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作品 - 20190426_753_11187p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


文学に包囲されている。

  いけだうし。

穴だらけの世界からはすぐに落ちて、今日の23時01分からそれを眺め「こんなもの」と衒う。気づけば文学が「何もしていないのはお前だ」という顔をして僕を見つめていて、穴が空いた、自身の中身に失望し、逃げ出そうとするが文学はどうしても目の前にあって、僕は小説を手荒く閉じた。小さく身震いのような息を吐き、コーヒーに手を伸ばすと、深い焦茶色の上に高い高いまき雲が、すぐそこに折り重なって揺蕩っていた。晴天から文学が獰猛に襲いかかってきて、僕は強く叩きつけられ打ちのめされた。息ができなくなってカフェから転がり落ち、苦しく震えながら必死に息を吸う。酔った人間の街の吐瀉物の空気を飲み吐いた。天を仰ぐと星は見えず、月も見えず、ただただのっぺりと明るくて、ふとまた何かから逃げていることを思い出す。こんな夜空をいつのまに知ったのだろう。ふと目の前に文学が表れた。無視をしたくて、震えながら、文学を横目に歩いていくと、大きな電光掲示板で”成功した”つまらないミュージシャンがじゃれあっていた。苛立ちに小さな石を蹴る、カツンと柱が音を立てる。もうたまらないのに、陳腐な詩が、歌が、垂れ流されてきて、ついセンチメンタルに走りだした。負けだ。そうしてまた衒いを捨て切れてないことに絶望する。文学の膨張速度がマッハを超えて加速して、僕は街の光を叩き落としたくなる。全て廃墟にして、僕に美しい夜空を取り戻したい。群青ときらめく恒星と衛星はいずこへ。こんなのっぺりした夜空は知らない。知らなかった。

文学は膨張を続けるが走り疲れてつい立ち止まると、そこにはまた文学が立っていた。汚い街の一角、これはなにの汚れかわからないが、文学、彼は茶色が背景か、もしくはそれが本体だ。見て見ぬ振りをして歩き始めると、僕は詩人か 小説家かそんな疑問が、何度目だろう、ふと頭をよぎり、しかし文学であることにはどうしようもなく間違いない、どうでもいい、僕には僕の望む詩を書く力はないのだ。はあぁ。深くため息をついて、またのっぺりした天を仰いだ。空回りに空回りを続ける思考に疲れて立ち止まると目の前にカラオケがあった。疲れた。文学は相変わらず僕を覆い尽くそうとしていた。それを焼き払い、退かせたいと、カラオケに入ることにした。僕は歌うのが大好きだ。無駄なことは知っていた。文学はすぐ背中にまで迫ってきていた。カラオケ店の自動ドアがしまった。しかし文学は背中にこびりついていた。「ライブダムで」「107号室です」いつもの部屋だ。

あの人の歌に酔いたかったけど、疲れていて、文学が防音ドアの外に立っているのを感じながらだったから、気づいたら苦しくて苦しくて仕方なくて苦しく叫んで、すぐ喉を枯らして、しかもあの人の成功を羨望して、ふと目の前のディスプレイに映るカラオケ映像、陳腐も度を越すともはや新鮮なそういうストーリーを見て、おもしろくない、なのにこんなものが使われて、大きくため息をついて、吐き気を覚えながらキャラメルマキアート、らしいものを飲んだ。甘ったるくてダメだった。だから人はお酒を飲み、紫煙を力なく吐き出すのだろう。文学が威力を増すのを感じて、だんだん歌い方がわからなくなってきて、喉はひりひり痛んで、ソファーに脱力して、もう歌えなかった。明後日のライブは歌えるだろうか? ダメな気がする。はあぁ。成功に囚われている。そう気づいた。文学が部屋に入ってきた。脇から逃げ出すように部屋を出た。まだたっぷり時間を残していた。また、お金を無駄にしていた。店を一歩出てから、また、深くため息をついた。やはり文学は目の前にいた。その場に座り込みそうになるのを、無理やり、胸の中を金属のスポンジで引っ掻くような、独り、歩き。僕はどこへ向かっているのか。誰もいなくなっていて吐きそうになった。なぜ吐き出すのかもわからないまま生きている。

