オーロラをめぐるスカンジナビアの旅。学生の冬休みや、社会人の年
末休みの時期を避けて、と思っていた。だからこのタイミングで、北
欧の氷河に日本人の、おばさんの一団が大挙しておしかけていたのは
まったくの誤算だった。彼女達の姿形はまちまちなのに、みな一様に
フラフープを持参している。
今の会社に勤めはじめて丸5年になる。そして今3回目の休職期間を
過ごしている。ポンプのモーター音、水草と砂。青白く輝く水を湛え
た水槽が、窓のない4畳半ほどの小部屋を淡く染めている。机の上に
はボールペンとわずかの紙片。人事の黒田さんはやんわりと退職を促
している。壁の向こうの毛羽立った空を思う。両手で掬うと水は思い
のほか冷たい。部屋の壁では熱帯魚のグラフィティが回遊をつづけて
いる。
旗を持った添乗員と思しき男性にたずねる。これはいったいどういう
ツアーなんですか。男性は答える。「オーロラの下でロマンティック
痩身ツアー」なんですよ、と。オーロラを見上げながらフラフープ、
感動ついでに気になる腰周りの肉をシェイプアップ、そういうことら
しい。まったくいかれた話だ。
出張とか外回りとか、そういう役回りがなるべく少ない仕事がいいと
思っていた。ところが辛うじて滑り込んだ今の会社で待っていたのは
正反対の仕事だった。毎日のようにあちこち飛び回って汗水を垂らさ
なければならないうえ、たまに会社に戻れば、山のような書類の処理
と、こと細かな報告書の提出を求められた。いろいろな場所に行けて
いいじゃないかと言う人もいたが、ぼくはいろいろな場所に行きたい
なんて微塵も考えたことがない。
SUUNTOの腕時計が21時を告げる。やがて空にぼんわりと幽霊のように
現れ、うねり、形を変えるものがある。オーロラだ。寒さを忘れ、ぼ
くはそれを注視する。その動きは次第に大きく、強くなっていく。す
るとおばさんの一団も、ここぞとばかり一斉に太い腰をうねらせ、フ
ラフープを回しはじめる。歓声とも嬌声ともつかない声がスカンジナ
ビアの氷河に響く。オーロラはあられもない奇態を現しはじめる。
やがて体のあちこちに変調をきたした。心因性の抑うつが原因だろう
と言われた。ところが社長は精神論の信奉者で、上司はぼくを厄介者
とみなしている。内勤を希望したがそれも叶わず、2回・3回と休職
を繰り返し、結局今こうしてぼくはスカンジナビアにいる。オーロラ
を見る、ただそれだけのために。日本に戻ったら、退職願いの書き方
を調べてみるつもりだ。
真っ白い息を吐き出しながら、首が痛くなるくらい空を見上げつづけ
ている。オーロラのフラフープが止まらない。おばさん達から流れ出
た汗は奔流となり、雪解けよろしく氷河を溶かしていく。ぼくは足元
が崩れていくのを感じている。いつのまにかぼくは一団の先頭で旗を
振っている。こんなに旗を振って、ぼくはこの一団をどこに導くつも
りなんだろう。
もう潮時だろうと思う。不要な汗を出し尽くし、おばさん達の腰はく
びれにくびれ、みな砂時計になって佇んでいる。ひとり、またひとり
と、持ち時間を使い果たしていく。やっと静かになったスカンジナビ
アに、さらさらと音をたてながら、砂が時を刻んでいく。そして最後
のひとりが砂を落とし尽くした瞬間、足元が音もなく氷解する。遠ざ
かっていく空に光の輪が見える。氷河の下では輝く魚達の群れが回遊
している。青白く、ただ青白く染めて。小部屋のドアを開けて黒田さ
んは、誰もいないことを確かめてから施錠する。
- ケムリ :
待ってましたよ、こういう作品。素晴らしい。
