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作品 - 20200522_368_11909p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


小詩集〓

  中田満帆

裸足になりきれなかった恋歌


 とにかくぼくがいこうとしてるのはきみのいない場所
 トム・ヴァーレインにあこがれる女の子のいる場所
 リアルさがぼくをすっかり変えてしまった
 現実の鋭利さ、あるいは極度の譫妄、
 それらの果てで、いままでのあこがれがぜんぶ砕かれたんだ
 きみのことだってもはや小さななにかさ
 終夜営業のガス・スタンド、
 その窓に残された指紋や伝言みたいなものさ
 きみがいる世界、
 あるいは場所、
 それはもうぼくとは関係がない
 繋がってしまうことなんかできないのをわかってる、識ってる
 溶接工が季節のなかでアークを操る
 なにもかもが繋がれてしまうなかでぼくはいつも取り残されてきた
 でもぼくはそんな場所からでていこうとしてるんだ
 なにが将来か、
 なにがアカシアか、
 けっきょくぼくはきみらの世界にはいらないんだ
 けっきょくぼくはこっから去るほかにできることはない
 きみの胸に、どうか朝露を、
 っていうのは感傷?
 それともなりゆきでしかない?
 ぼくには唱える神もなく、
 火のなかで飛ぶ夢を見て、
 はるか胸の奥で、ひとりうなづく
 ハロー、
 ハロー、
 ぼくがもはや、きみに応えないことを信じながら、
 きみがもはや、ぼくに応えないことをおもいながら、
 アデュー、
 アデュー、
 もうじき長距離バスの時刻だ
 荒野がぼくに展がる
 地獄がぼくの手綱を引く
 普遍性よ、
 それがきみのなまえだったっけ?
 初恋よ、
 それもきみのことだったっけ?
 ぼくはもう大丈夫だから、
 ゆっくりと杭を抜いて、
 ふたりしてなにひとつ分かち得るもののなかったことをゆっくりと曝して、
 そしてぼくの月のようにうしろをむいたままで、
 ぼくを罵って、
 ぼくを解き放って、
 欲しい。


それはまるで毛布のなかの両手みたいで


 いまでもこの場面を路上で叫ぶものがいる
 幾晩も眠れない夜を送った
 夜のほどろにはそんな人間ばかりががらくたみたいにいる
 いまのわたしがどうなっていくのかを観察しながら
 燃えあがるスカートを眺める
 水鳥が死んでる
 片手には斧、
 もう片手には愛が咲く
 それはまるで毛布のなかの両手みたいで
 あったかいんだよ、アグネス
 でも追いつめられるんだよ、アグネス
 みんながそれぞれの通信のなかで、
 蛸壺に落ちただけなら、
 技術なんておとぎばなしだ
 光りが歩く
 警笛がたちどまる
 かれらかの女たちは始めたんだよ、アグネス
 けれでも放送が突然に切られて、
 信号が変わる
 表通りで自転車が発狂し始めたのを皮切りにして、
 町のひとびとが凶器に変わった
 いや、それを撰んだといっていい
 エリンは燃えながらワンピースをゆらして踊った
 ケンゾウは新聞記事で家を建て、
 スティーヴンは星狩りの舟に乗り、
 それぞれのちがったおもざしを光らせて、
 第7惑星の空にちらばっていった
 わたしが聴いたのは
 最後の2小節、
 警告と発展だけだった
 ジェーンがキヨコの手を握って、
 なにも形成されないところで起きた、
 現在が発生する磁場の衝撃波がした
 そしていまはもうだれも残っていない
 だけどアグネス、きみは受け入れることができるんだよ


roadman


  映画「ホーリー・モーターズ」に寄せて

 
 横たわってしまいたい
 たとえば毀れたラジオのように
 死を恥じることのない終焉を描きたいとおもう
 自動車がゆっくりと通過してゆくなかで
 なにもかもが意味をなさず、
 だからといって、
 貶められもせずにいる、
 そんな風景を見たい
 かつてわたしは
 入り口のない町にいた
 片足の男がモップを片手に歩いて去る
 濡れたモップの、毛先の痕が通路を光らせる
 やがてなにかが訪れそうで、決して訪れない
 問いかけた貌はやがて漂白されて立ち止まる
 ふたたび夢を建築するためか、
 男たち女たちが倉庫のなかに都市を再現する
 じぶんの人生を再現する
 なにがまちがいで、
 なにが正しいかは役者次第
 きみを演じる他者のためにいったい、
 どんな柩を用意するのか
 ゆっくりと明けてゆく通り
 だれかのおもいを曳航しながら、
 不滅という二字に敗北するだけの生活
 ロードマンはいつ眠る?
 
