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作品 - 20190506_867_11202p

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精霊探し

  右左

子供のころ、毎日のように、精霊探しをして遊んだ。わたしたちの村にはそういう遊びがあった。いつごろから始まったものなのかはわからない。誰に聞いても、自分は親から教わったと答える。村の長老も同じことを言う。長老の親もそうだったらしい。おそらく、その長老の親の親も、わたしの親が云々と言っていたのだろう。

しかし、この遊びはなんということもない、ただのかくれんぼである。森のなかでかくれんぼすることを、村では精霊探しと呼んでいたのだ。それは、子供を可憐な精霊にたとえた、ひとつの見立てではないかと思われる。そして、精霊なるしゃれた言葉は、たしかにそのあたりの道や学校ではなく、森にこそふさわしいものという気がする。あるいは、いささか暗い想像をすると、精霊とは死霊のことかもしれない。かつて、あの深い森のなかで、子供が行方不明になった。親も、子を探しに出かけて、やはり消えた。こうして、いわば神隠しの謂でつかわれはじめた精霊探しが、いつしか遊戯の名称となった?

だが、誰もそんなことに興味はなかった。みんなとにかく精霊探しがしたかった。森はいつも湿っていて、草葉のにおいが空気に塗りたくられているようだった。目に映る色は、木々の緑より黒がめだった。足元はぬかるんでいて、そうでなければ名前も知らない植物が複雑に絡みあい、よほど注意していないとたびたび転ばされた。怪我だらけ泥だらけになっても、泣く子はほとんどおらず、楽しかった。

大きくなって、わたしたちの次の代が精霊探しをするようになった。わたしや、わたしと同年代の友人たちは、日々の暮らしに手一杯になっている。そんなある日、わたしを含む何人かの予定が合い、森へ行こうという話になった。豪雨の日だったため、子供たちはいなかった。わたしたちも、深入りは危ないと判断し、入口付近をうろうろするに留めた。「だけど、おれたちは、どんな天気でもやったよな。雪でも強風でも……」誰かが言った。それきりわたしたちは無言であった。無数の直線としか見えない猛烈な雨粒が、画面に走るノイズみたいに森の内部を裂いていた。わたしは雨音にまじって精霊の声が聞こえるのではないかと耳を澄ませた。

文学極道

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