころか司会者から「批判するのでなく作品のいい所をいいましょう」とはじめにアナウンスされる。
そもそもリアル批評の場って機会が限られているしね。その点ネットはいつでもそれが行われている。回数重ねられるってはとても強み。1回のすごい機会より10回の普通の機会のほうが最終的につく力は大きいでしょう。
特に文極はレベルが高いと思うよ。変な輩もいるけど、でもやっぱね。ここでしっかり鍛錬すれば一定レベルにはなれると思う。今回の新鋭選出だって2年近くネットでやってきたからだと思っている。ネット詩人ですってエッセイにも書きたかったが文字数的にそれは叶わなかった。そん代わり別方向で面白い、てかヤバいのになっていると思うから是非読んでねダイレクトマーケティング。
結果的に合わなくてやめるのはしょうがないけど、でも折角こんな便利な場があるのに使わないっては機会損失が膨大だ。「えーマジネット詩童貞!?」「キモーイ」「ネット詩童貞が許されるのは小学生までだよねー」「キャハハハハ」そんな煽られがあるべきなんだ本来は。紙媒体オンリーな人のほうが殻に閉じこもっている。
ネット詩人ももっと詩誌に爆撃していくべきだよ。実力はあるんだからさ。詩誌でなんらかの成果を出したうえでネット主軸に展開させていくってのが今日の理想じゃない? ('18/03/06 00:08:08 *12)
- アラメルモ :
ネット詩はね、確かに軽薄なものは多いです。いい加減な作品もね。
そんなあなたのポリシーが作品に活かされれば紙媒体では充分通用するし認められるでしょう。
現代詩人会の入選作ちらっと読んでみましたよ。
併せて偉い先生方の批評もね。
まあ、それはいかにも詩らしい詩だ。
腰もしっかり座った作品も多い。
同時に若い方の作品に関心も示しているみたいだ。
でもね、僕のような舌足らずから言わせてもらえばちっとも若さを感じないのね。
同様に刺激も。
選ばれる作品が二極化で落ち着いてきちゃった感じがする。
新しい名前に、めぼしいと思われる何作目かの書き手とに。
つまんないね。
田中アツスケ氏が言ってたことを改めて思い出したよ。
書き方が違うだけで深層は同じような作品ばかり。もちろん伝えたいことはそれぞれ違う。
でもね、真に個性的じゃないんだな。先ずなによりも個としての力強さを感じない。前衛とは挑戦的でもなければダメなんだよね。眉をひそめるくらいに。
紙媒体に載るような作品ばかり。ネットとは意識のズレがあるね。選者たちにも。
あそこで選ばれる作品も後世には残らないね。違う?断言してもいいよ。
ま、下手な批判はさておき、僕は間違ってたのかな。
まだネット詩のほうがおもしろいね。どのみち残らないならば。 ('18/03/06 03:41:32 *7)
- 渡辺八畳@祝儀敷 :
あそこはネットで展開されているけど狭義でのネット詩ではないんじゃないかなと思う。詩誌のネット版というか。
やっぱリアルタイムでの相互批評ってがネット詩の所以たるものかなと。でもそこいくとポイント制の現フォは弱いよね。私がネット詩に参入したのは詩作始めてからちょうど一年後だが、それはフリーペーパーで詩を展開したところで読まれないし批評感想はさらにもらえなかったからだ。そこ求めている身としては点数だけってのでは不満足。罵倒でも文章でなんかあったほうがいい。だから私はあんまりあそこにいないのかもしれない。
選出される詩に関しては別に特別思ったことはないけど、でもまぁ投稿欄自体は試みとしてはいいんじゃない。まずはああいうのを一歩一歩よ。私は投稿しても入選できない場だが。 ('18/03/06 04:26:20 *4)
- アラメルモ :
そうだね。わたしなんか絶対が付いてもいいほど、まず選ばれないだろうね。
選ばれないほうがいいのかもね。万人受けしちゃダメだ。とか舌噛んで諦めてるよ。 ('18/03/06 04:33:24)