 もしここにきみがいたなら
 ぜったいに赦しはしないだろう
 きみの代役を射殺すべく、
 狙いを定めるだけだ
 おれは車のなかで衣装に着替える
 だれかの人生を確かめるため
 再現するために着替える
 だれともわかちえず、
 さらに誤解されるための人生
 たとえば腐った果実のように
 死を曝すことに脅えず、
 またこれを善しと見るとき、
 かならずだれかがおれの手を使って、
 舞台をばらまいてゆく
 緞子がかぜにゆれ、
 したたかにいま、
 頬を打つ
 迷いそこねたあまたの男女が
 列をつくって発送窓口にならぶ
 左手の指が3つない男とむかい合い、
 書類に記入する情動
 午から夜にむかって走る馬のようなひと
 夜から朝にむかって眠る草のようなひと
 だれかのおもいが憎たらしくなる
 声のとどかない帯域に沿って、
 ロードマンはいつ眠る?


夢の定着液


 蟻塚によじ登る夢を見た
 じぶんがアリクイになった夢
 過古からやってきてはやがて現在へと定着する夢
 落ちてきた不運をみなスクリプトしつづける夢
 ぜんぶがじぶんの不始末からはじまってる
 それが夢のなかの、
 あらゆる穴に符号する、
 ゆるい神経痛だ

 「ダニエラの日記」をだれか買っておいてくれ
 いつでも悪夢を見られるような、
 仕組みが欲しい、
 つまりはいつでも、
 眼を醒ましてゆっくりと、
 現実を定着できる液体が欲しい

 旧十和田駅、
 製材所があったあたりで泣き声がする
 そうさ、まさしく人間が泣いてる声だった
 しかしその駅すら、もう2年まえのまぼろしだ
 果たしてそれはほんとうに人間だったのか

 アリクイの鼻が鳴る
 定着液が誤って零れたんだ
 ぼくはもう人間には帰れない
 どうか人語で話しかけないでくれ


植物図鑑/最期の戦い


 雨あがりのビル街で待ちくたびれた動画とともにして、
 黄色い茜が
 楠木のもとで啼く
 首に搦むは絞首用の縄
 くるぶしに罠を〆めて
 逆さにされた聖母が証言する、
 嘘だ、
 判事は賽を流れ、雪のなかで蘇る蛙
 しだれ柳が断線した
 傍受された野菊が
 ひとりずつ自裁するのはたぶん、
 過古からやってきた男の断面図のせい
 ひとが詩に、辞が屹立する
 おまえはことばなのか、
 おまえはことばなのか、
 棕櫚の枝で左手が泣いてる
 オープンリールの建築家が愛撫を玄関するようになって、
 もはやだれがことばのかがわからない
 容疑者は3丁名の夕日、
 背丈は6フィート、2インチ、
 仕様はカラーで、ステレオを内蔵とのこと、
 目下、極秘裏にて追跡調査を怠るな
 そしてぼくがまちがって追われる
 最期の、水禽の過ちが、
 桶のなかで融けて、
 乳飲み子たちの、
 箒を切欠に、
 どうしたものか、
 声がいう
 死に絶えたものに声を与えることはできない
 他者におのれの声を語れといってもそれは期待できない
 ただ戦くものらとともにして、繰り返すがいい
 舟に乗った青い山賊とともにしてぼくらは麦を吹く

  枝を洗え
  うろを洗え
  そして畝を洗え

  枝を洗え
  うろを洗え
  そして畝を洗え 

  枝を洗え
  うろを洗え
  そして畝を洗え(*repeat) 

文学極道

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