#目次

最新情報


選出作品

作品 - 20190713_043_11315p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


「隊列」

  右左

  1.
駅を降りる。駅はひとでごった返している。駅前も。

  2.
建物と建物のあいだをいくつもすり抜けていく。黒猫がにらんでくる。からすの声が降ってくる。やけに汚い水たまりがあったりもする。それらの脇をいくつもいくつもすり抜ける。

  3.
視界が急に開け、青空がまぶしくなる。そこは草原のような広場である。陳腐な想像力で描き起こした楽園のような。鳥のやさしい囀りが聞こえてきてもよさそうだ(でも、実際は、そんなことはなかった)。

  4.
さくさくと足音を立てつつちょっと進むと、もうこれまでの道が見えなくなる。草っぱらに取り囲まれている。

  5.
いや、だいぶ向こうに建物があった。そこへ近づいていく人影もうっすらあった。年齢や性別までは見て取れない。仮にA氏と呼ぶことにする。

  6.
建物の入口に誰かいる。警備員? 門番? 後者のほうがしっくりくる感じ。A氏が声をかける。
A氏「やあ、どうも……」
門番「……」
A氏「お願いがあるんですがね……ちょっと中で休ませてくれませんか?……くたびれきっちまってね……へとへとなんです……いますぐにでも眠りたいくらい……でも、眠りはしませんよ……すこし座らせてもらうだけでいいんです……それで、ねえ、あんたも味わったことあるでしょう……膝裏にしこりができたみたいな足の疲れ……これが落ちついたら、すぐにでも出ていきますよ……約束します……ね、お願いです……中に入れちゃくれませんかね……?」
門番「番号を言え!」
A氏「なんです……?」
門番「番号を言え!」
A氏「なんの……?」
門番の打撃! 一撃でA氏が倒れたその直後、建物からぞろぞろと門番の仲間たちが現れ、暴力がはじまる。激しい打擲。うめき声も聞こえない。

  7.
仲間たちが帰っていき、門番はもとの位置にもどる。A氏は動かない。空間がしーんとする。

  8.
一体のマネキンが歩いてきた。首や各関節を激しく揺らしながら。肘から先はいつ外れてもおかしくないように見える。膝から下も。しかし壊れない。そして門番の前に立つ。

  9.
また一体。また一体。ぽつぽつと現れていたのが、やがて引きも切らずに来るようになる。人形独特の硬質の音がうるさい。
到着順に彼らは整列する。長蛇の列。

  10.
門番の大声。号令か? 声が大きすぎて、かえって何を言っているか聞き取れない。

  11.
また仲間たちが出てきた。彼らもまた聞き取れない大声を出す。そして中へ戻っていく。

  12.
門番が背を向けて中に入ると、マネキンたちもそれに従った。長い長い入場時間。

  13.
誰もいなくなる。A氏は? たぶん粉々になってしまったのだ。

  14.
建物の中には、映画の試写会場めいた空間があった。幅も奥行もしっかりある壇上。奥にスクリーン。

  15.
マネキンが座席につく。席をまちがえたマネキンは、即座に門番たちによって破壊される。

  16.
場がすっかり落ちつき、門番たちが部屋を出る。

  17.
ややあって、溶暗。

  18.
呼吸音もないまま、数十分が経過。

  19.
スクリーンに荒廃した村が映し出される。映像は固定で、村のいろいろな様子を見せてくれるわけではなかった。村は、家が屋根から崩れ落ち、火災のあとのようなくすぶりがあり、人間のにおいが消えていた。映像が古いのか、画面が急に途切れたり、甲高い奇妙な音が聞こえてきたりする。

  20.
そのまま数十分が経過。

  21.
天井からノイズ。スピーカーがあるのかもしれない? このノイズは、23の場面の終わりまで鳴りつづける。
壇上の端に、黒装束の集団が現れる。彼らはのっそりとした動きで舞台中央へ向かう。23の場面が終わるちょうどそのとき中央に着き、一斉にしゃがみこむ。

