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藻朱

選出作品 (投稿日時順 / 全2作)

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僕と電柱と日食と

  藻朱

 本日は100年に一度の皆既日食であります、と昨日のニュースで言っていた。それはそれはおめでたいと言いながら、僕は目の前に置かれた目玉焼きを眺めていた。本日は100年に一度の皆既日食でありますと今日のニュースでも言っていた。それはそれはおめでたいと言いながら僕は目の前に置かれたトマトジュースを眺めていた。
 昨日と同じところに同じ角度で電信柱が立っていて、こちらをじっと見つめている。実はこの電柱、皆既日食のニュースがとてもうれしかったようで、実は昨日ちょっとだけ動いたのだった。でもそれがばれるとまたいろいろと面倒になるから、黙っていてほしいと僕に頼んできた。無下に断るわけにもいかず、そもそも電信柱がちょっと動こうが、大分動こうが興味なかったので僕は黙っていることを約束した。
 気を良くした電柱は皆既日食の間中ずっと頭を振り回し、ステップを踏みヘッドスピンを繰り返した。僕は電線が絡むから危ないと注意したのだけれど、電柱は皆既日食がうれしくてうれしくてそれどころではないらしく、僕の言葉を無視してそのまま踊り続けた。案の定電線がこんがらがって収集ががつかなくなったのだけれど、やつは涼しい顔をして絡まった電線を傍で遊んでいた月の好転周期と地球の自転軸に巻きつけて力任せに引っ張った。ブチッと言う音がして絡まった電線は切れ、一緒に自転軸と好転周期はへし折れた。粉々になった公転周期と自転軸が、切れた電線に絡まって横たわっていた。その光景があまりにも殺風景だったから、僕は目の前にあったトマトジュースをみんなが横たわっているところにばらまいた。トマトジュースの真っ赤な海の中で公転周期と自転軸と電線は互いに絡み合い、うちあげられていた。
 本日は100年に一度の皆既日食であります、と今日のニュースで言っていた。それはそれはおめでたいと言いながら僕は目の前に置かれたトマトジュースを眺めていた。僕は電柱を見つめ、ため息をついた。電柱は嬉しそうに、同じところに立っていた。


散文詩_110620.txt

  藻朱

ややもすれば返り血を浴びていた。返り血といったって、別段ぶっそうな話じゃなくて、たった今僕の目の前で弟が鼻血を出したのだ。鼻血にしてはなかなか見事なもので、僕の後ろの真っ白な壁が真っ赤に染まった。危うく僕も染まるところだったけれど、近くにあった妹のプーさんのぬいぐるみを盾にしたのでそうならずに済んだ。結果、盾になったプーさんはもうウォルトディズニーには出演できないほどに殺伐としてしまった。まだ幼い妹は別段それを悲しむふうでもなく、むしろ鮮血に染まったプーさんが気に入ったみたいでプーさんを、ペロペロ、ぺろぺろとなめてはほほえみ、なめてはほほえみを繰り返した。気味が悪く思った母親がプーさんを妹から取り上げると、妹は火がついたように泣き出した。
妹が初めて愛らしく思えた瞬間だった。

文学極道

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