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最果タヒ

選出作品 (投稿日時順 / 全2作)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


四季

  最果タヒ

 嗅覚だけで、空の色を判断することが、なぜこんなにも困難なのだろうか。「ぼくの体の中では、ゆうやけがはじまっている」肌に触れるものが、ぼくの毛先でなければいいと、もう永い事、祈っている。「だから目をあけない」祈っている。

 視界の外でまつげが、揺れているのが朝のはじまり。少し遠くにつちふまずをみつけて、その奥に雨の音をみつける。夕べは窓をしめなかったから、たくさんの妖精が、忍び込んでいるはずだよ。春だ。狂おしいほど春だ。いい音が鳴っている、雨。水が窓際の畳に、さくらの花びら、に似た、冷たい足跡を、残していっている。春だ。

 聞こえている、(ときどきは、きみもしてみたほうがいいよ、すうっといきをはいて、そのままちいさくなっていくんだ、目をとじて、くらやみはいちばんのみかたさ、のみこむのみこむ、体温がひくくなればなるほど、だれかが抱きしめてくれている)、気がする。

 少しずつ忘れ物をする少女が、ぼくの部屋に住んでいる。きのうは左手首を路上に忘れてしまっていた。「雪がふっていたから、いそいで走ったの」ぼくは雨の水でそれを洗う。さくらの香りがして、溶けていく。雪。振り向いて、みつける、少女、笑って、笑ってる。「雪がふっていたから、いそいで、」いい音が鳴っている、雨。ここには、たくさんの妖精が、忍び込んでいるはずだ。


死なない

  最果タヒ

わたしは
傘でしたが

あめふり、始まった瞬間に窓から捨てられてしまいました。そこが部屋であ
るから、かれらはかわらない日々を過ごしている。傘がないからえいえんに
迎えはない。

あめはえいえんに止まらず、そうね、火事もだから起きない。かれらはけっ
して外を見ない。暖炉があたたかい。草花をそだてていて、きちんと水をや
っている。わたしの腿がとてもいたいです、骨が折れてしまった。

けっしてなににも不自由がないように
外などでなくてもいいように
あなたたちはひとでなくなる
食料も
文学も
あなたたちは自分でうみおとしていく

用事
などないように、かれらは動物園を創立してわたしのとなりをトラや白鳥が
流れていきました。それから、果樹園がつくられ、いつも果糖のにおいがし
ていました。捨てられる話はいつでも仮定でしたが、わたし聞いていたはず
なのです。でもあめふりのなかだなんて、一度も想像できなかった。

あなたたちはひとでなくなる
わたしはそこまできらわれましたか
あなたたちはひとでなくなる
つねに
まちがいをうたがっています


 *


つねに
わたしの目は曇っています
植物だと思っていたそれぞれが、とても羽をむすばれた白鳥の、あのほそい
くびに似ていました。いままで、きちんとみてこなかったわたしは、すべて
の植物たちをまず疑わなければならなくなった。けれどそのぶん、わたしは、
傘を開くことをおそれなくなった。うそを、おそれなくなった。

わたしは傘ですか花ですか白鳥ですか
こどもが
うめますか うめないん、ですか
こどもがうめる、としたら
こどもがうまれるんです
もうすぐ、うまれるんです妊娠したんです
わたし、
妊娠して、
祝ってください
祝ってください窓からでもいいから開けて、こちらを、
みてください、妊娠したんですよ、わたしは妊娠したんですあなたたちの、
あなたたちのかぞくを
う、

うむんですよ。


 *


あなたたちはひとでなしだ

言って
汗をかいた
涙がでた
ぜんぶ
あめにはまじらなかった
あなたたちはひとでなしだ
言うと、わたしは地球の自転からきりはなされるだろう、きりはなされてわ
たしは部屋の扉がわたしから通り過ぎていく姿、通り過ぎるあのドアを見る
ことになるだろう、そこから、わたしは聞く、あかんぼうの泣き声/、がひ
びいて、それからこもって、わたしはいつのまにかこどもをうんでいたきっ
とおんなのこでかわいい、わたしはいつのまにかうんでいたきっとおんなの
こで/
わたしがいないと死んでしまいます、


(いっ 回転できるまでずっとおびえているでしょう、けれどきっと、ふた
たび会えばその子はそだっていて、わたしのこどもではなかったとわたしは
安堵するのでしょう)

ひろわれて
かのじょにさされたい
赤いかわからないけれどもともとかわいくもない傘です
さされたい
さしてください
さしてあめをよけてください
そしてもしかのじょが傘なら、(知りたいことが、)捨てられていますか、
いませんか、

きっと
捨てられています・・
かぞく ですから

文学極道

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