イメージは(あくまで作中に於けるものかもしれないけれど)「私」から始まり、飛躍し、「私」へと帰着していく。シュールレアリズム的な手法の中に人間的な抒情が光っている。シュールに突き抜けていく感じではないけれど、それを補って余りある美しさ。「おばさんとフラフープ」っていうあくまで奇をてらった、薬缶と蝙蝠傘みたいな感じのものから、それが必然へと昇華され、描写されていく流れ。オーロラと壮大な景色、「私」が生きる矮小な現実、その二つが接合されて、なんともいえない切実さと、イメージの飛躍をもたらしている。簡潔でクセのない文体できっちりと描ききられた文章、文句なしです。今まで一体どこに隠れていたんですか、って言いたいくらいです。個人っていうインナーワールドの世界性、ぼくはそういうものを描写しきって飛躍していく作品が非常に好みなんですが、この作品は見事にハマりました。最終連で幾つかの独創的なイメージが、必然性の下で一体となり、世界となる。こういう作品はたまらなく好きです。
最近幾つかの作品を絶賛したけれど。こういった作品が出て来るたびに、ここにいてよかったと思います。意地でもどっか改良ポイントを見つけてやろうと思ってるんですが、まだ見つからない。頭が冷えたらもう一回目を皿にしてみるつもりです。 ('07/02/27 00:10:39 *1)
- 蝿父 :
久々にやられた ('07/02/27 00:52:30)
- ダーザイン :
面白いですね。得体の知れないイメージを思い付く人は結構いますが、写実描写で開かれた世界の中に記述することはおろか、シーンの描写すらも満足に出来ない御仁が多い中、狂態やら病態やらを書いておりながらも筆者は自意識閉塞者の様子もなく冷静に、オーロラの下で演じられる狂態の中で変容していく語り手の様子を記述しています。エンディング、氷河のしたの深度と色彩で締めくくるあたりも、みごとな手腕だと思います。
再見キボリ ('07/02/27 08:23:44)
- ゆま :
はじめまして。
ざっと一読したときに気になったところを書いてみたいと思います。
四箇所ありまして、2連「わずかの紙片」は「わずかな紙片」のほうが自然だと思います。
3連「正反対の仕事」は、その前の文の内容が内勤らしい仕事でないと分かりにくくて引っ掛かると思います。
6連「あちこちに変調をきたした。」は、次の文で理由の説明があるため、「あちこちが」のほうがすんなり読めると思います。
最終連「黒田さん」の部分は、一瞬どこから出てきたのかと驚いてしまいました。
2連で出てはいるけれど、そこでの小部屋の描写からすると、出張や外回りの多い話者が、このような部屋に席があるとは思えず、普通に読んで自宅の自室で会社の出来事を思い出しているのだと理解したからです。
おばさんでなく、オーロラがあられもない奇態を現しはじめる、など、作者の中で飛躍があっての最終行かもしれませんが、私はかなり引っ掛かりました。
けれど内容がとてもよくて、伝わるものがひらけていくさまが心地よかったです。 ('07/02/27 09:48:16)
- まーろっく :
散文詩というものは散文として一度死んで、詩としてよみがえるものだと思う。この作品は散文としての死を通過していない感じがする。
もしそうだったら、オーロラの下でフラフープをする中年のおばさんたちの姿はわれわれの住む散文的秩序に収まりかえった世界への痛烈なアンチイメージとして迫ってくるはずだ。
しかし今のところ、このおばさんたちに僕は単なる滑稽をしか感じられなかった。推敲などと言ってしまったら修辞上の技術だけの問題になってしまいそうだから、あえて言うなら発話精神、平たく言えば語る心の持ち方とか声の出どころ。散文と詩を異ならしめているその部分への意識に目覚めないと読み手を震撼させるような作品にはならない。
この作品のみならず散文詩スタイルの幻想的な作品の書き手に多く共通して言えることだと思いますが、幻想そのものの奇抜さだけでは詩にならないのだと思います。 ('07/02/27 15:25:21)
- 池中茉莉花 :
すごいですね。。。
最後のフレーズ、「砂が時を刻んでいく」までよんで、
一瞬、「スカンジナビアだからもしかして途中で溶けるのでは・・」
と(わたしが)思った瞬間、足元が氷解していくようすが目に飛び込んで
