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作品 - 20161226_741_9364p

  • [優]  三話 - シロ  (2016-12)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


三話

  シロ

 久々に友人宅を訪問することにしたが、手持ちは持たない
既に十一月の末で、もうすぐ今年の最終月、言ってみれば大嫌いな季節だ
冬なのか晩秋なのかさえはっきりせず、グダグダと薄ら寒い風が吹き
みぞれか雪なのかわからない、グズグズ俺のような天候が続くのだ
今ほど友人宅といったが、はたして友人なのかどうか、いつもながら俺には友人という定義すらわからない
ただ、いま、行くべきなのだろう
そして何も語らずとも、その友人のありさまをまざまざと目に焼き付けて、俺は冬を生き抜かなければならないという事だ
 車で友人宅の近くまで乗り付け、白い洋館のような建物に続く坂を上る
かなり古い中古物件だという事だが、最近立てつけをよくしたようだ
すんなり戸が開くと、冬のまどろみから一変、部屋の中では吹雪が舞っている
一言二言挨拶の言葉を言うと、彼はふわりと立ち上がり、台所へと向かい酒の肴でも作るつもりなのか消えていった
吹雪の部屋のカーテンはオーロラでできていて、部屋の片隅にはシロクマがぐーすか寝ている
部屋の電気は北斗七星だった
エスキモーから譲り受けたという青い酒を飲むと、俺の体内にもブリザードが吹き荒れ、たちまち器官が凍りついてくるのだった
そそくさと針葉樹に付いたエビのしっぽを平らげ、俺は震えながら今年のことを少し語った
彼も少し語ったが、やがて丸くなり、雪だるまに変態してしまった
既に俺を見送ることもできず、ただただバケツを被り、吹雪からブリザードに変わった部屋の中に座り込んでしまっている
友人ってなんだ?その定義は?
震えながら俺は声を絞り出すと、やっとの思いで長靴を履き真冬化した道路を走っていた
忌々しい、西高東低の貧しい風が吹き始める

久々に別な友人宅を訪問することにしたが、やはり手持ちは持たない
既に町とは言えないほどの人口になってしまったその小さな一角に友人は住んでいる
バイパスから右に折れると、密集した人家が小路脇に立ち並び、その脇の少し広いスペースに車をとめる
友人宅はその小路から百メートル行ったところにぽつねんと立っていた
その百メートルの間は歩くしかなく、名もない草が膝まで被るような小道だ
訪問を告げると、上がれと言う
座敷らしきところに立っていると、おもむろに押入れの戸がガタピシッと動き、ぎょっとすると中から友人が現われた
鼻の下と顎に貧相な薄い髭をたくわえ、目はかすかに笑っている
背筋は曲がり、肩や袖にオブジェのようにカメムシを張り付けている
台所に向かう前に、一滴の焼酎の水割だという液体を濁ったコップに注がれた
その絶妙に気持ち悪い温度と、水まがいの液体が喉を通ることを許した俺自身を呪ってはみたものの、液体は無碍に胃腑に収まってしまった
台所からでてきた彼は、皿の上にちぎったような雑草を並べて持ってきた
取り立てのサラダだよ
そういって醤油を水で薄めた液体をふらりと掛け、石の飯台に載せた
彼は極めて饒舌で、世界の不条理や、世の不条理をとつとつと目を輝かせて語った
まさに彼は「負」を栄養にして生きているかのようだった
「負」はマイナスなのだろうか?
いや、彼のように強大なパワーに変えることだって可能ではないのか
とにかく、饒舌に「負」について語る彼はとても幸福そうではあった
語り終えた彼は、痩せた体躯と透けた毛髪をそよ風になびかせて先に失礼するよ、と言って再び押入れに入ってしまった
 たしかにそれらの友人は俺の中でとつとつと生きていたのは確かだった
言えるのは、それらの友人と俺は生涯を共にしなければならないのかという諦めだった


