月の夜だった。
海は鱗を散らして輝いていた。
波打ち際で、骨が鳴いていた。
「帰りたいよう、帰りたいよう、海に帰りたいよう。」
と、そいつは、死んだ魚の骨だった。
そいつは、月のように白かった。
月の夜だった。
ぼくは、そいつを持って帰った。
そいつは、夜になると鳴いた。
「帰りたいよう、帰りたいよう、海に帰りたいよう。」
と、ぼくは、そいつに餌をやった。
そいつは、口をかくかくさせて食べた。
真夜中、夜になると
ぼくは、死んだ母に電話をかける。
「もしもし、お母さん? ぼくだよ。ぼくだよ、お母さん……。」
電話に出ると、母はすぐに切る。
ぼくは、また電話をかける。
番号をかえてみる。
真夜中、夜になると
ぼくは、死んだ母に電話をかける。
「もしもし、お母さん? ぼくだよ。ぼくだよ、お母さん……。」
きのうは、黙ったまま(だまった、まま)
母は、電話を切らずにいてくれた。
ぼくは、その番号を憶えた。
鸚鵡が死んだ。
父の鸚鵡が死んだ。
ぼくは、もう鸚鵡の声を真似ることができない。
「グゥエー、グググ、グ、グゥエー、グゥエー、エー。」
と、ぼくは、もう鳴かない。
もう鳴かない。
鸚鵡が死んだ。
父の鸚鵡が死んだ。
とまり木の上で死んでしまった。
「グゥエー、グググ、グ、グゥエー、グゥエー、エー。」
と、とまり木の上の骸骨。
そいつは、ぼくじゃない。
骨のアトリエで
首をくくって死んだ父を
ぼくは、きょうまで下ろさなかった。
「どうしたんだい、お父さん? 何か言いたいことはないのかい?」
首筋についた縄目模様がうつくしかった。
ぼくは、父の首筋をなでた。
骨のアトリエで
死んだ魚に餌をやると、憶えていた番号にかけた。
死んだ父に、死んだ母の声を聞かせてやりたかった。
「どうしたんだい、お父さん? 何か言いたいことはないのかい?」
死んだ父は、受話器を握ったまま口をきかなかった。
死んだ鸚鵡も口をきかなかった。
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選出作品
作品 - 20190401_431_11139p
- [優] 陽の埋葬 - 田中宏輔 (2019-04)
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陽の埋葬
田中宏輔