君、きみね、収集した言葉なんて本棚に飾って置くものじゃないんだよ。
あれは食べた後からトイレに座り込んでは流される、つまり消化するものじゃないのか?
次の日の朝も快晴だった。いや、もう少しで昼時を迎える時刻だろう。
理由もなくだらだらと夜更かしが続いていた。
眠らないのではなく、眠れないのだ。
きまって食事の後には居眠りをしてしまう獣のような癖。
充満する一酸化炭素に雨上がりの湿気。この重苦しさは誰かが祈祷する呪いの黒煙に違いない。
昨日の夜は心臓に違和感を感じてまた神に誓ってしまった。
目覚めればきっと喫煙を止めるでしょう。
「山積みにされた粉塵」を、と
箱書きにはそう記してある。
人混みの中を行く快感は何かべつのモノを身に付けているからだ。
虚栄心に満たされているときほど私の周囲も明るい。
賑わうデパートの階段を、パリッとした詰め襟の学生服で歩いている。
白いひかりに包まれた世界の、挿し挟む闇を支配する旅人である。
洋服売り場の混雑を比較すれば、古本市の催し場はまるで戦場の跡だった。
さっそく物見遊山と上下左右に眼が翻る。
古い函に収められた書物の前で立ち止まるが、漢字が読めない。外国語で書かれたモノも多かった。
ルイ,アラゴン、19世紀末、巴里、ランボウetc.
どうやらここが詩集や思想史のようだ。
このような書物には何故か魅力を感じてしまう。
何冊か手当たり次第に掴み出した。
持ちきれないのでどうしたものかと迷っていたら、傍に果物入れを横に切ってある箱が置いてあった。
本を斜めに積み重ね、そのままレジに持って行こうと起き上がれば、一人の紳士が私に声をかけてきた。
(おやおや、これはまたお高い書物をお買い求めなさる。)
値札をまったく気に留めてなかったことに気がついた。
改めて見れば一桁数が多いではないか。
一瞬あたまから汗が引いたが、私はその箱を紳士に授けて逃げ出してしまった。
北向きの風は強く、翌朝も快晴だった。
何かに追われるものも無いと悟る。いや、悟ってもいない。
忘れ去るだけで、何も残ってはいないだけだろう。
そう、考えれば考えるほど手元に置いておきたくなる遺物を
、持て余すのはオレンジ色の網目。
神に誓う度にまた同じ嘘を吐く。
珈琲が喉元を過ぎる頃には煙草に火をつけていた。
選出作品
作品 - 20170221_404_9451p
- [佳] 緑衣のレースに被われた切り箱 - アラメルモ (2017-02)
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緑衣のレースに被われた切り箱
アラメルモ