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作品 - 20190411_569_11163p

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悪口の詩

  霜田明

   I

諸君が、もし恋人と逢って、逢ったとたんに、恋人がげらげら笑い出したら、慶祝である。
                                      (太宰治『富獄百景』)



   II

昔、もし作曲家をひとりだけ復活させられるとしたら
誰を選ぶかと問われたとき

私は冗談めかして
生きている人間の作品には愛情を抱けないから
復活は見送る、と答えた

   *

物心ついたころから
どんな作品に関してでも
それを褒め称える文章は
薄ら寒く見えた

  "批評とは正当な悪口のことだ
   称賛は愚かだから批評たりえない"

ミケランジェロの彫刻についてでも、
素晴らしいと褒め称えることには
神経質な無理がある

   *

モーツァルトのピアノ・ソナタ
第四番の第一楽章は
明るく演奏すると悲しくなる
悲しく演奏すると明るくなる
幼さみたいでやりきれない



   III

(ああ わたしも いけないんだ
 他人も いけないんだ)
              (八木重吉『一群のぶよ』)

   *

何もかも削ぎ落としたい
という気持ちがある

余計なもの、
余計なもの、
と切り捨ててみると

私は空っぽだから
なにも残らない

   *

波止場で座りこんでいると
海の方から
呼び声が聞こえる

呼んでいるのは
私の声である

自分が呼んで
自分で聞いているんだから
しょうがない

   *

テレビや映画をみていると
理由もなくにこにこしている人ばかりで
それが気障りに感じられる

無表情の大らかさが恋しくなる
クリスマスの街で点滅する
イルミネーションの遠い静かさみたいな

   *

最近になって、
モーツァルトばかり聞くようになった

この世のものは全部駄目だ
私も駄目だ

どこかに良いものがあるはずだと
思っていたけれど
例外なく駄目だった

ということに気がついて
音楽を聞くとき

モーツァルトの音楽は
本性がくだらなくて
本性のくだらなさが滲み出すみたいに
ただ独りで歌っている



   IV

あなたに届きえないとき
私は私自身において永遠になる
          (W. A. Mozart K.438)

   *

ぼんやり見ていたドキュメンタリー番組の最後
人々に背いてきた不良少年が
周囲と打ち解けているシーンが
明るい音楽とともに流された

   *

この数日で、桜が
はかったように、一斉に散り始めた
桜は美しさを欲望されてきた

拒絶によってではなく、
存在の必然によって
この世界のあらゆる植物も、
人も、
美しい存在ではありえない

   *

ロシアでモーツァルトが初演されたとき
子供が書いた音楽のようだと
観客がみんな笑い出してしまった
という話を読んだことがある

その光景が、
ユートピアのように思われた

文学極道

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