きました。
青白さも、スカンジナビアの魚たち(鰯、鰊など)が凍えながら泳いでいる
(仄かなきらめきも含んで)いるイメージを感じました。
全く的外れだったら、ごめんなさい。
もっと全体について後日書き込みます。 ('07/02/27 15:50:58)
- 宮下倉庫 :
ケムリさん
はじめまして。なにか目につく箇所がありましたら、ぜひご指摘ください。よろしくお願いします。
蠅父さん
はじめまして。蠅父さんにこの作品が響いたようで、とても嬉しく思います。
ダーザインさん
はじめまして。また機会を得て、作品を投稿したいと考えています。その際は、ぜひ率直な意見をお聞かせください。よろしくお願いします。
ゆまさん
はじめまして。「な」と「の」の違い、「に」と「が」の差異と効果については、正直明確な根拠を僕は持っていません。母国語であるがゆえに、かなり無神経になっているのかもしれません。今のところ、もっぱら音の効果だけで選択しています。
小部屋の設定ですが、かつて聞いた話に、社員を退職に追い込むために会社が取る手段のひとつとして、外部とのつながりの断たれた社内の小部屋に社員を閉じ込め、なんら仕事をさせないで始業から終業まで過ごさせるというものがある、というのがありました。それをイメージして書いたのですが、水槽があったり、壁に熱帯魚のグラフィティがあったりしたので、ゆまさんには話者の自室と思わせてしまったのでしょうか。エンディングの効果を優先したために、読み手への配慮を欠いた、と言えるかもしれません。
まーろっくさん
はじめまして。
>この作品は散文としての死を通過していない感じがする
散文形式の詩は、行分けが詩の条件であると思っていたことに対する、おおげさにいうと試練として書き始めました。正直、自分のスタイルというか、信念めいたものが希薄なまま、書き続けています。上の一文は、なにか看破されたような、そんな気がします。また考えなければいけないことが増えました。
池中茉莉花さん
はじめまして。最終連の展開が池中さんには見透かされてしまったようです。全体についての書き込み、楽しみにしております。 ('07/02/27 22:29:07)
- らみれす とよはら :
はじめまして
私も、ゆまさん まーろっくさんに、似た読後感です。だめですねアイデアだけの先走りは…
まず、全体に各連が、切れすぎていて、話者の視点、居場所が、不明瞭です。
一連と二連は、いきなり切れ過ぎたですね。
三連では、もう話者は唐突に、添乗員に話しかけています。
一連のおばさんが、誤算な理由は?
ニ連の青白いと終連の青白いの関連性は?
五連の腕時計のブランドと、時間の記述は、何か必要ですか?
等々…(注文たくさん各連有ります)
終連、黒田さんの動行を、どうにもぼくが、話述できる視点がどこに在るのか、?です。全て摘んでおいて、ほったらかしで、おばさん、フラフープ、クビレ、砂時計を、オーロラに乗っけては、?ですね。
状況記述で、引き込むおつもりなら、連の引き継ぎを、よくお考えになり、淀みなく読者を、引き込む文体を、お考え下さい。
タイトルも、ついでに御一考されては?
もっと、読む者に強いナニかをつきつけて下さい。
まだ推敲前の、佳い詩になる骨文の段階と、思いました。是非、推敲後完成型を、後提示されたらと思いました。 ('07/02/27 22:48:08)
- 黒船 :
はじめまして。
やばい。面白いです。
一見シュールかと思いきや、オーロラからおばさんのフラフープ等、
多くの比喩や記述に必然性を感じました。
イメージの飛躍ってのはこういうことを言うのですね。
文章の構成も参考にさせていただきたいと思いました。
細かいことですが、「正反対の仕事」は私もちょっと引っかかりました。 ('07/02/28 00:19:53 *2)
- ケムリ :
らみれすさん、それ本気で書いてますかね?