                      ※
 

 久々の休みを利用し、故郷へ帰ることにした
角ばった、新幹線のアナウンスを聞きながらワンカップを一口喉に送り込む
まだ日中にもかかわらず、酒を飲む罪悪感は日々を生真面目に生きる勤務人にとっては破壊的な快楽ですらある
そのアルコール臭を巨大に聳え立つコンクリートの天辺目掛けて吐き出すと、車輌のドアが開いた

布という衣装を身にまとい、あるいは鞄の中に胡散臭い書類が納まり
それらが新幹線の車輌の座席を摩擦する音があちこちに聞こえてくる
それは勝ちと負けに区分けする種を運ぶ売人の様でもあり
皆が金属臭のする体躯を包んでいる異星人の様でもある
こみ上げてくる臓腑からの空隙を、ひそかにアルコール臭とともに外気に散布する

b駅を降り、二十分ほどタクシーで走れば、もうふるさとの山域が見え、すっかり田舎道となる
懐かしいふるさとの話を聞き、その訛りにも触れ
わずか数百円のつり銭を引っ込めて運転手に礼を言い外に出る
ここから家まで数キロあるが、歩くことにした
ガードロープの下には懐かしい小川が流れている

(小川の川上から桃が流れてきて)
などと
新幹線の中で二合の酒を飲み、いささか酔ってしまってはいた
脳内にある奇妙な秘め事をひとつひとつ川に向けて語り始めている私であった
川は歩幅とほぼ同等にゆったりと流れ、家まで続いているはずである

(向こうから赤ん坊が流れてきて)
見ると赤ん坊が私とともに流れている
ぽっかりと浮かび、パクパクとお乳でも飲んでいる夢でも見ているのか、眠っているのに少し笑っている
少し行くと赤ん坊は次第に大きくなり少年になっている
どんどん歩くと少年は青年に
いつの間にか年齢にあわせ、着衣を着けてある
やがて顔の輪郭がはっきりと現れた 
どうやら父の若い頃のようだった
父はやがて水から上がり、
「元気そうだな。それが何よりだ」
と、ひとこと言い、立ち去った

家に着くとたくさんの親戚の人がいて、短い挨拶を交わした
兄は私を見つけ、短く小言を言い放つと家に案内した
川から上がった父は、こんなところに静かに納まっている
寒かったろうに
もうすぐ熱くなるからな
そう、話しかけた



          ※


巨木に棲むのは武骨な大男だった
髪はゴワゴワとして肩まで伸びている
髭の真ん中に口があり、いつも少しだけ笑っている
深夜になると、男は洞を抜け出して森の中に分け入るのだった
たいていは、月の出た明るい夜だ
梟の声に招かれるように、男は大きな錫杖を持ち外に出る
丸い大きな月がいかにも白々と闇夜に立ち上がり
黒い空に浮かんでいる
下腹を突くように夜鷹が鳴けば、呼応するようにホホウと鳴くのは梟だった
草むらにはおびただしい虫が翅をすり合わせ、夜風を楽しんでいる
夜の粒が虫たちの翅に吸い付いて接吻しているのだ
木々の葉がさざなみ、風を生む
男の髪がふわりとし、汗臭い獣のようなにおいがした
なにかに急かされるでもなく、男は錫杖で蜘蛛の巣を払いながら峰を目指した
男の皮膚に葉が触れる
サリッ

峰筋の多くは岩稜で、腐葉土は少なくツツジ類が蔓延っている
藪は失われ、多くの獣たちの通り道となっており、歩きやすい
峰の一角は広くなり、そこに巨大なヒメコマツが立ち
各峰々から十人ほどの大男が集まり始めた
たがいに声を発するでもなく、視線すらも合わせることがない
かといって不自然さもなく、それぞれが他の存在を意識していないのだ
巨大な月のまわりをひしめく星たちは、その峰に向けて光を輝かせている
アーー
オーー
ムーー
と、一人の大男が唱え始めると、つられてそれぞれが声を発する
歌でもなく、呪文のようでもなく
静かな大地のうねりのように重低音が峰から生まれ出る
ちかちかと光る星々から閃光が走り出す
男たちの呻く重低音が峰を下り、四方八方に鋭くさがりはじめ
やがて山岳の裾野を伝い人家のある街々まで光とともに覆っていった

文学極道

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