1
あくびをしている恋人の口へ指をつっこむみたいに、拳銃を突きつけ、そして同時に引き金をひいた。そのどこまでが比喩だったのか。
2
僕とキミはきっとゾンビだ。だってとにかく全身穴だらけだったから。僕は「恋人そのもの」と同じくらい、恋人の身体によって囲まれたマジでなんもない部分を心底愛していたし、お互いがお互いに囲う「なんもなさ」に対して、「愛しい意味」をつけ合ったりしていた。僕たちは極めてノーナシだったし、チメー的に欠けていたけれど、どうしてかめちゃくちゃ死ななかった。
3
僕は本当はロックマンになりたかった。様々をぶっ倒してぶっ倒したやつらからぶっ倒した分だけ奪って、そいつを腕から惜しげもなくぶっ放しながらいつまでもどこまでも突っ走っていきたかった。僕は本当はいとも簡単に死んでいとも簡単に蘇えりたかった。でも、どこにそんなやつがいるかよ。
4
実際のところ、穴だらけで、見えないところまでちゃんと終わってて、足なんかつりっぱなしで、目の前のお手頃なノーミソに噛みつくばかりだ。今日も最愛のキミが、瞳や鼻の周りをぐじゅぐじゅにしながら「なにか」唸っている。だけどトーゼンに僕の耳は空っぽで、僕の顎は外れてて、僕らはどうしようもなくバラバラで、腕だってずたずたで、いつまでもお互いへ届かなかった。だから代わりにブン投げた。固い石だ。そして投げ返す。それよりもっと固い石、鉄でできた棒、ウィンチェスターなんちゃらかんちゃら、まるで嘘みたいな色の入浴剤、ゲームボーイども、想像上の赤ちゃん、僕たちはそれらを「いつだかのはなし」でくるんでは投げ、くるんでは投げた。「いつだかのはなし」は一度くしゅくしゅになるとしばらく戻らないでいるため、物をくるむのに丁度良い。
5
さいごは決まってアパートを放り出される僕は、そのたびに「駅近のうろうろ」に成り果てた。コンコースってのは案外ゾンビで溢れている。この人混みのなか、枯れ木か道路標識のように立ち尽くしていて、それなのにちっとも待ち合わせをしていないやつらがそうだ。膝を抱えてしゃがみこんでいるのは実のところ大抵が健康体だ。まあ、だから安心ってわけでもない。いままさに横を通り過ぎていった女の子なんかは、自分はこの「寒空の発生源」だ、とでも言わんばかりな、あかるい薄藍色のダッフルコートの、表面の毛羽立ちをいまさらになって気にし始めたせいで、これから「めにみえて駄目」になっていく。きっとこのコンコースを抜けられずに、数えきれない足音の中心から、さいごにはほんの僅か外れて。わたしこそが「寒空の発生源」だ、なんて、誰に告げることもできずに。
6
「新興住宅地の真ん中では」という言葉が、人々の流れから取り残されたキオスクに追いやられていた。いまでは一日に数本やってくるバスだけが、周辺と繋がる唯一の手段になっているらしい。なんて、ほんとかよ。いや、眉唾ものだったとしてもそれはそれで良いのかな。「新聞紙の方角を気にする人間も少なくなったものです」そっとキオスクに耳打ちをすると、どこか遠くカサカサとした声で名前を聞かれた。僕はほんの少しだけ考えてから「エキチカ」とだけ名乗り、ぼろぼろの腕をできるだけ大袈裟に振りながらその場をあとにした。
7
アパートへ帰って一通りを話し終えた僕に「だからなんなのさ」とキミ。知るかよ。なんもねーよ。マジでねーんだ。逆になんなんだよ。穴だらけだからゾンビで、毛羽立ってたからもう駄目で、追いやられた先がキオスクで、愛してるから帰ってきて、なのにごめんのひとつも言わなくて、僕は本当に空っぽで、キミは本当にぐじゅぐじゅで、死ぬまでも、死んじゃってからも、同じようなことを同じような言葉を、繰りかえし繰りかえしブン投げ続けて、それでも結局なにひとつはまらなくて絶対に埋まらなくて、だからなんだっていうんだよ。僕は、ふらふらと揺れ続ける、いまにも朽ち落ちそうな利き手を、じっと見つめる。それをもう片方の手で抑える。すると、自然と祈り始めていた。
8
けれども、手放しで救われたいだとか願うようなやつに、救いなんてあるわけがないのだ。
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選出作品
作品 - 20181229_611_10968p
- [優] アンタなんかしなない - ゼンメツ (2018-12)
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