「おばさんが誤算な理由」とか、本気で聞いてます?評も、評価対象ですんで噛み付きますけれど。連の切れ方もこの程度の錯綜は全く以って、アリだと思うんですけれど。時計の描写は、写実描写に力を入れるための味付けだろうしね。(服のブランドや形を記述したりするのは良くあることで。「スニーカーを履いて」、よりは「紐が千切れかけたアディダスの五年落ちのスニーカーを履いて」の方が、より明晰な描写でしょう。過去と未来を行き来して、錯綜し飛躍する「ぼく」の目線がこの作品のキモなのに、それを潰せとはあんまりな指摘だ。アイデアだけの先走りというには、この作品のイメージは必然性を帯びすぎている。
ただ、ゆまさんの指摘の一部は確かですね。ぼくは「リストラルーム」(正確な名前は違うかもしれない。ホワイトルームだかクリーンルームだかだったかも・・・)の存在を知ってたから、すんなりと繋がったけれど。あれって確か、セガ辺りから出た話で、ドリームキャストが発売された頃の話ですから、もう知らない人が多い話になってしまったのかもしれない。知っていれば、出ているパーツですんなりイメージは繋がるんですが。それを読み手に強いるのは、親切ではないですね。下手したら、ぼくが小学生くらいの時期で、これを覚えている世代はぼくが最後かもしれないな。「湯川専務がブチ込まれた」って噂もあった。ぼくが今21歳、ゆまさんとのほんの僅かな年齢差が生んだ誤差かもしれない。しかし、この「部屋」についての説明的な描写をこの作品に放り込むのは苦しいところです・・・。ぼくなら、入れないかもしれない。
今の会社に勤めはじめて丸5年になる。そして今3回目の休職期間を
過ごしている。ポンプのモーター音、水草と砂。青白く輝く水を湛え
た水槽が、窓のない4畳半ほどの小部屋を淡く染めている。机の上に
はボールペンとわずかの紙片。人事の黒田さんはやんわりと退職を促
している。壁の向こうの毛羽立った空を思う。両手で掬うと水は思い
のほか冷たい。部屋の壁では熱帯魚のグラフィティが回遊をつづけて
いる。
恐らく、この連からの時間錯綜がスマートではないんでしょう。今と過去が、錯綜しすぎて、読み手が混乱を起こしている。ついでに言えば、外勤メインの主人公がリストラルームに放り込まれる過程も書かれていないので、より一層の混乱を招いている。
(主人公が外勤をしていた頃)→(リストラルームに放り込まれて退職を促されている頃)→(スカンジナビア到達)の三段階の時間軸が錯綜してるんですが、1と2の移行が汲みにくい構造になっています。最後の「黒田さん」の描写辺りからして、主人公のメインの目線、飛躍する前の主人公がいる場所が明晰に示されていないのはやはり混乱の種になるでしょう。最終的には、やはり「リストラルーム」に帰着しているので、この輪郭の甘さは惜しい。僕が既に居なくなった部屋の鍵が閉められる、っていう哀切なラストを読み込めなかった読者がいるのは寂しいことです。
>内勤を希望したがそれも叶わず
辺りの描写も、混乱を助長する一因になっています。
もう一推敲すれば、その辺がよくなるかもしれない。しかし、時間の錯綜はこの作品のキモなので、手の入れすぎにも同様に注意して欲しい。この作品が「錯綜」しつつも最低間の手数でかかれていなかったら、面白くもなんともないですから。
アタマを冷やしたら、少し見えて来たけれど。ホントに、薄氷を踏むような作品なんだな、この作品は。イメージの飛躍ってのは、ある種の破綻を抱え込む作業なわけで。しかし、「イメージの飛躍」の最良のモデルとして、ずっと人目に触れ続けるべき、素晴らしい作品だという評価は変わりません。「ぼくが書きたかった」っていう悔しさもありますが。 ('07/02/28 04:12:37 *7)
- コントラ :
透明感のある文体で、読み心地はいいのですが、読者として、何を受け取っていいのか、困る、というのがあります。
>退職願いの書き方
>を調べてみるつもりだ。
なんていうか作者が、作品世界から遊離してしまっていて、手ごたえがこちらにつたわってこない、というのか。
スカンジナビアにオーロラを見に行くのは、一時的な逃避以外にはなく、状況は一向に変わらない、そんな感じがして、読んでいるほうは、なんだか、ああ結局出口はないんだな、みたいな気分になる気がします。
>を調べてみるつもりだ。
なんていうか作者が、作品世界から遊離してしまっていて、手ごたえがこちらにつたわってこない、というのか。 ('07/02/28 15:48:51)
- 宮下倉庫 :
らみれす とよはらさん
はじめまして。色々ご指摘いただき、ありがとうございます。少し、答えさせてください。
>まず、全体に各連が、切れすぎていて、話者の視点、居場所が、不明瞭です。
スカンジナビアにいる「ぼく」、会社の小部屋で回想している「ぼく」が交互に現れる。そして異なる時間・場所にいたはずの「ぼく」が第7連で交わり、最終連でいなくなる。そういう順路にしてあるのですが、分かりにくいというご意見も、ごもっともかもしれません。
>一連と二連は、いきなり切れ過ぎたですね。
>三連では、もう話者は唐突に、添乗員に話しかけています。
どうでしょう。僕は許される飛躍だと思います。
>一連のおばさんが、誤算な理由は?