- 渡辺八畳@祝儀敷 :
いやでも投稿するだけしたほうがいいですよ。もしかするとがありますし。金かかんないんだから。そこらへん、ネット詩人は引っ込み思案だからよくない。 ('18/03/06 05:05:33)
- アラメルモ :
レベル云々とかの問題じゃないと思う。
レベル言うんだったらそりゃ詩誌のほうが高いかも知れない。
選ばれるのを強く意識してるからしっかりと書かれた作品は多い。
言葉たちが活きてるのか、死んでるのか、問題はそこだよ。 ('18/03/06 15:00:31)
- 野良猫ガイキチ :
終わらない夏休み
程の残虐性もないんじゃなぁ。
さて、書かれていないから読めない。
というなら、能動的表現も受動的表現もないわけだが?普通ではない状況というのも書かれていないよね。
縛れているという描写もなければ、薬で眠らされていると描写もない。
しかし作者は読者が勝手に想像することは駄目だと言う。
それなら描写はきちんと書くべきでは? ('18/03/06 19:34:25)
- 朝顔 :
どうもお久しぶりです。私も(?)猫は嫌いです。
この詩には、震災以前から日本人が被災者を猫のように嬲ることに対しての激烈な怒りがこもっているように思えました。
深読みだったら申し訳ありません。 ('18/03/10 08:57:52 *2)
- 渡辺八畳@祝儀敷 :
野良猫ガイキチさん
は次レスあったら流石にsageでよろしくね。ひとつの作品があんま不必要にずっと上にあるのもよくないし。新しい人がコメして上にいくんならまだしも。私もこれ以降は野良猫さんへはsageで返信する。
終わらない夏休みはちらっと読んだことがある。でもそれだけだね。別にグロ小説読みたいわけじゃないし。それはこの詩もそうで、残虐性のみを主軸にしているならこんなあっさり書かないでしょ。ちぃといちゃもんが過ぎるんじゃないかな。煽りたくってブレブレじゃん。どうせ中身山田なんだろうけどさ。ちゃんとレスしている時のあなたは決して嫌いじゃなかったんだけどね私は。でもこう頓珍漢なこと書かれてしまうとそれも考え直してしまうな哀しいな。ちゃんとしていればあなたも悪くないんだからさ。
閑話休題。終わらない夏休み読むんだったら私は狂気太郎を選ぶ、てか一時期はよく読んでいた。
終わらない夏休みには挿絵があったらしいね。でも私が知ったころにはもう画像の跡しかなかった。野良猫さん見たことある? てか今でも見る方法知らない?
私が終わらない夏休みをそんな読んでないのは前述の通りだが、逆に電波系の検索してはいけないサイトはけっこういっていた。ああねまよとか、あとイルカの夢でさようならなんか特に。自分でBB素材作るぐらいには好きだった(http://www.nicovideo.jp/watch/sm31513869)
グロ表現の対象だとしてもさぁ、実在少女も非実在少女も救われなきゃいけないんだよ。イルカのほうは救われている、ていうか不幸に落ちていない。
あと検索してはいけない言葉だと、「ふぁんしーあいらんど」(http://www.lomando.com/)の名前を借りた私の詩があるのでそちらも是非よければ読んでください。
↓
http://bungoku.jp/ebbs/log.cgi?file=523;uniqid=20170318_457_9501p#20170318_457_9501p
んで二連目だけど、読者がその個人的鑑賞において自由な読み取りをするのは別に構わんよ。でも批評という公共性をもつ行いの中で見当違いな読み取りをして、さらにそれをもって作品自体を低く見積もろうとしていたらそりゃ異議を唱えなきゃじゃん。間違った読みで間違った評価をくだされてしまう。それを防ぐっては生産者の責任じゃね?
