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作品 - 20161020_745_9196p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


無機質な詩、三篇

  シロ



君の温度がまだ残る部屋、その隅に、残された一つの残片
治癒途中のかさぶたの切れ端が、静かに残されている
物体がおおかた四角なのは、きりりと押し固めることができるようにと、誰かが考えたのか
それとも人の思考が四角く仕切られているのか
その形の中に有無をも言わせぬ、決別がある
部屋には饐えた匂いと、かすかな哀愁のある残照が目立った
君は、その古い真鍮のドアノブを静かにどちらか一方に回し、息を吐く
そして新たなる息を吸い込みながらそのドアを閉めていく
遠望は利く
そこに広がる景色は君が作った世界、そしてそこに何物にも変え難い君の言葉が飛翔していく
滑り止めのある錆びた鉄階段を下る
手すりには錆びの匂いと少しだけ緩和された靴音
階段から降り立つと、君は静かに部屋を一瞥し
舗装されて湯気の立ち上がる濡れたアスファルトを歩き出した


*

うす暗い工場の蛍光灯がぼんやりと灯される
地の底からのうめき声のような吸引機の音と
硬い木材を削る機械の音
荒削りをすると、木の塊から形が生まれ出る
ふしだらな毛羽をたてた
木材の荒々しいとげが怒っている
それを粗い砂紙でかけてやると、木の粉が飛び交う
削るとそこには再び私の思考がとげのように飛び出してくる
念入りにとげをなだめるように砂紙を掛け続ける


*

古びた家屋には朝からJKたちのハリのある声が響いている
夏は疎ましく立ちはだかり、暴力的な暑さを朝から晒しまくり
俺のあらゆる循環は、はたと立ち止まり、思いついたように体液が流れているのを自覚する
彼女たちの食事を早朝から作りはじめる俺は、彼女らの吐息から生まれた老人のようで
一声呻くようにつぶやき、がさついたため息を塵のように転がして作業にかかるのだ
まだ見ぬ未来のための朝食の一滴を彼女らに食べさす
ガチャガチャと食器が擦れ、畳を摩擦する靴下の音
便所のドアが開いたかと思うと、パンツの話をしたり
初老の俺の耳に、そういったあからさまなJKたちの営みが聞こえてくる
廊下にはどこはかとなく、つんとした彼女らの体臭が残り
代謝の活発な頭皮から離脱した、おびただしい毛髪がフローリングの上に無造作に落ちている
ばたりとドアが閉められて、奏でられたオルゴールの蓋も閉じられて
読みかけの本のページは、やり場のない暑さと虫の声と澱んだ風が吹き散らかしている
一粒の汗が彼女らの皮膚から発生し
いくつもの玉の汗が汗のコロニーをつくり、雑菌の温床になる
秘密に閉じられた物の怪から発芽した新種の異物
夏の断片、思い出したように真夏の田舎道を車が通る

文学極道

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