  22.
映像が切り替わる。軍隊の行進の、その足元だけに焦点を当てた映像。規律正しい脚の動き、軍靴の大きな響き。この足音は、24の場面終了まで、だんだんとボリュームを上げていく。最終的には、24の場面における声よりも、こちらの足音のほうが大きくなる。25の場面に移る瞬間に、音も映像も途切れる。

  23.
21のノイズが少しずつ整って、完全に静まったあと、声。

  24.
《ぼくらはすっかり疲れてしまいました。ぼくらはここを最後と気持ちを固めました。彼らから逃げきることはあきらめたのです。彼らは「隊列」と呼ばれています。彼らを止めようとしても無駄です。どれだけの村が、彼らの行進によって破壊されてきたことでしょう。村だけではありません。森の樹々がなぎたおされたこともありました。濁流を越えてきたこともありました。彼らは、いかなる障害物を前にしても、けっしてその行進を止めはしないのです。いちど「隊列」の進路に入ってしまった時点で、ぼくたちは故郷を捨てるしかありません。そしてそのときがきました。その日は、なにげない晴天で、ぼくらも穏やかな時間を過ごしていました。ふと空を見ると、隣村の方角から、異常な煙がたちのぼっていました。すぐに物見櫓へ駆けあがり、確認すると、やはり「隊列」でした。彼らの行進の、膝が、爪先が、足裏が、足音が、人工物も自然も押しつぶし、隣村がみるみる崩壊していきます。ぼくらは急いで逃げる準備をはじめました。ぼくらの村と隣村とは直線上にあったのです。仕度を終えた者から、とにかく散り散りに走っていきました。ところが、ある一人が、絶望的な声で言いました。どうあがいたって逃げおおせることはできない。きみたちにも見えるはずだ。いったいあれは何列あるんだろう! 彼の言うとおりでした。隣村の方角を見ると、視界いっぱいが「隊列」の影で覆われているのでした。これでは、先に逃げたみんなも、近いうちに追いつかれ、踏みつぶされてしまうことでしょう。ぼくは言いました。上に逃げるんだ! 可能なかぎり空に近いところへ! ぼくらは左右を適当に選んでとにかく走り続けました。「隊列」の作りからいって、中央よりは端のほうがまだしも手薄に思えたからです。ひたすらに走りました。ずっとずっと走りました。そうしていかにも高そうな山を見つけ、ここを登ろうと決めました。体力も限界に達していました。すこし勾配があるだけで足元がおぼつかなくなるほどでした。それでも、なんとか頂上付近までたどりつき、崖から下を見おろした瞬間の、あの虚無にも似た感情。ここは、まだまだぜんぜん、「隊列」の端ではなかったのです。そして、「隊列」の先頭集団は、すでにふもとまできています。じきに、彼らの振りあげる脚が、この山を根っこから崩しはじめるでしょう。ぼくらは落下し、それで即死するか、もしくは生きていたとして、彼らに無残に踏まれて終わりとなるでしょう。ぼくらはもうあきらめました。最後に、この疲労困憊の身体を、ゆっくりと休ませてください……》

  25.
部屋の扉がとつぜん開く! 門番のひとりが倒れかかってきたのだ! 門番はそのまま動かない!

  26.
門番たちの内紛! 殴り合い! マネキンも巻き添えになって壊れていく! しかし壇上に被害はない。黒装束たちはじっとしたままである。

  27.
全員が倒れ、部屋は静かになる。開け放たれた扉から、外の光が入ってきている。

  28.
黒装束たちが、またしてものそのそ歩きだし、外に出る。

  29.
建物の外に、新しい門番隊がいる。黒装束たちはたちまち拘束されてしまう。

  30.
門番隊と黒装束たちが建物を離れてどこかへ去っていく。夕焼で、彼らは動く影としか見えない。

文学極道

Copyright © BUNGAKU GOKUDOU. All rights reserved.