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cuervo

選出作品 (投稿日時順 / 全2作)

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アムネジア

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Amnesiaの意味はディランが教えてくれた

ディランはインド人とイギリス人の混血で絶望的に勉強ができないうえに チビの痩せぎすだったが サーカスを脳内にぶち込んだみたいに 多彩な表情をする奴で 俺たちの一時限目から六時限目までぶっ通しの乱痴気騒ぎにはとっておき スティールのように堅物のサイエンスのMr.Car(車先生)すらもディランにはすこし甘かった

ディランは鳥頭!と呼ばれていて その理由は言わなくてもわかるだろうけど まるで滑り台をすべって遊ぶ子供たちが そのままの勢いでママのところまで駆けていくように 無邪気に 数学の公式を 昨晩のテレビの内容を さっき吹いた口笛のメロディーラインを するするするする 忘れていってしまうからだった 一度 中国からの留学生が冗談で ディランはアムネジアだな と 言ったことがある 俺はその単語がわからなかったから はー?なにそれ?だったが 周りにいた友達たちが軒並み やっべーよこれどうすんだよ みたいに なってて は?は?は?と思っていたら ディランがちょっとうつむきながら笑って 「たぶん遺伝なんだ」と言った

そのとき俺は知らなかったが ディランの父親は記憶喪失だった

しかしそれは後天的なものだったので 遺伝ということはありえなかった ディランがどうして遺伝という難しい単語を知っていたのか それは誰もわからない 彼は何かを勘違いしていたのかもしれない じっさい俺たちはいろんなことを勘違いしながら生きていた

いっしょに授業から抜けだして(その年の物理のクラスは二回しか出席しなかった)学校の二番目に近いバス停で 彼は俺に記憶喪失という言葉を教え なぜ彼の父親がそうなってしまったかの成り行きを教えた そのころ俺は英語がジャッキー・チェンの100倍下手で まるでギリシャの蛮族の子供のように言葉に似たようなものを喚きちらしていたので それを見兼ねた現地人はまるで命の木の実を 愛らしい森の動物に分け与える精霊のやりかたで 俺に英単語を教えるのが慣習になっていて ディランはそれをサーカスの休業中にやってくれたのだった ストロボライトがすべて落ちたあとの静寂 サーカスリンクのど真中 曲芸師たちが放り投げるための椅子と机を置いて 沼に住むお化けのような蝋燭に火を灯して まるでクロップされたように闇に浮かぶテーブル ディランは椅子の背を向けて座っている

テントの外で明日やる演目を楽団が練習しているのが聴こえる 彼は悲しそうな表情も楽しそうな表情もしていない 彼はお面をかぶっていた あるいはいなかった 俺はわからない 彼は俺の前に座っている

俺がなにかいおうとすると 唇の前にひとさし指をたてる
楽団が最後の一小節を手放し 檻の中の闇の動物たちもなぜか黙りこくり
彼は俺に記憶喪失を教えた

彼がまだ生まれる前 彼の母親と父親はある家に間借りしていた その家主はマリファナの栽培人でそれを売買して生計をたてながら自分でも死ぬほど吸いまくるといったクズだったが そういう人間によくあるように すこし肩の力は抜けているけど 基本的にはジェネラスないいやつだったので  ディランの両親はさほど気にしなかった

ディランの父親の国ではそれは当たり前の習慣であるし ディランの母親もヒッピー・ムーブメント(特にベトナム戦争がからむ文脈において)には少なくからず共感していたので抵抗はあまりなかった

なにしろ 広くて 綺麗な家で シティからも近く 二棟にわかれていたのでジャンキーとのプライバシーは保たれていて 幽霊がそこここから出そうなくらい古かったが とにかく 家賃が安かった それはもともとジャンキーの祖父の持ち家だったらしく ディランの両親としては いろんなものを天秤にかけたあとに そこに住むことに決めた

