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作品 - 20170501_389_9582p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


僕の病気

  霜田明

    ・ 2013.12.11

はてしないような 
このおそろしい道だというのに
いざ 私にせまるときには
幼子の 足元に縋りつくように 
かなしい障害である さかみち

    ・ 2014.03.01

そうか このさかみちは
遠い昔に実体を持っていて

すがりつくような
足元の悲しい障害として
今だけに本当であるはずはない

陽光も気味悪く滑らかであるし
(じゃあ、本当は、今だけの本当は何だろう)
影もしいんとしてるし
(それなら、空も 雲も
 こんなに明るくては本当でないようだ)

    ・ 2014.10.16

これは秋の匂い
(散歩にわずか
 こころのなかで一人ごち)
力なく蹴る石がころがると
秋のせいだと思っている

    ・ 2015.01.25

眠たい心には
眠たい毒がある
死に際の瞳孔のように
暗く広がり
世界を明るくみせようとする
(こころには)
寂しい毒がある

    ・ 2015.05.16

おちこんで 一日眠く
一日眠く 過ごしていると
僕は植物、 だろうか 
部屋はほの黄色く
夕方にさしかかるころ
僕の心もぼうっと点滅し
動きのように反応している

    ・ 2015.11.09

なにをしてすごしてきたか
一日ふりかえってみたけれど
あまりに今日はぼんやりしていて
想えば僕は 僕の暮らしは
0歳のころから今日までずっと
ぼんやりしていたんじゃないか

    ・ 2015.11.19

薄暗がりを暮らしの
生活十分とするならば
いつでも光りすぎる電球の
小さな傘を見つめていた

(もし僕が大男ならば
 落ちる影にも みしみしとした
 暮らしの音があるのだろうか)

生きた木の匂いのある天井の下
この部屋をしか知らない光に富んで
今日 ありついた夕飯に
白米も秋刀魚も眩しく

    ・ 2015.11.28

僕がぼうっと光りながら
黒い傘をさす 植物になって
世界に影のある雨をふらせている

 車は闇から闇へ
 追われる過去をひたはしり
 水たまりはぽしゃぽしゃぬれて
 雨の匂いはこげくさいまま
 すっかり夜へすべられる

先を行く後ろ姿の
あの人も もうすっかり
歩く人間の植物だ
(あの人の背中は耳
 音を聞かずに聞く
 あやしい純粋反応器官)

    ・ 2015.12.06

ほしいものが
たくさんある

肉体的なものもあれば
精神的なものもある
退屈しのぎのためのものもある

ほしいもののたくさんあるこころは
ぽっとした清きほてりにさえ通ずるが
ほしいものをほしがっているこころは
茶碗をしろく齧るような辛いこころだ

    ・ 2015.12.08

冬になると
他の季節にはとてもうまれない
覚悟のような音の広がりが
木のそれのように
血液をとおってくる

夏にはまったく無為な
どうでもいいくらしと
難解な哲学、
拭い切れない牛乳のような怠惰だ
そして投げやりの深刻さしかないが

冬には声があって、明暗わかれるな、
という気がしずかにしてくる
ほほえみも ゆるみも
積極的な肯定でないと生きていないような
するどい視が感じられる
道にある影を
あきらかに影と感じるようになる
誰かはなしていても
みんな黙りこくってしまっているようになる

口もまぶたも癒着してしまった
偉大な顔が訪れている

    ・ 2015.12.17

ここのところずっと
からだの血のめぐりがわるい
やさしいひとのてのひらより
神様の顔が恋しいみたいな
ここのところぼくの不健康が
まったくたたってきている

    ・ 2016.01.07

人にさわる為の両手で
さわられてきたものたち
木のふりをしたものや
鉄のふりをしたものたち

私の持て余す両手の火照りを
静かに受け止めながら
その不貞を咎めて ものたちは
ずしりとした重み

    ・ 2016.01.22

木々をゆらす風の音が
やんだり なったり している
その風が木の肌とおんなじに僕の肌を吹くとき
こころの窓のカーテンのふくらみを感じた

    ・ 2016.01.31

これほどあまい午後一時
わずかな火照りと寝転びながら
すけた窓越しに雲を見る

こんな五感がまったくふしぎで
退屈なのか憂鬱なのか
あるいは至福か わからない

ほしいものもなければ 望むこともなく
ゆるい眠気だけをまぶたにうかせている
こんなときこそ 死というものが 
ぽっかりと あるいはほかんと 思われてくる

    ・ 2016.02.07

そろそろ人生の半分を過ごしたと思う
もう思い出せない幼少期の
幼すぎる思い出を思えば
  (数十万の金は
   私のこころを憂鬱にさせるが
   数千円の 金は
   私のこころを躍らせる)

    ・ 2016.02.18

いちにちずっとねていたが
(いちどいけなくなったとき
 ひとはとたんにだめになる)
こんなひには ねたままみたいに
おきているあいだもすることがない
(まるで夢みたいなひとりきり)
ひとりでは ひとはとたんにだめになる
  (だめになっている眼でできた
   部屋の光景が煙に映り
   まるでいきいきはたらいている)

    ・ 2016.04.13

なんという蓄えだろう
果物をかじると
水をがぶがぶのんだのよりも
うるおうようだ

(朝の空気がおかしな両眼に
緑の水で 距離に応じて滲む
まるで感傷の屈折は
昨日も今日もかわらない)

    ・ 2016.06.02

 (毎日の身代謝が動物的課題であれば
  毎日の光代謝が人間的課題である)

このところ 一週間は
よくおきて よくねることができている
光の素直な受容状態と
その内的な錯乱状態とを
きちんと行き交うことができている

  (この 広い道
   あれが 青空)

だけれどなんだ
ここではくらしが
いちばんつらい
小銭を支払うだけなのに
手が震えてくる

    ・ 2016.11.17

すべての疑問は
自分の中でほどかれるのを待っているのに
部屋を出て街をうろついて
架空の顔ばかり覗き込んでいる

  (秋のショーウィンドウの透明さ)
  病的な時期を除けば
  暮らしの殆どの場面は詩にならない

疑問は深い水準を装った
地平に現れるのに
苦悩はいつでもすぐそばで
親しげな顔をする

 (明日という日が信じられないんだ
  今日という日を信じられないから
  誰一人信用できやしないんだ
  自分を信用できないんだから)

  孤独というのは自分との距離だ

    暮らしは詩のように
    安心を与えてくれない

    (暮らしは液体だ
     透明な液体を飲み続ける
     その排泄も液体だ)

曖昧に関係しているつもりでは
(秋の噴水の拙い上昇志向)
気を狂わずに この街の中で
暮らしていくことはできないらしい

    ・ 2016.12.07

ほとんど対人の親しみだった
妙な膨らみとの時季を越え
冬は たしかにそれとわかる季節
  冬の匂いは瞳を通り
  世界はまるで小石の細部を
  全体性の規範にする

  現在とは(紺色のナイロンジャケット
  死んだ植物の脚 均等という意識)
  過去という現実の
  地道な反復の現前
  という幻想の地平で
  自己意識の中へ
  鮮やかに疎外された
  空間と時間

(我々はたしかに冬をだけ知っていて
 未来は全て他人の顔の中へ送られる)
  
ジャケットのポケットには
もう3000円しか余っていない
  たりる たりる
これから家へ帰り着くためには

文学極道

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