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作品 - 20170615_933_9685p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


1/3(欲望/三者関係)

  霜田明

「幼児は飲み尽きることのない乳房がつねに自分のところに存在していることをのぞむが…この衝迫はもともと不安に根ざしているものなのである…出産によってひきおこされる激しい被害的な不安…自己と対象が…破滅してしまうのではないかというおびえ…」[1]



君は 不可能だから
美しいんだ

  ぼくらのかわりを吹いている
  均等の口笛が流れると
  
   (遠くで目覚めていることが
    僕の背中を優しくする)
    
      僕は君を恋していた
      君という可能性を信じていたところで
    
    僕は君を恋している
    不可能性を 君そのものの可能性を
    
  君はいなくなってしまったんだ
  それ以来君は 君と僕の間に固定されてしまった
      
    ぼくらは膨らむ
    無際限を 有限のうちに孕もうとするから
      
     (正しさのせいで
      いつもより間違えてしまうことのないように)
     
        歴史が肩に包帯を巻いている
        水のように膨らんだ現存意識
       
          珠のような光が
          僕をじっとみつめている
      
            美しい関係を得るためには
            僕は自分でなくならねばならない
         
          むやみに満足しながらでなければ
          僕の帰り道はいつだって
          
           (不本意だと思いながら
            帰ることしかできなかった)
       
              不本意だという考えは
              セルフイメージからの落差によるものだから
             
                他者である僕が他者である僕に
                説教するのを眺めながら帰った
               
             (なにもかもが不本意なんだ
              こんなはずではなかったのに)
           
            もう取り返しのつかないものたちが
            春の細部に集っている
        
          いままでやろうとしてきたように
          不可能性へはあるいていけない
          
        僕が歩いていけるのは
        いつでも可能性の広がり方へだけなのだ
          
     (もう取り返しのつかないものたちが
      春の細部に集っている)
          
        確かだと感じられてきた過去を
        こんなに遠く感じるとは
        
         (不可能性は直線の道を想定したが
          可能性は散乱の様態を現した)
        
            未来と呼ばれるそのものを
            こんなにはっきり感じるとは
          
              僕は人間になれるはずだと
              いまならほとんどそう思える
          
                僕の孤独は不可能なものからの距離だと
                不可能なものの遠さが僕に教える

              君が愛おしいのは
              君が 不可能だから愛おしいんだ

           (ぼくらのかわりを吹いている
            均等の口笛が流れると)
  
          遠くで目覚めていることが
          僕の背中を優しくする
    
        ずっと君を恋していた
        君という可能性を信じていたところで
    
      今ははげしく羨望している
      僕にとっての不可能性 君そのものの可能性を

        触れられればいいのに 触れることができない
        触れた途端に 不本意にかわる
    
          不本意というのは
          現実性の二重の落差によるものだから
      
        何もかもが不本意なんだ
        朝目覚めてから夜眠るまで
  
      不本意なことが不本意なんだ
      可能なもののちかさが僕に教える
  
    僕は一体どこからきたのか
    君へのうらみにかさなる不安へ
  
     (ぼくらはどんどん膨らんでいく
      無秩序を 秩序のうちに孕もうとするから)
   
        関係を信ずることができないから
        おかしいな 僕はなに一つ信じてやしない
    
      だけど 不可能なものを離れさえすれば
      それでいいんだ これからは
  
        そうだ「死ねば死にきり」、だ
        不可能なものに触れる手を持っていない僕なのだから

      死ぬことは、
      不意にしかやってこない
 
      (「私が今日まで並べてきたもの」
        偶然としてあらわれるほかない現実性へ向かうこと)

          でも、なにを恐れることがあるだろうか
          いままでだって僕の世界は

            僕を散々
            遠ざけてきたじゃないか
 
          性的欲望は人間の形をした
          諸部分が非人間的に統合されることを願っている
  
            性的関係はお互いがお互いに対して
            人間同士であるところに成就する
      
              代理像同士の接触 性交渉に代表像される
              優劣と好悪の支配関係
    
                性的欲望の思い描く理想像は
                僕らが互いに人間でない関係である
      
              精神の異常性は共同性へ疎外された
             「歴史的現在」の平衡意識に依存する
    
            異常性はただしく異常性であるところに存在する
            平衡意識を得ていない狂人は狂人になりかわることができない
    
         (自分で自分を愛せなければ
          愛されることは虚しくないか)
          
       (愛されることを前提にして
        暮らしていくことは虚しくないか)
    
          異常性は他者と認める他者から
          異常と認められなければ存在できない

           (正常性は他者と認める他者から
            正常と認められることで存在できるように)

       「愛すべきものは不在である」[2]
       「私は密かにその無意味性に耐える」[3]

     受容と認識はすでに関係である
     関係はほかの関係たちと背反し合うことで主体を疎外する
     
       「欲望に居場所を与えてやること」[4]
        僕は顔のない僕自身が恐ろしくてたまらない
     
      僕は君を想像している
      顔を 身体を 君の言葉を 君を
  
  ひとりで暮らしていると どうして
  消え入ってしまうような恐怖を感じるのだろう     

   (孤独な君に依りたがることならば
    孤独というのはなんなのだろう)

これほど確かに存在しているのに どうして
生きているような気がしないのだろう



「伊豆で溺れたときも、やっぱり同じような体験をしました。やっぱり身体が冷たくなっちゃって、「経験上、このままいったら駄目だな」と思って、もうあがろうと思って岸のほうに向かって泳いで、もうすぐあがれるところで駄目になったんです。恐怖というのはその瞬間にはありませんでした。「これで終わりか」というだけで、その後のことはぜんぜんわからなくなった。ただ、周りはなんでもねえのに、俺だけ死ぬというのはおかしい」というか、おかしいってこともないんですけど、奇妙な感じになりました。」[5]
 
※1 メラニー・クライン「羨望と感謝」『羨望と感謝』(誠信書房)
※2 シモーヌ・ヴェイユ『重力と恩寵』(ちくま学芸文庫)
※3 新宮一成「言語という他者」『ラカンの精神分析』(講談社現代新書)
※4 フィリップ・ヒル『ラカン』(ちくま学芸文庫)
※5 吉本隆明「死を迎える心の準備なんて果たしてあるのか」『人生とは何か』弓立社

文学極道

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