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作品 - 20180901_489_10707p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


殺させてくれたのに

  渡辺八畳@祝儀敷

妄想の中の人たちを殺しました
が、所詮それは現実でのことではないので
僕は何も変わらずにただ突っ立っているままでした


目が眩むほどのあの鮮血は全くこの世に存在を持っていないのです
僕が興奮に身を委ねながら包丁を振るった事実さえ存在しないのです
ここでの僕はもうずっと前から突っ立っているだけでした
殺人の証拠は無いからと警察は逮捕もしてくれませんでした

それでも僕が殺した彼女たちの首を僕だけでも視認できていたならまだ救いがありました
あの愁いとも慈悲ともつかない表情で止まった彼女たちのかけら
それは確かに僕の足もとに転がりました
でもそれもだんだんに見えなくなっていって
いま眼球に映っているのもおそらく残像でしかありません
蹴り上げたとしても足が空を舞うだけでしょう
おそろしくてとても僕にはできません
蹴ること自体が怖いのではありません
もし足を振ってもそこに感触が無かったら
彼女たちは惨殺されたという事実が存在しない世界に収束してしまうことが怖いのです
それでは彼女たちの絶命が全くの無駄になってしまいます
僕は確かに人を殺しました
そうでなければならないのです

信じてください
本当に殺しました
返り血を浴びました
その血飛沫は眼にも入って視界を赤く染めました
包丁を握る手もぬめぬめしていました
それでも滑らせずに僕は彼女たちの首を切りました
砕くように頸椎を押し切った時の振動は手にも伝わってきました
本当です、信じてください、僕は本当に殺しました
僕は殺しました
僕は殺しをしたということを認めてください
お願いですお願いします僕は殺しました
信じてください
お願いします
お願いします
刃が肉を潜ったとき、僕は確かに温かさをおぼえました
それさえもただの幻だと言うのですか!
ふざけないでください、信じてください、お願いします
僕は人を殺しました

確実に、僕は笑いながら彼女たちを嬲って
目玉をえぐって、空いた眼窩の内側を指でなぞって
倒れた背中を石で削って、華奢な背骨を露わにして
肢体が動かなくなっらた口蓋を掴んでひたすらに犯しました
本当です
僕はやり遂げました
僕は殺人鬼になれたのです
彼女たちが僕を殺人鬼にさせてくれたのです
そのためだけに彼女たちは僕の目の前に現れたのです
彼女たちは自らの意思をもって身を捧げてくれたのです
だから僕は誠心誠意彼女たちを殺し尽くしました
僕は感謝の気持ちでいっぱいになりながら彼女たちを殺したのです
その思いは一生忘れてはならないし僕はそれに報いたいのです
だから、お願いします
僕は殺しました
ここには何も存在しなくても僕は確かに彼女たちを殺しました
それを認めてください、お願いします
僕を裏切り者にさせないでください

文学極道

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