空を飛ぶのも億劫で、だけど駅は遠くて無駄が多くて秒針が飛ぶ。同じところをぐるぐると回る。それでは人間ではない。AIよりも劣る、いや、それも人間か。しかしつまらない人間だ。文学がそこに立っていた。知らない道へ一歩踏み出す。知らない道をずんずん進む。これは逃げだ。知らない角を曲がっていく。どこかへ進んでいる。知らない街のようだ。暗くて、街からはどんどん離れていっている。ビビリだから勝手に何かの気配を創造している。空き家だろうボロ家もたくさんで、道路沿いには低木が黒々と茂っている。音は肩を震わせ、僕は丹田に力を込めて、何も気にしないふりをして文学の姿を探す。寒くて寒くてたまらない道、道は思ったより暗くて、空を見上げようとすると、低いところにか細い月があった。整体の看板が目に入って、ここは知っているところだったと気づく。前のときの逆方向から歩いてきている。道の角に文学の気配がする。一体どこまで歩いたのか。どれだけ地球は回ったのだろうか。月が低くて、低くて細いと、道は照らしてくれないのだな。まえは明るかった。気づくと、まっすぐの道の遠くに、遠くに、人工の光が、文学が見えた。
今は何時だろう。ただ、田舎道の信号は赤と黄色に点滅していて、歩行者信号は沈黙している。点滅に照らされる赤い横断歩道。写真を撮ってツイッターにあげた。僕にはそこにわかりやすい文学が見えて、いいねが欲しかった。「エモい」リプ。僕はこの何も伝わってこない言葉が嫌いだ。タスクキル。ついでにラインを見るとバイトリーダー「来ないの?」。既読はつけなかった。今日は授業も行っていない。今日僕は何をしたのだろう。今日死ぬとしたら悔いしか残らないのではないだろうか。でも、僕が何をしたって、でも
ハイビームが僕を眩しく照らしてきて、文学が近づいてくる。鉄の塊が近づいてきている。死にたい、と、死にたくない、が交錯して、結局僕は息を震わせながらそのまま歩く。車は横を通り過ぎていく。風で髪が乱れる。立ち止まって空を見上げた。低い月がそこにあって、星が細々と輝いていた。振り向くと町がそこにあって、暴力的な光が空をも支配していた。危うくその場に泣き崩れそうになって、歩けなくなった。お腹が痛い。足も痛い。涙は出ていた。天を仰いでいた。

「なにしてんの」やめどきがわからないのもこんなところにいるのも、

夜明けのようなグラデーションの空、北を、僕を睨んだ。憎くて、しかし愛する他ないのだという絶望のような悟りが僕を支配していた。学校が嫌だった通学のときのような痛みが胸を足を頭を刺した。足が動かなかった。また、同じことの繰り返しなのか。悔しくて死にたい。
とつじょ、必死に何かにぶち当たりたいと、奇を衒うだけの猶予は、どこにも残されていないと、そんなことをしている暇はないと、命はか細く短い、僕は陳腐に平凡に見える世界で、一所懸命ぶち当たるしかないのだと、そうやって僕になるしかないのだと、冷たい雨が降ってきた。

ああ、こんな時間に通行人がいる、と思ったら、それは文学だった。また、無視しようとしても、文学は足音を合わせて近づいてくる。鋭く僕を差す。逃げなければと思った。

いや、違う、と、ふと、ようやくようやく気づいた。僕は生きていながら彼らから逃げたから、彼らは襲いかかってくるのだ。そういう発見をした。発見だった。文学を発見したのに、無視をしたから襲ってくるのだ。陳腐でつまらないことだ。いや、ありふれている、クサい、だから書かなかった。しかし、文学が襲いかかってくるのだ。しかたなく、どうしようもなく、必死に書く、書き上げる。絶体絶命に書き上げるしか、お前に生きる道はないのだ」
そう語りかけてくる文学に、身を預ける。
この空も白いじゃないか。
恥ずかしい。

文学極道

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