DOROMIZUと水の泥を処理・夢が変更され選ばれた分離となる。すなわちライフであるギャップ
*
それは生きています
それは、イマ生きています
これは、実際にのどが渇いてい
木漏れ日が明るいです
それは、突然、あなたが特定のメロディーを覚えています
そして、くしゃみ
あなたと手をつなぐこと
それは生きています
あれは、イマ生きています
それはミニスカートです
それプラネタリウム
これはヨハン・シュトラウスです
それはピカソです
そのアルプス
それは彼らの美しいすべてを満たしています
そして
慎重に隠された悪を拒否
それは生きています
それは、いま生きています
叫び
笑い
怒っています
それは無料です
それは生きています
それは、イマ生きています
犬がイマはるかに吠えているという事実
は、地球の周りを走行しています
叫びがイマどこかに上がること
それがイマどこかに損傷であることを兵士、
つまり、スイングは今スイングされ、
それはあまりにも今となっているということです
それは生きています
それは、今生きています
鳥を飛ぶために、
海は轟音されていること
カタツムリがクロールされていること
人々が愛されているという事実
あなたの手のNukumi
その寿命
*参考1
どろみずの泥と水とを選りわけるすきま まばゆい いのち 治癒 ゆめ (笹井宏之「てんとろり」収録)
*参考2
谷川俊太郎「生きる」
>> permanent URI: http://bungoku.jp/ebbs/20161107_601_9248p
- こざかな :
なんだかアキネイターとの対話みたいな。
形式は悪くないけどまだまだ地力が及ばず。って感じ。
わざと不自然な文章にしてある部分の意図がなかなか掴めない。
漢字とひらがなのバランスももう少し考えたほうがいいかも。
即興性の勢いみたいなものは感じるんだけど、
そういう作品ほど基礎が大切だと思う。 ('16/11/07 18:49:09)
- こざかな :
僕は読みすぎると割と変な方向に考えが飛んでっちゃうから。
その書き方は他の評者さんがすればいいと思う。
僕はどれほど言われようと太郎さんが書く批評が本当に好きだし。
それがこの文学極道から失われるべきではないと本気で思ってる。
僕自身は嫌われても別に気にしないけど、
僕に噛み付くことでその批評が書かれる機会が減るのは凄く悲しい。
そんなことより色々なひとへ書いてあげてほしい。
>この投稿者に基礎がないってどうして解るのか?
本人に基礎のできている自覚があるのなら僕の批評を受け取らずに。
この作品はそう見られることもあるんだなってくらいにして、
僕以外からのその人にとって参考になった批評を、
本人が噛み砕いたり噛み締めたりすればいいと僕は考えているから。
だから僕は自分の指摘したことが間違っているかどうかは、
結果的にはとても些細な問題だと思っている。 ('16/11/07 19:26:35)
- 青山 :
>山田太郎
>それからおれがいつ、だれにコメントしようがおまえの知ったことじゃない。
それじゃあ、こざかなと一緒じゃん。
とやかくいう資格なしじゃんじゃん。
自分のコメントには責任なし、じゃんじゃんあぁん、じゃん。 ('16/11/07 19:48:29 *1)
- こざかな :
誰かにそう見られるかどうか、が大切だと思ってる。
僕はこの作品を読み、
文字の欠けのような部分はミスとしか受け取れず。
漢字で書かれた文字とひらがなで書かれた文字は意図されているようなものには見えず。
叫び 笑い の箇所は安直な行変えにしか思えず。
それらを何度も見返し、前後の行を考え、それでも明確な意図は見えず。
なので一行一語の無駄を省き、丁寧に書いているようには受け取れませんでした。
ここまでで基礎の問題だと判断し、同時に即興作品のように感じ、
そして書き慣れていれば即興作品でもこうは映らないと思いました。 ('16/11/07 19:53:18)
- こざかな :
>もともとこれはわざと下手くそで杓子定規な翻訳文、中学校の英語教科書の
>ような変な文章になっているのじゃないのか!
僕もわざとだと思う。そしてこの形式でなら面白いものが作れそうだなって思ったから批評でそう触れた。
基礎って言葉自体の受け取り方はこの書き手が決めればいいと思う。
てか質問なんてしてレスレスで説明が入って、
「なるほどそういうことなら良い詩ですねー」なんて言えないよ。
僕にとって大事なのは、
作品をそのまま出しでどう受け取られるか。だし。
だからできるだけその目線でしか批評を入れたくない。
この目線が気に入らない書き手は単純に僕の批評をスルーすればいい。
投稿したら即効ついた。ってだけでも、
どういう読み手かどうかのヒントになると思ってる。
口語体なのもかるーく読む人なんだなってヒントだし。
なんども編集追記しないでよー!
>おれをコケにしたギャグを面白がったじゃないか。
は? ヌンチャクさんの作品のこと?
ドカベンの山田太郎のパロとしか受け取ってない。
だって太郎さんには全然似てないじゃん。 ('16/11/07 20:15:58 *1)
- こざかな :
なんなんだよそれ。
あれ読んで自分をコケにされたと思ったの? 腹立たしい。
訳知り顔なんかすんなってまた言われるんだろうけど、
僕の中の太郎さんはもっと、この文極にとって大切な、
名指しで申し訳ないけど玄こうさん辺りとは逆方向からの、
詩作への明確な考えや立ち居地を持っている人だって思ってる。 ('16/11/07 20:31:36)
- こざかな :
残念です。
僕はあなたへのレスで都合のいいように後付けや言い訳をした部分は一つとしてありません。
最初からこれを崩さないようにだけ考えて批評を入れてきました。
そしてこれからもです。 ('16/11/07 20:47:05)
- 山田太郎 :
おそらくこの詩のベースになっているのは
投稿者が注で示している谷川俊太郎の「生きる」でしょう。
「生きる」を読んで、なにかハッと胸を打たれる瞬間があったのかもしれない。
あの独特のリフレインが、作者のなかで作者なりのリズムに転調している。
ぎこちないけど、生きていこう、生きようという「息」使いが、でこぼこの
脱臼したような語りのなかから聞こえる。ような気がします。
詩の巧拙とか才能なんか関係ない。わたしには、これはかなり感動的な詩です。
たぶん、谷川への作者なりのオマージュなんでしょう。 ('16/11/07 20:57:31 *2)
- 青山 :
なんだかみなさん茶飲み話の様相を呈してきましたね。
「匿名」氏がおっしゃるとおり。チャットサイトですね、もうここは。笑 ('16/11/07 21:13:01)
- ヌヌ対 :
一部改稿しました。
私が読む前に山田さんのコメントが消されてしまったようで残念です。しかし、好意的に受け止めてもらえたようで、作者冥利に尽きます。 ('16/11/07 22:37:31)