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作品 - 20161014_575_9185p

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キッチン

  ユーカリ

親子丼ですね、はい、分かりましたよ。そう言ってしばらくの間なにもできないでいるのは、あなたの帰りが果てしなく遠い出来事のように思われるから、ではなく、わたしの立つキッチンがとてつもない怪物のように、わたしを捕らえしまうことだということを、あなたにはわかっていただこうと、むかし、足掻いたこともありましたね。

言葉足らずで、とてもじゃないけど伝えられることなどできなかった、あのキッチンの孤独というのものを、と思いかけたところで、ふと、親子丼を作るための、あの折れ曲がったスプーンのような鍋の名前を知りたくなり、そうこうしているうちに、鶏肉は解凍されてしまいましたね。

一口大に切り分けたあなたを醤油とみりんで味付けしただけの汁の中に浸すと、そういえば、玉ねぎを忘れていたことを思い出し、あわてて切って入れたものですから、少し指先を切ってしまい、傷口から赤い血が流れていて、けれど痛みはなく、というよりも痛いと思うわたしがいなかったのかもしれない、と思いかけたところで、立ちくらみがして、少しの間リビングのソファーで横になっていることも、また許されるのでしょうか。

いかほどの時間を眠り続けたのでしょうか、多分、ロッキーがエイドリアーン、と叫んで、エイドリアンが応えるまでの時間を1エイドリアンとしたら、249エイドリアンくらいの間ずっと、わたしは、と思いかけたところで、火を消し忘れてはいないか、と、大急ぎでキッチンまで戻る、と、夕暮れ中で抱き合う恋人みたいに、火は消されていて、潮汐に浸された約束の洞窟のように、火は消されていて、遠浅の海に滲む夕日のように、わたしは、消されていて、

コツコツとあなたを半分に割って、白濁した液体が、気狂いじみた黄色を呑み込んでいる、それを、あぶくが飛ぶまでかき混ぜてしまう、と、あとは底の浅い鍋に流し込んでしまうだけであろう、と、思いかけたところで、わたしが、突然泣き出していて、それはどういうことなのか、申し上げます、と、結局、何をやっても長宗我部だし、いつまでたっても蘇我入鹿ですから、そういえば、あなた、むかし、わたしが精液というのは、卵膜を破ろうとするから、同じように、眼球にかけたら、大変なことになりますよ、と警句をお伝えしたことがありましたよね、そうして、わたしの眼球から生まれてきたのが足利尊氏で、いつまでたっても鎌倉幕府が訪れないから、死体、をタカウジと埋めに行きました、もちろんそれは後醍醐天皇の死体にございますよ(もちろんそれは後醍醐天皇の死体にございますよ)

タカウジを幼稚園まで迎えに行き、先ほど作り上げておいた親子丼を食します。海苔はかけます、紅生姜はいりません、タカウジは年のわりに、肢体が大きいので、対面しておりますと少し変な気持ちになることがございます。タカウジがご飯粒を噛みますと、ご飯粒は、0.01エイドリアンのうちにひしゃげ、ぐちゃぐちゃになりますね(cha-cha-chaぐちゃぐちゃと口を開けながらなにかを召し上がることは、たいへんに不躾なことでございますので、およしになってくださいね、と、思いかけたところで、タカウジが、ぐちゃぐちゃとご飯粒を次から次へと潰していくのを見ておりますと少し変な気持ちになることがございます、と、思いかけたところで

サランラップをしておりますと、あなたの睾丸が、あかあかと、はち切れんばかりになっておりますから、握り潰しますと、あとはただ、落ち零れていくだけの夕日でした

文学極道

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