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作品 - 20170712_026_9760p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


遺稿集’03-’17

  中田満帆

ブロスの下着


  だれかおれを連れ去って欲しい
  たとえそのだれかが
  きみであっても
  それはとても素敵なことで
  長い孤立からきっと
  救ってくれる 

  おれの人生に勝ちめなんかないのは知ってるとも
  まちがってることが多く
  ただしいものはあまりなくとも
  語りかけてみたい
  すべてを

  女を知らないやつがこんなものを書いてるんだ
  嗤いたければそうするがいいさ 
  平日のマーケットで
  金色の星を浴み 
  ブラームスのピアノ作品を聴きながら
  ブロスの下着を撰びたい

  そしてアパートに帰って
  シュトラウスのドン・キホーテをかけながら
  かの女がくそをしたあとの、
  便所の水のながれをずっと聴いてたい
  ずっと聴いてたいんだ
  それはきっと
  美しいにちがいない


清順が死んだ夜

 
 一期の夢やまぼろしのなか
 映画音楽というものはおそらく
 残り香に過ぎない
 フィルムにしたっていつかは滅びて
 棄てられる
 多くのひとの夢は
 おれ自身の夢と拮抗し、
 またちがった現実と入れ替わって、
 まざりあうだろう
 だからなにも悔やむ必要はないんだ
 いっときの愉楽のためにこの世界に映画はあるんだから
 わるいやつらはみな殺しすればいい
 車には火を放てばいい
 かわいい女の子たちには悪女としての余生を与えてあげればいい
 だれだってほんとうはいいひとにはあきあきなんだから
 清順が死んだ夜になって
 おれは働いてた酒場で
 「殺しの烙印」の音楽をかけた
 もしかすれば「くたばれ悪党ども」のほうが
 よかったかも知れない
 おれだって
 できることなら
 星ナオミと
 チャールストンを踊りたいから
 あるいは禰津良子と
 死んでしまいたいから
 映画には見せ場が必要だ
 小津は退屈だ
 熊井は社会派という迷妄に終わった
 中平は黒い羊だった
 蔵原はヌーベル・バーグをプログラム・ピクチャアに灼きつけた
 そして清順は「映画なんか娯楽だ、滅びてなくなってしまえばいい」とかぼやき、
 倒れた壁のむこうにある、
 純白のホリゾントは血の色になって、
 なにもかもが伝説として
 嘲笑されるのである
 清順師、
 あなたにいえることはなにもありません
 ただ天国などというものはさっさと爆破してしまってくださいませ
 調布の撮影所よりもたちのわるい代物を
 売れ残った復讐天使たちとともに

  いつか
  お会いしたいです
  では
  お元気で


かろうじて


 じぶんだらけの身勝手な愛のなかで
 クローゼットが倒れ
 机が逆さになる
 冷たすぎるんだ、
 なにもかもがっておれがいった
 ぼくはなにもいえなかった
 かれはすべて室をめちゃくちゃくに
 室のすべてをめちゃくしたにしてった
 おれはさもしい
 それはぼくだっておなじ
 かろうじて掴みとったのはおれのなかの月の光り
 月の光りのなかで立ち止まってるぼくの姿だ


トイレット・ペイパーに書かれた最後のラヴポエム


 鳥が
 落ちる
 季節のなかへ落ちる
 真昼のスタンドバーでレインコートを脱ぐみたいに
 
 もちろんのこと
 かの女らの人生にぼくはなんらかかわりはなく
 ぼくの人生にかの女らはなんのかかわりもない
 いくつかの断章とともに
 燈しを消すだけ


ぼくの雑記帖(03/06/17)──詩の処女作


 テレビのなかに新聞記事の荒野が見えた
 するとぼくの雑記帖のなかにも
 再現された路地裏が貫通した

 ぼくの右の耳がぴくぴくと動いてラジオを差したとき
 新聞記事の荒野には
 ラジオ欄の畑ができて
 さらに番組の実がなった

 そしてぼくの雑記帖のなかには
 ラジオでかかった歌のなまえや
 テレビに映ったぼくとおんなじ名前の女の子のことが
 下手な字になってざわざわとなびいていました。


12月の旅
 

  どうしてそんなところで
  わたしの声がするの?
  どこまでいっても
  声がするの?  

  12月たち
  ひと知れず死なば真砂の
  光りなき峪
  ひらいた手のひらで
  おまえの、
  なかの
  もの
  に
  気づく

  旅のおもざしは
  冬
  しがらみのないからだを解いて
  どうしてそんなところで
  わたしの声がするの?
  どこまでいっても
  声がするの?

  
ハイク・イン・ザ・スロウ


 六の花融けてなお見つむる猫

 はつゆきや聖人どもは役立たず

 きみとまだファックしてない冬ごもり

 死ぬときはひとりぼっちだ寒煙

 桃の句や口寂しかれひとりみち

 弁天の絃切られをる杜の霜

 放埒をわびる術なし花曇り

 麦秋を待ちてもゆかこ姿なく

 走る河亡き妹の冬を充ち

 春は死地さくらの国の墓地を見て

 死ぬことも思し召しかと若き葉桜

 未明聞く狂女の声や雨季近き

 花曇り鰥夫暮らしの果てぬまま

 だれに打ち明けん桜の幹に棲まう小人を

 桜昏し男のくせにパフェを喰う

 沖仲師うしろしぐれる波止場かな

 春雨の夜や徒寝は寂しかれ

 失童の夢見る春の草枕

 欠伸して死ぬる天使よ土瀝青




 ある夜、おれは夢のなかを歩く
 たとえば岡山県美作市下町
 祖父の製材屋があったあたりをずっと歩く
 かれは養豚場もやってて
 どの道もかれの使用人たちが
 豚のくそを積んだ荷車で
 村道を進んでた

 そいつは3歳のおもいでだった
 おれはモーテルで、
 半分に切り取られた車に乗って
 鰯のステアリングを握る
 脂が心地よく、
 おれの手に馴染む
 あるいは、──とおもう、
 飜えるかぜのなか

 かれらの人間性?
 かの女らの人間性?
 あるいはおれの人間性がベーコンみたいにわるい臭いを放つ

文学極道

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