自分で書いていて整合性無いって思ってないの? 終わらない夏休みと比較しているのも天然なのか嫌がらせとして意図的にかなのかわからんけどさ、前者なら失望だよ。後者だと別の面から失望だがな。 ('18/03/12 04:44:35 *1)
- 渡辺八畳@祝儀敷 :
朝顔さん
いや別に私は猫嫌いではありません。でもネコ好きコミュニティには恐怖をおぼえています。あそこに加わったら自分が終わってしまいそう。かわいいものに対しかわいいでちゅね〜って骨抜きになっている人たちにはなりたくない。
震災云々に関しては朝顔さんの詩(http://bungoku.jp/ebbs/bbs.cgi?pick=10305#20180309_564_10305p)へ書いた私のコメントへの意趣返しかなと邪推しています。
でも、"日本人が"被災者を猫のように嬲っているかなぁ。例えば東日本のだったら、あれはどちらかといえば科学知識や地理知識無いバカが頓珍漢やってただけだし。阿武隈高地と奥羽山脈挟んだ会津産の野菜は嫌うけど宮城や茨城のは買うって輩絶対いたでしょ。地図にコンパス刺して原発中心に円描いてみろってんだ。
試しに福島第一原発から半径100kmで円描いた(https://goo.gl/br7JTi)
東京やらなんやらで騒いでいる/いた人たちの中で福島が三番目に大きい都道府県だって知っている人はどれくらいいただろうか。長野より大きいんだぞ。(因みに北海道→岩手→福島→長野→新潟 福島は東京の10倍以上の面積がある)
震災とかの話が出ると私はこうシュバって色々と書きますがね、現代詩に対してのポジショニングでのパフォーマンスなところがありますから、まぁね、話半分でいいです。 ('18/03/12 05:07:30)
- 鞠ちゃん :
これは単なる言葉遊びで、意味に生命が宿っているわけではないと思いました。言葉の猫をいじくってるわけですね。言葉を形式的に積んで発生した面白みを味わう種類かと思いました。 ('18/03/12 12:24:10)
- 鞠ちゃん :
完備さん
言葉が正確ではなかったかもしれませんが、意味が生命を放つというのはつまり、言霊ですね。言霊のように言葉が脈絡の中で生き生きと精彩を放つ、真実を孕んで魂を感じる感じを言葉から受ける、という種類ではないと思う、と言いたかったわけです。人を嘲笑するような話し方をしては嫌われますよ。気をつけられたらいかがですか。おせっかいですが。 ('18/03/12 18:16:09)
- 渡辺八畳@祝儀敷 :
鞠ちゃんさん、完備さん
作者として想定していた読みは鞠ちゃんさんのものが近いですね。現象のみがそこにあって、そこに主体的な意思=生命は絡んでこない
完備さんはどう読んだかも知りたいです ('18/03/13 02:15:48)
- 田中宏輔 :
完備さんへ
なにかとぼくの名前を出すのはやめてくれませんかね。ぼくがあなたの作品に触れることも、あなたのお名前を出すことも二度としませんから。あなたも、ぼくの作品に触れることも、ぼくの名前を出すことも二度とないようにお願いします。これが、ぼくからのさいごのコメントです。気持ち悪いのです。 ('18/03/13 03:10:59)
- 渡辺八畳@祝儀敷 :
ここでやりあってもいい、場所貸してやるけど、そん代わりsageでよろしくな ('18/03/13 19:03:31 *1)
- 田中宏輔 :
じゃあ、××さん
ぼくの名前をこれまで通り、じゃんじゃんいろんなところに書き込んでくれてもいいよ。自由だもんね。道理もないんだもんね。 ('18/03/13 20:19:44)
- 田中宏輔 :
渡辺八畳@祝儀敷さんへ
ぼくはageなかったよ。 ('18/03/13 20:48:38)
- 渡辺八畳@祝儀敷 :
田中さんご協力あざっす ('18/03/13 21:03:18)