金はないが時間に融通の利く学生、金はまああるが時間に融通の利かない社会人。このふたつの勢力が自由に動き回れない時期(12月初めくらい)を狙えば、静かにオーロラを見られるかもしれない、という希望的観測を「ぼく」は抱いていたという設定にしてあります。
なのに、ここでは騒々しさの象徴としてあるおばさんの、しかも団体がいた。
これが、おばさんを誤算と表現した理由です。
>ニ連の青白いと終連の青白いの関連性は?
青白い色は憂うつを連想させる、というのがひとつ。もうひとつは、最終連で読者を幻惑したいと考えていたので、最初と最後に青白いという記述を配置しました。
水槽の中に「ぼく」が消えていった。あるいは小部屋そのものが水槽であった。そういう不可思議さ出したかったんです。そのために、小部屋の水槽には魚を泳がせず、グラフィティの形で壁に配置したのですが、どうも上手くいっていないようです。
>五連の腕時計のブランドと、時間の記述は、何か必要ですか?
SUUNTOは、フィンランドのスポーツウォッチブランドなんです。ひところ流行ったようですが、最近はどうでしょう。21時という時間は、オーロラの見られる時間帯について調べているとこんなサイト
http://www.ausky.jp/howto_watch/watch_exp1.html?from=top
がありまして、スカンジナビア半島諸国では19時〜23時の間によく見られるらしいんですね。そういうわけで、時間は21時、それを明確にするための小道具としてフィンランドブランドの時計を採用した(G-SHOCKよりしっくりきませんか)ということです。
>終連、黒田さんの動行を、どうにもぼくが、話述できる視点がどこに在るのか
最終連で「ぼく」はいなくなっています。ですので、黒田さんの行動を語っているのは「ぼく」ではないと受けとられるのが普通ですね。急に他の話者が登場するのは、虫のいい設定と言うべきでしょう。このご指摘は、甘受します。
>タイトルも、ついでに御一考されては?
タイトルと本文の関係については、まだ余り考えたことがありません。いまのところ、難しいと思います。
>もっと、読む者に強いナニかをつきつけて下さい
おっしゃるとおりです。頑張ります。
黒船さん
はじめまして。
>「正反対の仕事」は私もちょっと引っかかりました
書き手としては、読み手は当然に「出張とか外回りとか、そういう役回りがなるべく少ない仕事」の対となるものを、この言葉で連想できると考えていました。しかし、それはかなり不親切な考えだったようです。読み手視線での推敲が足りていないということかもしれません。コメント、ありがとうございました。
ケムリさん
再レスありがとうございます。主人公の立場の変遷についての記述が甘いというのは、おっしゃるとおりだと思います。この作品を大幅に書き直して再発表することはしませんが、次作にこの経験を活かせるよう、精進します。
コントラさん
はじめまして。
>作品世界から遊離してしまっていて、手ごたえがこちらにつたわってこない、というのか。
作品と自分とを切り離す、ということについてでしょうか。そこのところはとても難しくて、作品との適正な距離、とでも呼ぶべきものを、僕は測りかねています。正直よく分からない部分です。極端に切り離そうとする余り、血肉、みたいなものが作品から奪われているのかなあと、最近よく考えます。コ
メント、ありがとうございました。 ('07/02/28 21:43:48)
- ミドリ :
はじめまして、宮下さん。
基本的にナンセンスとユーモアをベースにした作品だという気がします。完成度は抜群に高いと思います。
時系列の重複は作品に厚みを与える役割を担っていて、ぼくもたまに使う手法ですが、違和感なく入っていけます。
「水槽」「痩身ツアー」「suuntoの腕時計」こういった作品には、こういう道具立てやディティールの描き込みを、じゃんじゃん出していった方が面白いし、それを作品の中に取り込んでいけば、その作品の含みからイメージがガンガン湧き出していって。湧水のごとく広がりをもった作品へと近づいていけると思います。文句なく、面白いポエムだと思います。 ('07/02/28 23:01:18 *1)
