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作品 - 20171130_626_10056p

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二〇一七山岳作業綴り

  山人

九月二十四日、山岳作業は終わりをむかえた
時折吹く風が心地よいのは、達成感などではなく
虚無感が体中を支配していたからだ
疲労はすでに枯れている

八月二十七日、すでに廃道化した林道を刈る
橋が無い林道を歩くのは奇特な釣り人と獣くらいだ
鬱蒼とした林内にカケスがジャーッと鳴き、駆け飛ぶ
オオイタドリは二メートル以上丈を伸ばしている

九月二日、山岳道を作業するための荷は重い
会話を吐き捨てる隣人も居ない
話しかけるとすれば、木や草や岩だけだ

九月三日、すれ違う登山者の、その平和さが疎ましい
まるで、私だけ他国の戦士のようだ
汗が異様に塩辛い
血から抽出された塩分が皮膚をつたう

九月九日、県境尾根から入る
早朝のライトを消せば、暗澹たる登山口がある
私のためだけにある、生き地獄
そこにただ、何も言わず歩き出すだけだ

九月十日、朝の闇を照らす光源は穏やかだ
なにかが始まる気配もなく、静寂だけが地上を這っている
作業場までの道のりの途中
夜明けの雲海が小さな町を覆っている

九月十一日、たおやかな稜線の作業の痕を眼で辿る
あきらめに似た、貧しい感覚が蚊柱のようにかすめる
まったく、愚かな所業だ
夕刻の山頂には、蛇の抜け殻があった

九月十七日、東に進む低気圧が直撃する中
風が鳴り、木の葉が狂ったように震える
風は姿を見せず、木々を殴りつけることで存在を見せる
激しく鳴れ、嵐。私も嵐となれ

九月十八日、雨
雨の気配があたりを支配する、森林のそのまた向こうにも
湿気が体中に満たされ、言葉も濡れている
峰にたどり着く、夕刻
明日の好天をつげるように、空はひらかれる

九月二十三日、現場まで八キロ、その道のりを向かう
立ち止まるたびに藪蚊は集り、口を突き刺す
何十と殺すが、蚊は死を恐れない
ぼうっと浮かんだ先に、八十里越えの道標が見えた

九月二十四日、山岳作業は終わった
私には、ただ、なにもない
虚無感に浸り、体中がそれに満たされていた
そして、なにも言葉を発っすることはなかった

文学極道

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