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作品 - 20170508_627_9602p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


さよなら文鳥(2015)

  中田満帆

   永久のこと


 甘酸っぱきおもいでもなく過ぎ去りぬ青電車のごと少年期かな

 陽ざかりにシロツメ草を摘めばただ少女のような偽りを為す

 ぬかるみに棲むごと手足汚してはきみの背中を眼で追うばかり 

 かのひとのおもざし冬の駅にみて見知らぬ背中ホームへ送る

 いくばくを生きんかひとり抗いて風の壁蹴るかもめの質問

 われを拒む少女憾みし少年期たとえば塵のむこうに呼びぬ

 列をなすひとより遁れひとりのみかいなのうちに枯れ色を抱く

 引用せるかの女の科白吟じては落日をみる胸の高さに

 みずからに科す戒めよあたらしくゆうぐれひとつふみはずすたび

 夕なぎに身を解きつつむなしさを蹴りあげ語る永久のこと


   暮れる地平


 長き夢もらせんの果てに終わりたる階段ひとつ遅れあがれば

 けだものとなりしわが身よひとりのみ夫にあらず父にあらずや

 童貞のままにさみしく老いたれて草叢のみずみずしき不信

 給水塔のかげ窓辺にて抱きしめし囚人の日の陽光淋し

 愛を語る唇ちをもたないゆえにいま夾竹桃も暗くなりたり

 理れなく追い放たれて群れむれにまぎれゆくのみ幼友だちよ

 わかれにて告げそびれたる科白なども老いて薄れん回想に記す

 かのひとのうちなる野火に焼かれたき手紙のあまた夜へ棄て来て

 三階の窓より小雨眺めつつ世界にひとり尿まりており

 中年になりたるわれよ地平にて愛語のすべてふと見喪う


   草色のわるあがき


 きみのないプールサイドに凭れいるぼくともつかずわたしともつかず

 少女らしき非情をうちに育てんとするに両の手淋し

 夜ともなればきみのまなこに入りたき不定形なる鰥夫の猫よ

 妹らの責めるまなじり背けつつわれは示さん花の不在を

 馬を奪え夜半の眼にて燃え尽きぬ納屋の火影よわれはほぐれて

 きまぐれにかの女のなまえ忘れいるたやすいまでの過古への冒涜

 失いし友のだれかを求めどもすでに遠かりきいずれの姿も

 ぼくという一人称をきらうゆえ伐られし枇杷とともに倒れぬ

 だれも救えないだろうふたたびひとを病めみずからに病む

 つぐなえることもなきまま生ることを恥ぢ草色の列へ赴く


   れいなの歌


 野苺の枯れ葉に残る少年期れいなのことをしばし妬まん

 うつろなるまなこをなせり馬のごと見棄てられいし少年の日よ

 背けつつれいなのうしろゆきしときもはや愛なるものぞなかりき

 うちなる野を駈けて帰らん夏の陽に照らされしただ恋しいものら

 われをさげすむれいなのまなこ透きとおり射抜かれている羊一匹 

 拒まれていしやとおもい妬ましき少年の日の野苺を踏む

 触るるなかれ虐げられし少年期はげしいまなこして見るがいい

 曝されて脅えしわれよ九つの齢は砂をみせて消え失せ

 拒絶せしきみのおもざしはげしくて戦くばかり十二の頃は

 素裸のれいなおもいし少年のわれは両手に布ひるがえす


   さよなら文鳥


 けものらの滴り屠夫ら立つかげに喪うきみのための叙情を

 車窓より過ぎたる姿マネキンの憤懣充る夜の田園

 六月と列車のあいま暮れてゆく喃語ごときかれらの地平

 握る手もなくてひとりの遊びのみ世界と云いしいじましいおもい

 手のひらに掻く汗われを焦らしつつ自涜のごとく恋は濁れり

 さよならだ花粉に抱かれふいに去るひとりのまなこはげしいばかり

 茜差すよこがおきょうはだれよりも遅れて帰路をたどり着くかな

 ひとよりも遅れて跳びぬ縄跳びの少年みずからのかげを喪う 

 かみそりの匂いにひとり紛れんと午后訪れぬ床屋の光り

 かつてわがものたりし詩などはいずこに帰さんさよなら文鳥

文学極道

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