- ゆま :
ケムリさんへ
小部屋をリストラルームにしたかったのだということは、最後の締め方でうかがい知ることができるけれど、それまでの記述がケムリさんが抜き書きした部分のように適切でないため、私なりに納得できる受け取り方をしたのです。
リストラルームだとした場合、この話者にとってこの小部屋での拘束時間は、外回りの仕事よりも堪え難いものだろうかと考えたとき、それで退職しようという決心に繋がるとは思えなかったのでリストラルームにするにはおかしいだろうと思ったまでです。
話の落ちとして読めば気にならないことかも知れません。これについての返信は結構です。 ('07/03/01 09:46:36)
- 宮下倉庫 :
ミドリさん
はじめまして。コメント、ありがとうございます。
どちらかというと、少なくとも自分にとってはポエムっぽくないポエムを書きたいといつも思っていまして、そのためにはナンセンスとかユーモアが大きな武器になるのではないかと思っています。最近は、いろんな人の優れた作品を読んできたせいか、やけに優等生ぶったものを書いているような気分になることもよくあるのですが。
もし、次の投稿がありましたら、またご意見をお聞かせいただければ幸いです。よろしくお願いします。 ('07/03/01 21:52:33 *1)
- コントラ :
うまく伝えることができませんでした。すみません。
作文としては、上質なのですが、いまひとつ、鮮烈さが足りない気がして、それは、技術の問題よりも、作者の感情の強度が、足りないんじゃないかと。それは、前回指摘した部分もそうですが、
>ぼくはいろいろな場所に行きたい、なんて微塵も考えたことがない。
>学生の冬休みや、社会人の年末休みの時期を避けて
>内勤を希望したがそれも叶わず、
この作品に繰り返しあらわれるのは、(1)何かをしなければならない、もしくは所与の状況→(2)逃げたい→(3)やっぱり逃げられない という構図であって、その障壁を飛び越えていく衝動感が伝わってこない。だから、最終連のイマジネーションも、表層としか受け取れれない。読んでいて、なんだか欝になります。(僕だけでしょうか??)
「会社はいやだから、スカンジナビアに定住する!!」くらい腹があれば、いいのにな、と思います。
スカンジナビアという地名は、日本人のイマジネーションのなかで、強いコントラスト(対比)を喚起するような、特権的な言葉だと思うんですよ。この対比効果を軸にするんだったら、僕だったら、もっとあざとく、鮮やかに描きたいと思いまね。時間はかかりますが。 ('07/03/02 10:12:29 *1)
- 宮下倉庫 :
コントラさん
こんばんは。再レスありがとうございます。
>鮮烈さが足りない
>作者の感情の強度が、足りない
今まで何度か、書いている自分が自分の胸を絞り上げていくような高揚感を覚える作品、そんなものを書けたことがあります。このスカンジナビアは、そういうものではありませんでした。どちらかというと、抑制を利かせながら書く、ということに力点を置いて書いたものであったと思います。
その結果として鮮烈さが、感情の強度が足りないのかと問われれば、それは書き手にとって都合のいい方便でしかないと思います。コントラさんが感じられた問題は、この作品の着想の瞬間に孕まれてしまったものかもしれません。おっしゃるとおり、出口も救いもない、そんな表現の連続ではあります。「こんなに旗を振って、ぼくはこの一団をどこに導くつもりなんだろう」。この一文は、ここに投稿するにあたり削除するか、せめて改編するつもりでいました。少しばかり、僕が望んでいるものとの乖離が大きすぎる、と。しかしいい代替案が浮かばず、結局そのまま放ってしまったのですが。
感情の強度の不足は、僕にとってのっぴきならない問題です。次回、投稿のチャンスがあれば、スカンジナビアとは毛色の違う作品を投じられればいいと思います。鮮烈さについては、単なるヘタなのかもしれません。ご指摘ありがとうございました ('07/03/02 20:11:49)