何拍かの季節を置いて そろそろディランの父親がプロポーズの言葉の草案を練り始めたころ ディランの父親は記憶喪失になった 

なんてことはない ある夜 暴漢が家に押し入り ディランの父親の脳天を野球ボールに見立てながら 場外スタンドにぶちこむべくめいっぱいの力で フルスイングをしたのだ 

なぜそんなイカれたことをする人間が世の中にいるのか それは誰にも分からない しかしジャンキーの絶叫を聞いたお隣さんの証言 その後 ジャンキーは二度と帰ってこなかったこと 麻の畑がある秘密の地下室がひどく荒らされていた事実など をつなぎ合わせると おそらくギャングのごたごたに巻き込まれたのでしょうと警察は妙に冷徹な口調で クリスマスで帰郷していた女にことのあらましを説明した 夫はぼんやりと病室の天井で廻るファンを眺めている も しあなたもあそこにいたなら と多くのひとが なにかとても見当はずれな猜疑を白目に隠しながら 女に言い 継いだ まるでメリーゴーランドのように 白い馬 黒い馬 青い馬 黄金の馬 白銀の馬が 女の前に 上下しながら 回転しながら 卑猥にいななき クリスマスだけを求める音楽が ぐるぐるぐる 回り ま るでシャンデリアを爆破したみたいに 光が加速して 伸びきって 虹だわ! 虹が膨張しているの! 虹が燃えたあとにすぐ凍 り 馬群は走りながら燃えていき あらゆる噂やことばが回り わたしたちが凍り 病室の天井のファンが回 り カ シャンと弾薬が回り このリボルバーの弾倉が回り このまま フェザータッチで 引き金を引けば さまざまな音楽がとまる のね わたしはいろんなことをわすれるのね 蟻地獄のような螺旋状に刻まれた の口径の内臓から 流星のような弾丸が飛び出し 真っ白な清潔な流星が私のこめかみに 突き刺さり 私の脳天をまるで野 球ボールのように ストレートに 150キロ ど真ん中がフルスイングされ 真芯にジャ ストミートし 白球が ロケットのように夜空にぶち上がり これは大きい!これは大きいい!  真夜中の一番暗いところ 場外スタンドのはるか上空に消 え去り  1 6年ぶりのベアーズのワールドシリーズ優勝です! テレビの中ではテープリボンが頭がイカれたように舞い 祝祭の中でベアーズの監督が月まで胴上げされ ホームランボールはぐる ぐる地球を 回り ジリ  リリ リリ と煙をあげながらホイールがスピンし サーカ スでたてた人差し指 天井のファン わた したちのどこかに回らないものがほしくて その残像が息切れする ところに わたした ちの素敵なものが テレビの調子がおかしくて ビリビリと手紙がやぶれるような音 がして 



ブツウンと電源が切れ

ソファーに溶けたチーズみたいに ぐたりと座るディランが天井のファンをみつめながら あれ俺いま何の話しをしていたんだっけ?と言って ははは 二人で笑った


ファミレ

  cuervo


美しいものはそのまま美しく、そんなに美しくないものは、そのように。
すべてのものがそうあったら、いいな、と思ったんだった。

ミミドラファ意味もなく、悪意に敏感なときってある。真実はもう地球の何処にも埋まっていないと、世界地図を広げて思ったりする、子午線をくすり指でなぞる。あなたが考える、いちばん、柔らかな言葉で、あ、あ、あ、って、口のかたちを、壊さないまま、息を、ゆっくりと、吐き出してください。それが宇宙の苦しさですよ。みたいなさ。真空蒸着?シロップがわだかまるアイスコーヒーみたいに。固形で、すこし寒いよ、夏なのに、あんなにも夕暮れの視界は溶けたのに、寒い、子午線が痛いよ。そんなのに比べたらカラスのほうは、いかにもやさしく世界を積み重ねていくんだ。

悪魔!に!さらわれてしまえ!と、おっさんがダッシュしながら、叫んでた、みんなおっさんのことを、残念なひと、あっちの世界のひと、とかいっていたけど、残念なあっちの世界って、どこですか?おっさんは裸で、ときどき踊って、くたびれたハットに、お金を投げ入れてもらう。銀貨ならにっこりする。金貨ならうねうね、踊る。紙幣なら、うねうね、踊りながら、にっこり。おっさんはそれで林檎を贖う。林檎でお腹が一杯になったら。おっさんは街路へ駆け出す。あの教会の鐘の音よりもしなやかに。夜の賑々しさを守るように。おっさんは叫ぶ。罵る。「悪魔に!悪魔に!」影を深く、深く刻みつけていく。でもおっさんは全裸だ。ねえ、おっさん。アーメンなのですよ。残念なあっちの世界に幸があらんことを。あまつさえこちらの世界には、不幸が溢れてる、らしいから。

ミミドラファいつからか、みんな仮面をつけてる、ここは、不思議な街だ。海も、川もないのに。ちょっと沈んでいる。「呪いですか?」と尋ねてみよう。町人はハーモニカで、生きるってことは罰ゲームじゃないです、罪を探したいなら、スペースシャトルにでも乗れば?と答えます。ソソラシドレミソファ。罪と罰。○と×。誰も。ほんとうに誰も。ソソラシ。ドレミファ。悪魔。「どういう風に生きればいいんですか?」と尋ねてみよう。ファミレと答えるだろう。ファミレ?「うん」喋れたのかよ。

文学極道

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